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幼女ドラゴンは生きてみる  作者: やまね みぎたこ
閑話編

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居場所

 リンカは闇の中で独り、ふわふわとした感覚に包まれながら眠っていた。

不思議なことだが確かに眠っているのを自覚しているし、目を開けていないのに周囲には静かで深い闇しかないというのもわかった。


しかしそこに恐怖は微塵もなくて…それどころか今までの長いとは言えない人生の中で一番安らげていると言ってもよかった。


先の見えない閉じた闇ではなく、焼け付くほどの真っ赤な光から守ってくれる安らかで静かな闇。

そんな中で眠る今こそが…ただただ穏やかだった。


そうしてリンカは気づく。

この闇は自然の闇ではないのだと。


誰かに優しく包みこまれているのだ…そう理解した。

一方的に虐げられ傷つけられ、壊された心を誰かが包み込んでくれている…ならもうこのままその優しさに甘えて、どこまでも深く眠りに落ちていくのもいいのかもしれない。


そう夢の中で考え始めたその時だった。


――トントン


なにかがリンカの胸を叩いた気がした。

それはどれだけ誇張しようとも強い衝撃とはいえない小さなものだったが、安らぎ以外の何もかもが存在していない闇の中では大きな波紋となり、リンカを繋ぎ止める。


(お願い眠らせて…もう外にはいきたくないの…)


――トントン


願い虚しくリンカの胸を叩く何かは止むことはなく…その意識は闇の外へと引っ張られていった――。


─────────────


「…あ…れ…?」


目覚めたリンカを出迎えたのは知らない光景だった。

いつも目を覚ます部屋の景色ではない…そもそも自分はいつ眠ったのか、何をしていたのか頭がぼんやりとしていて何も思い出せない。


辛うじて先ほどまで何か夢を見ていた気がするが、もはやどんな夢だったのかさえ思い出せず…ただただ強烈に喉が渇いていた。

そして…お腹が空いていた。


「んっ…とにかく起きなくちゃ…」


寝坊すると両親に何をされるかわからないから。

半ば強迫観念に駆られながら身を起こそうとして…リンカはそれに気が付いた。


胸の上に小さく黒いふわふわとしたものが乗っているのだ。

ふわふわとしたものはよく見るともぞもぞと動いており、それを認識した瞬間リンカは反射的にビクッと体を揺らしてしまい…真っ赤な瞳と目が合った。


やがて丸まっていたふわふわからぴょこんと長い耳のようなものが伸びて…ようやくそれが小さな黒ウサギだという事に気が付いた。


「な、なんでウサギが…それに全身真っ黒…」


黒とは穢れの象徴…自分と同じ、どこにも行き場のない虐げられる存在。


あなたもそうなの…?と黒ウサギに手を伸ばしたその時だった。


「うさタンクー!どこ行ったの―!」


どこか聞き覚えのあるわずかに舌足らずな少女の声が聞こえてきて、耳をピンと立てたウサギはリンカの胸元から飛び降りて声のした方に跳ねて行ってしまった。


「およ…ダメだようさタンク。ここはくもたろうくんとリンカちゃんが寝てるから…ってリンカちゃんおきてる!!」


ウサギを抱えて現れた小さな少女はリンカをみて驚いたような顔を見せた。

その少女は誰だっただろうか…ぼんやりとしたままの頭で何とか思い出そうとして…頭に鈍い痛みが奔った。


「うっ…」

「だ、大丈夫リンカちゃん?」


「は、はい…大丈夫、です…メア――さん…」


痛みの中で思い出した。

この少女の名前はメア…黒神領にいる素性がよくわからない女の子。

立場がよくわからないためになんと敬称を付ければいいのかわからず、ひとまず「さん」と呼んでみたけれど失礼だっただろうかと思ったが、メアは気にした様子もなく、心配そうにリンカの顔を覗き込んでいた。


「あ、そうだ!センドウくん呼んでくるね!おーい!センドウくーん!」


ガッシャーん!とメアが窓ガラスをぶち抜いて外に出ていった。

まるで嵐のような幼い少女の姿にリンカは頭の痛みも忘れてただただ茫然としていた。


────────────


それから数日。

リンカの体調は長い間眠っていたとは思えないほど良好であり、すぐに立ち上がれるまでに回復していた、

センドウによる診察でも体に異常は見受けられず、リンカ自身も不調は感じない。

ただ一点、黒一色に染まってしまった髪を除いては。


それを自覚した時、思ったよりショックは少なかった。

むしろこっちの方が中途半端だった頃より吹っ切れていいんじゃないかと思うほどだ。


そしてもう一つ、自覚はしていなかったが問題があった。

それは体調回復後のアザレアによる尋問が行われた時に発覚した。


「直近のことを何も覚えていない…記憶がないというのね?」

「は、はい…こちらでお世話になったあとの記憶が何も思い出せなくて…家に戻るために商人さんの馬車に乗ったという事はかろうじて覚えているような気はするのですが…」


「なるほど。思えばあなたウチにいる時から少し体調が悪そうだったものね。それが原因かもしれない…あの商人も途中で寝込んでいたって証言しているしね。でも記憶がないなんて話をうのみにはできないのは分かるかしら?それで済ませるには少し問題が大きすぎるわ」

「もんだい…ですか…?」


「そう。なんであなたはここで寝ていたかわかる?あなたを送り届けた商人があなたを連れて戻ってきたから…そして――」


アザレアから聞かされた話にリンカは目を見開いた。

無色領の近辺にあったはずの家は爆発が起こったかのように抉れ、さらにはリンカの両親と数人の使用人や教会関係者たちは首を刃物で切断されたかのような遺体で発見された。


そして世間的にはその娘であるリンカは行方不明となっており…その殺人事件を起こした犯人として手配されているというのだ。


「そ、そんな…私は何も…!」


していないとは断言できない。

なぜなら何も覚えていないのだから。


凄惨な事件の起こった現場で唯一生き残り、アザレアの頼み通りにその場に立ち寄った商人に保護された…状況だけ見れば怪しいのはリンカなのは間違いなかった。


「こちらとしてはアナタを教会に突き出すこともできる…でも同時にあなたはそれを回避する方法も手にしているわ。私とした「取引」の内容…覚えているかしら?あなたの身柄の保護を約束する代わりに、知りうるすべてを提供してもらう。今でもその約束は有効よ。さて…どうする?」

「…」


それはほとんど選択権のない選択肢だった。


そうしてリンカは正式に…といえばおかしな話かもしれないが、黒神領に身を寄せることになった。

いったいこれから自分はどうなってしまうのだろうか…不安と恐怖に苛まれたがそこでの生活は思ったよりも楽しかった。


まずリンカはメアを通じて黒神領に住むことになったと紹介された結果、「メア様教」の信徒たちに取り込まれた。

皆と同じローブを渡され、根掘り葉掘り話を聞かれ、聞かされ…最初は目まぐるしかったがすぐに慣れた。

そして不思議な居心地の良さを感じるようになった。


なぜなら信徒たちは黒髪だからとリンカを糾弾しないから。

汚らわしいと虐げないから。

それどころか「メア様教」の仲間として集会に誘われ料理をふるまわれたり、ともに農作業をして汗を流したりと誰もが普通の人間としてリンカを扱ってくれたから。


いくら黒神領にといえど完全な黒髪などそうはいない。

それこそ彼らの崇拝先であるメアくらいのものだ。

だがそれでも…彼らはリンカを異端と排斥はしなかった。


メア様教に求められるものはただ一つ…「メア様」を崇め、愛でること。

それ以外にルールはなく、そしてメアを崇めている限り誰しもが同じ信徒なのだ。

産まれも髪の色も種族さえ関係ない…まさにこの世の異端。

しかしそれがまかり通って当たり前となっている場所。それが黒神領だ。


ようやくリンカは…居場所を見つけたのだった。


「あ、うさタンクちゃんご飯ですよ」

「――」


もひもひと動く口に野菜の葉を近づけて食べさせる。

それはいつの間にかリンカの役割として定着した仕事…うさタンクのお世話だった。


最初はその名前にたじろいでしまったが、見た目はかわいいウサギなのでそれもすぐに慣れた。

またうさタンクがメアの次にリンカに懐いたのもあり、メアの手が離せないときに構っているうちにうさタンク係になってしまい、今に至っていた。


自分の行く末も一切見通せない闇の中で、しかしリンカは今が人生で一番楽しいと心から思った。

志を同じとする仲間たちに、そんな居場所をくれた主。


紫神領にいたころには感じられなかった充実感のなかでリンカはうさタンクを抱えて笑っていた。

メア様を可愛いと思ったのなら、あなたもメア様教の一員です。

ほらあなたのすぐ後ろにメア様教信徒が…


というわけで次回から新章「銀色編」が始まります!

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― 新着の感想 ―
[一言] アザレアさんをメア様教徒に含めるか否か… 幼さという概念のことは崇めてそうだけどもメアたん様個人のことは崇めてるというよりは欲してるというかなんというか >メアが窓ガラスをぶち抜いて外に出…
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