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妹 やばい

 戦いが始まってすぐの村外、森の中で。


「ラルウァ、戻れる?」

「無理ですね。村への経路は特殊な結界で防がれています」


 エクテとラルウァが話していた。


 次の瞬間、彼女らの頭上にハート形の魔法が現れる。

 地面に落ちると同時に破裂した。


「や、やったか!?」


 木の陰に隠れていたプエッラが顔を覗かせる。


 ピンク色の煙が晴れると、黒色の獣が姿を現す。

 その獣は実体を持っているのか怪しい。空間上にゆらゆらと浮いている。


「空間魔法を無詠唱ってぇ、それズルでしょ……」


 ラルウァが獣を撫でている。

 先ほどプエッラが放った質量魔法は食べられてしまったようだ。

 獣が頬を膨らまし、口をもぐもぐさせていた。


「あなたこそ、この私を飛ばせるとは、褒めてあげますよ」


 ラルウァが余裕を持って答えた。


「聞こえてるのかぁ……お互い感覚は強化済みだよね、そりゃあ」


 プエッラが姿を見せた。


「ケイオスの村は、各所に魔法陣を張っているからね~。あそこで戦われたら……」


 話の途中で、プエッラの頭上に現れた獣が巨大な光の剣を吐き出す。

 それは重力に従って真っ直ぐに落ちる。


 プエッラに当たった瞬間、剣は光の粒子となって彼の体内に吸収された。


「あばばばば……」


 プエッラが地面に転がり(もだ)えだす。

 彼は決して苦しそうにしている訳では無い。

 攻撃を受けたというのに、なぜか気持ちよさそうにしていた。


「「キモチワル……」」


 反対にふたりは引いていた。


「ふ、ふぅ~。いやいや! やっぱりズルだよ! それ、聖なる剣(ホーリーセイバー)でしょ!? 教会の上位聖職者しか使えないはずだよ!? どうして……」


 話の途中で、プエッラの頭上に今度はピンク色のハートが現れた。


「ま、まさか!?」


 プエッラに質量魔法があたった瞬間、ピンク色の粒子となって彼の体内に吸収された。


「うひょー」


 またもやプエッラが悶絶する。

 ふたりは冷めた目で近づこうとしない。


「あれに近づく必要があるのか……」


 エクテが嫌そうに呟く。


「はい……あれには魔法での攻撃が有効ではないかと……」


 ラルウァが目を覆いながら言葉を返した。


 プエッラが起き上がり、恐怖の表情を浮かべた。体は震えている。


「別空間に格納した魔法を使えるのかよぅ……無理だよ、そんなの……」

「あら、それなら諦めてくれますか?」

「そうしたいさ、でもこれは仕事なんでね」


 プエッラの雰囲気が変わる。

 歴戦の傭兵集団、ケイオス一族の長としての男になった。


可憐な人形(プリティ・ゴーレム)


 プエッラが魔法名を言うと、人間大の人形が地面から這い出て来た。

 ”可憐な”とつく人形の見た目は、ボロボロになったマントを羽織った骸骨だ。

 目は虚無を映し、体からはカタカタと骨同士が(こす)れる音がする。

 右手には錆びた剣、左手には欠けた盾を持っていた。


「お兄さま、今日はどうしたの?」


 人形が見た目からは考えられないほど高い声音で話した。


「ゴレちゃん、あいつらの足止めをするよ」

「お兄さまの頼み……ゴレ、頑張る」


 プエッラのステッキと人形の剣が合わさり、お互いが魔法の鎖で結ばれる。


「準備は済んだ?」


 エクテが問いかける。


「これで2対2だよ。僕の()()をお見せしよう」


 プエッラの答えと共に、戦闘が始まった。




 戦いはプエッラ側の防戦一方だった。

 人形に対する魔法攻撃も、鎖の力によってプエッラへ魔力として送られる。

 プエッラは魔力許容量が超えないように魔法を放つが、すべて獣に食べられてしまう。そして同じ魔法が返ってくる。


 人形はプエッラに向けられる物理攻撃を全て受け止める。

 人形の体はプエッラから供給された魔力で自動的に修復され、破壊されることは無い。

 人形は隙があれば剣を使いエクテに攻撃を仕掛ける。

 人形が持つ人間離れした動きから出される斬撃は、エクテに軽くいなされた。


 勝負は時間の問題。

 いずれプエッラが倒れることは明白だった。


「はあ……はあ……ゴレちゃん、大丈夫?」

「お兄さま、ごめんなさい……ゴレが弱いせいで……」

「もう! ゴレが守ってくれなかったら、僕はすでに死んでいるよ」


 プエッラが落ち込んでいるゴレの頭を撫でる。

 エクテとラルウァは攻撃をしない。


「やっぱりだめだ。この方法はつまらない。これを勝利とは言えない」


 エクテが空を見上げた。


「お姉さま、お姉さまなら、美しく正面から戦っているはず……ラルウァ、手を出さなくていいよ」

「エクテ様? どうするおつもりで……」


 エクテはドレスを自ら破り、動きやすい服装に変えた。


「プエッラ! 小細工は無し! 拳で語り合うぞ!」

「え、えぇ……と言いたいところだけど、こう見えても元騎士なんでね。その提案、受けよう!」


 プエッラが変身を解き、ステッキを地面に置いた。


「ゴレちゃん、行ってくるね」

「お兄さま……」


 エクテとプエッラが木々に囲まれた空間の中心に立つ。

 お互い構え、互いの拳と拳をあわせた。


 プエッラが左拳で間合いを作り、右拳でエクテの顔面を狙った。


 エクテは頭を後ろにかたむけ、全て(かわ)す。


 プエッラが左足をエクテの右側に踏み込み、体をひねらせ、左拳で顎を打ち抜こうとした。


 エクテは右腕をあげ、拳を防ぐ。


 プエッラが右腕を曲げ、(ひじ)で正面からの守りが薄くなったエクテの顎を下から揺らそうとした。


 エクテは自分から拳に向かい、顎をかすめさせる。


 プエッラの腹ががら空きになった。


 エクテは体を屈め、両手を前に突き出してプエッラの腹を押すような形で吹き飛ばした。


「いってー、きくなー、さすがに……」


 プエッラが人形の所まで飛ばされ、口から血を出した。


「お兄さま……大丈夫ですか……」

「問題ないよ。僕が甘かっただけ」


 プエッラが立ち上がり、エクテの前に戻る。


 再びお互いが構え、拳を合わせた。


 エクテが身長差を生かし、プエッラの頭上から右拳を振り下げた。


 プエッラが両腕を使って受ける。

 地面に足がめり込んだ。


 プエッラは、エクテが腕を引いた瞬間に、右拳を……


「あれ?」


 プエッラの腕が力なくぶら下がっている。

 焦ったように飛び退く。


「終わりにしよう」


 エクテの拳がプエッラの顔に迫った。


「ゴレちゃん!? なにしてるの!?」


 しかしそれは、プエッラと位置が変わっていた人形の頭蓋骨を粉砕し、止まった。


 プエッラが急いで駆け寄ってくる。


「お兄……さま……ごめんなさい……」

「ばか……いつもこうなるじゃん……」


 プエッラが座り込み、人形の手に触れた。


「お兄さま……またね……」

「そうだね……また……」


 人形は灰となって消えていった。


「……申し訳ない。僕の負け、だね。好きにするといいさ」


 プエッラが諦めたような笑みでエクテに向き直った。


「仲が良かったのね」

「うん……今も、ずっと……」


 エクテは視線を合わせるために屈み、プエッラの目を見る。


「お姉さまに何をしようと考えているの?」

「それは……観光だよ……」

「依頼主は? 王国のだれ?」

「言えない」

「命をかける価値のある相手なの?」

「僕の一族は、あぶれ者同士が信じあってできた家族、なんだ。信用は己の命よりも重い。相手がだれであってもね」

「じゃあ、その一族が滅ぶとしたら?」

「みんな分かってくれるさ。それに、村には緊急用の仕掛けがあるからね」

「そう……」


 エクテは立ち上がり、ラルウァに指示を出した。


「本部に連れて行く。話はそこで聞くから」

「承知いたしました」


 ラルウァが獣にプエッラを食べさせようとしたその時。


「待ってくれー!」


 一人の男が走ってきた。


「ヒューリ!? なんでここに!?」


 プエッラが驚いている。


「おう! 久しぶりだな、プエッラ。その様子だと、ギリギリだったようだな」


 ヒューリがまるで旧友にでもあったかのように右手をあげた。


「知り合いだったの?」


 エクテが聞く。


「まあ、あれだ。昔の戦友ってやつだ……っとエクテ様、これをどうぞ」


 ヒューリがエクテに一枚の紙を渡す。


「チッ、やっぱりあいつか……」


 エクテが舌打ちをして紙を燃やした。


「いいよ、今回は見逃してあげる。お姉さまに害はないようだし」

「話が読めないんだけど……」

「俺とあいつに感謝しろってこと。今度酒でも奢れよ」


 エクテが(きびす)を返して、プエッラから離れようとした。

 途中で足を止める。


「これは……なに……」


 エクテの足元に落ちていたのは一枚の写真。


「そ、それは……僕とフォスの魔法少女写真で、その……」

「なんでこんなものが存在している、って聞いているの!」


 エクテの怒号が響く。

 森全体が揺れた。

 プエッラが戦闘の衝撃で落としたのは、以前撮ったフォルフォスとの決めポーズだった。フリフリの衣装を身につけ、ステッキを突き出しハートマークを作っている。


「あの、僕の作った、ヒッ……」


 プエッラは恐怖に身をすぼめる。

 エクテがわなわなと震えていた。


「こんな、こんなもの……可愛すぎるでしょー!」


 エクテがプエッラの方を振り向いた。

 鼻からは大量の血を流している。


「他には、他にはあるの!? 見せなさい! 全てを差し出しなさい!」

「えっと、ちょっと待ってください……我、望む、我の望み……」


 プエッラが詠唱を始める。

 別の地点にある物体を呼び寄せる空間魔法だ。


可憐な召喚(プリティ・サモン)

「まだその魔法名を使っているのか……」


 硬直から回復したヒューリは引いている。


「こちらでございます……」


 プエッラがまだ動く左手を使って、写真の束をエクテに渡した。

 フォルフォスが尊厳を失いながら絞り出した、考えうるすべての”可愛い”がそれらには写されていた。


「これは、カワイイ! これも、きゃわわ~!」

「エクテ様、何を……尊い……」


 エクテが先ほどまでの威厳はどこにったのか、鼻血を流しながら顔を高揚させている。

 離れていたところで様子を伺っていたラルウァが近づいて来て、エクテの持っている写真を見た。瞬間、涙を流し、天を仰ぎ始めた。


「喜んでいただけて何よりです。よろしければこちらの計画も……」


 プエッラはこの機を逃すまいと一枚の資料を手渡した。


「お前、すげーよ。いや、まじで。そこまでやられて……」


 ヒューリはずっと引いている。


 エクテが計画書を確認した。


「なんでこれを最初に言わなかったの!? 行くよ、準備しないと!」


 エクテがプエッラの首根っこを掴み、飛んだ。

 彼の腕はいつの間にか治っていた。


「あいつら、やべーよ……ついていけねーよ……」


 森の中でヒューリは、ふたりが飛んで行った空を見上げて本音を漏らす。

 (かたわ)らには、いまだに天に祈っているラルウァがいた。


 フォルフォスは知らない。

 ──姉にとっては恐ろしい計画が、妹によって進められていることを。

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