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勇者と旅路

 王都から遠く、世界の北の果て、ここは魔界。

 魔王討伐に出発し随分と時間が経つ。

 俺は焚火の傍で魔界の空気を楽しんでいた。

 長い道の末、ようやく戻ってきた……


 俺の旅路を一言で言い表すと”王道”だった。

 俺が魔族として生まれる前、先代の魔王の時代から勇者の物語はあった。


 人間に興味があった俺は、人間界の書物を読み漁っていた。

 その中でも大好きだったのが”勇者の旅路”だ。

 人々に勇気と希望を与え、様々な問題を解決していく。

 魔族である俺には関係のない話だったが、小さいころは夢中で読んでいた記憶がある。


 俺はその勇者の背中を追っていたのかもしれない。

 魔界に入るまでに一年の半分以上を使い、人間界の、特に辺境の村々で困っている人々を助けて回った。

 今考えるとすぐにでも魔王に会いに行くべきだったが、後悔はしていない。


 そういえば、人間界で面白いことがあったな……

 旅の記憶を思い出す。


 ……


「勇者様、お願いします。どうか、どうか私たちの村を助けてください」


 王都を出発した後、魔界に入るために立ち寄った北部の寂れた村で、俺は村長にお願いされた。


「どうされたのですか?」

「近くの森に、巨神が住み着いてしまって……このままでは隣町に行くことすらできません」


 巨神とは、神と名がついているが魔物だ。

 辺りの魔力を吸って巨大化した人型の岩。

 大きさと固さが比例する厄介な相手だった。


「分かりました。みんな、いいよね?」


 困っている人に手を差し伸べる。それが勇者ってやつだ。

 俺は後ろにいた仲間に確認する。


「俺は別に構わない。いつものことだしな」

「僕も大丈夫だよ~」

「私は勇者様について行くだけです」


 仲間の同意も得られたことだし、村長に承諾する。


 とりあえずは実物を見に行かないと始まらない。

 そう考え、森の指定された地点まで移動した。


 移動したのだが……


「これ、乗っていいですか?」


 目の前の岩山に背中を預けているのは、巨大な金属製の人形。

 片手には剣、片手には盾を持ち、そのどちらも人間の背丈を優に超えていた。

 その中心には人がひとり入る空間がある。中にはおあつらえ向きに椅子のような物も設置してあった。


「だめだ、勇者様にはまだ……」


 ユウェネスが何か言いそうになったところを俺は止める。


「フォス、でしょ?」

「ああ、そうだな……ごほん、ふぉ、フォスにはまだ早い、俺が乗る」

「お前が乗るんかーい!」

「「え?」」


 俺とユウェネスが固まった。

 キリっとした顔で巨神に向けて歩き出そうとしたユウェネスの頭をはたいたのは、まさかの人物。

 プエッラではない。彼は後ろでポーションを飲んみながらゲラゲラ笑っている。

 つまり、さっきのツッコミはクレリクスからだった。


「ユウェネスさんは何を言っているのですか? これは古代兵器の残骸に魔物が乗り移っただけですよ。こんな危ないものに近づくなんて、信じられません」


 クレリクスは何事もなかったようにクールな顔で説明した。

 俺も乗ろうとしたのだが……それよりも……


「さっきのってクレリクスの声なの!?」

「なんのことでしょうか?」


 クレリクスは知らん顔だ。


「いや、さっき『お前が乗るんかーい』って……」

「勇者様、私がそんなことを言うと思いますか? きっと幻聴です。疲れているのですよ」


 ユウェネスの頭を思いっきりはたいていたよね。


「で、でも……」

「起動前に私が魔法で消し飛ばします」


 どうしても信じられない俺をおいて、クレリクスは詠唱の準備にとりかかる。


「ちょっと待ったー! たのむクレリクス! 一生のお願いだ。あいつに乗らせてくれないか!?」


 ユウェネスのテンションもおかしい。

 クレリクスに頭を下げてまでお願いしている。

 でも分かる。あれは男のロマンだ。


 神話の中に出てきた魔導具。

 遥か昔、神族がまだ存在していた時代、強大すぎる神の力に対抗するために()が作った。

 内部に入った人が操作し、敵の操る巨大な魔物に対抗したのだ。

 この世界の男たちなら、誰もが一度はハマったことがある、絶対ある。


 巨神の正体はそれだった。

 そもそも一部が巨神と呼ばれるゴーレムといった種類の魔物は、無機物に魔力が宿ったものだ。

 今回はその核が、運が良いのか悪いのか、太古の兵器の残骸に宿ってしまったようだ。


 俺も長い人生で古代兵器を見たのは、両手の指で数えられるほどしかない。

 そのどれもが小さなものだった。

 今回は別格だ。カッコ良すぎる。


「あ、あの……私も……」

「ダメです。わざわざ危険を作るなど、バカのやる事です」

「それは聞き捨てならないな。君は今、全男を敵に回したぞ」


 俺の声を余所(よそ)に、クレリクスとユウェネスが言い争いを始めた。


「お~、やれやれ~!」


 プエッラはポーションを片手に座りながら、二人を煽っている。


「最初で最後のチャンスなんだ。俺は乗る!」

「どうしても引かないのですね。ならばこちらも強硬手段を……」


 ユウェネスの進路に立ちふさがるようにクレリクスが構える。

 まさか魔界に入ってもいないのに、仲間割れか……


「やめやめ! やめです! なにしてるんですかあなたたちは。私たちは仲間でしょ? 話し合いで解決しましょう。ほら、糖分でも取って落ち着いて」


 見かねた俺は二人の間に割って入り、袋に包まれた飴玉を差し出す。

 長い旅路での貴重な糖分。今使わずしていつ使う。


「ははは、フォスには敵わないな。俺は熱くなり過ぎていたみたいだ」

「申し訳ございません、勇者様」


 ふたりは飴を舐めながら落ち着いてくれた。


「お、良いツマミじゃん……」

「あなたの分は無しです」

「なんでー」


 プエッラが飴を取る前に袋をしまった。


「で、あれの対応は……こうしましょう。巨神の感知範囲ギリギリに爆破の魔法陣を描いておき、私とユウェネスが一人ずつ乗り込む。危険な兆候があればすぐに魔法を起動して。大丈夫、私の見立てでは起動しないから」


 あまりに強大な魔導具だ。

 核が宿ったとはいえ、制御しきれなかったのだろう。

 魔物としての気配は薄まっている。


「わざわざ乗る必要はあるのでしょうか?」


 さすがクレリクス、流れで押し切れないか。


「古代兵器の研究なんて、なかなかできるものではないでしょ? これも世界の平和のためよ」

「分かりました……」


 クレリクスが渋々といった表情で承諾してくれた。


「フォス、最高だぜ!」


 ユウェネスは俺に親指を立てている。

 俺も親指を立てて返した。


 それからは巨神の周辺、小高い岩山がすっぽり入る範囲で魔法陣を描いた。

 めんどくさがるプエッラを飴で釣り、俺とクレリクスもあわせて三人で作った強力な攻撃魔法だ。

 爆風を上空へと誘導することで、周りへの被害を最小限にするという配慮も欠かしていない。

 いかに強固な魔導兵器でも、この威力では核ごと粉々になるはずだ。


「じゃあ、私から行くわね……」


 内心隠せないワクワクを抑えながら、巨神の元へ向かう。

 嫌というほどにかけられたクレリクスの防御魔法が少し痛い。


 巨神の胸元によじ登り、空間にあった座席のようなものに座った。


「かっけぇ……」


 小さな空間の内部には、用途の分からないレーバーにペダル、そしてボタンがあった。

 押したい押したい押したい……押してしまった。


「やば……」


 きたるべき爆発の衝撃に身をすくめていたが、なにもない。


「ふう……よしっ!」


 見立ては当たっていた。

 俺は安心して、ガチャガチャとやたらめったに操作し始めた。


「いけー! アルティメットソード!」


 俺の目には、巨大な敵と戦う人形の視点が映っている。


「トドメだー!」


 敵を両断して、満足する。

 正確に言えばしていないのだが、そろそろユウェネスに変わってあげないとな。


「楽しかったー」


 巨神から降り、仲間の元に戻った。


「大丈夫でしたか?」

「どうだった、ねえ、どうだったよ!?」


 クレリクスとユウェネスの反応は正反対だ。


「なかなか……素晴らしかったわ。新たな経験ってやつね」

「おおおお! 俺も行くぜー!」

「ちょ、ちょっと!」


 クレリクスが防御魔法をかける前にユウェネスが駆け出した。


「僕の趣味じゃないね~、可愛くないし~」


 プエッラは興味が無さそうだ。

 飴をボリボリと噛みながらポーションを飲んでいた。


 巨神の中に入ったユウェネスは、手足をせわしなく動かしていた。

 俺と同じだ。楽しいよな、それ。

 きっと彼も、幻の敵と戦っているに違いない。


 しばらくして、彼は満足気な顔で戻ってきた。


「感動だったぜ……」


 新しいおもちゃで遊んだ少年のような、満面の笑みだ。


「よかったわね……じゃあ、名残り惜しいですけど壊しましょうか……」


 ”乗る”というより”座る”だけだった。

 魔王城に持って帰って研究したい、ちゃんと乗りたい、でも我慢。

 依頼は依頼だ。終わらせよう。

 俺の言葉にユウェネスも真剣な顔に戻って頷いている。


「いえ、私も乗ります」


 クレリクスが歩き出す。


「え、なんで!?」


 俺は驚いてしまった。

 てっきり仕事に雑念は持ち込まない性格だと思っていた。


「だって……そこまで楽しそうにしていたので……」

「おう! いってきな!」


 ユウェネスが後を押す。


「いいんじゃない? 何事も経験よ」


 俺も声をかけ、クレリクスは巨神へと向かっていった。


 巨神の中に辿り着いた彼女は、俺たちと同じように周辺の機器をいじりだす。

 そうだ、それでいい。意味が分からずとも、心で感じるんだ。

 俺は優しい目でそんな光景を眺めている。


 次の瞬間、けたたましい警告音が鳴る。


「プエッラー! 魔法を起動してー!」


 巨神の中央からクレリクスが叫ぶ。

 俺は何が起こっているのか分からず、聴力を強化した。


『神族の操作を確認、認証しました。目標、人の殲滅……』


「りょ~かい~」


 ポーションを飲み過ぎていたひどい酩酊状態のプエッラが、魔法陣に魔力を流す。


「ちょ、魔力流しすぎ! それじゃあ……」


 俺のセリフが言い終わるまえに、視界が閃光に包まれる。

 本来設定した範囲を超えた、俺、ユウェネス、プエッラまでもを巻き込む大爆発。


 俺の視力が回復した時に巨神はおらず、周辺に大穴があいていた。

 土煙の中、仲間を確認する。

 巨神があった場所に立っているクレリクス。両手を胸の前に組み、無傷だ。

 俺の隣にいたユウェネス。恥ずかしそうに俺から目を逸らしているが、無傷だ。

 後ろで横になっていたプエッラ。悶え転がって……無傷だ。


「ごほっ、ごほ……」


 俺の髪は、どこにそんな毛量があったのか疑問に思うぐらいにチリチリのアフロになっていた。

 服は破け、肌が(あらわ)になっている。

 俺、いつもこうなっていないか? いや、今はそのことじゃなくて……

 せき込みながらも、空を見上げた。


「お前は乗れるんかーい……」


 俺が漏らした心からのツッコミは土煙と共に消え、誰かに届くということもなかった──

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