ユータ−3
キョウコはラップトップを取り出すと、ビリーに接続し、コマンドを叩いた。ビリーをメンテナンスするのは、キョウコにしかできない。何をやっているか、他の人にはさっぱりわからないのだ。僕は、その様子を後ろからディスプレイを見て観察する。これは、ゴロー先生に命じられたことだ。
「結構ゴミ溜まってるね。変なスレッドが結構走っちゃってる」
そうキョウコは言うと、余分なものはどんどん削除していく。いろんなものをバッサリ切っていく姿は、壮観でもあった。
削除してはいけないスレッドを切るとビリーは動かなくなる。
僕はいつものように感心して言った。
「何削除すればいいか、僕にはわからないからなぁ。キョウコはすごいよ」
そう言うと、キョウコは言った。
「フィーリングで決めてくのよ」
と言う、よくわからない回答が返って来た。
「でも、私って、こう言うことはできるみたいだけど、人にものを教えるのが下手なのよね。ユータってそう言うのうまいよね」
僕は、自分が教えるのがうまいと思ったことがない。ただ、必要に駆られて、人にものを教えることはあるけど。
「ゴロー先生も私と同じで、教えるの下手なのよ。それをユータがカバーしてる」
そうなのかな。僕は思った。ゴロー先生もすごい人で、僕は尊敬している。僕の周りにはすごい人ばかりだ。
「だから、私が何をしているか、ちゃんと観察して、他の人に伝えないといけないの、ユータは。だから、ずっと私と一緒にいて、私のやること観察してないといけないの。だから、本当は旅行なんて行ってる場合じゃないのよ」
キョウコはそういうと、うふふと笑った。
キョウコは、余計なファイルとスレッドの削除を終えると、設定を書き換え始めた。これも、何をやっているのか僕にはよくわからない。
僕は一生懸命それを観察した。
僕のラップトップには、キョウコのビリーに対する操作を言語化したアーカイブが詰まっていて、逐次それをルシタニア王立科学アカデミアのデータセンターにアップロードしている。
「終わった、これでいいよ」
そうキョウコはポンポンとビリーを撫でると、ラップトップを閉じた。
「ユータさん、早くマスターの技術覚えてくれよ。じゃあな、ありがとよマスター」
そう言うと、ビリーは消えた。ビリーを構成していた物質は散乱してしまった。
僕はキョウコの方を向くと、言った。
「さて、教授のところ行こうか」
「うん!」
僕たちは、アカデミアの赤茶けた古い建物が並んでいる中を歩いていった。建物の古さは、そのまま、アカデミアの歴史を表していた。キョウコは、僕の後をついてくる。ゴロー教授が何の用だろうか。
僕は教授がいつもいるアカデミアの中程の建物に入って行った。「王立高エネルギー物理学研究所」と書いてある。教授の専門は、よくわからないんだけど、核融合に近いことらしい。核融合とは、水素から無限にエネルギーを引き出す方法。あと1、2年で実用化らしい。
「この建物、結構危険なものあるみたいね」
そうキョウコは言った。
そうキョウコは言った。
「うん。色々あるよ。高出力のレーザに高電圧、有毒な化学物質、放射性物質。教授の部屋にあるもの触っちゃダメだよ」
僕は教授の部屋にどんどん歩いて行った。ドアをノックすると、「入っていいよ」とゴロー教授の声。
ドアノブをひねり、キョウコと共に部屋に入った。ゴロー教授の机の上には、本が雑然と並んでいる。
「高エネルギー工学概論」「サイバーセキュリティ入門」「低階層プログラミング」結構乱読だとわかる。
教授はいつものように、論文を読んでいた。いつも教授は、ネットワークからダウンロードして読んでいる。こういう勉強熱心なところは僕は好きだ。
教授はいつもの声で、「最近どう?うまくやってる?研究進んでる?」と言った。
僕は、「ぼちぼちですね。どんな要件ですか?」と言った。
教授は言った。「ユータくん、クレアに行くんだよね」
「はい。行きます」
教授は、小さな黄緑色のメモリスティックを取り出して、ポンと机に置いた。僕はちょっと警戒して、そのメモリスティックを見た。
教授は言った。
「ユータくん、これクレアのドルディム王立数学研究所まで運んでくれる?」
僕は、そのメモリスティックに手を伸ばさずに言った。
「中身は何ですか?」
ゴローは、怪しげな笑みを浮かべて、即答した。
「機密情報が入ってる。中身見ちゃダメだよ。でもどうせ鍵がないと見れないけどね」
僕は、さらに警戒して、ゴロー教授に尋ねた。
「僕に頼むより、もっと確実な方法があるように思いますが、暗号化してネットワークで送るとか」
ゴローはニコッと笑って、メモリスティックを手に取った。
「君は知る必要はない。ただ、これを王立数学研究所まで運んで欲しいんだ」
ゴロー教授は時たまこういう意味不明のミッションを課す事がある。
「まあどちらにせよ、クレアは行く予定なので問題ないですが」
僕はそのメモリスティックをカバンのポケットに滑り込ませた。
「無くさないようにね」
そうゴロー教授は素っ気なく言うと、印刷済みの論文に目を戻した。教授はいつも知識を求めている。僕は教員があんまり好きじゃないが、ゴロー教授だけは別だ。なぜかと言うと、いつも真摯だからだ。
キョウコと僕は、教授に礼をして、ドアを開けて、外へ出た。
キョウコは外に出ると、「メモリスティック見せて?」と言った。キョウコは時々こういうよくわからないことを言う。
「いやだ」
僕は言った。
「そう、ケチ」そうキョウコは言った。
そして、僕たちは歩き始めた。今まで気がついていなかったが、僕たちの真上は晴れていたが、遠くには雷鳴が轟いていた。
そう、僕たちは歩き始めたんだ。「新しい機械の時代」に。