空腹に苛まれてみる
「にぎゃあああああああああああ!!」
皆様こんにちは。腹の底から情けない絶叫をあげた私こそが何を隠そうドラゴンです。
いいえ、あえて今回はこう名乗っておきましょう…皆様こんばんわ、やらかしドラゴンです。
その名の通り私はとんでもないやらかしをしてしまった。
そして思わず叫んでしまったのだけれど…それには聞くも涙の止む得ない事情があったんです信じてください。
何を隠そう私は…お腹が空いていたのだ。
――――――――――
話は数時間ほど前にさかのぼる。
私は今日も今日とて卵温めドラゴンとして頑張っていたのだけれど…これがなかなかにしんどい。
やっていることと言えば卵にしがみついているだけ。
それだけなのだけどこれが酷く疲れるのだ。
動いていないのに全力で運動しているかのような疲労と空腹が常に襲い掛かってくると言いますか…。
ノロちゃん曰くこれは卵が私の魔力を吸収しているからだそうだけど、それにしても疲れる。
せーさんにこの卵をもらった時に冗談で「食べていいの?」とか言った気がするけれど、今はこの卵に逆に食べれられている気分だ…もうほんとそれくらい疲れる。
いや余裕ではあるんですよ?少なくとも私の生命活動に何か問題が出るほどではない。
でもね…お腹がすくんです。
空いてしまうのです。
私にとって空腹とは何よりもつらい状態なわけで…生命活動に問題はないけれど死活問題だった。
なのでお部屋を提供してくれてるノロちゃんに相談してみたのだけれど…。
「ねーノロちゃん…お腹空いてしょうがないのだけどどうすればいいのかなぁ…」
「…たべれば…よいのでは…ないでしょう、か…」
「食べてるんだよぉ~でも全然満足できないの~」
アザレアからもらったご飯も食べちゃったし、信徒の皆の貢物もほとんど食べてしまった。
それでもお腹が空いた…とこぼしてしまったせいで厳しいだろうに信徒の皆はさらに貢物を持ってこようとしたので慌てて止めて逃げてきたのだ。
あれは今後は気を付けようと硬く心に誓った出来事だった。
私ではなく自分を大切にしてほしいよね。
後は妹に剣を出してもらったりもして食べたのだけど、それでも全然で…そこら辺の柱とか食べるわけにもいかないし、完全に詰みと言ってもいい。
「もういったいどうすれば…あむあむ…」
空腹すぎて抱えている卵を無意識にあまがみしてしまう。
…一応言っておくけれどさすがの私も孵化させると決めた卵をやっぱりやめたと食べたりはしない。
それに私レベルともなれば口に入れたものがどれくらいの圧力で砕けるか…なんてことは手に取るように分かる。
いや、口に含むかのようにわかる。
なので安心してくださいませ。
「ならば…この身を…捧げましょう…片足ならば…行動に支障は出ないので…腕でも…お好みの部位を…お申し付けくだされば…すべて…あなた様に捧げる…しょぞん、です…」
「もう~ノロちゃんの冗談はなんか怖いよう。でも気を紛らわせてくれようとしたんだよね~ありがと~」
ノロちゃんの冗談を受け流しつつお腹を鳴らす。
このままではいろいろと不味いかもしれない…。
私が死を覚悟したその時、ノロちゃんから神の一手が繰り出された。
「…空腹に耐えられないときは…眠る…といいと聞きます…」
「ほほう?」
確かにもうそれしかない気がする。
寝ている間はさすがの私もご飯ご飯とは言わないからね。
自慢ではないが私は昔から寝ようと思えばいつでも眠ることができた。
眠気ゼロの状態からでもだ。
よし、ねるか。
というわけでノロちゃんに断りを入れて私は眠りについた。
紛れろ空腹、立ち去れ空腹。
次は夜ご飯でまた会おう。
そして私は眠りの世界に逃げ込み…すやすやとしていた。
ガリッ。
不意に妙な音が聞こえて目が覚めた。
おかしいよね。私って外から起こされるときは昔からかなり強く起こされないと起きないのに、なんか急に目が覚めた。
それは何故か…先ほどの「ガリッ」という音がなんか…自分の中から聞こえた気がしたからだ。
もっと言うと口の中というか…。
ゆっくりと…本当にゆっくりと目を開くとそこにあるのは当然、私が温めている卵のはずなのだけど…なんだか様子が違っていた。
なんだか小さな穴が空いて…そこからひび割れているように見える。
そして私の口からポロっと零れ落ちた白い破片。
…私は自分がやらかしたと気づき叫び声をあげた。
――――――――――
そして現在。
私の叫び声を聞きつけてかノロちゃんの部屋になぜか右の頬を赤くして眼鏡にひびの入ったアザレアがやってきて、その後ろからセンドウくんと妹も現れた。
「どうしたのメアたん!?不審者!?おのれメアたんのやわらかぽんぽんを狙う変態がついに現れたか…!!」
意味の分からないことを口走りながらも真っ先に駆け寄ってくれたアザレアに私は半泣きになりながら事情を説明した。
本当に最悪だ。
なんで私と言うやつはいつもやらかしてしまうのだろうか。
ちゃんと孵化させてあげないとって思ってたのに…。
そんな自責の念に駆られていると妹がゆっくりとノロちゃんの方を警戒するようにしながらも近づいてきて…ひび割れた卵を覗き込んだ。
「あぁ姉さん大丈夫だよ」
「ふぇ…?大丈夫って何が…?」
「龍の卵という物は壊れたりしない。もし仮に壊れたのならすぐに魔素に分解されて消えるはずなんだ。でもこれはひびが入っているだけだろう?つまりこれは姉さんが噛み砕いてしまったわけではなくて…」
孵化しようとしているんだよ。
そんな妹の言葉を皇帝するかのように卵のひびが広がっていく。
「わ、わ、わっ!こ、これ孵化するの!?」
「そうみたいだね。姉さんの魔力が凄いからそれを吸ってこんな短時間で育ってしまったみたいだ」
そんな!突然すぎて心の準備ができて無さすぎる!!寝起きだし!!!
しかし当然卵は私の心の準備など待ってくれるはずもなく…やがて上半分にびっしりとひびが入り…パラパラと表面が破片となり剥がれ落ちていく。
「こ、これ!産まれる!産まれるよ!!何が出るのかな!?ドラゴン!?」
「基本は魔物が生まれるはずだけど…龍がでる可能性も0じゃないね」
う、うおぉおおおおおお!?これは大変だ―!どどどどうしよう!?
い、いや落ち着け…落ち着くのだメアよ。
落ち着いてこれから生まれてくる命を受け入れるのよ。
なんとなくだけど、出てくるのは龍…だと思う。
そんな気がする。
勘だけどね。
そして卵の上半分が完全に剥がれ落ち…それは私の前に姿を見せた。
つやつやとした黒で構成された身体。
真っ赤な宝石のように輝くおめめ。
まんまるな尻尾。
天に向かって伸びる長いお耳。
全身を覆うもこもこ。
子供の私をして小さいと思えるふわふわボディー。
「こ、これがドラゴン…!!」
「いやどう見てもウサギだね」
「だよね」
出てきたのは黒くて小さなウサギでした。
誰だよドラゴンが出てくるとか言ってたやつ。
おそらく私ではないはず。
まぁそんなこんなで一波乱ありつつも何とか生まれました、ウサギが。卵から。
次回 名付け編。