少女たちの談合~幼女を添えて
それはある種の幻想的な光景だった。
日が落ちて夜の帳が落ちる中、銀神領では空を見上げるとひらひらと舞う雪が昼と変わらず舞い降り続け、黒を銀世界へと染め上げていた。
闇の中でもなお輝くそれを踏みしめながら、誰にも侵せない銀聖域のすぐそばの大きな木の下で二人の少女が息を殺しながら向かい合っていた。
「か、カナちゃん…ごめん遅れちゃった…」
「こらーユキ―、遅れるのはいいけど「外」では名前を呼ぶなって言ってるだろー。バレたらどうするんだっ」
「ご、ごめんお姉ちゃん…でもお姉ちゃんって呼んでたら結局は同じじゃないのかな…?」
「おなじじゃないやいー。知らない女の人に向かっておねーさんとかってよく言うだろーっ!ユキはおバカだな―」
「ご、ごめん…でもお姉ちゃんはガッツリ名前呼んでるからね…?」
「…」
夜の闇で色を持つのは銀の雪のみ。
二人の少女はお互いにフードを目深にかぶっているのもあり、その顔は見えなかったが、フードの隙間から片方の少女からは黒髪が、もう片方の少女からは赤い髪が覗いていた。
「あ、あのカナちゃ…お姉ちゃん…ところでその…何を背負ってるの…?」
黒髪の少女が赤髪の少女の背中を覗き込むようにしてそう言った。
と言うのも赤髪の少女は背中にやや大きめの布でくるまれたような荷物を背負っており、しかもそれは時折少しだが動いているように見えたのだ。
「ん?あぁこれなー。外から来たちびっこみたいなんだー。危ないかもだから保護してるー」
赤髪の少女に言われ黒髪の少女がよく目を凝らしてみると確かにそれは小さな子供…幼女の様に見えた。
「そ、そうなんだ…で、でもここに連れてきてよかったの…?もし話を聞かれてたりしたら…」
「大丈夫大丈夫ーちゃんと寝てるからー。こんな時間までちびっこがおきてるわけもないだろうしー。なー?ちびっこー」
「ぐーぐーすぴょー」
「ほら寝てるー」
「ならいいけどー…」
「すかーぐーぐー」
「それにほらー一人にしておくのはやっぱり怖いだろー。大人はみんな悪い奴だからなー」
「…そうだね、うん」
少女たちは頷き合い、雪が覆っている近くの岩に腰かけた。
「よっしゃーじゃあとりあえず最後の確認なー。その前に少しお腹が空いたから私ちゃんは二人分おやつを持ってきたっ」
「あ、わたしもー」
少女たちはそれぞれ懐からお菓子を取り出し、半分に分けてお互いに交換する。
何も言わずともそうすることに二人の仲の良さを感じられた。
しかしそんな仲を引き裂くかのように赤髪の少女の背後からとてつもない異音が聞こえてきた。
ぐぅぅぅぅぅぅぅ
まるで獣が鳴くかのような…あるいは地響きかのようなその音は赤髪の少女の背負う幼女の腹から聞こえていた。
「…お腹が空いてるのかな?」
「かもなー…やっぱり十分なご飯を貰ってないのかもなーこいつー。しかたない、この優しい私ちゃんがおやつを分けてあげよう」
「わ、わたしも…」
少女たちは半分に分けたお菓子をさらに半分に分け、背中の幼女の口に差し出した。
すると幼女は目を閉じたまま、すさまじい勢いでお菓子を吸い込んでしまった。
「…本当に寝てる?」
「寝てるはずなんだがな―。寝てるよなー?」
「すぴょー…もぐもぐもぐもぐもぐ、すぴーぐーぐーむしゃむしゃむしゃむしゃ、zzz」
「うん、寝てるなー」
「寝てるねー。じゃあ話を進めようかお姉ちゃん」
「おうー。実はこっちの方にさーなんかこのちびっこの他にもう一人外から来てなー?強そうだったから戦力に加えたんだー」
「え…実は私の方も…強そうな魔族さんが来たから勧誘したんだけど…ぐ、偶然かな…?その人…その…最初人間さんたちに捕まってたって嘘ついてて…ちょっと怪しかったけど強そうだったからいいやって…」
「うーん…なんか怪しいかもな―。戦力に加えないほうが良かったかもな―。でもいい感じに強そうだったからさー…正直今のままじゃあ魔物のほうが強いじゃんかー。だからあのねーちゃんの加入でちょうどいい感じになると思ったんだけどなー」
「そ、そうなんだ…あ、じゃあこっちに来たおねーさんの方を前線に出さないとかで調整を…」
赤髪の少女は人間の、黒髪の少女は魔物の…戦争中の二つの種族それぞれの情報を話しながら意見を交換していく。
まるでゲームのルールを決めるように。
「なるほどなるほどー…結構行き当たりばったりだけどこれでいい感じになったかもなー」
「う、うん…そうだね…たぶんこれでどっちが勝ってもおかしくなくなった…と、思う…かな…?」
「うんうん。力が拮抗してるはずだからたくさん被害が出るぞー。そのうえでどちらかか片方は完全に消えるっ。これ以上のやり方はたぶんないっ」
「うん…もう少しだね、お姉ちゃん」
「うむうむーこれで「みんな」もぐっすりできるし、「ママ」ものんびりできるようになるさー」
「うん。頑張ろうね、おねえちゃん」
「すぴーすぴーぐががががー」
二人は一度だけぎゅっとお互いの手を握るとそれぞれに背を向けて闇の中に歩き出した。
雪の積もった地面には小さな足跡が残っていたが、それもやがて空から降る銀に覆い隠されて見えなくなっていくのだった。
小さきものの間に挟まるさらに小さきもの




