卵をもらってみる2
それはとても大きな卵だった。
私よりも一回りくらい大きくて、つやつやとしている。
「わーそれどうしたの?もしかしてせーさんの卵?妹のさらに下の子?」
「違いますね。これはいわば野良の卵です」
「…のら?」
「ですです。以前に説明してあげたでしょう?龍は自らの中に魔力を取り込むことで卵ができますが、それ以外にも剥がれ落ちた鱗や爪や生え変わった歯などに周囲の魔力が勝手に結びついて確率はかなり低いですが、何もない場所に卵が出来上がることがあるのです。そしてこれはその一つ」
「ほうほう。でもどうしてそれを見せてくれたの?」
「メアにプレゼントしようと思いまして」
なんとせーさんは私に卵をくれるつもりらしい。
大きくてつやつやな卵を。
「食べていいの?」
「ええもちろんダメです」
ダメらしい。
いや、私だって何もなくいきなり食べようだなんて思わないよ?
でもわざわざくれるって言うから食用なのかなって…ほんとだよ?そこまで食いしん坊ドラゴンじゃないよ私だって。
「じゃあどういうこと?」
「こういう野良の卵は周囲の魔力や魔素を吸収して勝手に孵化するのですが、たまに元となった系統の龍の力を与えなければ育たないものがあるんです。例えばですが私の鱗が剥がれ落ちて、そこから発生した卵がその特性を持っていたのなら、私かソードが力を与えなければ育たないという事です」
ほうほう。
それは…なんというか難儀なことですなぁ。
だって剥がれ落ちた鱗なんて気づけばいいけれど、気が付かずにお散歩中に剥がれ落ちたとかならそこに卵ができたかなんてわからないわけで…自然に孵化しないパターンのやつなら下手をすれば一生そのままなのではないだろうか。
だって知らなければ力なんて与えようもないからね。
「そしてこの卵はそのタイプなのですが、私やソードに青や緑…その誰もこの卵を孵すことができませんでした。なのでもしかしたらあなたならと」
「…母か私の鱗からできた卵って事?」
「鱗かどうかもわかりませんけどね。抜け毛とか、下手をすれば皮膚の一片とかでも成立しますから」
「え…そんなの卵だらけにならないのー?」
「ですから確率がすっごく低いのですよ。母体の龍が直接身籠る確率の…万分の1でもあればいいほうではないですかね」
「ほぉ~…」
つまりこの卵は奇跡的な確率で生まれてきて…でも孵化できない。
そんな可愛そうな卵なんだ。
「…私なら孵化させられるの?」
「この卵があの人かあなたの何かからできたものなら。一度触れてみてください。黒の系統なら何か感じるものがあるでしょう」
せーさんが謎パワーで浮かせていた卵をそっと地面に置いた。
やっぱり大きい…。
私は恐る恐る近づいて…そっと表面に手を置くようにして触れてみた。
――トクン
確かに私の手に卵の「中」から鼓動が伝わってきた。
「せーさん」
「はい?」
「この子…産まれたがってる」
手に伝わってくる鼓動は途切れず続いていて、そこから感じるのは生まれたいという意志。
生きたいという心だ。
間違いない…これは黒の系統の卵だ。
「そう…やはりそうだったのですね。どうしますかメア?持ってきておいてなんですが強制はしません。さすがに自然発生した卵ですからあなたの親族とは言えないでしょう。しかし産まれ育てれるのならば、そこに責任は生まれます。それを踏まえて…どうしますか?」
「うん、育てるよ」
悩む時間は必要なかった。
私と同じで、この世界で生きていきたいと思ってる命…見捨てることなんてできない。
母がいない今、この子をちゃんと産まれさせてあげられるのは私しかいないのだから。
「わかりました。大切にしてあげてください」
「うん」
こうして私の卵温めドラゴン伝説が幕を開けることになった。
「ところでせーさん。この子って龍なの?」
「ん-…極稀に龍が生まれることはありますが、基本は魔物が生まれてきますね。龍の力はあくまで魔力の鎹…基本は卵を形作った魔力に左右されますので、その地域に多い魔物の特殊個体なんかが生まれてくることが多いです」
「ほほう」
つまりはニョロちゃんやくもたろうくんに近い何かが生まれてくると。
ちょっと楽しみだなぁ。
とりあえず温めればいいのよね?と卵を抱きしめてみた。
…しかし卵のほうが圧倒的に大きいので、私が全身でしがみついているような感じで、なんとなく間抜けな絵になっているような気がしなくもない。
「め、メアたん…?ど、どうしたのそんな可愛いことして…え?」
「んみゅ?」
卵を温めているとアザレアがやってきた。
今日も今日とてなぜかはぁはぁしてる。
「貴様生きていたのですか。あの時完全に顔面を粉砕したと思っていましたが」
「ええ死ぬかと思ったわよ。あの後さらに不当にあんたの息子にも殴られて本気で死を覚悟したんだから。それよりもあれは何?」
かくかくしかじか。
せーさんが私が卵を育てることになった経緯を説明せてくれて、それを聞き終えたアザレアが口元を抑え、涙を流しながら崩れ落ちた。
「…何ですかいきなり」
「だって…私はメアたんのママだと思っていたけれど…まさかメアたんがママと言う可能性が存在していたなんて思わなくて…あそこにいるのはモチモチのママなのよ…そしてきっとそのぷにぷにの胸に抱えられてるのは私なのだわ…」
「びっくりするほど何を言っているのかわからないですが、この私、今初めて人間に対して恐怖心を抱いていますよ。やはりメアのためにもここいらで息の根をとめておくべきか…」
「はっ!やれるものならやってみなさいよ。この胸に溢れんばかりの尊さがある限り、私は無敵よ」
せーさんとアザレアの間で魔力が膨れ上がりながら、ぶつかり始めた。
むぅ…仲がいいのはいいことだけど、今は卵に集中したいから少し静かにしてほしい。
いや…アザレアのおうちでアザレアに静かにしろ!だなんて居候の私が言うのも何か違う。
なので静かな場所を求めて移動だ~。
背中に魔素で羽を形作ってぱたぱたと卵を抱えて飛んでいく。
そしてたどり着いたのはいつもご飯を食べている祭壇。
ここなら大丈夫かなと腰を落ち着けて卵にしがみついていると時間の経過とともに信徒にみんなが集まってきて…なぜか一斉に私を拝み始めた。
「メア様が巨大な卵を抱えておられる…」
「まさか「神獣」か…?」
「おお…この領を守りし神なる獣をメア様がお創りに…」
「なんと尊いことか…」
うん、騒がしくなってきたので移動だ。
しかしこうなってくると静かな場所という物はなかなか見つからないものでして…妹とブルーくんにウツギくんがドンパチやってたりして外はダメだと屋敷に入った。
センドウくんのところなんてどうだろうかと思ったけれど、扉を開けようとすると同時に何かが爆発する音と、「ひっひー!」という笑い声が聞こえてきたのでそっとその場を後にした。
アザレアの仕事場を借りるのはダメだろうし…ウツギくんの部屋はなんか物置みたいになってた。
私の部屋でいいじゃん?って思うかもだけど、あの部屋はアザレアが服だとかおもちゃだとか、いろんなものを買ってきては置いていくのであまりスペースが空いていない。
あそこでもない、ここでもないと場所を求めて彷徨いなが飛び続け…そして、
「ここにたどり着いたのー」
「…なる…ほど…」
悩みに悩んだ末に私が見つけた最強の卵温めスポットはノロちゃんのお部屋だった。
ここならあまり人が入ってこないから静かだし、ノロちゃんとはお話しできるから退屈もしないし、ノロちゃんは物を欲しがらないのもあって部屋は広々としている。
まさに完ぺきと言える場所だった。
「でも邪魔じゃない?大丈夫?」
「…大丈夫…です…私の物は全て…愛しき伴侶様のも…ですゆえに…どうぞご自由に…」
そういってノロちゃんは私と卵にベッドを譲ってくれ、天井に吊るされながらぶらぶらと揺れていた。
「ノロちゃんもベッド使いなよー。全然スペース空いてるよー?」
「…どうぞ…お気になさらず…生まれてくる命は…尊いもので、すから…安らぎの場所を明け渡すのが…とうぜん…でしょう…」
なんたる博愛精神の持ち主なんだと感動するとともに、なぜか合法的に天井から吊り下がることのできる状況を作れて喜んでいるようにも思えるのは気のせいだろうか。
最近は吊り下がっているのを見たら私が下ろしちゃうから不満に思っていたのかもしれない。
だって見てるだけでなんか痛々しいというか、怖いというか…不安になっちゃうんだもの。
「伴侶様…なにやら…眠そう…です、ね…」
「あ、わかるぅ?なんかさっきからまだお昼寝の時間でもないのに眠くて~…ふわぁぁあ~」
「…おそらく卵が…あなた様の魔力を…吸収している影響…でしょう…落ちないように見ておりますので…眠られても…いいです、よ…」
「うーん…でも私だけ寝ちゃうのもにゃぁ…ノロちゃんも一緒に寝ようよー。ほら左右から卵を挟み込むようにして眠れば落っことしちゃう心配もないし」
最も龍の卵はそうとうに丈夫だそうなのでベッドの上から落としたところで割れはしないそうだけどね。
これはブラブラしてるノロちゃんを下ろすと共に、一緒にぬくぬくとお昼寝をしたいという私の欲望百パーセントの提案だ。
策士ドラゴンと呼ばれた私の巧妙かつ賢いところが出てしまったかもしれない。ふふん。
「…伴侶様が…どうしてもとおっしゃるなら…」
「どうしても!!」
「…わかり…ました…」
ゆっくりとノロちゃんが天井からベッドの上に降りてきた。
卵を挟んで向き合って…目が合ったらなんだか気恥ずかしくて思わず照れ笑いを漏らしてしまった。
相変わらずノロちゃんはひんやりとしていて、気持ちよくて…ただでさえ眠かったので微睡に落ちていく。
完全に目を閉じてしまう直前…卵に私の魔力だけでなくノロちゃんのそれも流れて行っているような気がしたけれど…それを確認する前に私は睡魔に敗北してしまったのだった。
アザレアはなぜかメアにだぼだぼの服ばかり買ってくるそうです。




