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チサト−2

スーパーエクスプレスはルシタニア王国の誇る最先端の高速鉄道だ。鉄道と言っても、鉄のレールの上を走るのではなく、レーザーで敷設された空中軌道に釣られた状態で「走行」する。惑星エルデの北半球半分を覆うルシタニア王国は、スーパーエクスプレスで都市間を接続されている。

 私は何度かスーパーエクスプレスに乗ったことがある。車内放送は、ルシタニア語、そして、パルト帝国からの訪問者のためのパルト語が流れる。私たちの時代の慣習で、かならずパルト語から放送される。なぜなら、パルト帝国とは軍事的緊張関係にあるからだ。常に敬意を払い、かつ、要求するべきものは要求する。

 私達はパルト語やパルト帝国の技術はよく習う。交易は盛んだが、油断はできない。

 暗号数学の本もパルト語だ。ルシタニア語とパルト語、私達は両方使える。パルト製の製品を使うこともある。だが、20年前の心の奥底の傷はまだ深く残っている。

 パルト帝国も、ルシタニア王国も、他の雑多な国と違い、立憲君主的な社会主義体制で運営されている。高度なテクノロジーと社会体制は、非常に似ている。他の雑多な国は、それほど高度なテクノロジーを持っていない。

 多分私は、「敬意」と「敵意」は背反しないと考える。場合によっては相補し、共存する。

 そう、ユータがどう考えているか見当もつかないけど、私は、ユータに「敬意」と「敵意」の2つを感じるのだ。

 ユータは気がついていないようだ。ユータは、「何か」を感じるようだけど、それが何かをわかっていない。

 私はイライラする。私はユータの「何か」に敬意を感じ、そして、「何か」に敵意を感じる。

 そして、キョウコは「私のサイド」にいる。

 では、その「奇妙な同盟関係」のバランスが崩れるとき、私達はどうなるか。

 「奇妙な同盟関係」は、いつかは終わりを告げる。なので、私達は今を生きるだけだ。

 キョウコは暗号数学の本を読み続ける。私の隣で。暗号通信はコンピュータネットワークの要だ。それは、通信の秘密を保証する。

ユータはもちろん生粋のルシタニア人で、私もキョウコもルシタニア人だ。そういった話ではなく、人々の間に敷かれた境目は「国境」だけではない。私達には無数の境目が引かれている。見えることもあり、見えないこともある。それだけの話。そして、理解できることと、必要とすることと、敵意を持つことは、根本的に異なった要素だ。


パルト帝国との緊張関係は、現時点では何も起こっていない。そして、うまく行っているものは、基本的に動かしてはならない。そう、1ミリも動かしてはならない。アカデミアではそれを学ぶ。平和は奇妙なバランスの上に乗ってるのだ。

 グランダニア地方は、夏は北から風が吹き、冬は南から風が吹く。よって、暑すぎることも寒すぎることもない。私はこういう場所は好きだ。なぜなら、私のもと住んでたところとは違うから。

 9時になった。この惑星の2つある太陽の一つは、惑星の灰色の輪っかの端に差し掛かっている。

 私は黒いラップトップを鞄から取り出し、キーボードを叩いた。「千の顔を持つ英雄」は鞄にしまった。キョウコも鞄から黄色のラップトップを取り出した。ラップトップをグローバルネットワークに接続する。

 こうして私達は今日の作戦を開始した。ブンと空間を震わせ、ホログラムを現出し、ビリーF3T8が現れる。

「マスター。チサトさん。今日の作業を進めようぜ」

「ええ」私は応えた。

キョウコもキーボードを叩いて、グローバルネットを使ってユータを呼び出した。

ユータのホログラムが現出する。スーパーエクスプレスに乗っていたようだ。ちらちらとホログラム越しに車窓の風景が流れる。巡航速度なので、かなり速い。今は森の中を走っているようだ。ルシタニア王国は森の国でもある。

「きょうもやるのかー」

 ユータはとぼけた顔で言う。

「私が鍛えるって言ったじゃない。始めるわよ」

キョウコは、グローバルネットワークにある「そのファイル群」を共用の場所にダウンロードした。その常に変化する「ファイル群」の現在の状態を固定したものだ。

前の状態から変わっている。パルト帝国とルシタニア王国の各所で、国家の威信をかけて競うように開発された新手法が応用されているようだ。

「記述量が増えてやがるな。どんどん複雑になってやがる」ビリーF3T8がつぶやいた。

ユータはある画像をプロットした。

「昨日考えてたんだけど、こんなアイディアはどうだろうか?このモジュールとこのモジュールをこうやって直接つなぐ。対角線上に、そうすれば速度が上がるはず」

 私は少し考えて答えた。

「実際に動かしてみて、ベンチマーク取ってくれる?うまく動いたら実装する」

キョウコは手早くスクリプトを書き、ネットの雲の向こう側にあるマシンに投げる。マシンは音を立てて動き始めた。

私達のラップトップと、ネットの雲の向こう側にあるマシンは同じOSを積んでいる。CPUは微妙に違うのだけれど。もちろんビリーF3T8も同じOSだ。もちろん、私達も開発に参加している。

マシンは轟音を立てて動き出し、その轟音はネットの向こうから聞こえてくる。

コンパイルを始めた。一部分を変更して、モジュールすべてをコンパイルしているので、ちょっと時間がかかる。

完成したら、入念にテストされ、この惑星を覆うほとんどのコンピュータに実装される。

だから、私達がロジックを間違えると、世界は崩壊してしまうかもしれない。ほとんどの場合は間違ったロジックは他の人が修正するのだけど、油断は出来ない。私はこの状況にピリピリと快いものを感じる。

私達はしばらく作業を続けた。2つの太陽が若干傾き、時間が経つ。

「そろそろ今日の作業は切り上げるか」ユータは言った。

「そうね」

 私はそう答えると、「ユータ」と声をかけた。

「なんだよ」

ユータはぶっきらぼうに答えた。心なしか、ユータは私を恐れているように見える。気のせいだろうか。

「旅行楽しんできて、気をつけてね」

ユータは不意を突かれたように「あ、ああ」と答えた。

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