昔話を聞いてみる
「戦争…赤神領と…?何を言っているの?そんなものこの数年で聞いたこともないわ」
アザレアが大げさに手を振りながら、鼻で笑う。
せーさんは表情を変えず、じっとアザレアを見つめていて、それを受けたアザレアは真っ向からその視線を受け止めて睨み返していた。
うーんバチバチしてますなぁ。
仲良くしてほしいなぁ。
「ほんとうに聞いたことないですか?何か心当たりがあったりはしませんか?例えばそう…魔物の襲撃だとか」
「…まさか…光の柱事件の少し後に赤神領に魔物の襲撃があったとかいうアレ…?魔物は無事に退けたけれど、無事ではすまず隣接していた紫神領が魔物に落とされて死の都に変えられたとか言う…」
「ええそれですね。それも一般的…表向きにはそうなっているという話です。実際は魔物の襲撃ではなく、私たち龍と人間の戦いがあったという話です」
「は、はぁ!?なによそれ!セラフィム・ホワイト、あなたは白神領を治めているのでしょう!?それが赤神領に戦争を仕掛けたって…わけがわからないわ」
「質問は後で受け付けると言ったはずですよ。ただ今その疑問に答えるのなら、我が白神領は赤神領による統治から外れて独立しているのはご存じでしょう?その真相はただ敵対しているだけ…という事です」
つまりせーさんは赤神領ってところとは仲が悪くて喧嘩をしているらしい。
赤神領といえば人間たちのトップだったはずなので、そんなところと喧嘩するなんてさすがはせーさんだと思った。
伊達に母のお友達をやってはいないよね。
「いったいなんでそんなことに…?あなたたち龍っていったいなんなの…?」
「先ほども言ったでしょう。私たちはあなたたち人間の定義するところの「神」であり信仰の対象でした。そして我々が人と争う理由はとてもシンプル…人間側が手を出してきたからです。現にイルメアはその毒牙にかけられ…」
せーさんの身体から無意識だろうけど魔力がにじみ出て、その圧からかせーさんの正面にあったお皿がひとりでに割れた。
その音で我に返ったようで魔力は引っ込んだ。
どうやらとても怒っているらしい。
「せーさん私は大丈夫だよ。続きを話して?」
「…そうですね、すみません。お皿は後ほど弁償いたします」
「皿より壁を何とかしてほしいのだけど」
「ごほん。そちらももちろん負担させていただきますよ。自称ママだとか言っている変態とは違い器が広いですから私は」
「黙りなさい不審者め。…それより気になるんだけどメアたんが死んだみたいなこと言っているけどそれって何なの?メアたんは生きてるわ。そこら辺を先に教えてくれないから話が見えないのよ」
「…正直な話、私もそのあたりの事情を計りかねているのです。あの時確かに無色領に「呪槍」が放たれました。そして私はすぐさま現場に向かい…たどり着いたころにはすべてが終わっていました。その場でうなだれていた黒の眷属である蜘蛛に話を聞いたところイルメアが巻き込まれたのだと知り…戦争を仕掛ける決意をしたのです。…ですがやはり…イルメア、誤解のないように聞いてくださいね。呪槍は神を殺す力…あれを受けてなぜ生き残れたのですか?」
「うーん…」
実際のところ私は今の自分がどういう状態なのか理解できていない。
確かにあの時、私は絶対に死んだと思ったけれど、こうしてなぜか生きている。
それもミニマムぼでーになって。
だからこれがなんなのかわからない…そう素直に伝えてみた。
「そうですか…」
「せーさんにもわからないかなぁ?」
「えぇ私もだいぶ長生きですが…このような現象は初めて見ました。何より気になるのは…あなたは純粋に背が縮んだわけではないという事です。龍に人間のような幼体は存在しませんし、何より力の性質は確かに昔のままですが、容姿はあの頃のあなたを幼くした…という風には見えません。顔だけで言うのなら完全に別人です。だから一目見ただけではあなただと気づけなかったわけですしね」
そうなんだ…自分ではよくわからないけど、せーさんが言うのならそうなんだろう。
私はただ身体が縮んだだけではなく…明確に別人になっている。
ならやはりあの時に死んでしまったのだろうか…?
いやでもこうして今はぴんぴんしてるしなぁ…もう何もわからん。
「じゃあここまでの話をまとめるとメアたんは元々イルメアって名前の龍で…もう少し大きかったけれど、その呪槍というあの光の柱を受けて死んだ…と思ったらこのもちもちぷにぷにの魅力て…子供の姿になってウチの近くにいたって事…?」
「うん」
「…やはり私の理解を超えている現象です。龍が命を落として新たな姿に生まれ変わったなんて言う話は聞いたこともありません」
せーさんにもわからないのならもうずっと謎のままなのではないだろうか。
まぁわからなくてもこうして今生きているわけだし何も問題はないけれどね。
むしろ謎に満ちたミステリアスドラゴンとして一世を風靡できるかもしれない。
一家に一匹、マスコットとしていかがでしょうか。
なんておふざけはここまでにしておいて、話を進めてもらおう。
「ねーねーせーさん」
「なんですか?」
「私に理由があるんじゃなくて―その呪槍?ってやつに理由があるってことはないのー?」
「ありえません。私はあの力がどれだけ恐ろしく、そして悍ましいものなのかを知っています。あの槍に貫かれて…どれだけの同胞が命を落としたのかも」
せーさんの言葉に、その隣のソードちゃんも苦い顔で拳を握りしめた。
そんな娘を落ち着かせるようにせーさんは肩に手を置き、そして私をまっすぐと見据えながら口を開いた。
「すべてを話しましょう。我々…龍と人の争いの歴史を」
そしてせーさんは語りだした。
ずっと山に引きこもっていた私の知らない…龍の歴史を。
────────
「私が…聖裁龍としてこの世に生を受けたのが今からちょうど2千年ほど前の事でした」
セラフィムは語りながら、当時の記憶を遡る。
卵から彼女が外の世界に産まれ落ちた時代、世界は今ほど発展してはいなかった。
人間もすでに存在していたが、いまだ世界を実質的に支配するほどには反映しておらず、自然の中で営む動物の一種であった。
しかし龍と言う存在はすでに種として確立しており、その圧倒的力をもってそれぞれの支配領域を持ち、ただ静かに世の成り行きを見守っていた。
やがて時間の流れと共に知恵を持つ人間が力をつけ、国を興し、自分たちが住みやすいように、繁栄をしやすいように世界を作り替えていき、そして栄えた。
そうなれば人と龍が交流を持つようになるのは必然で…強大かつ絶対的な力を持つ龍に人々は首を垂れ、そして神と崇めた。
それを受けて龍は一部は人の世には関わらないとしながらも、一部は人と共に生きることを決めた龍もいた。
干渉に不干渉…どちらにせよ人間とはお互いに敵対せず、うまく共存していた。
そのはずだった。
「私があの人に…黒龍に出会ったのはそんな人と龍の交流が始まったころでした。私は人とのかかわりにそれほど興味はなかったので、人目のつかない森や山を探検していたのですが…そんなある場所に彼女はいました」
セラフィムは初めてその姿を見た時…心の奥から、身体の芯から、命の深淵からその一匹の龍を美しいと思った。
人に近い姿をした一般的な龍とは違い、巨大な体躯に大きな翼…すべてを貫きかみ砕けそうな牙に力強く、そして凛々しい顔。
全身を覆う漆黒…何もかもが綺麗で美しかった。
それからというもの、セラフィムは甲斐甲斐しくその龍…黒龍のもとに通い詰めた。
龍と話すたびに心臓がいつもの何倍もの速さで鼓動を刻み、何でもない会話をするだけでも体温が急上昇した。
それが恋心だと気が付くのにそう時間はかからず…やがて黒龍は卵を授かって――
「ストップストーップ!!」
突如としてアザレアが立ち上がり、話を中断させた。
セラフィムは長い人生の中で最も愛した龍の話を口にし、心地よくなっていたのを遮られ、不機嫌そうにアザレアを睨みつけた。
「…なんですか、人の話に割り込んで。質問は後からと何度言えば…」
「いや、だっていくら何でも気になるでしょう!?その話が本当ならその黒龍…メアたんのお母様…いえ義母様は人なんてめじゃないくらいの大きな龍なんでしょう!?そんなのとその…どうやって夜の営みを…!?」
「なぜか言い直した「おかあさま」の部分に死ぬほど不快なものを感じましたが、まぁひとまずは置いておきましょう…あとで殺しますが。それはさておき、どうやって私とあの人が契ったのか…それは簡単なことです。私たち龍はあなたたち人間のように性交により子をなすのではない…ただそれだけの事です」
「え…?そうなの…?」
「ええ。我々龍は概念を司り、そして魔素を操る…そう、我らの子作りとはつまりは魔素同士の結合、魔力の交わりです。ほとんど偶然でしたがあの人は私との交流を続けるうちに、その胎にあった卵の因子に私の魔力が流れ込み…魔素として結合して卵を授かったのです。そしてそれが…」
セラフィムはイルメアに優し気で、そして愛おしいものを見る視線を向けた。
なるほどーとイルメアは納得したように「うんうん」と頷いていたが、セラフィムの隣でガタッと音をたてながらソードが立ち上がり、そして母であるセラフィムに詰め寄った。
「母さん!その話が嘘でないのなら彼女は本当に…」
「ええそういう事です。話は飛びますがあの人が卵を授かってから百年ほど後に私も卵を授かりました…あの人の魔力と魔素が混ざり合ったあの人との子を。そしてそれがソード、アナタです。つまりイルメアとソードは腹違いの「きょうだい」という事です」
その言葉を聞いてソードがゆっくりと首を動かし、イルメアと視線を合わせた。
目と目が合い、今ここに巡り合った二人はどちらからともなく近づいていき…そして…。
「ね、姉さん…」
「妹よ…」
「弟だよ。…姉さん!」
「妹よ!」
イルメアが勢いよく飛びつき、それをソードが受け止める形でひしっと抱き合う。
そしてそのままくるくると回転しながら部屋の中を回っていく…。
「姉さん!」
「妹よ!」
「弟だよ!姉さん!」
「妹よ!」
そんな謎の世界観を作り出した二人をアザレアは口を開けて呆けたような顔で見つめ、セラフィムは微笑ましく見守っていた。
だがまだ話は終わっていない。
メアとソードが落ち着いた頃合いを見計らってセラフィムは再び話始めた。
「そうやってそれぞれ違いはありつつも何の問題もなく…世界は平和にその時間を刻んでいました。しかし…」
セラフィムの目つきが変わり、同時に雰囲気が一変したのがその場の全員が感じ取った。
それほどまでに明らかな変化だった。
「綺麗に回っていたはずの歯車が狂いだしたのは今から五百年ほど前の事でした。我々龍の前に「その男」が現れたのは」
姉と妹(弟)の感動の対面。