VSドラゴンしてみる
かつて母がこんなことを言っていた。
「龍とはこの世界における頂点を担う種族」なのだと。
その最たる理由が魔素の掌握力にある。
魔素は大気に流れる大いなる力…世界のすべてに満ちた力そのものだ。
魔力を流すことで様々な人智を超えた現象を引き起こし、様々な形で作用する。
逆に言えばどれだけ膨大な魔力があろうとも、それを魔素に作用させることができないのなら何の意味もなく…そして生まれ持った魔力が他人から指さされて笑われるほどに少なくとも、魔素に対して効率よく作用させることができるのなら、それは圧倒的な力を発揮させる。
この世界における強さとは、才能とはどれだけ魔素を扱えるか…それがそのほとんどの割合を占めていると言っても過言ではない。
しかしそれが龍ならば少しだけ話は変わってくる。
母はめったには見せてくれなかったけれど、龍には龍たる特殊性がある。
人や魔物は魔素に手を伸ばすが、龍に対しては魔素のほうからその身を捧げにやってくるのだ。
隷属、支配…世界の力の象徴たるそれを、力の源であるそれをその圧倒的な存在力でねじ伏せ、屈服させて使う…故に龍。
故に世界の頂点。
当時の私にはピンと来ていなかったけれど、それが今、明確な形となって私に牙を剥いている。
――最初に閃光が奔った。
視界のすべてが光に潰されたかと思うと、それを切り裂くようにして純白の剣が私に襲い掛かってきている。
それをクローで受け止めたのはいいけれど、先ほどまでとは違い剣自体に込められた魔素の密度がかなり高いようで簡単に折ることができない。
それどころか魔素で構成されている私のクロー自体が剣を受け止めた部分から崩壊をはじめ、魔素に分解されていく。
「ん…なにこれ…」
「僕の力は万の理を断つ。触れた魔素を我がものとして服従させ、奪い取る」
半分ほど解かれたクローが…クローだったはずの魔素がお姉さんの左手に集まり、新たな剣を形成していく。
「僕の前ではありとあらゆる現象はその意味を失い、そして新たに界を断つ剣となる」
新たな剣が振り下ろされ、間一髪のところでミニマムぼでーを活かして躱した。
しかしそれでは終わらなかった。
何もない空を斬った剣の軌跡が…確かな閃光となってその場にとどまっているのだ。
お姉さんは先ほどまで何もない場所を指先で撫でることで剣を形作っていた。
それを剣閃で行ったというのだろうか。
でも三本目の剣を作り出したとして何をするつもりなのか…どう考えても三本目の剣だなんていらないじゃないか。
そんな私の考えはすぐに甘かったのだと思い知らされた。
新たに空間に産み出された剣はお姉さんが触れていないにもかかわらず、その刃を私に向け…閃光となって飛んできた。
私が愛用している技にドラゴンネイルという技があったのを覚えているだろうか。
爪でその場を引掻くことで魔素を固定して撃ち出す牽制技のあれだ。
やっていることはそれに近い…でも似ているだけで実際は全然違う。
一つは私のドラゴンネイルは簡単に言うのなら斬撃を飛ばしているのに対して、向こうは剣その物を飛ばしてきているという事。
そこに込められた魔素の密度に強度がけた違いに向こうのほうが高い。
そしてなにより最悪なのは…その剣が辿った軌跡もまた剣となり飛んでくるという事だ。
どれだけ避けても刃がそれを撫でるたびに、そこに新たな剣が生まれて襲い掛かってくる。
たまらずクローで受け止めようものならクローが分解されて魔素が奪われ、新たな剣が形成される。
そして警戒しなくてはいけないのは飛んでくる剣だけではない。
当然お姉さん本体も両手に刃を持ち、襲いかかってくる。
避けたとしても、受け止めたとしても向こうの手数が増えるだけ…やがてはこの場に漂うすべての魔素が白き龍のもとに隷属し、刃となって私に逃げ場を塞ぐだろう。
これが龍。
これが世界の頂点たる存在の力。
もうすでにクローを作ることすらやや難しくなるほどには私が扱う事の出来る魔素は少なくなっている。
いや魔素が無くなることはない。
どれだけ消費しようとも無限に世界を流れて漂う魔素を全て消費することなどできはしない。
ただ言う事を聞いてくれないのだ。
文字通り、お姉さんに支配されていて、彼女の刃となる…ただそれだけの存在になってしまっているのだ。
「まさか龍としての名を披露した僕を相手にここまで粘るとは思わなかったよ。キミは本当にすごい…明らかに普通じゃない。その小さな体に秘められた正体をじっくりと暴いてみたいけれど…これでも仕事中なんだ。だからここまでだよ」
「あぅ…」
周囲を私の小さな身体すら抜ける隙間がないほどに剣が満たして取り囲んでいる。
正面にはお姉さんがその翼を広げながら剣を突きつけてきていて…完全に追い込まれてしまった。
もう逃げ場はない。
「キミはやっぱりどう考えても人間の子供ではないね。もしかすれば無色領から宝が盗まれたという事件はキミに起因しているのかもしれない。そうなれば僕は宣言通りキミを斬るべきなんだろう…だけどここまで楽しかったというのもあるし、それを提供してくれたということでどうだろう?僕と一緒に白神領にこないかい?そしてそこにいるアザレア・エナノワールと共にすべてを話してもらう。そうすれば僕はこれ以上の手出しはしないよ。どうかな?」
お姉さんが先ほどまでの鋭い刃のような表情を潜ませ、にっこりと笑う。
この人が何を話してほしいのかは事情が理解できていないのもあってわからないけれど、ただ一つ気になっていることがある。
私は初めて母以外の龍と戦った。
その力がとんでもないほど凄いのはよくわかった。
現に私はここまで追い詰められてしまったわけだしね。
ただ…ただだよ?
なぜそれくらいでもう勝った気でいるのだろうか。
それが不思議で仕方がない。
まだ決着がついていないのに、余裕を見せるという事はすでに勝ったと確信しているという事なんだと思うけれど、でもまだこれからじゃないか。
むしろ今この瞬間、久しく忘れていたモノを思い出してきたところなんだよ?
ずっとずっと…母が死んでしまってから乾いてしまっていたものが再び芽吹いていく。
平和な日々の中でぬるくなっていた私の奥底に熱が灯る。
あぁそうだった、そうだった。
いまから50年くらい…いや100年くらい前だったかな。
私は一時期ひたすらに戦うのが好きで、毎日毎日母に喧嘩を売っていた時期があった。
今が物足りないとは言わないけれど、あの日々は本当に楽しかった。
でもやりすぎちゃって山が一つ消えちゃってからは反省して大人しくしていたんだ。
思えばそのころから母はすでに弱っていたのもあるのだろう。
めっきり戦うことはなくなって…それでも日々は楽しいからいいやって蓋をしていたものが、目を背けていたものが面を上げた。
龍が相手ならば…久しぶりにあの頃のように戦ってみてもいいのかもしれない。
それはとっても…楽しそうだ。
「あはっ!」
「っ!」
周囲に逃げ場がないのなら、行く先はまっすぐ正面。
お姉さんにとびかかる。
向こうもさすがの反応を見せて、ほぼ反射的にだろうけれど私に向かってその剣を振るってきた。
お姉さんの剣は受け止めることはできない。
躱す意味もほとんどない。
ならどうすればいいだろうか?答えは簡単だ。
食べればいい。
「あむっ」
「は…?」
振られた剣を口を開けて向かいうつ。
歯で挟み込んで受け止めて…かみ砕いて飲み込む。
ボリボリパリパリ。
うん…お姉さんの魔力で固められた魔素は歯ごたえも面白いし、味も中々だ。美味しい。
そして…これでお姉さんの味は覚えた。
お姉さんの魔力がどう魔素に作用しているのか…それを味から理解できた。
なら私にだってやりようはある。
身体の奥底から魔力を放出して、くもたろうくんと戦った時のように…目の前のお姉さんのように私も角と翼、そして尻尾を形成する。
魔素が支配されて言うことをきかないというのなら、私だってそれらを捻じ伏せて我がものとすればいい。
今この場を支配しているのはお姉さんの魔力…取り込んだ味からそれを再現すれば主を挿げ替えることくらい容易くできる。
「キミはいったい…」
「おもてなししなくちゃって思ってたから忘れてたけど…わたしお腹が空いてたの」
まだまだ周囲にはこんなにも魔素の塊が浮かんでいる。
おやつだらけだ。
魔素は空気…普段は食べようとして食べられるものじゃないけれど、剣として固定化されているのなら味わい放題だ。
そしてそれらが私の力ともなる…。
「楽しかっただなんて言わないでよ。楽しいのはここからでしょ?ね?おねーさん」
昔はやんちゃしてた系ドラゴン