おもてなししてみる3
それは今から十数分ほど前。
ひんやりとした気持ちよさに包まれて微睡んでいた最中、お腹が空腹を告げてきたので目を覚ます。
私は眠るの大好きドラゴンだけれども、それ以上にご飯が大好きドラゴンでもある。
一度の睡眠よりも三度の飯。
三度の飯よりも圧倒的なご飯。
これこそが我が信条。
「じゃあノロちゃん、私ご飯食べてくるね」
「…行ってらっしゃい、ませ…伴侶様」
私が部屋を出ようとした瞬間、また天井から釣り下がってぶらぶらし始めたノロちゃんを置いてアザレアのもとにぽてぽてと向かう。
ダメドラゴンの烙印を押されているかもしれないけれど、それはそれとしてお菓子は欲しい。
何とかなりませんかと土下座をする覚悟で執務室に向かったのだけど…あらびっくり。
なんと書類やら本やらが積まれて堅苦しいイメージのあったアザレアの執務室が…壁が吹っ飛びとても風通しが良くなっておるではありませんか。
これは間違いなく匠の業というやつだ。
なーんてふざけている場合ではない。
私がぐーすかしている間にいったい何があったのかと壁に空いた大穴に近づいてみる。
するとピシッとしたスーツ?をきたお姉さんが膝を抱えて大穴から外を眺めていたので挨拶をした。
「こんにちはー」
「あらぁ可愛らしいお嬢さん~こんにちわんこ~」
格好はピシッとしているのに、喋り方はふにゃふにゃしてて面白い系のお姉さんだ。
たぶん初対面だと思うのだけど、どちら様だろう?
「おねーさんなにしてるのー?」
「んー?お仕事ぉ」
「お仕事かぁーえらいねぇー」
「でしょー?」
なんとなくお姉さんの隣に行って大穴から外を覗いてみた。
するとびっくりなことに倒れたアザレアに向かってすごい体つきのお姉さんが剣を振り上げていたので、咄嗟に間に入った。
そして現在である。
「子供…?」
「め、メアたん…!きちゃダメ!」
近くで見るとアザレアは思ったよりもボロボロで…なんかその隣でニョロちゃんもぐったりとしている。
さっき剣を持っていた女の人がやったのだろうか。
ちょっと焦っていたのもあって咄嗟に剣を噛み砕いたけれど…その判断は間違っていなかったようだ。
「お姉さん誰?アザレアに何をしてるの」
「メアたんいいから…私は大丈夫だから」
アザレアがか細くそんなことを言ってくるけれど、どう見ても大丈夫ではない。
今の私はちょっとおこだ。おこドラゴンだ。
変な格好の白髪のお姉さんは少し困ったような顔で口を開いた。
「いや…何も危ないことをしていたわけじゃないよ。ただ…そう、「おもてなし」をしてもらっていただけさ」
「え…戦ってたのに…?お客さんなの…?」
「あぁそうだよ。ちょっと用があってきたんだけどね、ついでに手合わせをお願いしただけなんだ。そうだろう?アザレア・エナノワール」
お姉さんがそんなことを言うので恐る恐る振り返ってアザレアを見てみると…。
「え、ええそうなの!ちょっと盛り上がっちゃって!大丈夫だからメアたんは屋敷の中に…そうだ!おやつ!おやつ用意してるから食堂に行ってて?ね?いい子だから」
私はとてもいたたまれなくなった。
そして死ぬほど恥ずかしくなった。
まさかアザレアの危機と思ってどや顔で乱入したのに、ただ邪魔をしただけだったなんて…。
おいは恥ずかしか…!!
もう嫌だ…おうち帰りたい…。
母ごめん…私このまま恥ずか死するかもしれない…。
「しつれいちまちた…」
私は顔を両手で覆ってその場を立ち去ろうとした。
しかしそこでふと思い直す。
白髪のお姉さんはいまだやる気というか…殺気のようなものを身に纏っていて、でもアザレアはボロボロで動けそうな感じじゃない。
さきほどお姉さんはこれは「おもてなし」だと言った。
ならばおそらく消化不良であるお姉さんを私が「おもてなし」するべきなのではないだろうか?
幸い今はお昼寝ばっちりで途中で眠くなることはない。
お腹は少し空いているけど…まぁ許容範囲…許容したくはないけれど、まぁ大丈夫だろう。
汚名返上、名誉返上からの再授与。そして挽回。
いまこそ失った(かもしれない)アザレアの信頼を取り戻す時なのではないだろうか。
そうと決まれば即行動。考えるくらいなら動いて喰う。それで大体の事はうまくいくと母も言っていた。
「白いお姉さん!」
「…なんだい?」
「アザレアに代わって私が「おもてなし」するよ!」
「…子供を痛めつける趣味はないよ。これはね僕とアザレア・エナノワールの問題…お仕事なんだ。怪我をするといけないから彼女の言う通り離れておいた方がいい。大丈夫、少なくともキミに何か問題になるようなことはしないよ」
むむむ…このお姉さん中々良識がある方の様だ。
ほとんど裸みたいな格好してるのに。
それとも今はこう言うのが流行りなのだろうか?
なんてこったいカルチャーショック。
仮にネムがこんな格好をしていたら卒倒してしまう自信がある。
まぁそれは置いておいて、確かに私の見た目は戦うなんて行為を仕掛けづらいだろう。わかるよ、うん。
私だって子供に手をだそうだなんて思わないもの。
しかぁし、そうはいかないのがこの状況。
私は何が何でもこのお姉さんをおもてなししなくてはならないのだ。
なのでこちらが先に仕掛けよう。
というわけでやってまいりましたいつものやつ。
ドラゴンオーラを展開して爪状に伸ばす。出来上がりしは使いやすいと話題沸騰のドラゴンクロー。
先手必勝!くらえ!
「なっ…!?」
ガキィィインと耳の奥に響く音がしてドラゴンクローがお姉さんが新しく作り出した剣に阻まれた。
不意を突いたからお姉さんもびっくりしてて、妙な声が漏れていたけれど、それでも防がれた。
うん、やっぱりそこそこ強いみたい。
見たところ一瞬で魔素を固めて剣を作り出す高度な技術も持ってるみたいだし…ふんふん、私もそこそこ楽しめるかもしれない。
「今のはいったい…キミは…」
「むふん!これでわかってくれたでしょ?私にも「おもてなし」ができるって」
「あぁそうだね…先ほど剣が折れたのは何かの間違いだと思っていたけれど…どうやらキミの実力の様だ。見た目の情報だけで舐めてかかるのは命取りかな」
命は取らんわい。
大げさだにゃぁ。
「め、メアたんダメよ…逃げて…そいつは…」
「大丈夫だよ!見ててアザレア」
私だってやればできるドラゴンだと…ただ飯喰らいドラゴンではないのだと証明させてほしい。
「ふふっ自信もあるという事かな。面白いじゃないか…さすがに君のような相手は初めてだからね…うん、戦い方を学ぶいい機会だ」
「戦い方を勉強したいの?」
「そうだね。僕のモットーは日々戦い、日々勉強だ」
「ほうほう」
ならば私が「おもてなし」の一環として一肌脱ごうではないか。
お客様満足度百パーセントドラゴンとしてね。
「さぁいくよ!ちびっこ!」
「きたまえー」
白髪のお姉さんの姿がぶれるようにして視界から消えた。
おぉ…そんなことができるのか。なかなか速い。でも…。
右から振り下ろされた剣をクローの爪と爪の間に挟み込むようにして受け止める。
「っ!?」
「視界から消えるように動くのはね、正面にはいませんよって教えてるのも同じだからね。もっとわかりにくくしないと。それにまっすぐは速いけれど右にずれる時に足音もしてるし、少し遅くなるから位置がわかっちゃうね。走るんじゃなくて方向を変える時はステップとか踏んで見るのはどうかな?」
「なにを…」
「それにね?」
剣を挟み込んでいるクローを捻って横から力を加え、剣を折った。
「…」
「もう少し魔素の密度を上げたほうがいいと思うな。切れ味はあるかもしれないけれど強度がいまひとつだね。割り切ってるのならこうやって武器同士をぶつけるみたいな使い方はしちゃだめだよ」
お姉さんは目を見開いて固まっている。
私のアドバイスを反芻しているのだろうか?
たぶんそこまで的外れなことは言ってないと思うけれどどうかな?
ちょっと前までネムに戦い方を教えていた経験が生きたと思うのだけど。
喜んでもらえてるといいな。
そんな思いのまま私は足に力を入れて地面を蹴り、固まっているお姉さんの胴に頭突きをした。
「うっ…!!」
お姉さんは衝撃で体を浮かせ、そして転がって行ってしまった。
「戦ってる最中に気を抜いちゃだめだよっ!頭突きだからよかったけど、このクローとかだったら痛いからね!気を付けて!」
「…」
地面に倒れたまま何も言わないお姉さんの姿に少し不安になる。
もしかしてやりすぎてしまっただろうか…?
そう言えばネムに戦い方を教えていた時もくもたろうくんに「やりすぎっす」ってたまに怒られることがあった。
これはやらかしドラゴン・リバイバルだろうか。
謝ったほうがいいかな…?
ちょっと不安になったところでお姉さんはゆらりと立ち上がって…その全身から魔力を溢れさせた。
おぉ…よかった。なんだか少しだけ手を抜いている感じだったけれどやる気になってくれたらしい。
へこたれない根性…うん!満点!
結局最後に勝つのは諦めない者としっかりご飯を食べるものなのだ。
そう母も言っていた。
ご飯のくだりは私の言葉だ。
「おねーさん大丈夫?まだやれる?」
と一応声をかけてみたところ、お姉さんは「ふふふ…」と小さく笑って…そして次の瞬間、大きな声で本格的に笑いだした。
「あっはっはっはっは!!すごい!すごいじゃないか!まさかこれほどなんて…今の一瞬の攻防で…いや、一方的なそれで力の差を思い知らされたよ!ほんとにすごい!「今のまま」じゃあ逆立ちしたって敵わない…ふふふ!」
「そりゃあ逆立ちしたら勝てるものも勝てないよ」
「そうだね、その通りだ…でも今がその逆立ちをしているような状態だとしたらどうかな?」
「うん?」
「キミになら僕の全力をぶつけられそうだって話だよ」
「っ!まさか!メアたん逃げて!早く!」
アザレアが背後で叫び、それと同時にお姉さんから漏れ出ていた魔力の量が爆発的に増えた。
身体には納めきれないほど、その身から魔力が次から次へと溢れ出し、そしてひとりでに魔素が反応し、お姉さんの身体に何かを形作っていく。
「あぁ…そうだまだ名乗っていなかったねお嬢さん」
「おぉ?」
お姉さんの頭に魔力に反応した魔素が白い角のようなものを形成する。
次はまた白くて大きな翼。そして腰から伸びる大きな尻尾。
その姿はまるで――
「我こそは【白】――万象を断ちし閃光の白。剣白龍ソードオブホワイト」
周囲の魔素がその名乗りに答えるようにひとりでに純白の剣の形をとり、その手に収まる。
それは…まさしくかつて母にも見た龍の力。
ただそこに存在するだけで周囲の魔素を隷属させ、己が一部として使役する。
間違いなく彼女は龍なのだ。
「もう後戻りは無しだよ。この刃のもとに…キミを斬る」