思い出してみる
大きな白い翼を生やした女の人が空から私を睨みつけるようにして見降ろしている。
その女の人はゆったりとした白くて薄いドレスのような服を着ているのだけど、裾の部分が風でふわっとして、ひらひらってなって…私の位置から見上げるとどう見ても下着を履いていないように見えるのは気のせいなのだろうか。
まぁ気のせいでしょう。
お腹が空いて幻覚を見ている可能性もある。
…ただそれとは別にもう一つ気になることがあって、先ほども思ったけれど、この女の人…やっぱりなんとなく見覚えがあるような気がする。
なんだろう?この感じ…。
「母さん!どうしてここに…」
さっきまで楽しい戦いを繰り広げていたお姉さんが、空の女の人を見上げてそう言った。
どうやらお母さんらしい。
お母さん!いい響きだ。
家族を大事にするんだよ。親孝行はできるうちに…後悔はしちゃだめだからね。
「…」
しかし対する女の人はお姉さんの言葉には何も返さず、ただただ本当に私を睨みつけている。
なんだろう…娘さんにブレスを叩きつけた私に怒っているのだろうか…謝ったほうがいいかな…?
「あれは…白神領、聖白教会代表…聖女「セラフィム・ホワイト」…?なぜこんな場所に…」
やや回復したらしいアザレアがふらふらと私のもとまでやってきてたぶん女の人の名前を教えてくれた。
どうやら偉い人らしい。
いや…状況を見る限りあの人も「人」ではなく「龍」だ。
…お姉さんのお母さんって言うんだから当然か。
すごいなぁ今日は一気に二人もの龍に出会っちゃったぞ。私が知らないだけで、実はそこそこいるのだろうか?ドラゴン。
とりあえず気さくな挨拶をするべきかな?いや、やっぱりごめんなさいが先?なんか睨まれてるしな…そっちの方がいいかも。
とりあえず頭を下げる?私の280ある必殺技の一つ、ドラゴン式流星土下座見せる時か?
「黒の存在…この目で見るまでは疑惑の段階でしたが、まさか本当に黒を騙る者がいるとは…それもソードを倒すほどの。あなたは何者ですか?迅速に回答なさい…それをもって我が制裁の判断を降しましょう」
謝る前に女の人がよくわからないことを話し出した。
いや、さっきまで戦っていたお姉さんの名前はどうやらソードと言うらしいことは分かった。
それ以外はさっぱりだ。
なんだろう?黒を騙る者って。
語るも何も私が正当な黒龍ですが?ちゃんとした黒龍母の娘ですが!?
これは謝るよりも先に文句を言うべきかもしれない。
せっかく出会えた母以外のドラゴンなんだし、仲良く会話したいんだけどなぁ…ソードちゃんとは仲良くなれたし、ぜひそのお母さんともなかよしなかよししたい。
…あ、いや間違えた。
忘れてたけどもう一人ドラゴンの知り合いいたわ。
母のお友達の「せーさん」が。
昔は良くしてもらってたなぁ…そう言えば母も困ったことがあったらせーさんを頼りなさいって言ってたなぁ…。
色々ありすぎて完全に忘れてたよ…失礼なことをした。
…待てよ?そう言えばせーさんって私と同じで人っぽい見た目をしてて白髪だったような…。
――そして私は完全に思い出した。
「…返答なしですか。わかりました。ならば消えなさい、黒を騙りし愚かな者よ」
空に広がる翼が周囲の光を吸い込み、眩しいほどに発光を始めた。
その手の中にもう一つの太陽と見間違うような光が産み出され…。
「メアたん!!」
アザレアが私を庇うようにして抱き着いてきた。
そしてその光が地上に向かって振り落とされる…その寸前に。
「せーさん!」
ようやく思い出したその人に、そう呼び掛けてみた。
すると女の人…いや、せーさんはピタリとその動きを止めた。
「なぜその呼び方を…それはあの人しか…」
あぁそうか、向こうは姿が結構変わっちゃた私が分からないんだ。
無理もないよね、私だって忘れちゃうくらい最後に会ったのは昔だからね。
ならば名乗るしかあるまい。
「私だよせーさん!メア!じゃなくてイルメア!」
「イルメア…?本当に…?あの人の娘の…」
「うん!母の…黒龍の娘のイルメアだよ!えっと…せーさんが卵のお世話をしなくちゃいけないって山に来なくなったきりで久しぶりだけど私だよ!」
「…」
せーさんの腕の中から光が消えて、翼を消しながらふわりと地上に降りてきた。
そして手を伸ばしながらゆっくりと私に近づいてきて…。
「ち、ちょっと!何をするつもり!?ウチのメアたんにそれ以上近づかないで、」
「おどきなさい」
アザレアを払いのけたせーさんが私の両脇に手を差し込んで抱え上げ…次の瞬間、思いっきり抱きしめられた。
「ほんとうに…ほんとうにイルメアなのですね…?あぁ…!よかった…無事…だった…」
「おぶぶぶぶぶ」
ぎゅうぅぅううっと痛いほどに抱きしめられているけれど、せーさんの御胸がもにゅんとなってクッションになっているためか、そこまで苦しくはない。
「よかった…!ほんとうによかった…!もう逢えないものと…私が知った時には何もかも全部が過ぎ去ってしまった後で…よかった…生きていてくれたのですね…」
「うん。連絡しなくてごめんね」
思えばせーさんには母の死すら伝えてはいなかった。
頼る頼らない以前にそこら辺をまずはちゃんとしておかないといけなかったなって反省。
母の死と、その後の自分の立ち振る舞い方にネムの事といっぱいいっぱいだったとはいえだよね。
適当ではいけなかった。
超猛省ドラゴンである。
「いえ、いいのです!無事でいてくれたのならそれで…いえ無事ですか?小さくなっていますが…」
「やや無事でふ」
「やや無事ですか。それでも嬉しいです!」
むぎゅーっ、もにゅんもにゅん。
やーらかい、やーらかい。そしてぽかぽかしている。
これは…まだギリ空腹が勝っているからあれだけど、このままだと寝かしつけられてしまう感じかもしれない。
これが母性…!?
「待ちなさいセラフィム・ホワイト!なに勝手にウチの子のママになろうとしているの!?離しなさいこの変態!メアたんのぷにぷにほっぺとぷにぷにぽんぽんとぷにぷにあんよを独占できるのは保護者たる私だけよ!私こそがママよ!」
起き上がったアザレアがせーさんの腕の中から私を奪い取ろうと絡みついてくる。
落ち着いておくれアザレア。キミはママではない。
しかしここでアザレアは謎の力を発揮し、せーさんに力で打ち勝ち私の身柄を確保した。
しゅごい、アザレアのどこにそんな力が。
「はぁ…っ!はぁっ!染みわたる!ボロボロの身体にメアたんのほかほか体温が!ぷにぷにぼでーが!浸透していく…っ!」
「よしなさい変態。以前教会間の会合で会ったきりでしたが、アナタがそこまで様子のおかしい者だとは思いませんでした。どういう経緯でイルメアと一緒にいるのかはわかりませんが、どちらが母代わりかと言うのならば私にこそその資格があると思いますよ。実際その子は半分私の血を引いているようなものですから」
アザレアにはぁはぁされる中、せーさんから突如として爆弾が投下された。
最強のママ決戦が今始まる。
ひっそりと存在しているXのほうでは悩んでいるという旨を以前投稿していたのですが、実は本作の執筆を始めるギリギリまでイルメアはメアになった後、幼女にするか少女にするか悩みに悩みまして、いろいろあった末に幼女ドラゴンになったのですが、その結果アザレアさんが別次元の彼方に吹っ飛んでいきました。
少女ドラゴンだった場合はここまで壊れなかったと思いますので彼女は私の被害者と言えるでしょう。後悔はしておりません。
反省もないです。