ユータ−2
僕は張り付いたような笑顔を浮かべた。そして、笑顔を浮かべながら、再び寝っ転がって、僕は観念的空想を再開した。そう、観念的空想だ。それは自分でもわかっている。
キョウコは、つまらなくなったのか、カバンからラップトップを取り出して、叩き始めた。キョウコと僕は、草原の真ん中で、あんまりお互いに言葉を交わさないで、一緒にいることがある。そういう時は、あんまりモヤモヤしない。お互いに何も言わないでも、わかっているのだ。
この星、エルデの灰色の輪が、青い空にかかっている。エルデバラーン星系の太陽が傾いて来た。矛盾した感情を抱えながら、僕は自分の作業をまとめると、立ち上がった。
キョウコも立ち上がって、スカートを払った。ラップトップを閉じると、カバンに押し込む。
「ねえユータ。卒業したらどうする?」
「なんだよ突然」
僕は、言葉を濁した。キョウコが嫌味で言っているわけではないことはわかっている。キョウコは僕と同じ進路、同じ街に住みたいのかもしれない。同じ空気を吸っていたいのかもしれない。でも、僕は言葉を濁した。
「ユータ、私、卒業したらトスラに行きたいんだけど、どう思う?」
キョウコは、そう提案する。そう、提案だ。
僕は、キョウコのことが好きだ。キョウコといると安心する。ただ、僕には、キョウコといる価値がないと思う。僕の空想は、キョウコの実利的なものと違って、あくまでも観念的空想だ。
「うん、トスラに行くしかないよね」
そう僕は答えた。ルシタニア王国の王都トスラ、アカデミアを卒業した生徒は大体そこへ行く。
「グランダニアは、あんまり仕事ないしね。やっぱり」
そう僕は付け加えた。
「キョウコは、いろいろもの作ってていいね」
「うん、新しいゲーム作ったよ」
そうキョウコは言うと、端末を差し出してきた。ディスプレイには、色鮮やかなキャラクターが動いている。こういうものを作ってくるキョウコは尊敬する。
「ここはね。こうプレイするんだよ」
僕がまごついていると、キョウコはボタンを押して、操作してみせた。不意に近づいた時、キョウコのシャンプーの匂いがする。
キョウコは、僕と歩きながら、少し興奮気味にゲームについての説明をして、それから、僕の目を覗き込んだ。
「ユータ、ちゃんと見てる?」
「ああ、見てるよ」
そういって、僕の目を覗き込んだ。僕はその黒い目を見て、少しドギマギする。
僕は、目をそらした。アカデミアが近づいてくる。古風な赤茶けた建物だ。
「あ、誰かいる」
ふと見ると、黒髪長髪の女の子が立っていた。旅行バッグがあるので、遠くから来たようだ。
向こうもこっちに近づくと、訪ねてきた。
「ルシタニア王立科学アカデミアって知ってる?」
僕は返した。
「ルシタニア科学アカデミアってここですよ。僕たちはそこの生徒です」
その女の子の表情が明るくなった。微笑むと、続けた。
「じゃあ、そこの生徒のユータって知ってる?」
「ユータって、僕もユータですが」
その女の子は、僕の名字と名前を言った。
「それ、僕かもしれません。何か用ですか」
その女の子は、右手を差し出した。思わず僕も右手を差し出した。
「ユータさん、私はユータを鍛えに来ました。私はチサト。よろしく」
そう言って、握手をすると、あとは何も言わずにガラガラと旅行バッグを引きずって、建物に入っていった。僕たちはその姿を見送った。
謎めいたその女の子は、奇妙な余韻を残していった。
「すごい美人。でも、ユータを鍛えるってどういうことだろう」
キョウコも謎の少女、チサトにあっけにとられていたようだった。
「さあ」
不意にホログラムが現れる。
クロヒョウのような姿が現れる。一見すると動物だが、ちゃんと人語を喋る、AIのインターフェースだ。
名前は、ビリーF3T8。
ビリーF3T8はキョウコの方を向いて言った。
「マスター。教授が呼んでるぜ」
ビリーはキョウコのことをマスターと呼ぶ。
「あと、マスター。今日メンテナンスしてないから、ちょっと調子が悪い。早くメンテナンスしてくれ」
ビリーはいつものとぼけたような声だ。
キョウコはビリーの毛のフサフサ生えた体を撫でながら、言った。ビリーは、近くの空気や物質で実体化する。
「あ、はいはい、ちょっと待ってね」