孤島の迷宮
名も無い孤島を歩き始める。
それにしても壮観だ。
赤、黄、緑、青の4原色をふんだんに使ったような色合いが俺の視界を埋める。
船に乗っているときは霧が濃くて見えていなかったが、草木の色まで本来ありえないものになっていた。
「フォス、それは食べれないよ」
「は、はい……」
知識に無かった木の実に手を伸ばしたところでモレーノに注意される。
でも気になるじゃないか……虹色の果実なんて……
「フォスって意外と好奇心旺盛だよな。それは良いことだ」
「でもそれ、美味しそうじゃないですか?」
「この色で……?」
モレーノが手に取ったのは、青の蛍光色が目立つ円錐型の何か。
え? 普通に美味しそうじゃない?
やっぱり人間と魔族の感覚は違うのか……
「とりあえずダメなものはダメだ。植物だって生物、何が変わっているのか分からないからね」
「そうですか……」
それは残念だ。
別に毒が入っていても大丈夫なのだが。
それにしても、人間界の竜は独自の進化を遂げている。魔界より魔力が少ないからって、周囲の環境を変えてしまうとは。
この生態は他の魔物にも適用されそうだ。
「もしかして、フォスって不思議ちゃん?」
「そ、そんなことないですよ!」
俺の好奇心が正体を明かすことになってはならない。
今回は我慢しよう。
そう決意して、俺は口角に垂れていたよだれを拭きとるのだった。
しばらく歩き、空を覆うほど高い木々の集合を抜けると、遠くから見えていた巨大な火山が現れる。
身が焼けるような熱量を感じる。
目的の竜はその中心にいるとみて大丈夫だろう。
良かった。
赤竜の”赤”が炎の色であって、本当に良かった。
ここで『実は赤竜の赤ってイチゴの赤なんだよね~』とかメルヘンなことを言われたら、どういう顔をすればいいか分からなかった。
この島ではありえたであろう現実を想像して、普通の素晴らしさを再確認する。
「フォス、赤竜がどこにいるか分かる?」
俺はすでに知っているが、目を凝らす振りをする。
「地下、でしょうか? 火山の中心部の地下にある空間に、強大な魔力を感じます」
「やっぱり地形を作り変えられているよね~。まあ、大丈夫でしょう! 当たって砕けろだ!」
砕けたらダメでしょ……
モレーノの謎のテンションについて行くことが出来ない俺は、困惑気味に彼女の後をついて行くのだった。
ふと、同行してきている少女に視線を向ける。
この熱さだ。少し心配になった。
少女は両手を胸の前に組み、モレーノの横を歩く。
その姿に教会の聖女像を思い出し、気づいたら俺の腕に鳥肌が立っていた。
そして、火山の中に通じるであろう洞窟の入口……
いや待て、何で入口がある?
火山という見た目から、火口から竜が入ったと考えるのが普通だ。
目の前には、どうぞ入ってくださいと、俺たち討伐隊にお誂え向きの洞窟があるのだ。
「これ、入って大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だって~。よし、しゅっぱーつ!」
まるでピクニックにでも行くような感じで、モレーノが暗闇の中に入った。
俺も覚悟を決めて、洞窟の中に入っていった。
闇を抜けると、そこはお菓子の国だった。
見るからに美味しそうな色とりどりの甘味が俺を出迎える。
『ようこそ、スイートキングダムへ! ここは甘いあまーい世界、嫌なことを忘れて耽美な夢に浸りましょう! さあ、君はどんなスイーツが好きなんだい?』
手のひらサイズの小さな妖精が、ふわふわと浮きながら俺に話しかけた。
ここは……天国か……
「俺は、砂糖たっぷりのイチゴケーキが好きだ……」
「おーい、フォスー、起きてー」
「はっ、すみません……」
そう……現実は非情だ。
モレーノが俺の目の前に浮いていた虫型の魔物を斧で切った。
緑色の体液が周りに飛び散る。
だってあの島の様子だったんだよ?
期待でもしてしまうさ。
地面に広がる赤黒い溶岩。
空中には大小さまざまな虫が飛んでいて、ブーンと嫌な羽音を響かせる。
景色は赤と黒で染まり、俺が胸を躍らせた色彩は見る影もない。
「それにしても、整えられすぎていませんか?」
自然にできたとは思えない程の空間だ。
天井は十分過ぎるほどに高いし、柱などで視線が遮られているわけでも無い。
「これは迷宮化されてしまっているね」
「ダン……ジョン……?」
何だそれは?
聞いたことのない言葉に反応が遅れる。
「あれ? フォスは聞いたことが無いか。最近出てきたんだよ、ダンジョン」
「説明してもらっても大丈夫ですか?」
モレーノが襲ってくる魔物を倒しながら話始める。
死角からの攻撃も片手で防いでいる。流石だ。
「えーっと、どこから説明すれば……最近、魔物の上位種が増えたことは知ってる?」
「情報だけなら……」
人間界の魔物については興味が無かったんだよな。
上位種と言っても、強さのたかが知れてる。
「うんうん。本来人間界には魔力が少ないから、あんまり現れなかったのだけどね。魔界の魔物がこっちにくるようになったんだよ」
まさか……
「魔王の差し金だと言われているんだけど、とんだ迷惑だぜ」
──俺のせいだった。
俺は以前、魔界の安全政策として魔物の討伐を優先して行った。
その結果、人間界に逃げ出していたというわけか……
ちなみに人間には誤解されているが、魔族は魔物を操ることなどできない。あれは感情の持てなかった生物のなりそこないだ。
俺だって所かまわず暴れる魔物には苦労したのだ。
「で、魔力の少ない人間界で適応するために、上位種が行ったのが環境の修正。ダンジョンっていうのは人間や他の魔物をおびき出して、魔力を奪うための装置って訳だね。賢いわー」
いろいろ言いたいことはあるけれど……
なんか、ごめんなさい。
魔王時代の俺は忙しすぎて、重要度の高い情報を選択していた。
俺にとってのそれは”勇者”だ。
忙殺の日々に、周りのことが見えていなかったのかもしれない。
素直に反省しよう。
「あの、でも虫型の魔物以外いないんですが?」
「それは……あれだよ」
モレーノが指さす先、地面に広がる溶岩をよく見ると骨が浮かんでいる。
これは教会にあったネズミ捕りと同じだ。
なんというか……効率的だな……
面白みのない作りに失望しつつ、俺はモレーノの後に続いて赤竜を目指す。
魔王城には、やってくる勇者をもてなすための仕掛けを用意してある。
やっぱり魔物は魔物だな。
俺は勝ち誇ったように、フッと笑った。