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銀色の子供

――それは誰にも語られなかった御伽噺。


少女は息苦しさと絶望の中で空から降る白い雪を見ていた。


ひらひらと舞い落ちるそれは少女の赤が一房だけ混じった黒髪に触れ、混ざりこむように溶けて消えていく。


「おい、こっちだ。急げよ…あの忌まわしい人間どもよりも先に宝を捧げるんだ」

「わかってる。もう少しだ」


途切れることなく降り続ける雪以外はすべてが闇に包まれた夜に全身を縛り上げられ、口まで塞がれた小さな少女を複数の男たちが担ぎ上げ、さらに崖に生えた木に縛り付けていた。


小さな少女はぐったりとしていて浅い呼吸を繰り返すばかりで身動き一つ見せる様子はなく、縛られているという状態を考慮しても衰弱しているようにしか見えなかった。


「よし準備できたぞ」

「うむ…では始めよう」


男たちが縛られた少女から離れるようにその場を後にし、一人残った男が少女の虚ろな瞳を覗き込みながら語り掛ける。


「恨むなよ、むしろ喜ぶべきだ。これはお前にとってとても名誉なことなんだ。人間どもとの争いが続くこんな世の中で…生を受けた貴重な子供…つまり「宝」それをこの先にある銀聖域に住まう銀の神様に捧げることで我々の信仰、忠誠心を知ってもらいご加護をいただく…お前の尊い奉仕で我々魔族すべてが救われるのだ。その役目を賜った光栄を噛みしめよ」


そして残った男も去り、少女の世界から音が消えた。

静かな闇の中、冷たい風が肌を切りつけ体温を奪っていく。


何もない…ただただ…無だ。

そんなことを考えていた少女からは見えていなかった。


背後の離れた位置から男たちが少女に向かって魔法を放とうとしていることを。


少女が縛り付けらている木の先には銀聖域と呼ばれる地があった。


銀神領において神が住まうとされる神聖なる場所…全てを拒む結界に囲まれた未知と神秘に包まれた場所が。


何者もその場所に立ち入ることはできない。

結界の先に踏み入ろうとすると、なぜかそれ以上踏み出せなくなる…どれだけの意志を持ったとしても先に進もうとすら思えなくなる。

精神的に拒絶されるのだ。


だがそんな結界にも一つだけ抜け道があった。

入ることはできないが「送り込む」ことはできるのだ。


条件は二つ。

――送り込まれる者が銀聖域に立ち入ろうと思っていないこと。

――その者が「偶然」銀聖域の結界を超えてしまうこと。


縛られた少女は大まかな事情は理解しているが詳しいことは何も知らされていない。

目の前にある場所が何なのか…なぜ自分がこんな目に合うのか。

これから何が起こるのか…何も知らないのだ。


そして男たちはそんな少女に向かって魔法を放つ。

瞬間、大爆発が起こり少女が縛り付けられていた木が少女もろとも吹き飛んでいく。


これは事故だ。

たまたま木に縛り付けられた少女がいる場所に、たまたま魔法が直撃し、たまたま何も知らない少女が魔法と爆風に身を焼かれながら、たまたま銀聖域の方に吹き飛んでいく。


やがて少女は銀聖域の結界の向こう側の闇に溶けるようにして消えていた。

それを見届けた男たちはやり遂げたのだと誇らしげな顔を見せながら肩を組んで今度こそその場を去っていく。


これがこの地で長く続く神への貢の儀式だ。


────────────


「たーっくふざけやがってカスどもめ―。何人目だよちくしょうー…こんなチビを…」


そんな声と共に「揺れ」を感じて少女は目を覚ました。

全身を絡めとっていた拘束は無くなっているようだが、全身がズキズキと痛んで結局は身動きが取れない。


そんな中でも何が起こっているのかと瞳だけを動かして周囲を探ると、どうやら自分は誰かに担がれてどこかに運ばれているのだと理解した。


運んでいる相手は…自分よりは少し大きいくらいの少女のように思えた。

この少女はいったい誰なのか…訪ねようと口を開こうとしたが長時間縄を噛まされていたせいか顎がうまく動かず声にならない。


「うぅ…ぁ…」


それでも言葉になっていない音を出すことはできた。

すると運んでいた少女が身体をぴくっと震えさせたかと思うと、少女を地面に降ろし、顔を覗き込んできた。


それは真っ赤な髪の少女だった。

いや…よく見ると髪の内側に差し込むように黒が混ざっている。


「お、お前…まだ生きてるのか!?」


驚いたような顔でぺちぺちと頬を叩いてくる赤髪の少女にうめき声で返す。


「うぅぁ…」

「生きてるー!!!お前!よく頑張ったなっ!もう少しだけ生きろ!!あとちょっとがんばれっ!!」


赤髪の少女は両手を翳すように少女に向けた。

するとそこに銀色の光が闇を照らすように輝き、まるで今も降り続けている雪のようにゆっくりと降り注ぎ始めた。


不思議なことが起こった。

銀色の光が少女に体に触れるたび、その部分から痛みが消えていく。

完全になくなっているとは言えないかもしれないが、少なくとも身動きが取れないほど痛くて辛い…という事は無くなっていた。


そうしてものの数十分ほどで少女は起き上がって自らの足で立てるまでに回復したのだった。


「おぉ…おおー!ほんとにいきてる!お前―!よく頑張ったぞっ!褒めてやる!」


赤髪の少女は何が嬉しいのか満面の笑みで少女に抱き着き、撫でまわしてくる。


「わわっ…え、えっと…」


状況が飲み込めずに困惑していると赤髪の少女は「あっ!」と声をあげ、踊るようにくるりと回りながら少女から離れ、そして顔に手を当ててビシッ!とポーズをとる。


「名乗るのが遅れたなっ!お前を助けたこの私ちゃんこそ銀の力を操りし魔女!名をカナレア!カナレア・セレナーデ!カナレアちゃんとかカナちゃんとか好きに呼んでいいぞっ!」

「あ…え…?」


「こらーぼさっとするなーっ!名前を教えてもらったら名乗り返すのがまなーだろーっ」

「え、あ…な、なまえ…えっと…わ、わた…し…ゆ…」


「ちっがーう!!」

「ぴっ!?」


名乗ろうとした少女に赤髪の少女…いや、カナレアがものすごい速さで肉薄するとその手を取ってむりやり顔にあてさせられる。

さらに脚も肩幅より広めに開かされ、腰をややのけぞらせるように指示され…謎のポーズを取らされた。


「名乗るときはこう!かっこよく決めないとダメだろーっ!」

「あわわわわ…」


「あわあわすなーっ!名乗れ―!はやくっ!」

「ひ、ひぃぃ…!わ、私は…!ユキ…スノーホワイト…です…」


「スノーホワイト…?むむむ…」


少女…ユキが名乗るとカナレアは難しい顔で考え込みながらユキの周りをぐるぐると回り始める。

だいたい5週ほどしたところでカナレアがユキの顔を覗き込む。


「なぁお前―」

「は、はい…」


「親はどうしたー。そのスノーホワイトって名前は大事かー?」

「え、えっと…両親…わ、わた、し…すてられて…」


「ふむふむ。じゃあそのスノーホワイトって名前はいらないなー?」

「え…?」


「いらないよなーって。自分を捨てた家族の名前なんていらないだろー?なー?…いや、なぁんかあまり好きじゃない響きなんだなぁーその名前…理由は分からないけど…別のに変えないかー?もちろん嫌ならいいけどさっ」

「あ、あの…」


ユキはその問いにうまく答えることができなかった。


「…まぁいいや!とにかく生きてるならなんでもいいもんなー。でもまだ疲れてるだろうしお腹もすいてるかー?とにかく「うち」にこいよー」

「うち…?」


「うんー。ママもたぶん歓迎してくれるとおもうし、行くところもないだろー?捨てられたんだもんな―。とにかくこいよーほらー」


カナレアに手を引かれ、ユキは静かな森の中を進んでいく。

先ほど縛られていた時の孤独と恐怖の中の静けさとは違って、この場所は遅しさのない静かさだった。


神聖な気配に満たされていると言えばいいのだろうか。

とにかく空気が澄んでいる故の静かさだ。


やがてユキはそこにたどり着いた。

雪が積もっているというのにもかかわらず、植物が生い茂り、そしてその中心にあったのは大きな古びた教会。


壁に亀裂が奔っていたりするが、それでも不思議と崩れそうには見えない。

むしろその建物の普通ではない荘厳さを演出しているとさえ思えた。


果たして自分が踏み入ってもいい場所なのか…そんなことを考えてしまう厳かな雰囲気もものともせずカナレアはユキの手を引いたまま教会の中に入っていく。


そしていくつかの扉を越えた先、広々とした場所に無操作に置かれた古びたソファー…その上にそれはいた。


はじめユキはそれが大きな銀色の狼に見えた。

だがすぐにそれは勘違いだったことに気づく。


もふっとした長い銀髪の女性がこちらに背を向けるようにしてソファーの上で眠っていたので狼のように見えてしまったのだ。


女性はごろんと器用にソファーの上で寝返りを打つ。

目を閉じていてもわかる…息を呑むような美人だった。


「あ、あの大人の人が…?」

「おー、あれがウチのママー。しかしなー出てくる前に起きてご飯食べろって言ったのになー…また寝てるなー…ぐーたらさんめー…」


はぁーと呆れたようにカナレアが大きなため息をついた。

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[一言] 独特な一人称…「スノーホワイト」が嫌い…大きな銀色の狼…降り続ける雪…うっ霜焼けが
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