白き執行者
「くそっ!くそっ!どうすれば…どうすれば…!」
薄暗い部屋のなか、追い詰められたような焦りの滲んだ老人の声と共に、何かを強く叩くような音が聞こえていた。
「このままでは…前回確かに頼んだはずなのに枢機卿の誰かが派遣されてくる様子はない…そのせいで「奴ら」に声をかけることに…くそ!だがそれでもまだ…何か手はないか…。…そうだ、そういえば紫の領から落ちぶれてきたやつらがいたな…確かあの家は娘が…利用できるかもしれん。打てる手はすべて打たなければ…利用できるものは何でも使う…でなければワシは終わりだ…!教皇様にバレる前に全てをなかったことにしなければ…!!」
無色領にある教会のその一室…立派な机の上で頭を抱えた大司教のもとに来客の知らせが届いた。
大司教は弾かれたように顔をあげると「早く通せ!」と怒鳴り声をあげた。
やがて身なりを整えた大司教の前に二人の女性が通されてきた。
「これはこれは…遠路はるばるよくぞおいでなされた。あなた方が…白神領所属の…かの有名な執行官で間違いないですかな?」
先ほどの取り乱しようがまるで嘘かのように大司教は好々爺の面をかぶり、丁寧にその二人を迎え入れソファーを進めた。
一人は礼を言いながら座ったが、もう一人は背後に控えるようにして佇んでいる。
それは異様な二人組だった。
ソファーに座った人物は絹のように綺麗な白髪をしていたが、それよりも目を引くものがあった。
それは惜しげもなく外気にさらされているその豊満な肉体だった。
上は教会への所属を示す大きめのローブを着てはいるのだが、前は開かれてさらに二の腕の下までむき出しになるまで着崩されている。
そしてそこから覗くのはもはや下着と何が違うのかと問い詰めたくなるほどの…大事な部分のみを隠したトップスに押し込められた二つの大きな膨らみだ。
下はもっとひどく、一応は履いているのだが…それももはや下着と何が違うのかと言いたくなるほどの小さな面積を覆っているだけのショートパンツであり、肉好きのいい生足が見せつけるようにして露出していた。
何故そんな恰好をしているのか…さすがに問い詰めるのは失礼かと大司教は見ないふりをした。
そしてもう一人…後ろに控えている女性は黒に近い茶髪の女性だった。
白髪の女性とは反対に肌の露出はほとんどない…ぴしっとしたスーツを着込んでおり、特に非の打ち所はなかった。
ただ一点…髪色を除いてだが。
「そちらの女性は召使か何かですかな?悪いのですがこの場は少々こみ入った話をする場ですので…そういう者の同席は遠慮していただきたいと…」
大司教が背後に控えた女性の退室を促す。
しかし白髪の女性は足を組んで深くため息をこぼすのみだった。
「…なにか?」
「彼女は僕の連れだ。キミが呼び寄せた執行官は二人組だと知らないのかい?」
「それはもちろん知っていますが…しかし白髪のあなたがあのような者と組むとは思いませんで」
「くだらない。歓迎をしてもらえないのならここで帰らせてもらうが?」
「そ、それはダメだ!もう後がないのだ!」
反射的に大司教は白髪の女性との間にあったテーブルに両手を叩きつけながら立ち上がり、大声をあげた。
しかしすぐに冷静になり…咳ばらいをしながら座りなおす。
「…失礼、少し取り乱してしまいました…こちらにも事情があったもので。非礼を詫びましょう」
「…それで?僕たちに連絡を取ってまでこんなところに呼び出した理由はなんだい?うっすらとは知ってはいるけれど改めて口にしてほしいのだけど?」
大司教は白髪の女性の態度にイラつきを覚えた。
外れかけた好々爺の面を何とか押さえつけたまま、そのプライドから小さくくぎを刺しにかかる。
「その前にワシはこれでもすべての教会を統べる大司教という立場を教皇様から賜っているのです…つまりは協会所属の執行官であるあなたはワシの部下であり下の立場だ…この場で百歩譲って許しましょう…しかし少しはその言葉遣いや態度を改めるべきではないでしょうか。おせっかいですが公の場ではいろいろ問題になるかもしれませんからね。ほっほっほ」
遠回しに言葉遣いが気に入らない、態度を改めろと伝えたが白髪の女性は表情を変えることなく首を左右に振った。
「くだらないね。僕はあくまでも「聖白教会」に所属する執行官だ。それ以上でも以下でもないし、僕が命令を受けるのは聖白教会所属の聖女様のみ…キミのことを僕は上司だなんて思ってはいないよ」
「…しかしそれは」
「文句を言うのなら聖白教会の聖女様に言えと言っているんだ。言えるものならね」
「っぐ…この…!」
大司教は確かに教皇に代わり、各地に存在する教会を統べる、絶対的な権限を持っているがその中にも例外は存在した。
まずは黒神領…かの領地には教会が存在していないために、大司教といえど口出しできることは少なく…もっともできたとしても何もないと思っているあの土地に対して何ができるわけでもないのだが。
そしてもう一つが白神領。
勢力という点において最大の規模である赤神領に唯一対抗できるだけの大きさを持つ領であり、同時に大司教が拠点を置いている赤神領に対して他の領とは違い命令を受けず、半ば独立しているような領であった。
それを咎めようにも赤髪の次に尊いとされている白髪の人物が多く集まる場所故に、手出しも難しく…また本来なら国のトップはその場所の教会を仕切っている神父が担うのだが、白神領は聖女と呼ばれる人物がすべてを取り仕切っているというのもあり、余計に手が出しにくくなっている。
そんな事情が絡み合い、大司教と言えど表立って我を通すことができないのだ。
だが今回…大司教はそんな聖白教会に頭を下げた。
その理由は今目の前にいる二人に執行官を派遣してもらうためだった。
「ご、ごほん!…ま、まぁ無駄話はここまでにして…本題を進めましょう」
「ああ…確か僕たちに「賊」を捕まえてほしいんだったか」
「ええそうなのです…実は少し前、ここ無色領にワシが滞在しているところを狙って不届き者が現れたのです…奴らはワシ…いいえ、ワシらの大切なものを奪い、行方をくらませました。あなたにはその不届き者たちの排除…そして奪われたものを取り戻してほしいのです」
「ふむ…」
白髪の女性が天井を仰ぎながら足を組み替える。
むっちりとした太ももに対してショートパンツがあまりにも心もとないために、角度によっては何も履いていないようにすら見えるために、見るものが見れば誘っているのではと勘違いさせそうな動きだった。
そして足を組み替えたせいか、ほぼ脱がれかけていたローブがずり落ち…女性はローブを今度は肩を覆うほどまで着直したのだが背後の女性が「失礼」と一言声をかけた次の瞬間、なんと女性のローブの肩口を掴んで引き落とし…またもや二の腕の下のあたりまで降ろしてしまったのだ。
そんなわけのわからない行動に大司教は目をぱちくりとさせたが、茶髪の女性は何事もなかったかのように定位置まで戻り、白髪の女性もまた何も気にした様子のないまま、口を開く。
「その奪われたものが何か…教えてはもらえるのかな」
「え、は…?あ、も、もちろんですとも…実は奪われたのは人なのです」
「人?」
「はい…世にも美しい赤髪を持った少女なのですが…不慮の事故で大けがを負っておりましてな…この静かな無色領で療養をしていたのですが…あの悪魔たちが住まう黒神領の下種たちによって捕らわれてしまったのです!」
大司教は平然と嘘をついた。
当然、無色領で捕らわれていた赤髪の少女…現在はノロと名付けられているそれのことを理解しているが、それをわざわざ明かす必要はないと、それらしい嘘をついたのだ。
「ふむ…つまりキミはこの僕に黒神領に出向いてその赤髪の少女の奪還と、下手人の始末を依頼したいって話なのかな?」
「ええその通りでございます…どうでしょうか。当然報酬は弾みますよ…その力はかの枢機卿にも迫るという噂さえあるほどの実力者であるあなたなら…可能だと思うのですが」
「うん、いいよ。引き受けよう。詳しい内容は書類にでもまとめて後日渡しておくれ」
白髪の女性はあっけらかんと言い放ち、その豊満すぎる胸を腕で支えながら立ち上がった。
「は…?いいのですかな?」
「なにがだい?頼んできたから引き受けたのに何か問題が?」
「い、いえ…引き受けていただけるのならそれに越したことは…では後程書類を送らせていただきます…くれぐれも少女の救出を第一目標に、それ以上の詮索は遠慮していただけると」
「ああ構わないよ。ではこれで」
そう言い残して白髪の女性は茶髪の女性を引き連れて部屋を後にしたのだった。
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「よかったのですかぁ?「ソード」」
教会の通路を歩きながら、茶髪の女性が白髪の女性…ソードと呼ばれた女に声をかけた。
「あぁよかったんだよ「エクリプス」。むしろ話が早くまとまって助かったくらいじゃないか」
エクリプスと呼ばれた茶髪の女は「それもそうですねぇ」と呟いた。
その肉感的な身体を見せつけるようにしながらも男口調で話すソードと、全身をピシッと礼服で整えながらも甘ったるいふわふわとした口調で話すエクリプス…どこまでもちぐはぐな二人であったが、それゆえに噛み合っているようにも見える不思議な組み合わせだった。
「僕は一度行ってみたかったんだ黒神領。それにこれは聖女様の…我が母の意向でもあるしね」
「黒神領にて何か妙な気配を感じたから調査をしてほしい…そう聖女様から持ち掛けられたタイミングでまさか大司教が依頼を持ってくるとはついてましたねぇ」
「そうだね…もしくは…というかほぼ間違いなく母が感じた妙な気配と大司教が求めているものは繋がっているんだろう。エクリプス見ただろう?あの焦り様…それに大けがをした赤髪の少女を連れ戻せとか言う割には詮索するなという。半ば敵対関係にある僕たちにだよ?冷静な判断ができないほどに取り乱している証拠さ」
「…私にはただ馬鹿なだけにも思えますけどぉ」
「それもあるかもしれないね。まぁなんにせよ…何が出てくるか楽しみじゃないか。せっかく遠出してきたんだ…少しは楽しめるといいな」