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幼女ドラゴンは生きてみる  作者: やまね みぎたこ
紫色編

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200/212

残滓の紫

 生き物と死骸の違いは何なのだろうか。とある龍はふとそんなことを考える時がある。

命が失われ動かなくなった生き物…それを死骸と呼ぶのなら自らの力で動く死骸たちは生き物たり得ないのだろうか。

どちらも動いている肉と骨の塊には違いないのに。


喋らなくなれば、動かなくなれば、熱が失われれば。

肉が腐り落ち、腐臭を放てば死骸なのならば…土に還り、炎に焼かれ、海に飲み込まれ跡形もなく消えてしまったらそれはどういう状態なのだろうか。

死という状態に固定された肉の器さえ失えばそれは死骸ですらないのだろうか?だとすれば死と無の境界線はどこにあるのだろうか。


もし…一般的な視点から見て生きているという状態にある生き物がその存在を誰にも知られず、何物とも会話せず、なにも成さずにどこかに一人でポツンと佇んでいたとして…その生き物を生きていると定義できるのだろうか。

死という状態との違いがどこにあるというのだろうか。


その状態の生き物を、それでも生きていると言うのなら…大勢に見守られながら手厚く葬られる死骸があったとして…果たしてどちらが幸せな状態だと言えるのだろうか。


そんなことを何度も何度も脳内で自らに問いかけて…最期に出す答えはいつだった同じ。


────わからない。


【死】という巨大で、それでいてその姿を見ることすらできない概念から零れ落ちた…否、剥がれ落ちた滓…死が通り過ぎた後に残る肉の器…死骸の名を持って生まれた龍はその自らの存在にすら答えを出せない。

だからこそその姿を他者に目に晒すことを嫌う。

自分ですら得体のしれない姿なのだからそんなものを見せつけながら外の風を斬ることなんてとてもではないが出来るはずがない。


だがそんな龍にも一人だけ真に心を交わすことのできる命があった。

たった一つの…しかし守っていなければすぐに消し飛んでしまうほどの儚い命。

それでもその命があるから…曖昧な命と死、そして無の境界に立つ自分が一つの命を持って生きていると定義できるのだ。

だから死が過ぎ去った器を操る骸なる龍はそのちっぽけなたった一つの命を守るためならなんだってできる。

それが自分自身の定義した命を投げ出すことだとしても。

大いなる死という母への反逆を。


────────────


ギィィィィィ…と耳障りな音をたてる錆び付いた重たい扉を開き、二人の女が薄暗い通路を歩く。

一人はセラフィム、もう一人はヴィオレート。

二人がいる場所は白神領…その監獄であり、そこに現在収容されているとある人物たちに会いに歩を進めている最中だった。

コツコツと地面を叩く足音はバラバラであり、静かな監獄内では嫌でも大きく聞こえてくるそれは少しだけ耳障りにも聞こえる。


「…それにしてもやけに大人しくしていますね紫。今回も大人しくついてきましたし…契約時の口ぶりから色々と急いでいるのでしょう?話し合いも全て中断されているこの状況はさぞもどかしいでしょう。すみませんね」

「心にもなさすぎる謝罪をどうも。でも気にしないでいいわ。もうそこまで急いでないから」


「なぜ?紫神領ではかなり時間に切羽を詰まされていたと記憶していますが」

「…」


「なるほど、それもこちらの話がすべて終わってからではないと話せないと」

「別に話してもいいけど、今の状態だと後でもう一度すり合わせとかで話させられそうだし二度手間になるってだけ。とにかく今はそこまで切羽は詰まってないって事だけ覚えてくれてればいいわ…というか貴女…もしかしなくてもわざとあの会議を中断させた?」


「濡れ衣ですね。あれはアザレアの精神状態やそれまでに明らかになったことの整理のために時間を設けるべきだとしてほぼ全員が納得した結果ではないですか。私の独断ではありません」

「あっそ。なら独り言だけど…あえて時間を伸ばして焦った私がどういう行動に出るか見たかったのでしょうけど色々と不毛よ。ここまで来てしまった以上は私は本当に教会側を裏切ってるし、そちら側が裏切らない限りは私も裏切らない。以前も言った気がするけど信用ができないなら教会側と事を起こす際に捨て駒になっても構わない。全部本心で嘘はない。だから警戒するだけ無駄よ」


足を前へと進めながらセラフィムは自分より半歩だけ後ろに下がっているヴィオレートの様子を伺う。

ベールに隠されたその顔を伺うことはかなわないが口から出るその言葉…声には本心が滲んでいるような気がした。

だが…。


「今更何人殺した殺されたといった話をするつもりはありませんが…あなたと私は長年争い合ってきた敵同士です。それも拮抗していたというよりは何故か我々がお目こぼしを貰っていたとも言えるような状況…つまりは劣勢側だった。そんな中で私の立場だったとしたら明確に敵戦力だった貴女をすんなりと信用ができますか?」

「出来る出来ないの話はしてない。そんなものは個人の裁量だもの。ただ私は私を疑うだけ無駄よと言う事実を話してるだけ。おわかり?」


「…どちらにせよ私としても貴女の持つ情報は欲しい。いいでしょう信用はしませんが今後試すような行為は控えます。それでいいですね?」

「ええ…でも別に無駄に時間を先送りにしたわけじゃないのでしょう?何をしに私たちはこんなところを歩いてるわけ?」


「黒神領からこの場所に移送した【二人】が目を覚ましたそうなので少しばかり尋問をと。あなたを連れてきたのはその二人の身元の確認ができるかもしれないと思ったのと、吐かせた情報の精査のためです。私にはない情報を持っているあなただからこそ拾えるものがあるでしょうから」


あぁなるほど。とヴィオレートは納得から頷いた。

詳しくは聞いていないがセラフィムのその口ぶりからこの先に捕らえられているのがどういう立場の者なのかがわかったからだ。

そして語った理由の他にヴィオレートがどういう反応をするかも見たかったのだろう。

庇うか嘘をつくかすれば…などと考えていたかもしれない。


「つくづく疑い深いわね。毛が抜けるわよ?」

「余計なお世話です。ただ今回に限ってはあなたへの試し行為よりも情報を求めていました。実は少しばかり早急に解消したい疑問…いえ、とある仮説のすり合わせをしたいのですよ私は」


「仮説?なんのかしら?」

「…先日のアザレアの話の中でいくつかアザレアにもわからない謎が残っていましたね。その中の一つ…謎の存在がアザレアから奪った【黒髪の力】がどこに行ったのか…何に使われるのかというものがあります。しかし私はその話を聞いた瞬間からずっと頭に引っかかっている物があるのです。その出来事が起こったのはアザレアの幼少期…そしてそれくらいの時期に一つ【ある事件】が起こっています」


「ある事件?含ませるわね。なに?」


大きく足を踏みこみ、セラフィムは足を止めた。

薄暗い通路においても震えるほどに力強く拳を握りしめているのがわかる。

そこに込められている感情は…怒りだ。


「…その事件にはいくつかの謎がありました。なぜその行為が行われたのか…何よりなぜ【あの子】が狙われたのか…しかしそのうちの一つには私の考察が正しければ説明がつく。貴女にはその採点をしてほしいのです。当然知っているのですよね?奪われた黒髪の力がどういう使われ方をしているのか」

「…なるほどね。その様子じゃ本当に気が付いているのね」


「確信があるわけではありませんが…奪われた黒髪の力はおそらく────」

「うぅぅぅぅぅぁああああああああああああああ!!!!」


セラフィムの言葉をかき消すように突如として大きな叫び声のようなものが通路に響いた。

ここは牢獄ではあるが一般的な犯罪者が捕らえられているような場所ではなく、表に出せないような相手が捕らえられている場所であり、衆人含めほとんど人気というものは無い。

というよりも現在に至っては黒神領から送られてきた二人とセラフィムにヴィオレートで全員だ。


そんな中でセラフィムでもなければヴィオレートでもない叫び声が聞こえてくるという状況が何か良からぬことが起こっているという証明でもある。


「走ります」

「はいはい。ここに捕らえらてるのってつまりは黒神領で捕らえられたって言う枢機卿でしょ?」


「ええその通りです。枢機卿ストガラグ…聞き覚えはありますか?」

「生きてる人間に興味ないから名前を言われてもね。顔を見ればわかるかもしれないけど」


「…叫び声が上がったという事は何かが起こったという事です。一応は戦闘の心構えをしておきなさい。捨て駒になってくれのですよね?」

「はいはい」


行く手を阻む扉をもどかしいとばかりに光の弾を放ち粉砕してセラフィム達はその場所にたどり着いた。

幾重にも重ねられた鉄の柵に魔法で作られた結界…その奥に「三人」はいた。

そう…二人ではなく三人である。


不吉さが滲む顔を困惑に歪めたストガラグに床に額を付けて叫び声をあげ…いや、泣き声をあげているスレン。

そしてそんなスレンの肩をポンポンと叩いているメアの三人がそこにはいたのだった。

サプライズブラックドラゴン。

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― 新着の感想 ―
まぁスレンからすれば黒髪の幼女にはトラウマしかないか… それにしてもどうやって中に…ノロちゃんワープで来たのか?
か、怪異… 鉄柵はまあ体が小さければまだ通れる可能性もありますけども 結界は壊すでもなしにどうやって入ったんでしょうね…
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