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――共に来る気はありませんか。
せーさんにそう言われて私は取り合えずお皿の上のクッキーを一枚口にした。
…おいちい。
「ちょっと!それってメアたんを妙な戦いに巻き込もうっていう事!?」
「巻き込もうとしているのではなく、もう巻き込まれているのですよ。言ったでしょう?メアは一度呪槍の標的になったと。彼女は母親である黒龍の手によって世間から隠されていました…にもかかわらず敵は正確にメアに向けてそれを使ってきた。一度放てば決定的な隙を晒す危険を受けてまでです。わかりますか?敵にはリスクを負ってまで「メアを狙う何らかの理由」があったという事です。これがすでに巻き込まれていないでなんだというのですか」
「それは…!でもあなた親なんでしょう!?メアたんを、子供を争いに巻きこもうだなんてよく考えられるわね!」
「…そこの認識の違いをすり合わせておきましょうか。これは人と龍の価値観の違いに当たるのでしょうが…メアは正確には私の娘ではありません」
「はぁ!?だってあなたさっき…」
「ええ確かに彼女の誕生経緯から娘のようなものではあります。しかし彼女を産み落としたのは私ではなく、黒龍なのです。私ではありません。私の魔力とあの人の魔力が結びついてできた卵ですが、龍にとっては「私の」という部分はそれほど重要ではないのです」
せーさん曰く、状況さえ整えば様々な形で卵は出来上がってしまうらしい。
必要なのはあくまでも魔力…例えばだけど、魔力が豊富な木々が生い茂る山や森の中で過ごすとその魔力と結合し卵を身籠ることもないとは言えないらしい。
同じ龍どころか生き物由来の魔力ですらなくていいのだ。
最もそこまで高い確率ではないそうだけど。
重要なのはあくまでも魔力…そういう事らしい。
ただ卵ができるという現象自体かなり確率は低い事…奇跡に近いものらしいので何でもかんでも卵になるという事ではないとせーさんはさらに付け加えた。
「あなたたち人間からしたら薄情だとは思うのかもしれませんがメアは私の感覚で言うのならば友人の娘…そんなところでしょうか。いえ、私個人の感情としては娘のようなものとは思っていますけれどね。だからこそ先ほどはあえて私の血を引いていると形容したのですから。ただ龍としては…という話です。面白い話をするのならば龍から剥がれ落ちた鱗が、その場にあったなにかと結合して卵になる…そんな話すらあるのですよ。そしてその感覚はメアにとってもそうでしょう?」
「うん」
私だってせーさんのことを母とは呼ぼうと思わない。
それはせーさんのことを認めないだとか、嫌いだとかではなくて、私の母親は一人だけだからって意味だ。
私としてもせーさんは優しいおばさん…そんな感じなのだから。
「それでも!メアたんが守られるべき子供なのは変わりないでしょう!」
「勘違いをしないでください。私は強制しているわけではありません。メアに聞いているだけです。どうするのか、どうしたいのか…このままここに残るのもいいでしょう。しかし龍として私と共に来るのも選択肢の一つとしてあるのです」
「ない!確実にその龍を殺す手段を向こうは持っているんでしょう!?そんな状況にメアたんが放り込まれるのを黙ってみていられない!」
「殺させませんよ。私のもとに来るというのなら、この身を挺してでもメアは守って見せます…あの人の娘を、忘れ形見を奴らに簡単に奪われてたまるものですか」
「…せーさんが守らないといけないのは私じゃなくて妹だよ」
「弟だよ姉さん。でも僕の事なら心配はいらないよ。自分の身くらい自分で守るさ…それに母の反対を押し切って執行官になったんだ。迷惑はかけないよ。それがかっこいい男という物だよ」
キリッとした顔で我が妹は片腕で支えられている胸を揺らした。
うんうん、かわちぃかわちい。
しかし…どうしたものなのかな。
正直な話をするのなら、私はせーさんの提案に対する答えをとても悩んでいる。
難しい話はよく分からないけれど…せーさんと妹が危険にさらされているというのなら助けてあげたい。
それは知らない同胞である龍に対してもそう思う。
でも同時に…私は出ていくにはここに居つきすぎている。
この場所にはアザレはをはじめとしてみんながいる。
ニョロちゃんにウツギ君にセンドウくんにシルモグやカナリ…信徒の皆。
そしてノロちゃんに…いまだ目覚めないくもたろうくんだってそうだ。
少し前までは出ていくつもりもあったけれど…いざ考えてみるとこの場所は私にとって新しい故郷と呼んでもいい場所になってしまった。
かつての思い出が詰まっていたみんなで過ごした山が無くなってしまった以上…この場所から離れたくないなって思ってしまうのも事実なわけで…どうすればいいのだろうか。
「メアたん…――その私たちにはいるかどうかもわからない教皇と戦っているのはあなたたちの勝手でしょう?勝手にやっててくれないかしら、そんなの。私たちには関係ないでしょう?どちらが勝ったとしても得もなければ損もないわ。そんなものに関わったって仕方がないじゃない」
「なるほど、アナタはそういう人ですか。あえて乗りましょうか。教皇は現在龍を束ねている私とて何を考えているのかわからない存在です。ただ事実として人と共存、共生していた龍を殺し、人の世界に髪色というくだらないものに対する格差、差別を持ち込んだのは奴で間違いありません。何を目的として動いているのか…ただ龍にも人にも良くないものを持ち込んでいるのは否定しようのない事実です」
「それを言っているのはアナタだけよ」
「本当にそうですか?今まであなたが見聞きしたもの、感じたもの全てをもってしても私が言っているだけだと思いますか?」
「…」
「龍を害したいのならば、膠着状態が続いていると言ってもここまで静観している意味が分かりませんし、人の世に差別を持ち込むことが目的だとしても意味が分からない。自分を頂点とした社会が作りたかった…という幼稚かつ短絡的な考えのもとの行動だとしてもやはり表に出てこない意味が分からないではないですか。すべてが意味不明で…そして誰の利にもなっていない。そのような存在を野放しにできますか?その事実を知って安心して暮らせますか?そして私たち龍にとっては龍であるというだけで常に命を脅かされているのです…抗わない理由はない」
せーさんの言葉通りならその教皇って人がいる限り、私の守りたいものは常にいつ脅かされるのかわからない。
でも…私は母に生きなさいと言われたんだ。
あの時この身に受けた呪槍…あれはたぶん今でも耐えられるとは思えない。
挑めば…殺される可能性は大いにある。
また今みたいに復活できる保証なんてない…そもそもなんで私は復活できたのかわかっていないのだから。
仮令なぜかあの時に私が狙われたのだとしても、今の状態なら大人しく身を潜めていれば無関係でいられるかもしれない。
母の遺言を守るのならきっとその方がいいのだろう。
せーさんには悪いけれど、私は母の希望を叶えたい。
「せーさん…私ね」
「はい」
そこでふと思った。
私はこの選択を後悔しないのだろうかと。
口にするべき答えを出しても…まだ頭の中はぐるぐるしてて気持ちが悪い。
こんな時…母なら何て言ってくれたのだろうか。
大切な言葉があって…守りたい想いがあって…でもそれを守るとモヤモヤが残る。
ねぇ母…私はどうすればいいの…?
「あ…そうか…そうだった…」
思い出した。
母は私に生きろと言ったのではない。
最後まで生きろと言ったのだ。
そしてその時を迎えた瞬間に満足していけるようにって言っていたんだ。
いまここでせーさんのことを自分には関係ないと切り捨てれば絶対に私はそのことを一生後悔する。
でも同時にここを捨てたとしてもやっぱり後悔はするだろう。
なら私は…。
「せーさん、私はここに残るよ。アザレアやみんなと一緒にいたい…わかれたくにゃい」
「メアたん…」
「…そうですか」
「でもね、協力はしたいの。そんな中途半端でどこまでできるかわからないけれど、私は大切なものをまもりたいから…せーさんの助けにもなってあげたいの。後悔しちゃダメだって母が言ってたから…だからどっちも捨てられない」
それが私の答え。
どちらかを選ばなくちゃいけなくて、どっちを選んでも後悔が残るのならどっちもとる。
パンかお米かなんて選べないのと一緒だよね。
目の前に出されたご飯はどちらかしか食べちゃダメって言われても私は絶対にどっちも食べる。
そう思えば考えるまでもなかったよね!なにを難しく考えていたんだか。
やっぱり色々考えるのは性に合わないや。
今日もご飯がおいしい…生きていくのに大切なのはそれくらいなのだから。
「十分です。ありがとうメア。なるべく危険には巻き込みませんし、あの人の忘れ形見であるあなたを必要ないとは言われても私は全力で守ります。だから安心してください。アザレア・エナノワールの文句はありませんね?」
「…メアたんが決めたのならそれを私に止める資格はないわ」
「理解してくれてありがとう…ならもう少し情報を共有するとしましょう。そろそろ私の「仲間」が来る頃だとは思いますので…その前にこちらを」
そういうとせーさんが胸元から何かを取り出してテーブルの上に置いた。
それは…黒い靄を纏った何かの欠片のように見えた。
それを見た瞬間に私の脳は沸騰し、全身に言いようのない不快な熱が駆けめぐる。
胃がぐつぐつして、歯がギリギリと鳴って、無意識で拳を痛いほど握りしめた。
何が言いたいかと言うと、つまりは私はブちぎれたのだ。
「んにゃあああああああああああ!!!!」
テーブルの上に置かれたその何かに向かって繰り出すのは私の4万6千ある必殺技の一つ、ドラゴンチョップだ。
私の怒りを纏ったドラゴンチョップはその忌まわしき何かを見事に粉砕し、塵と変えた。
ふぅ…スッキリ。
「め、メア…?いったい何を…」
「なにをじゃにゃいよせーさん!なんでそんなもの出すの!おこるよ!!」
「え…?いや、これは状況を説明しようと…あなた今のが何か知っていてるの…?」
「知ってるよ!変な靄!」
以前くもたろうくんの身体を覆っていたものと同じ…この世界で唯一私が存在を許容できない不味いもの。
食べ物を不味くする黒い靄だ。
あれだけは許してはおけない。見つけ次第存在を抹消しなくてはならない。
ですとろいぜむおーるだ。
「母さん…今のは…」
「ええ呪骸に汚染された物質をこうも簡単に…メア、やはりあなたは…」
「なに~?」
「いえ、ちなみに今のは最近各地で目撃されるようになった物で私たちは「汚染体」と呼んでいます。これは教皇の手の者たちが使う「呪骸」と呼ばれる何かに由来するものだと――」
「せーさん!」
「は、はい…?」
「絶対に協力するよ!そのおせんたい?全部ぶっ壊すから!絶対に!いらないから!!!」
こうして私の新たな戦いは幕を開けたのだった。
ブちぎれメアたん




