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沈む背中

「あぁー!アニキなにガキ泣かせてんすか!」

「それは俺らでもさすがに引くっすよ!」

「どんだけクズでも超えちゃいけない一線ってありますよ!」


リョウセラフの泣き声を聞きつけてたまり場からウツギの仲間たちが姿を見せた。

そして口々にリーダーであるウツギを非難する言葉を口にしていく。


「んな!?ちげぇよ!このガキが急に…」

「わぁあああああああああん!!うぇええええええええん!」


「だぁああああ!うるせぇ!ぎゃあぎゃあ泣くんじゃねぇ!目立っちまうだろうが!」

「びぇえええええええええん!!せーおねえちゃぁあああああん!!いたいよぉーーー!!」


リョウセラフの泣き声は時間と共に収まるどころか、どんどんと大きくなり、このままでは悪目立ちしてしまうことは必須…なによりこのことが何よりも幼い子供を優先するアザレアの耳に入れば確実にめんどくさくなる。


どうするべきか考えた末にウツギはポケットの中から一枚のクッキーを取り出した。

それは何故か自分を見かけるとダッシュで追いかけてくるようになったメアへの対策に常に持ち歩くようにしているものだった。


最近メアが卵につきっきりなために活躍の機会は減っていたがもはや習慣として持ち歩いていた。


「ほ、ほら!菓子をやるからとりあえず泣き止めって!な!?」

「ぐすっ…ひっく…」


ウツギが差し出したそれをリョウセラフは両手で受け取り…すすり泣きをしながらしばらく見つめ…。

そして再び大声で泣き始めた。


「なんでだよ!?」

「しょっぱいのがいーいー!わぁああああああああああん!!!」


「わがまま言ってんじゃねぇよ!?このご時世、こんな場所で菓子なんてもんが食べれるだけでもありがたい事なんだぞ!?」

「びぇえええええええええん!!」

「アニキ!ガキにそんなこと言ってもウザいだけっすよ!」


「うるせぇ!他にどうすればいいってんだよ!しょっぱいのって言ったって…」


何かないかと懐を探るが、当然何もあるはずがなく…万事休すかと思われたとき、仲間の一人が何かをウツギに手渡した。


「アニキ!こいつならどうっすかね!?」

「こ、これは…!!?」


「ウチのばあちゃんお手製のキュウリの塩漬けっす!」

「馬鹿野郎が!んなもんガキが食うかよ!!爺婆じゃねぇんだぞ!?つーかなんでこんなもん持ってきてんだお前!!」


「うまいからガキでも食いますって!ほらメア様のおかげで野菜が豊作なんでお弁当替わりに食ってるんっす!」

「メア様…!?てめぇまさか…」


ウツギの仲間の男がニヤリと笑いおもむろに取り出して羽織ったのは「メア様教」教徒の証であるローブだった。

そして連鎖するように次々と他の仲間たちもローブを羽織っていく。


「お、お前ら裏切ったのか!?いや、侵食されちまったのか!!」

「そんなこと言ってもこの場所に住んでて崇めない理由もないでしょ!メア様のおかげで食い物に困らなくなったわけですし…あの蜘蛛の化け物の時だって…」


「うぐぐぐぐぐ…えぇい!ほらこれでいいのかよ!しょっぱいの!!」


ウツギは半ばやけくそ気味にリョウセラフにキュウリの塩漬けを押し付けた。

リョウセラフはそれを受け取りしばらく見つめて…一口齧る。


そしてもう一口、さらにもう一口と食べ進め、にっこりと笑う。


「おいしい!カリカリ…」

「それでいいのかよ…わけわかんねぇ…」


どっとした疲労感が全身を襲い、ウツギは出てきたばかりの溜まり場へ引き返し、椅子に落ちるようにして腰かけた。

そしてその隣にキュウリの塩漬けを食べながらリョウセラフもちょこんと座る。


「…いや、なんでついてくるんだよ!?ここはガキが来るところじゃねぇんだよ!早く戻れ!」

「みち…わかんない…」


「迷子って事か…?」

「そーともいうかもしれない」


「そうとしか言えんだろう…クソが。じゃあ道教えてやっからそれで帰れ――」

「いやアニキ、こんな小さな子供一人じゃ危ないっすよ。送ってあげたほうがいいですって」

「俺らもそう思うっす」


無責任な仲間たちの言葉にたまらずウツギはテーブルに拳を叩きつけ、隣にいたリョウセラフも真似するかのように抱えているぬいぐるみの手の部分をテーブルにポンと打ち付けた。


「お、お前ら適当なこと言うなよ!?俺がこのガキを連れて戻るってことはあの屋敷に行くってことだぞ…!?せっかくあの筋肉ダルマの目を偶然搔い潜れて逃げれたって言うのに!」

「でもだからって俺らが行くのも問題でしょう?さすがにエナノワールの屋敷に踏み込むのは…それに俺らアニキとつるんでるから当主様には嫌われてますし…」


「だからってこんなガキ一人のためになんで俺が犠牲にならないけないんだ!」

「いけないんだー」


話が分かっているのかいないのか、リョウセラフは怒鳴るウツギの真似をぬいぐるみにさせて遊んでいて、そんな姿を見ながら仲間たちは「ほら、こんな懐いてますし」とでも言いたげな視線をウツギに向けた。


「ぬっ…ぐぐぐぐぐ!!つーか真似すんなよ!なんで俺に纏わりついてんだガキ!」

「う?」

「食べ物あげたからじゃないっすか?」


「なんでどいつもこいつもガキは食い物につられるんだよ!しかもあの野菜を持ってきたのは俺じゃないのに!?ほら、お前が食った野菜はあいつが持ってきたんだ。俺じゃなくてあのモヒカンのところに行けって。な?」

「つーん」


なんとか別の誰かにリョウセラフを擦り付けようとするが、聞く耳持たずと言った様子でそっぽを向かれてしまい、ウツギの努力は無駄に終わる。


その後どれだけ手を尽くしてもリョウセラフをどうにかすることはできなかったウツギは根負けし、もうセンドウが戻ってこないだろうという事で集まりも解散…泣く泣く屋敷まで送り届けることになってしまった。


「あー…くそ…とんだ厄日だ…なんなんだいったい…」


半ば沈みかけた日を背に、重たい脚を引きずりながら歩く。

その手にはリョウセラフの小さな手が握りこまれており、傍から見れば仲のいい兄妹にも見えるかもしれない。


「ねーねー」

「あ?んだようるせぇな…なんか用かよ」


「おなまえなにー?」

「お名前?エナノワール…あー…ウツギだけど…だから何だってんだよ」


「うつぎお兄ちゃん?」

「っ」


ぞわっとしたものがウツギの背筋を駆け抜け、心臓に凍り付くほど冷やされたナイフを差し込まれたかのような幻痛を覚えた。


それは遥か昔…頭の隅に閉じ込められていた記憶が不意に掘り起こされた痛みだ。

かつてウツギをそう呼んだ一人の少女がいた。

だが今はもう…。


「なにかあったー?」

「いや…なんでもねぇよ。なんでも…」


「うつぎお兄ちゃん?」

「変な呼び方はやめろ。そう俺を呼ぶ奴は十何年後かに人様の顔を指さしてクズって言うようになんだ。けっ!反吐が出るぜ…」


「へどー?なになに?どうかしたのー?のんのん?」

「どうもしてねぇよ。いや…どうしてこうなっちまったんだろうな」


頭上に無数の「?」を浮かべたリョウセラフの手を引いたまま…ウツギはエナノワールの屋敷にたどり着き、そんな彼を青髪の筋骨隆々な大男…ブルーが待ち構えていた。


「ほう?まさか戻ってくるとはな」

「…んだよ、なんか文句でもあんのかよ」


「ふっはっはっは!あれだけ日々しごかれてもなおこの俺に生意気な口をきける根性があるのは感心だ。それに…」


ブルーはウツギと手をつないでいるリョウセラフに一瞬だけ視線を向けて微かに笑う。


「ちっ…オッサンが気味の悪い笑い方すんじゃねぇよ。言いたいことがあるなら直接言え」

「いやなに、緑が世話になったようだし今日くらいは勘弁してやろうと思ってな。どっちにしろソードのやつは今日は用事があるとかで「特訓」は休みにする予定だったんだ。まさか自力で俺から逃げられたとは思っていないだろう?」


「この…!」

「ふっはっはっは!悔しかったらこの俺に一撃入れてみろと言っているだろう?それができた時点で俺はお前に干渉しない、はれて卒業…自由の身だ。さっきも言ったがお前は自分が思っているよりかは根性がある男なんだ。いい加減前を向けよ人間。ふっはっはっは!明日からまた再開だ!ほら緑、お前もこい」

「うんー。ばいばいうつぎお兄ちゃん」


言いたいことだけを口にしてブルーリョウセラフを連れてその場を後にする。

一人残されたウツギは沈みゆく日の中で独り虚しく自分でも言葉にできない感情を拳の中で握りしめていた。

リョウセラフさんはこれでも龍なので痛くて泣いているわけではなく、雰囲気で泣いています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 舎弟達、やたら子供の扱いに長けていた …というか、ウツギさんと舎弟の関係、思ったほど悪くなさそうですね? てっきり金の切れ目が縁の切れ目になりそうなドライな雰囲気なのかと
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