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毒槍VS白剣2

「なぁおい、いいだろ?少しくらいさぁ」

「そ、そう言われましても…」


エナノワールの屋敷の中庭にて、ウツギが馬車の整備をしていた商人を捕まえ、顔を近づけて凄んでいた。

商人は脱いだ帽子を両手で握りこむようにして困った表情を浮かべており、そんな様子を少し離れた場所からセンドウが見守っていた。


「金ならあるんだ…何もぶんどろうってんじゃない。正当な報酬を払うから「薬」を融通してくれって言ってんだよぉ。なぁいいだろ?」

「しかしお望みの物はその…ご用意が難しいと言いますか…それを取り扱うのはリスクが…その…」


「そこをなんとかってお願いしてんじゃねぇかよぉ~困ってる人に必要な商品を融通する…それがアンタの仕事だろう?な?ほらセンドウのおっさんからも言ってやってくれよ。アンタにも必要なもんだろ?」

「ひっひ!用意していただけるに越したことはありませんが…商人殿もお困りの様子ですしねぇ~どうしたものか…ひっひ!」


「んなアメェこと言ってっから下に見られんだよ。なぁおいアンタ優しく言ってるうちに頷かねぇと…」


ウツギが商人の胸倉をつかみ上げようと手を伸ばしたその時――屋敷の壁面が爆発を起こしたかのように轟音と共に弾け飛んだ。


「な、なんだ!?」

「何事ですかいったい!?」

「ほう…あれは…」


大穴の開いた屋敷の壁の向こうから舞い上がった粉塵と砂埃の中、二つの人影がもつれこむように地面に落ちた。


黒く揺らめく槍を持ったアザレアに、白きオーラを纏ったソードだ。


「ふむふむ。これは本当に驚いた。アザレア・エナノワール、キミ本当に人間かい?」

「失礼ね。それ以外の何に見えるって言うのよ」


ソードは身体についた汚れを払い落としながら、アザレアの持つ槍に目を向けていた。

ゆらゆらと揺らめく、黒い光で構成されているかのようなつかみどころのない禍々しい槍を。


「見たところその腕に巻き付いている蛇が吐き出している何かに魔力を通し、魔素を反応させることで槍の形に構成しているようだけれど…おおよそ人間技とは思えないほどに精巧な魔力操作だ。魔素の扱いも…いやはや心の底から凄いものを見せてもらっているという気になっているよ」


魔素とは大気に満ちて、魔力に反応するという特性を持つだけのただの粒子だ。

人が指向性を持った魔力を流すことで適当な場所で爆発させたり、風を起こすことくらいならばそこまで難しくはないが、一つの明確な形を作り上げるとなれば話は別だ。


まるで針の孔に糸を通すかのように無数の魔素に繊細かつ素早く魔力を流し、そしてそれが崩れないように固定する。

言葉にすれば簡単だが、それを実現できる人間など何人もいないだろう。


そしてそれこそが…人外の技を難なくこなして見せたその力こそがアザレア・エナノワールの異常性だった。


「そう、ありがとう。あなたの遺言としてそのお褒めの言葉をもらっておくわ」

「ははは!問答無用ってことか。まさかこうも簡単に殺しにかかってくるとは思わなかったよ」


「逃げようと思うなと言ったのはあなたよ。だから殺すことにしたの。逃げずにね」

「おそらく君にとって都合の悪いものに触れかけた僕を排除したいのだろうけど…僕はこれでも聖白教会の重鎮なんだ。もしこの場所で僕が死ぬようなことがあれば、それはそれで問題になるとは思わないかい?」


「そうなればなった時に考えればいいのよ。その場しのぎなんて意味がないってよく言うけれど、その場も凌げないのなら、その先の未来なんてないのよ」

「うん。とってもわかりやすいね。かなり僕好みだ」


ソードはニッコリとした笑みを形作り、戦うことに異論はないとばかりに腕の骨を鳴らして見せた。


そんな空気の中、部屋の中に残ったままで壁に開けられた大穴からエクリプスが顔をのぞかせ、


「ソードぉ~手伝おうかぁ?」


と緊張感の欠片もない声色でそう言った。


「いや大丈夫だよ。せっかく当主様自ら歓迎してくれているんだ…もてなされるのもまた客人の仕事の一つってね」

「はぁいわかりまっしたぁ~。でも殺しちゃだめですよぉ~まだまだ聞かないといけないこともあるのでぇ~」


わかっているよとソードはエクリプスに向かって手を振った。


どうやらソードは一人でアザレアを迎え撃つつもりらしいが、アザレアは背後のエクリプスからも意識を反らしてはいなかった。

本来なら二人とも相手取るつもりだった彼女にとってこの状況は少しばかり都合が悪かった。

なぜならば…


「あぁ心配しなくていいよ。エクリプスはそこまで仕事熱心じゃないからね。僕たちが戯れている間に家探しをするだなんて気の利いた真似はしないさ」

「…そう。いらぬ気を回してくれてどうもありがとう」


心配事を見抜かれてさすがに動揺を覚えたが、それを悟らせないようにアザレアはソードを睨みつける。

そして様子を見る間も惜しいとばかりに地面を蹴り、漆黒の槍を突き出した。


「ふはっ!いいね!その飾り気のない殺意…とても楽しいよ。うん楽しい」


心臓を狙って突き出された槍を左手の甲を滑らせるようにして受け流し、ソードは獰猛な笑みを見せた。

しかし右腕でその零れ落ちそうな胸を支えているためか、隙のできている胴体に追撃をすることはなかった。


「あなた…私をまだ舐めているの?」

「うん?そんなつもりはないけれど、何がそう思わせてしまったのかな」


「武器も持たずに私と戦うつもり?ソードだなんてそれらしい名前を名乗っておいて、まさか素手がメインなんてことはないでしょう?」

「ははは!なるほどね…確かに僕は剣を使うけれど…でもこんなに楽しいんだ。すぐに終わらせたらつまらないだろう?これは敬意だ」


暗に剣を使えば勝負にすらならないと言われアザレアは一瞬、頭に血が上っていくのを感じた。


(おちつけ。挑発に乗るな…そもそもこの痴女は剣をこの場に持ち込んでいない…つまり使いたくても使えない。吞まれるな、飲み干せ。ここで負ければすべてが終わるのだから)


すぐさま槍を切り返し、刃はソードのむき出しの胴を狙う。

それを宙返りで躱し、足音も立てずに着地…その時に別の生き物のように揺れる胸にどうしても目を奪われた。


「くっ…ふざけた格好でちょこまかと…!あんた胸痛くないわけ!?」

「む?」


「だいたいそんなお腹が冷える格好して何がしたいわけ!?妙にむっちりしてる脚もほぼ付け根から全部出てるし、大事なところだけ隠してればいいと思ったら大間違いよ!モラルを考えなさい!」


真剣な戦いの最中だというのに、アザレアは気分が高揚したのかずっと気になっていたことをぶちまけた。

それを受けてソードは自分の身体を見渡しつつ、真面目な顔で口を開いた。


「これは修行なんだ」

「はぁ?」


「肌を晒し、そしてその不便さと羞恥心を体感することで女性に対しての見識を深める…そういう修行なんだ」

「…何を言ってるのアンタ」


「むむ?女性なら誰しもがやっている伝統的な修行なのでは?そう聞いたし、ならばとこの服も用意してもらったのだけど…」

「誰によ」


「向こうにいるエクリプスに」


ソードが指をさすと「やっほー」とエクリプスが呑気に手を振った。


「…なんだかわからないけど、一つだけ確かなことは間違いなく騙されてるわよあなた」

「むむむ?僕自身エクリプスの言い分に納得していたのだけど…ふむ?いや、ここはまず修行で得た力をお見せしようじゃないか」


そう言った瞬間、ソードの身体がアザレアの視界からぶれるようにして消えた。


「っ!?」


それはほとんど勘だった。

咄嗟に身体を捻って槍で身を守ったのちに、一呼吸おいてソードの白く長い脚が槍を撃った。


「うん、よく今のを防げたね。でもまだまだだよ」


そこからはまさに嵐だった。

姿を捉えたと思った次の瞬間にはソードの姿は視界から消えていて、蹴りや突き…手刀に膝蹴りと別の方向からの暴力が絶え間なく襲ってくる。


アザレアは直感を頼りに何とか攻撃をいなすが、すべてに対応はできておらず…瞬きをする間に体に打撲痕が増えていく。


あまりに素早く、そして正確に急所を狙ってくる攻撃にソードと言う存在の大きさを実感する。

そして何よりアザレアを苛立たせたのは…ソードが相変わらず右腕で胸を支えていたことだ。


実質片腕を封印した状態で、一瞬にして優位に立って見せたその事実に下がりかけていた血が再び昇っていく。


「うっ…ぐっ…!」

「まだまだいくよ」


アザレアは襲い来る暴虐に耐え続けた。

耐えて耐えて…耐え抜いて…そして変化は訪れた。


「むっ…?」


あるタイミングでソードが蹴りを放とうと足をあげた時、支えになるはずの軸足から力が抜けて膝をついてしまったのだ。

息は上がっていない。

疲労もない。

そんなやわな身体をしていないことはソードが一番よくわかっている。


ではなぜ?

疑問の中でソードは自らに迫りくる黒い光に揺らめく槍の姿を見た。


身体を捻り、脚に力を入れ直してその場を飛びのく。

しかし一瞬間に合わなかったのかソードの二の腕からうっすらとだが血が流れ落ちた。

そして同時に襲い掛かる鈍い痛み。

切られた痛みではない…傷口からゆっくりと浸透していくように重たい痛みが広がっていく。


「そうか…これは毒か」

「今更気が付いたのかしら?そう…これは毒よ。クロロ特製のね」


「なるほど…何を媒介として槍状に魔素を固めているのかと思いきや毒だとは…それも「この僕」に作用する毒だなんて相当に強いものだね。やられたな…完全に油断した。ずっとその槍からは簡単には気づかないレベルでゆっくりと毒が漏れ出していたわけだ」

「今更気が付いたところでもう遅いわ。たとえ屋外だとしても、至近距離で長時間吸い続ければどんな存在も内側から侵されておしまい。ご丁寧に肌の露出も多くてそこからも入り放題…あなたももう終わりって事よ」


ゆらゆらと揺らめく槍先がソードの顔に向けられる。

そこからは今この瞬間も生命を脅かす毒が流れ出ていた。


「いやしかし、これほどの毒…キミにも作用するだろう。それにしては元気に見えるし…どういうカラクリなのかな?」

「毒が作用しない理由なんて古今東西ただ一つよ」


「なるほど、ね…常日頃から体を慣らして耐性を得ていると…いいね、それも王道でとっても僕好みだ」

「それが最後のセリフかしら?」


「いいや?これが始まりのセリフだよ」


ソードが目を細め、異様な雰囲気を感じ取ったアザレアは有無を言わさず突きつけていた槍先を突き入れた。


肉の身体を貫くはずだったそれはしかし…火花を散らした金属音と共に弾かれた。


「え…なんで…」

「魔素を固定化して武器にできるのが自分だけだと思っていたかい?」


ソードの手にはその名にふさわしく、白く光を放つ細身の剣が握られていた。

何もない空間を指先で引掻くように撫で、その軌跡が剣となって具現化したのだ。


「なんて格好をつけてみたところで、なにもつかないね。あぁ完全に僕の負けだ。僕なりに驚きと尊敬をもって戦っていたつもりだったけれど…完全に予想を覆されて剣を抜かされた。そんなつもりはなかったのだけど、結果としてキミを下に見て侮辱していたね…ごめんよ。だからせめてもの謝罪と…楽しみを提供してくれたことへのお礼をかねて僕の剣技を披露しよう」


剣を手にしたソードの身体がゆらりと揺れる。

先ほどまでとは一変した雰囲気にアザレアの額から汗がにじみだす。


(おちつけ!大丈夫…クロロの毒は確実に作用している。まだ負けじゃない…大丈夫…のはずよ…)


空気から伝わる威圧に震える身体を抑えるために、落ち着こうとしたアザレアは見た。見てしまった。

ソードの身体に起こったある変化を。


「そんな…それは…あの時の…」


――目を潰すような光が瞬いた。

視界のすべてが白で埋め尽くされ…そんな中でもはっきりと横に奔る閃光が見えた。

そして…光が収まった次の瞬間にはアザレアは地に伏し、光の剣を手にソードがその姿を見降ろしていた。


「僕の勝ちだ。楽しかったよアザレア・エナノワール」

「っ…こ、この…!」


一瞬で許容量を超えるダメージを叩きこまれ、身体を動かせずにソードを睨みつけることしかアザレアにはできなかった。

そんな彼女にうっすらとした笑みを贈りつつ、ソードは剣を振り上げる。


「あーあ…殺しちゃだめよぉ~ソード~」


そんなエクリプスの声が届いているのかいないのか…再び剣が閃光を描きながら振り下ろされ…。


――音をたてながら砕かれた。


「は…?」


バラバラと砕け散った剣の破片が地面に落ちると同時に光になってほどけて消えていく。

アザレアは何もしていない。

完全に抵抗する手段も体力も奪われ、ただ結末を受け入れることしかできなかったから。


ならば誰が?

砕けた剣の先…そこに立つ小さな人影をアザレアとソードはほぼ同時に認識した。


「お腹が空いておきましたっ!なにしてるのん?」


ぐぅ~っと空腹に鳴くお腹の音と共に小さな乱入者…メアがその姿を現した。

戦いの音ではなく、空腹でお昼寝から目覚めているのがメアたんポイントです。

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― 新着の感想 ―
[一言] >バラバラと砕け散った剣の破片が地面に落ちると同時に光になってほどけて消えていく。 よかった…剣食べたかと思った… こう千歳飴感覚でバリボリペロペロと…
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