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接客で頑張る

「これはあのテーブルにお願いします。カスタはあっちの対応を……」


 俺は他の生徒にテキパキと指示を出す。

 いきなり10人も客が入ったのだ。教室内はてんやわんやだ。


 俺は冷静に注文をさばいていく。

 それにしても、カスタは友達が多くて良いな……

 俺はこの学園祭に誰も呼べていなかった。呼ぶといっても数人しか思い当たらないのだが。

 勇者である俺に関わっていると、知られると何があるか分からない。

 エクテ、ごめんね……


「こちらが”フォスちゃん特製()甘々ケーキセット”になります」


 俺は一つのテーブルに、両腕いっぱいに乗せたお盆を並べる。

 そのテーブルには、謎の女性と麦色の髪をした姉妹が座っていた。


「ありがとうございます! あるじ……」


 年が若い妹の方が何かを言おうとしたのを、姉が口を防さいで止める。


「感謝いたします」

「そこまでお礼を言わなくても大丈夫ですよ。あなた方はお嬢様なのですから」


 姉の方が深々と頭を下げている。

 先ほど血を流すほど飢えていた女性は、あまりの感動に固まっているようだ。

 待ちに待った甘味だ。そうなるのも仕方が無い。

 と、その前に……


「もえもえソースのサービスは受けられま……」

「お願いします!」


 女性がいきなり声を上げた。

 教室内が一瞬びくつく。


「かしこましました。では、失礼して……」


 やっとこいつの出番が来たようだ。

 俺は絞り袋に入った特製ソースを手に持ち、女性のケーキにかける。


「もえ、もえ、きゅん!」


 できるだけ可愛い声を作って、ソースをハート形にする。

 何度も練習させられた、完璧な奉仕の仕草だ。

 本当はケーキを埋め尽くしたいのだが、それは我慢。

 さあ、甘さの迫力にときめくがよい。


(きゅん)……」


 死んで……る……

 女性の体が魂が抜けたように脱力する。

 彼女の鼻からは血が流れていた。


「カスタ、大変、食中毒よ!」


 焦りのあまり俺は意味不明なことを言った。

 女性はまだ一口も食べていない。

 それでも、食を提供する身として最悪の事態を想定してしまった。


 カスタが駆け寄ってくる。

 そして女性の表情を確認し、告げた。


「ご臨終(りんじゅう)です……」

「死因は、なんなの……?」

「”萌え”の過剰摂取ですね。幸せな最後だったと思います」


 なんてことだ……もえもえソースがこんなにも危険な代物だったなんて……

 ソースを持っている俺の手が震える。

 とんでもないものを生み出してしまったかもしれない。


「会長、後で怒られますよ」

「良いじゃんバーリィ。私は最高の結末だと思うけどな~」

「知りませんよ……フォスさん、悪ふざけにつきあっていただき申し訳ありません。この方は(じき)に起きると思いますので、気にしないでください。たぶん疲れているだけです」


 本当か? ならよかった……

 俺は胸を撫でおろす。営業停止になる所だった。


「では、お二方(ふたかた)はもえもえソースの……」

「「お願いします!」」


 姉妹が即答する。

 それに続いて教室内の各所から『私にもお願いします!』と声があがった。

 やれやれ、これは大変だぞ。

 そう思いながらも嬉しくなった俺は、来店したカスタの友人全員にもえもえサービスを行うのだった。




 これは、本当に……大変なことになった……


死屍累々(ししるいるい)とはこのことを言うのか……」


 目の前に広がる光景。

 客全員が意識を失い、倒れこんでいる。

 それは、殺戮の後の惨状と呼ぶにふさわしかった。

 サービスの途中からやけくそになり、全員に対して”もえもえ”した結果がこれだ。


「カスタ……これ大丈夫なんだよね?」

「大丈夫ですよ~。ヴィオレンティア商会は激務なんで、気持ちが緩んだんじゃないですかね~」


 カスタは特に気にした様子も無く、気を失っている少女たちを起こして回る。

 俺も担当したテーブルに行き、女性と姉妹の目を覚まそうとした。


「もしもーし。お待ちかねのデザートは目の前にありますよー」


 女性を揺さぶりながら声をかける。


 いきなり目を見開いた女性に、俺は抱き着かれた。


「あの……大丈夫ですか?」


 女性は動かない。

 俺の頭上に顔を埋め『スー、ハー』という荒い呼吸をしている。


「私としたことが、つい。素晴らしいものを堪能させてもらいました」


 女性が顔を上げ、礼を言ってくる。

 意味が分からない。まだ何も食べてないはずだ。


「そろそろお時間です」


 隣に座っていた、確かカスタにバーリィと呼ばれていた少女が女性に耳打ちした。


「ちっ、まあいい。おねえ、フォスさん、お持ち帰りはできますか? できればお土産の分も」


 舌打ちが聞こえた気がしたが、気にしないでおこう。

 こんなにも礼儀正しい淑女が、そんなことをするはずがない。


「はい。しばらくお待ちください」


 持ち帰り用のケースを取りに、作業台へと戻る。

 教室内では、カスタの『起きろー、仕事だぞー』という声が響いていた。


 生徒総出で持ち帰り用のケーキを準備して、出口でお見送りをする。


「大満足です。またお会いできるといいですね」


 そう言った女性は唇を噛みしめ、血を(にじ)ませながら歪んだ笑顔を見せた。


「は、はい……またのご来店お待ちしております」


 この人、怖い……

 喫茶店に来て、何も食べず、終始血を流していた女性。

 意味が分からな過ぎて、俺の中の困惑が恐怖へと変わる。


「カスタ、おね、フォスさんをお願いしますね」

「任せてください!」


 何で俺が心配されているんだ?


「「「ありがとうございました!」」」


 商会の少女たちも深々と頭を下げ、そして廊下の先へと消えていった。


 嵐のような出来事だった。

 俺の疑問は何一つ解消されることなく、(うず)となって頭の中に残る。

 俺は茫然(ぼうぜん)としたまま、隣で立っているカスタに話しかける。


「カスタのお友達って、その、個性的ですね……」

「そうですか~? みんな甘いものが大好きなだけの純粋無垢な女の子ですよ」

「なら良いのですが……ケーキ、ちゃんと食べてくれますかね……頑張って作ったのだけど……」

「大丈夫です! 勇者様のケーキを捨てるなんて、それは死罪ですから!」


 そこまでは求めていない。

 でも、帰り際に見せた少女たちの笑顔は本物だ。

 時間が取れないのなら、職場でゆっくりと食べたらいい。

 甘味を摂取するその瞬間、人は自由になれるのだ。


「フォスさーん、お疲れさまー。休憩入っていいよー」

「はーい。皆さんもお疲れさまでしたー」


 後片付けをしていた生徒から声をかけられる。

 この後は何をしよう? せっかくだし、学生として普通でも満喫させてもらおうか。


「じゃあ、後はよろしくね」


 後の営業をカスタに任せ、俺は更衣室へと向かう。

 とりあえずはこの鬱陶(うっとう)しい服を脱ごう。その後は催し物の偵察だ。

 世界を掌握した暁には”魔王祭”を開催するのも悪くないな。くくく……


  *


 神の槍(オスカル)の支部、とある研究所にて。


「クリム、これの効果時間もっと伸ばせないの?」


 エクテは手に持った黒眼鏡を見せながら問う。


(シスタ)様、無理言わないでくださいよ。僕の力でもそれ以上は無理ですって。”完全なる擬態(パーフェクトミミック)”を使える魔族だって、すぐに姿を消しちゃうし……」


 研究所の所長であるクリムが疲れた様子で答えた。

 隠密の最上級魔法、ラメルですら使えないそれを持つ魔族が見つかれば、エクテは自由に姉の元に会いに行けるというのに。


 エクテは、目の前で申し訳なさそうにしているクリムの顔を見た。

 彼女の目元のクマが日に日に大きくなっている気がする。

 少し心配になるレベルだ。


「ちょっとは休んだら?」

「いえ、問題ないです! この研究が終われば人の魔導技術は新たな段階に……」


 へへへと笑いながら機械を愛でるクリム。

 この娘は昔からそうだ。気にするまでも無いか。


「でも、今日の妹様は機嫌が良いですね」

「そう? まあ、お姉さま成分を摂取できたからかな」


 久しぶりに感じた姉の匂い。

 ああ、今日はお姉さまと一緒に寝るんだ……お風呂は明日でいい……

 そうです、言いつけを守らない私はダメな妹です。お姉さま、こんな私に罰を与えてください、足でもなんでも舐めさせていただきます……


「妹様ー、鼻血出てますよー」


 流石に今日は血を流し過ぎた。

 エクテはふらつきながらも、虚空(こくう)から紙袋を取り出す。


「これ、お土産。お姉さまからだから、感謝していただくことね」

「おお、ありがたき幸せ」


 クリムが片膝をついて袋を受け取る。


「あ、忘れてた。以前入手した反勇者派の暗号文書を解読できました」

「バカ! それを最初に言いなさい!」


 エクテはクリムの頭をはたく。


「へへへ、話に夢中で……」


 受け取った資料には、学園祭の交流戦で勇者を狙うといった計画が書かれてあった。

 それについては問題ない。反勇者派などカスタひとりで殲滅(せんめつ)できる。


「これは?」


 もう一枚挿んであった報告のされていない資料。


「それは……その……不確定の情報なので参考程度に……」

「前から言っているでしょ。もっと自分の解析能力に自信を持ちなさい」


 読み進めていくうちに、ぼやけていた頭が鮮明になる。

 ところどころが暗号化されたままの文章の中に、気になる単語があった。


 『プエッラ・ケイオス』


「レートは今どこ?」

「魔界で調査中……」

「すぐに呼び戻して」


 プエッラが長を務めているケイオス一族を、ひと言で表すと『やばい』だ。

 エクテは念には念を入れて、魔法に長けた部下を招集する。


 お姉さまに、あの()()を近づけてはいけない。

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