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毒槍VS白剣

 白を基調とした神聖で穢しがたい雰囲気を纏ったその場所に「青い髪」の大男が武骨で、重たい足音を響かせながら透明な天幕に覆われた大きなベッドに向かって口を開いた。


「おい。いつまで寝ているつもりだ」


大男が声をかけてから数秒後。

のっそりとした動きで天幕の向こうのベッドから上半身を起こした女のシルエットが浮かぶ。


シルエット越しではあるが、女が裸であることは明白であり、長く伸ばされた髪と大きく実った胸部のふくらみが同時に揺れていた。


「…気を抜きすぎではないか?少しはそれらしく振舞ったらどうだ」


呆れたような声で大男がため息を吐いたが、天幕の向こうの女もなぜかため息を返し…ゆっくりとではあるが衣服を身にまとい始める。


「それらしく…それらしくですか。そういう意味では私以上にそれらしくしている者などなかなかいないと思いますけどね。誰がこの「聖白教会」を…「白神領」を納めていると思っているのです?「聖女」だなんだと持ち上げられるのも楽ではないのですよ」

「俺が言っているのはそっちではない。我らの同胞として節度を持てと言っているのだ。毎夜毎夜飽きもせず人間と(まぐわ)って何が楽しいのだ」


「何って…気持ちがいいではないですか。人間にとっては違いますが、私たちにとっては完全に快楽のみを追求した遊び…娯楽です。そして私のような肩書を持った絶世の美女が相手をしてくれるとなれば人間も最大限の幸福を得ることができる…どこに問題があるのです?男女問わず順番待ちが凄いのですよ?」

「はぁ…何でもいいが気を抜きすぎるな。例の貴様が言っていた妙な気配はどうなったのだ」


天幕の切れ目から絹のような美しさを持った、白く透き通るような腕が現れ…ついに女がその姿を見せた。

衣服と言うにはあまりにも頼りない、大事なところが透けているのではないかと思うほどの薄いローブを身にまとった白髪の女だった。


大男はその姿に渋い顔で頭を押さえたが女は何も気にすることはなく、平然とその姿のまま近くのテーブルに置いてあった水をグラスに注ぎ、飲み干す。

だらしがなく、淫靡な背徳感を感じさせるが…しかし、それでも女の身にまとう空気に穢れはなく…神聖かつ犯しがたい存在としての圧があった。


「もちろん手は打っていますよ。仕事はきっちりとするタイプだと知っているでしょう?」

「あぁ、それでどう手を打ったのかと聞いているのだ」


「すでに我が「息子」が件の場所に赴いている頃です。調査程度ならば問題も間違いもなく遂行してくれるでしょう」

「そうか…しかし貴様が感じたという妙な気配…それに間違いはないのか?」


「ええ…ほのかにですが赤の力を感じました。それはあなたもそうでしょう?我らがあれを感じ取れないはずがない」

「そっちではない。貴様が今回の件に直接手を出すと決めた気配のほうだ。そっちは俺にはわからなかったからな」


女の手の中にあったグラスが音をたてて割れ…中身の水ごと破片が地面に落ちた。


「ええ間違いありません。私が…この私があの気配を間違えるはずがない。間違いなく…あの場所から「黒」の気配を感じました。えぇ絶対に…何を取りこぼしたとしてもあの気配だけは間違えるはずがない」

「…そうか。だが黒は」


「ええ分かっていますよ。あれはすでに滅びている…だから手を割いてまで確かめているのではありませんか」

「…もし仮に本当に黒が見つかったのならどうするつもりなのだ?」


「決まっているではないですか。黒はすでにいないのです…その理に背こうと騙る者がいるのなら…制裁が必要でしょう」


女は白く輝く髪を揺らしながら…感情の読めない瞳で笑っていた。



────────────



 重くるしい雰囲気の中、アザレアが指先で一度だけ双方を隔てているテーブルを叩いて軽く音をたてた。

そして無表情を保ったまま、口火を切った。


「…なにはともあれ、いきなり指摘をして申し訳ないのだけど、事前の連絡もなしに訪問するなんて失礼以前に常識的に考えておかしいのではなくて?」

「む?訪問予定の手紙は送ったはずだが?」


ソードは不思議そうな顔で小首をかしげた。

そんな小さな動きでさえ、惜しげもなく大部分が外気にさらされている胸部の豊満すぎるふくらみがこれ見よがしに揺れていた。


「えぇ確かに近々訪問するという手が身を以前いただいたけれど、明確な時期も、時間もなにも書いていない、ただ訪問する予定があるとだけ記されたそれをもって事前に連絡をしていたと言うのはおかしいでしょう?おかげでこちらは何の歓迎の準備もできていないわ。それとも…黒神領だから礼儀を通す必要はないって言うお考えかしら?」

「いや…?確かに以前訪問予定だという旨の手紙を送ったが…その後数日中に訪問するという手紙も送っていただろう?」


心底不思議そうな顔のソードの言葉に、アザレアはその真意を測りかねていた。


アザレアは「お飾り」ではない。

辺境の地とはいえ、その一帯を納めている当主および領主としてそれなりの経験を積み、必要以上の能力は身に着けている。


その経験からソードが少なくとも今は嘘を言っているようには思えなかったが、ならばどういう意図があるのか…表情は崩さないまま、アザレアはその頭脳をフル回転させ次の一手を考えていた。


「…ならばこちらが見落としたと?」

「そうは言わないけれど…エクリプス、手紙はちゃんと出したんだよね?」


ソードは背後で佇んでいたエクリプスにそう声をかけたが、なぜかそのエクリプスも不思議そうな顔で首を傾げた。


「私ですぅ?あの手紙はソードが出すって言っていたのでは~?」

「え?いやいや確かにキミに渡しただろう?出してきてくれって」


「え~…?あれれぇ?」

「…すまないアザレア。どうやらこちらのミスの様だ…素直に謝罪するよ。当然だけどここから何らかの対応を望んだりはしない。用が済めばすぐに立ち去るよ」

「…そう」


完全に出鼻をくじかれたが、それをおくびには出さずアザレアは無表情を貫いた。


「それで?かの有名な執行官様が何ようでウチのような世の果てにおいでに?」

「…これまでの会話の感じでなんとなく理解してもらえたと思うのだけど、僕は腹芸や遠回しな言い方による会話が苦手でね。単刀直入に聞きたいのだけどいいかな?」


「聞くだけならどうぞご勝手に」

「うん、ありがとう。じゃあ聞かせてもらうけど…以前この領の隣にある無色領に泥棒が入ったそうなんだ。その泥棒は無色領の教会から「宝」と呼ばれる何かを盗み出したらしい。僕は他領の執行官だけど、縁あってその泥棒の排除と宝の奪還を依頼されていてね…何か知らないかな?」


アザレアはその質問に対しても一切表情を変えなかった。

汗の一つもかかず、眉の一つも動かさないままで服の下に潜りこんでいるクロロに指示を出した。


(幸いなぜかは知らないけれど、相手は肌の露出が激しい…狙おうと思えばいつでも行ける。クロロ…もしもの時はお願いね)


アザレアの意をくみ取ったのか服の下のクロロがしゅるりとアザレアの衣服の袖口まで移動する。


「なにも存じ上げませんわ。よそからは爪弾きにされている我が領ですもの…そんな事件があったことすら初耳です」

「ははは、いや事件があったことさえ実は公表されていないんだ。極秘扱いらしくてね…だから関りがないのなら知らなくて当然さ。関りがないのならね?」


「まさかとは思いますが、私がその泥棒だと思いで?私たちのような世間に顔向けもできない地に住む逸れ者が、高貴たる他領の方々に対して弓を引くような真似がどうしてできるでしょうか」

「いいや…話してみて確信したよ。キミならそんなこと何も気にしないだろうし、何より犯人はキミだ。間違いない」


「なぜでしょう?何か証拠でもあるのですか?」

「いいや?直感だよ。それにキミは気づいていないのかもしれないけれどボロを出しているよ」


アザレアはあくまでも動揺を見せないまま、人好きのよさそうな笑みを浮かべた。


「ボロですか?出しようのないものを出すことはできませんわ。気のせいではなくて?」

「いや?気のせいじゃないよ。僕はとても目が良くてね…ずっとキミを観察していたけれど、キミは僕の話を聞いても一切動揺していなかった。表情の揺らぎもなかったし、何かを隠している様子は愚か、困惑した様子も見せず汗の一つもかかなかった」


「当然でしょう?だって私は無関係なのですから」

「無関係なのなら公表されていない事件を僕が平然と話したことや、あからさまにその疑いをキミにかけているという事実に多少なりとも動揺するのが普通ではないかな?初耳だと嘯く時もキミは表情すら変えなかった…それは完璧に感情を隠すことのできる…噓をつくことができるものだからこそのそれではないかな?」


「言いがかりですね。こんな立場ですから普段から感情を隠す訓練はしているのですよ。まぁ私が優秀だとお褒め頂いた…という事にしておきます」


そう笑うと同時にアザレアは思考を切り替え、クロロに攻撃指示をだした。

相手は二人だが問題はない…毒を持つ毒蛇の牙はその一刺しですべてを終えることができるのだから。


「もしその服の下にいる何かをけしかけようとしているのならやめておいた方がいい。僕には通用しないからね」


ソードの言葉と共に背後のエクリプスがほとんど動きを見せずにナイフを投擲した。

ナイフはアザレアの右の袖口…そのすぐそばのソファーに突き刺さった。


もし数ミリズレていたのなら…服の下のクロロの頭が串刺しになっていたであろう位置に。


「…」

「さて…もうほとんど自白が取れたという事でいいのかな?」


「はぁ…そうだとして私をどうするつもり?」

「んーそうだね…とりあえずは宝とやらを見せてもらおうかな。その後はキミとこの件に関係ある者たちの身柄の拘束…あと一応だけど「最悪」は覚悟しておいてほしいかな。すべては盗まれた宝の正体しだいだ」


「…わかった。少し準備をしてくるから時間をもらっても?」

「いいけど今更逃げようだなんて思わないようにね。痛い目を見るだけだ」


「ええわかっているわ」


アザレアはすべてを諦めたかのように穴の開いたソファーから立ち上がるとソードとエクリプスの横を通りすぎて部屋の外に向かっていき…いつの間にか手にしていた黒い光を放つ槍をソードに向かい投げつけた。


槍は雷のようにけたましい音をたてながら爆発を起こす。

しかし…。


「驚いたな。まさかこんなことができるだなんて…少し見くびっていたよ。完全にインテリ一辺倒なタイプだと思ってた」


ソードは振り返ることもなく槍を人差し指と中指で挟んで受け止めており、エクリプスも平然と佇むのみだった。


「…これでもねこの場所を私は人を殺して奪い取ってるのよ。眼鏡かけてるからって大人しいって思うんじゃないわよ」

「いや…別に眼鏡に対してどうこうは思ってないけれど…でも、うん。退屈な仕事かと思いきや楽しくなりそうじゃないか」


ソードもソファーから立ち上がり、アザレアと向かい合う。

その身体からは白いオーラのようなものが立ち昇っており、人ならざる威圧感をまき散らしていた。


「…やるわよクロロ。黒蛇魔槍こくだまそう)


アザレアの右腕にクロロが螺旋を描くようにして巻き付き、漆黒の腕に変えた。

その手には黒い光で構成された槍が握られており、そこから漏れ出した光は触れた部分をボロボロに変えていく。


「死んでも文句は無しよ。ここはそういう場所だから」


アザレアが槍を地面に叩きつけ…二人の戦いの幕が開いた。

人に対する選択肢に常に「ぶっころ」が入るくらいには実はアレなアザレアさん。

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[一言] 倫理観と趣味嗜好以外は完璧超人だこの人、倫理観と趣味嗜好以外は…
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