力を取り戻してみる
「――ぇええええええええ!!!!」
遠くからアザレアの声が聞こえた気がする。
怖がるあまり悲鳴でも上げたのだろうか。
安心したまえアザレアくん…この私がきっちりきかっりかっちりと守ってしんぜようではござらぬかで候。
…それにしてもいったい何があったのだろうか。
ノロちゃんの心臓を食べて…それから身体が爆発したような気がした。
いや…おそらくあれは体内の魔力量が一気に増えたことで身体全体から魔力が飛び出し、周囲の魔素と反応しちゃって爆発みたいなことになっちゃったのかな?
「というか…なんか大きくなってる?」
ふと視界に入った自分の手が小さくない。
見慣れた大きさの…いや、むしろ見慣れなくなってきた元の身体の大きさになっている気がする。
おお…なんか知らんけど急成長を果たしたらしい。
「でもすっぽんぽんだ…」
赤ちゃんの時に着ていた服がそのまま着れるわけがないからね、仕方がないね。
でもさすがに少しだけ恥ずかしいので何とかしなくてはならない。
うーん…魔力も元通りなら何とかなるんだけどなぁ~。
…いや?なんか全身を魔力がみなぎってるぞ!?身体だけじゃなくて魔力まで元通りになってる!!
いや!待って!元通りどことかちょっと増えてる気もする!!なんじゃこりゃ!!
おっと、驚くよりも先に格好を整えなければ。
体内で渦巻いている魔力を体を覆うようにして放出…魔素を反応させて即席で服を作る。
動きやすい恰好がいいよね?じゃああれにしよう。ノースリーブの薄いワンピース。
色は私と母の象徴の漆黒だ。
うん、いい感じ。
「なにがあったのかよくわかんないけど…まぁひとまず待たせたねくもたろうくん。続きをしようか」
「――!!!」
くもたろうくんが耳が痛いほどの金切り声をあげた。
そんなことされても怖くないよーだ。
さっきまでのぷにぷにぼでーとは違う…理由は分からないけど、元の力を取り戻したのなら、もう少しやりようはある。
「――!」
くもたろうくんの巨大な二本の脚が鎌のように振り下ろされた。
さっきまではビンタで防ぐしかなかったけれど、もうそんなまどろっこしい真似はしない。
「ドラゴンオーラ展開。両手のみ」
両手をオーラで覆い、さらにそこから一工夫。
魔力を手の甲から二本、細く長く伸ばすように流して魔素に形を与えていく。
そうして出来上がるのは魔素で作った龍の爪。その名もドラゴンクロー。
「そのままじゃないかってツッコミは今更受け付けないよっ!!でぇえええい!!」
振り下ろされたくもたろうくんの脚をドラゴンクローが通り抜けるようにして切り裂いた。
弾く…なんてもうしない。
今度は切り落とす。
「――!!!??」
痛そうに叫んで、驚いているけれど…これくらい出来るってくもたろうくんだって知っているだろうに。
本当に正気じゃないみたい。
どうしたものかな。
考えていると下のほうから悲鳴が聞こえた。
見ると切り落としたくもたろうくんの脚が地上に向かって落下していて…そうだ、あの大きな足を切り落としたんだ。
そのままだと皆に被害が出ちゃう。
それはダメだよね。なんたって今日の私はみんなを守るガーディアンドラゴンなのだから。
「ふっ!」
足元に魔力を拡散させ、魔素を爆発させ身体をみんなのほうに向かって撃ち出す。
これにより高速移動を可能とする天才的な発想です。
そうしてくもたろうくんの脚が落ちる前にみんなのところまでたどり着き…そして久しぶりの必殺なんちゃってドラゴンブレスを放って消し飛ばす。
どうせ靄に覆われたあれを食べることはできないので問題はないだろう…くもたろうくん的にも脱皮すれば治るはずだしね。
「みんな無事?」
なんともなかったかなと後ろ振り向くとアザレア以外の皆が私の姿を見て唖然としていた。
アザレアは泣きながら突っ伏して両手を地面に何度も叩きつけている。
「…龍…?」
「もしかして…かつて存在していたとされる龍神様…」
「黒神様だ…本当にいたんだ…!」
何を言っているんだいみんな?
何かおかしなところでもあったかなと身体を調べてみると私の身体から魔力が噴き出していた。
体に収め切れていない余剰分の魔力が頭や腰から噴き出し、魔素が反応…私に母みたいな立派な角やしっぽが生えているようになっている。
おお!これはかっこいいぞ!!そっか!今まで考えもつかなかったけれど、こうすれば角や尻尾ができるんだ!わー!ほんとにいいなぁこれ!
…母にも見せたかったな。
なーんて感傷に浸っている場合ではないわけでして、こうなれば行けるところまで行こうと背中から魔力を放出させて翼を形作る。
ドラゴンオーラを応用すれば普通に空を飛べるのだけど、翼があったほうがそれっぽいしかっこいいでしょう?
「待っててね皆。ぜったいに守ってあげるからね」
地面を蹴り上げ空を飛び、一直線にくもたろうくんに向かう。
前足を二本失ってしまい、攻撃性能を落とされたくもたろうくんは口から糸を吐いて抵抗してくるけれど、それをドラゴンクローで切り裂いていく。
あの巨体を支えないといけない以上、もう脚の攻撃は無いと見ていいだろう。
なら攻撃し放題のドラゴンフィーバータイム…のはずだけど、私は当然ながらくもたろうくんを殺すつもりはない。
当り前だよ、お友達だもん。
なんとか彼を正気に戻して、この戦いを終わらせる…それもこれ以上被害が出ないように最短でだ。
というかこの身体に慣れてなくて、長引くとうっかり力加減を間違えて殺してしまいそうで怖い。
たった二年くらいの赤ちゃん生活だったけれど…それだけの時間で私はこの身体よりもあのミニマムぼでーに慣れてしまったらしく、微妙に動きづらい。
やっぱ手足の長さが違うってやりにくいよね。
というわけで狙うは短期決戦。
少し観察して気づいたけれど、くもたろうくんを覆う黒い靄は彼の顔の中心…たくさんある瞳の一つから漏れ出て全身に流れているように見える。
ならあの目を潰せば…。
「痛いからって泣かないでねくもたろうくん!痛いからね!言ったからね!泣いちゃだめだよ!」
迫りくる糸を切り裂きながら、正面に靄を吐き出す瞳を見据える。
あの部分だけを抉り取る!
「母が言っていた…一点を狙うのならば最適解はドリルだと」
なんだドリルってって思うけれど、母の記憶にはあるのだから仕方がない。
右手のドラゴンクローを解除して、そのまま魔力で右手を覆うように渦を作り…魔素で一点を貫くドリルを形作る。
これぞ名付けてドラゴンドリル…さすがにダサいかな?ドラゴンスパイラルとかにしとく?そうしよう。
「受けよくもたろうくん!これぞ我が三千ある必殺の一つ!ドラゴンスパイラル!!いっけぇええええええええええ!!!」
ドラゴンスパイラルが瞳にぶつかり…一瞬の抵抗の後、不快な感覚と共にそれを貫いた。
血のようでいてそうではない黒い何かがドリルに巻き上げられながら噴き出して…それと一緒に靄がものすごい勢いで溢れ出す。
「こ、これって…!」
まずいまずい!靄がエラいことになってる…!!もしかして選択を間違えた!?
「いいえ…伴侶様…あなた様は何も間違ってなど…いません…死は死へ…呪は呪へ…流れて溢れ出して重なって…それらを引き連れて冥府へ誘いましょう…」
溢れ出した靄が一本の線となりどこかへ向かっていく。
その先で…ノロちゃんが笑っていた。
そしてくもたろうくんの巨体は靄の放出と共に、崩れていき…その中から私がよく知っている人間体の彼の姿が現れた。
かくして黒神領を襲った災害は一旦の収束を見たのだった。
私の手の中にいつの間にかあった…黒い石のようなものを遺して。