神の子
少々リアルがごたつくために最低三日、最長で一週間ほど更新が止まります!
すみません!
戻ってくるので次回をお楽しみに下さいませ!
ソードはとくに当てもなく周囲を散策していた。
なにか「銀の神」の情報に繋がるモノがないかと思っての事ではあったが、信用されていないのか常に背後から監視をするように鎧を着た男が付いてくる。
いまは派手に動くつもりはないのもあり、目立ったことは行えず、ただ散歩をしているだけになっているのが現状だ。
「いや…逆に話を聞いてみるのがいいのかな?」
くるりとソードは体の向きを変え、遠心力でその立派な胸部が面白いほどに揺れる。
思わず鎧を着た男はそちらに目を奪われたが、それも一瞬…すぐに険しい顔つきになり「なにか?」とソードを威圧するように声をかけた。
「そんな怖い顔をしなくてもいいじゃないか。いやなに、どうせついてくるのなら雑談でもと思ってね」
「…」
「僕を魔物との戦いの駒にしようとしているのだろう?わかってて利用されてあげるんだ、少しくらいは寄り添ってくれてもいいじゃないか」
「…何が聞きたい」
ソードは鎧の男に気づかれないように上から下へと男を観察した。
男はカナレアの傍に侍っていた人物であり、鎧が他の者たちのそれに比べてやや高価なものに見えることからおそらく地位が高い人物なのだろうと判断し、ならばと少し突っ込んだことをいきなり聞いてみることにした。
それによりこちらに対してどの程度歩み寄るつもりがあるのか、どの程度警戒されているのかを計ろうとしたのだ。
「どうだな…とりあえず気になったのは「巫女様」の事かな。何者なんだい?彼女」
「なぜそんなことを聞く」
「気になったからだよ。だって不思議じゃないか。周囲を散策してみたけれど近くに子供の姿はなかった。というかこの場所にいるのはほとんどが戦闘要員の…大人たちだけだ。がっしりとした体つきの男性が多い。女性はほとんどいないようにも思える。そんななかでどうしてあんな10歳そこらに見える少女をこんな場所まで連れ出して担ぎ上げているのか…気にならないはずがないだろう?」
「…」
「大の大人がこぞってあんな幼い少女に頭を下げて崇めるなんて異常…」
言葉の途中でソードは「あっ」と何かに思い至ったかのように口を噤み、視線を左右に振ったのちにごほんと咳払いをした。
「崇めるだなんて「あんまり」聞かないじゃないか。そんなことしている場所だなんて「ほとんど」ないだろう?だからどうしてそんなことになっているのか気になってね。差し支えなければ教えてくれないかな?ほら、もしかしたら僕も理由を知れば巫女様を尊敬できるようになるかもしれないし」
「…ふぅ。いいだろう、別に隠すことでもないからな、話そう…巫女様は「神の子」なのだ」
「神の子、ねぇ。比喩だとは思うけれどどういうことなのかな。まさか本当に神様から生まれたわけでもあるまいし」
メアと同じようにソードもカナレアがただの人間であることは直感で見抜いていた。
何か力のようなものを隠している気配はあったが、それでも種族的な意味で人間であることは間違いがないはずだ。
それでも大の男が彼女は神の子だと口にした。
それはなぜなのか、そこにソードはこの国を取り囲む大きな流れのようなものを感じていた。
「…この銀神領は100年以上も前からあの汚らわしき魔物どもと我らの争いが続いている。理由は分からないがこの地で生まれた魔物は上級…分不相応にも高度な知能をもって生まれることが非常に多い。それもあって腹立たしいことに他の国とは違い、魔物との間に領地を巡っての「戦争」などと言う行為が成立してしまうわけだ」
「ふむふむ」
「奴らは虫だ。少し時間を置けば汚物に群がる蛆のように数を増やす。負けはしないまでも我々人間は徐々に追い込まれ、疲弊していった」
「まぁそうなるだろうね。この国から出ようとは思わなかったのかい?」
「ふっ…旅人と言っていたが世間知らずのようだな。先ほども言ったがこの地では知能を持った魔物が生まれやすい…そしてそれは業腹にも我ら人間の真似をすることができる個体もいるという事だ。中には見た目すらもほとんど人間と変わらないゴミもいる…そういう事情もあり、よその国では銀神領出身者は歓迎されぬのだ。もし受け入れた者が魔物であった場合取り返しにつかないことになるからな」
「なるほどねぇ」
当然白神領の教会所属という事もあってソードにはそのあたりの知識があったが、何も知らない世間知らずを装うためにあえて問いかけたのだ。
そのかいもあって男はソードを無知だと侮り、少しだけ警戒を下げた。
「とにかくそういう事情もあり、この地で生きていくしかない我らの先祖はある時、助けを求めたのだ…この地を守護せし神にな」
「ふーん?もしかしてそれは例の「銀聖域」と何か関係が?」
「ああ。あの場所には不思議な結界が存在していて何者も立ち入ることができない。最初は魔物の卑劣な策略かと思われたが、奴らもどうやら銀聖域には入れないらしくてな…いつしかあの場所には神が存在していて、この地を見守っているのだという話が広がったそうだ」
「ありがちではあるかな?」
「追い詰められているとまでは言わなくとも、文字通り神にも縋りたかった当時の人間たちは銀聖域のギリギリ外に祭壇を建て、そして我々人間をお救いくださいと願いを捧げたそうだ。そして神への願いにはそれ相応の供物がいる。だから彼らは捧げたのだ…自らの宝を。戦争で数を減らしていく人間たちの最も価値の高い宝…そう、生まれたばかりの子供をな」
「あー…そういうやつか」
ソードは隠すつもりもない大きなため息を吐いた。
いつの時代も馬鹿な考えをする者はいるものだとの呆れを含んで。
そもそももし本当に銀聖域に銀龍がいて、それが神だと崇められている存在の正体ならば…人の子など捧げられても困るだけだろう。
龍によっては食べたりはするかもしれないが…ソードの母であるセラフィムの様子から察するにそのような気性の荒さは持ち合わせていないように思う。
つまり…当時の人間たちの行いはない一つ合理性のない、無駄な行動というわけだ。
「それだけ切羽詰められていたのだろう。なにせ宝である…尊いはずの子を捧げていたのだからな。毎年毎年、生まれた子の中から尊い犠牲としての一人を選別し、銀聖域の祭壇に捧げた。そしてそれを繰り返していたある時…巫女様が現れたのだ」
「んん?それはどういう…」
「彼女は銀の神に捧げられた生贄の一人だったのだよ」
「…」
話の流れからソードはそうなるのではないかと薄々思っていたが、ならばともう一つ、この地の人間に対する評価を下げることがあった。
産まれた子を尊い犠牲として選別した。
宝である子供を。
そう聞こえのいい言葉でごまかしてはいるが、ソードは見逃していなかった。
カナレアの髪には「黒」が混ざっていたことに。
その時点でほぼ間違いなく、それは尊い犠牲ではなく体のいい「処分」だったはずだ。
つくづく迷惑だっただろうなと、ソードはいるかもわからない銀龍に同情した。
しかしそれらの感情は顔には出さず、さらなる情報を引き出すために会話を続ける。
「生贄に捧げられたはずの子供が返ってきた…だから神の子と?」
「ああ。あの方が捧げられたのはもう20年も前だ。そして当時祭壇に捧げた者は、数日後に祭壇を確認した際にその子供が消えていたことを確認している。なのに数年ほど前に巫女様は我々の前に姿を現した。当時は信じられなかったが、身体的特徴が当時の記録とあまりにも一致しすぎていてな…そのほかの理由もあるが信じるしかなかった。そしてあの方は言ったのだ――」
――私ちゃんがお前たちを勝たせてやる!
――魔物を全て倒せば銀聖域の扉は開かれ、神様が現れるだろう。
「…なるほど」
「そして巫女様は人智を超越した力を振るい、魔物を殺して見せた。時を同じくして魔物側にも「魔聖女」などと言うまがい物が現れたそうだが、神の子である巫女様がいるのだ…負けるはずもない。どうだ?わかったか?あの方がどれだけ尊い存在なのかという事を」
「そうだね。よーくわかったよ」
そう言ってソードはニッコリと笑った。
そして誰にも聞こえないようにぼそりと呟く。
「どうやら一筋縄ではいかなそうだって言うことをね」
果たして一方的に生贄にされた子が戻ってきたからと言って人間のために戦うのだろうか。
よっぽどの聖人ならばそう言うこともあるかもしれない。
しかし…。
ソードは深くため息を吐き、周囲の雪に冷やされた白い吐息は空に流れて消えていった。