めちゃくちゃにしてみる
聖白教会の一室、窓から差し込む光に顔を向けて、薄布を身にまとった白髪の女が目を見開いて漏らすように呟く。
「また…やっぱり間違いない…」
光に向かって誘われるように立ち上がる女の後を追うように青髪の大男もまた光に目を向けた。
しかし男はなにも感じることはなかったのか、訝しげな表情を見せた。
「なんだ?腹でも空いたのか」
「違います。…すぐに出ますわ。あなたはどうしますか」
「なに?どこにいくつもりだ」
「黒神領」
「…少し待つがいい。今あそこにはお前の倅が潜入している最中なんだろうが。お前が直接出向いたら何のために遠回りをしてるのかわからなくなるだろう。何があったのかは知らんが、少しはあいつを信用してやれ。あれでアイツは強い…万が一もないだろう」
「そんなことを言っている場合ではありません。確かにいま、あの気配を感じたのです。間違いなく「黒」の気配を…」
「黒…だがそれはあり得ないことなのだろう?」
「ええありえないことです。あれはすでに滅びた龍…もはやその残滓すら存在するはずがない…だというのに私はこんなにもかの気配を感じている…確かめねばなりません。何らかの偶然や私の間違いならそれでよし…しかし、もし名と存在を騙る愚物ならば…。どちらにせよ我が息子…あの子の手には余る案件かもしれません」
透き通るような白い肌に血管の影が滲むほどに拳を強く握りしめた女の肩に大男がその大きな手のひらを置く。
場に充満しかけていた不穏な空気が僅かに晴れ、女は自らを落ち着かせるように一度だけ息を吐いた。
「そこまで言うのなら一度出向くとしよう。お前がそこまで言うのだ…俺も少し興味が出てきた。同行させてもらうぞ」
「…ふぅ…わかりました。ですが私たちが動く以上、何らかのアクションが教会側からもある可能性を考慮して動きます。早急に準備を」
女の言葉に大男は頷き、その場を後にした。
残された女が見上げていた窓から差し込む光は…雲に隠されて陰りが落ちていた。
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「ぐっ…界を裂け!我が刃!我が敵を一閃のもとに!」
白いお姉さんの掛け声とともに、周囲に無数に浮かぶ剣がその刃を一斉に私に向け、向かってくる。
だけどこの戦いの中で私の中に以前の「勘」が戻りつつあるのか剣と剣の間の隙間がはっきりと見える。
見えるのなら、そこに潜り込めばいいだけの事。
隙間を縫うように剣を躱してお姉さんに向かっていく。
「んふふふふふ!」
「無駄だ!」
もう何度も見せられた光景をまたなぞるように、剣の軌跡に魔素が集って新たな剣を構成していく。
やっぱり厄介な能力だ。
時間をかければかけるほど、私に襲い掛かってくる剣の数は増えていく。
はじめは一本だった物が二本に、そして次は四本…次は八本と。
剣が動けばその軌跡に新たなそれが現れ数が倍増されていく…これを繰り返せばやがて逃げ場を失って敗北するしかなくなってしまう。
でも数が増えるというのならそれを奪えばいい。
お姉さんの魔力の味は覚えた…そうなればあの剣を私にだって扱えるはずだ。
味を頼りにお姉さんの魔力を再現、そして放出。
そうすることで完全に白の龍に支配された場を私の物に作り替えていく。
「角が…胃や翼と尻尾も…?黒から白に…あれは僕の魔力…!?くっ!なんども想像を超えてくる…っ!」
宙に浮かぶお姉さんの剣を一本掴む。
一瞬だけ魔素が私を拒む感覚があったけれど、すぐにそれも収まり、この一本は私を持ち主だと認めた。
そして燃費の悪いこの身体は力を使っているせいか、すぐにお腹が空いていくので近くにあった別の剣に食いつきかみ砕き飲み込んで食べて食べて食べる。
あぁこれはすごい。
純粋な魔素の集まりに、お姉さんの龍の魔力が混じっているためか食べることで私に還元される力がとても多い。
栄養食として完璧だ。
この「おもてなし」が終わったら保存食として何本か譲ってくれないだろうか。
いや今は目の前のことに集中しよう。ここまで来たら勝ちたいもんね!
「さぁ行くよお姉さん!楽しもうね!」
進む私に向かってくる剣を奪い取った剣で切り払っていく。
さて覚えているだろうか?お姉さんの剣の能力を。
この剣で斬られると魔素で構成されたものは分解されてしまう。
ではこの場合はどうなると思う?思うかな?あっさりと正解を出してみるのなら、答えはなにもならないだ。
お姉さん自身の力がお姉さんにも作用するのなら、それは能力としての意味をなさない。
魔素で作った剣自身が剣を分解してしまうからだ。
でも今回の場合はまた少し事情が変わる。
お姉さんから奪ったこの力に、さらに私の魔力を流し込むことで別の力に変容…そして私の力が加わっている分、能力としてのランクはこちらの方が高くなる。
結果として起こるのは…。
「僕の剣が…魔素に還元されて…そんな馬鹿な…」
そう、お姉さんを害さないはずの能力は私の物となることで、作用するようになってしまう。
こういうことがあるから魔素を使って独立した何かを動かすときは注意が必要だよねって!
「そしてお姉さん~さっきも言ったけれど戦いの最中に気を抜いちゃぁだめだよん」
「っ!?」
剣を全てかいくぐり、お姉さんのもとまで辿り着いたので剣を振るうけど、ギリギリのところで剣で受け止められた。
さっきから思っていたけれど、この人は反射神経がとてもいいみたいで不意を突いたつもりでもちゃんと受け止めてくる。
でもいいのかな?受け止めちゃって。
「お姉さんさっきの見てたでしょう?」
「なにを…!」
「こういうことだ、よ」
魔素の結合が崩壊しかかって脆くなったお姉さんの剣をへし折り、隙ができたお腹に七千ある必殺の一つロケット頭突きを叩きこむ。
剣で斬ったりしたら危ないからね。
「ぐっ…まだだ!僕の力はこんなものじゃない!」
お姉さんがお腹を押さえながら私から距離を取り、同時に空から剣が降ってくる。
どうやら言葉通り、まだ本気ではなかったようで、そのスピードに量…何もかもが先ほどよりも増えていて楽しくなってくる。
雨のように降ってくる剣を…いや、速過ぎてもはやビームのようになってるそれを躱しながら私もお返しにと持っていた剣をやや強めにお姉さんに向かって投擲する。
投げた剣はその間にある障害全てを貫き、お姉さんにまっすぐと飛んでいくがそんな直線的な攻撃…当然よけられてしまうわけで…はい、本命はこちら。
剣の雨の中、フリーになった両手に魔力を集中させ、上下で挟み込む。
「なんだあれ…あんな魔力…見たことも…」
「ならみせてあげゆ!」
というわけで久しぶりのお披露目です。
私の8千4百ある必殺技の一つ…なんちゃって黒龍ブレス。いってみましょう!
周囲からなにやら悲鳴にも似た叫び声のようなものが聞こえてくる気がしなくもないけれど、きっと大丈夫!だってこんなにも楽しいのだもの!
お姉さんはどうかな?楽しんでくれてるかな?
「ふ、ふっは!はっはっはっは!いいね!面白いよ!まさかここでこんなすごいものに出会えるなんて想像もしていなかった…あぁそうだ、これが僕が常に望んでいた「戦い」だ!全力には全力で…それが礼儀だよね!」
お姉さんが剣を天に掲げた。
すると降り注いでいた剣のすべてが私への攻撃を止め、魔素に分解されてお姉さんの手の中に集っていく。
集った力はお姉さん自身の許容を超えているのか、龍の特徴たる角に翼、尻尾が余剰分の魔力を吐き出しながら肥大化し…やがて私の背後にある屋敷そのもの両断できそうなほどの巨大な光の剣を形成した。
なるほどなるほど、どうやら正面からの打ち合いをご希望のようだ。
――とってもよくわかっているね!
そうだよ、戦いって言うのはそうでないとね!思い出すなぁ…夕日に照らされながら母とブレスをうちあって周囲を消し飛ばした懐かしいあの光景を。
ただ一つ訂正させてもらうなら私は全力を出してはいないこと。
ここまで来たら出してあげるのがいいのかもしれないけれど…さすがにそこまで我を失ってない。
ここで本気なんて出したらそれこそここいら一帯を消し飛ばしてしまってみんなに迷惑をかけちゃうからね。
それにこれはあくまで「おもてなし」。
お客さんが楽しんでくれればそれでいいのだ。
そういうわけでお互いに準備が整ったようだし、始めましょう。
純粋な力のぶつけあいを。
「断ち斬れ我が剣閃。ホワイトアウト・フルブレイク!」
「灼け滅べ!なんちゃって黒龍ブレス!」
私の放った黒が、お姉さんの振り下ろした白がぶつかり合い周囲から全ての音を消し飛ばした。
何もかもを弾き飛ばす力と力の衝突。
そこに一切の不純物は存在を許されない。
どんどんお腹が空いていくけれど、まだまだ余力はある。
お姉さんの剣を捨て去ったことで魔素の分解能力を失い、こちらのブレスのみが一方的に分解、還元されていくけれど…それでどうにかなるほど緩い魔素の込め方はしていない。
喰い尽くされる前に飲み込む…それが獲物を喰らう時の私のやり方だ。
「くっ…ははは!すごい!この僕がどんどん追い込まれていく…!どれだけ力を込めても圧し返せない!ふっはははは!!!いい!いいよ!ここで必ず逆転してみせる…逆境に追い込まれてこそ強くなれるのだから!」
お姉さんの勢いが増し、少しだけブレスが押し返される。
でも…まだ少しだけ足りなかったね。
私が新たに力を籠め直すとブレスはお姉さんの剣を打ち砕き…そして。
この後を考えていなかったことに今更気が付いた。
やばい!お姉さんがヤバい!このままだと大変なことにぃぃいいいい!!!誰か私のブレスを止めておくれ!!!!
その時だった。
「やはり来て正解でしたね」
天に祈った私に答えるかのように、透き通るような声が空から風に流れて聞こえてきた。
そちらを見ると空にどこか見覚えのある白髪の女の人がふわりと浮いていて…。
「我こそは【聖】――世を裁断せし純白の聖。聖裁龍ホーリーオブジャッジメント」
女の人の名乗りと共に、その背に空を分断するようなどこまでも広がる翼が現れる。
「荒れ狂いし力よ、我が名のもとに分断されなさい」
お姉さんを隔てるように空から光の柱が落ちてきて、ブレスを受け止めた。
私のブレスは光の中に飲み込まれるようにして消えていき…後には静けさだけが残っていた。