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閑話 呪いの力

 世の果てにある土地…無色領。

掃き溜めである黒神領よりは幾分かはマシの…かろうじて人扱いされている者たちが住まうその場所に、不釣り合いなほど立派な教会が存在を主張するかのように建てられていた。


神聖な荘厳さを感じさせながら、すべての人を受け入れる暖かさと…同時に何もかもを拒む潔癖さをも感じさせる。

その協会は他の優遇されている土地は愚か、人の世の頂点であり最も尊ばれる赤神領のそれにも迫りうるほど立派であり、誰もが不釣り合いだという意見を共有するだろう。

そんな不釣り合いな場所に建てられた不釣り合いな教会に、さらに不釣り合いな怒鳴り声が響いた。


「まだ手がかりの一つも掴めないのか!!何をやっているんだ貴様らは!?」


一目で高価なものだとわかるローブに身を包んだ老人…すべての教会を統べる大司教が歯をむき出しにしながら怒鳴り声をあげ、近くにあった水の入ったグラスを地面に叩きつける。

それだけでは終わらず、さらに近くにあった本や、ランプなどの手頃なものを無茶苦茶に掴んでは投げつけ、その姿はまるで子供が癇癪を起しているようだった。

そんな光景の中で複数人の鎧やローブを身にまとった男たちが大司教に向かって頭を下げていた。


「も、申し訳ありません…目下全力で調査中でありまして…」

「何日貴様らは同じ報告を続けるつもりだ!箱の中身が…教皇様から任されていた宝が消えてからもう半年近くも経っているのだぞ!?このままではワシの立場が…ウガァアアアアアアア!!」


また癇癪を起し始めた大司教が投げたグラスがローブの男の一人の顔にぶつかり、血が流れたがそれを拭う事すら許されず、ただひたすらに頭を下げ続ける。


「もう少しだけ…あと少しだけ時間をいただければ必ず…」

「もう聞き飽きたといっている!そもそもあの日貴様らは何をしていたんだ!いついかなる時も絶対に目を離すなと言っておいただろうが!」


大司教がここまで激昂している理由は半年ほど前、無色領で起こったとある事件に由来した。

教会の近くにひっそりと置かれていた…小屋と呼ぶにはあまりにも質素な四角く大きな箱…そこに収められていたはずの「宝」が忽然と姿を消したのだ。


イルメアとアザレアが盗み出した赤い少女…それこそが宝の正体だと知るものは大司教を含めて数人ほどしかいない。

そして一人で逃げだせるはずなどない状態なのを知っているからこそ…大司教は血眼になって宝を盗んだ犯人を捜していた。


教会をあげての機密扱いである宝の正体を一般の執行官や教会関係者には明かすわけにはいかない…なので情報がすこしばかりぼやけているのは間違いないが、だとしてもかなりの人員を割いて捜査を続けているにもかかわらず不自然なほど情報は集まらなかった。


そもそもあの日は何もかもがおかしかった。

大司教が珍しく説法を説くということで人が集まり、警備に人心を割かざるを得なかったこと。

それによって少なくなった箱の監視の任を負っていたものが交代のタイミングで窃盗事件が起こり、咄嗟にその対応に当たったために引継ぎが十分に行われないままになってしまったこと。

やってくるはずだった交代要員が前日に食べたものが原因で食中毒を起こし、倒れてしまったこと…。


様々な偶然が重なり、最重要で管理されなくてはならなかったはずの宝が誰にも見られていないというありえない状況が出来上がり…そしてその隙をつくように中身を持ち去られた。

まるですべてが大きな力にお膳立てされたかのような偶然の積み重ねに、大司教もただただ行き場のない怒りをものに当たって発散するしかなかった。


「くそ!くそ!くそう!!いつまでも教皇様を欺けるはずがない…もし、もしもバレてしまったならワシは…!早く!一刻も早く盗人を見つけ出さぬかぁ!!」


大司教が怒りを握りしめた拳を振り上げたその時…教会の扉が勢い良く開かれ、汗をにじませた男が駆けこんできた。

その男はこの場所で司教…つまりは神父という立場を与えられている人物だった。


「だ、大司教様!」

「なんだ!もしかして見つかったのか!!?」


「いえ…ですが一つ気になる証言が…あの日、妙な客を馬車に乗せてこの地まで運んだという男がおりまして…」

「妙な客だと?」


「はい…特徴からおそらくは黒神領のエナノワール家の当主である女かと…」

「ああ、あの反抗的で生意気な女か。それで?まさかその程度の情報をこのワシにあげてきたのではないだろうな?」


「いえ!気になるのはここから出して…その女は不自然に頭部を隠した小さな子供を連れていたらしいのですが…それとは別にここに送り届けて小一時間ほどで戻ってきてすぐに黒神領まで連れて帰ってほしいと頼まれたそうで…その時、行きは持っていなかったはずの大きな荷物を背負っていたそうです」

「なんだと…?」


大司教の心の中は一瞬にして希望で満ち溢れた。

まだ断定するには情報が足りていないかもしれないが、それでも何もわからなかった今までよりは格段にマシであり、ようやく見つかった希望は他が見つからなかったゆえに当たりの可能性も高いといえたからだ。


「どうしますか?今すぐに黒神領に直接出向いて調査を…?」


そう口にした神父は無意識に顔を曇らせ、周囲にいた他の者たちも一斉に目を背けた。

誰も好き好んでこの世の掃き溜めとまで言われるような場所に足を踏み入れたくはないのだから。


「ふむ…いや…そうか黒神領か…どうしたものかのう」


大司教も歯切れを悪くさせるが、それは神父たちとは違う理由からだ。

実は大司教以上の役職の者たちや一部執行官等は教皇の許可なく黒神領への立入を固く禁じられているのだ。

その理由を本人たちは知らないが、そもそも彼らとて好んで踏み入りたい地でもないのでそこまで気にはしていなかったのだが、ここにきて大司教は宝の捜索のために黒神領へ行かなくてはならない理由ができてしまった。


「しかしそれには教皇様の許可が…だがそうなればこの失態の話もせねばならなく…それだけは避けなければ…そうだ、おい!アレを連れてこい!」

「アレ…と申しますと…?」


「以前捕らえた特殊個体の魔物がいただろう。あの不遜にも人間の姿に擬態ができる蜘蛛型の魔物だ」

「はっ…しかし奴は…指示通り殺してはいませんがどれだけ痛めつけても反抗的な態度を崩すことはなく…大司教様の身に危険が及ぶかもしれません」


「いいから連れてくるのだ。なぁにワシも何の理由もなくこんなことを言っているわけではない…早く連れてくるのだ」

「かしこまりました…おい、お前たちも手を貸せ」


神父たちが去って行ったのを確認して、大司教は何かを取り出した。

それは真っ赤な宝石のように見えたが…小さく鼓動しているようにも見えた。


「くっくっく…立ち入れないというのなら…ワシがその場の判断で立ち入れる理由を作ればいい…教皇様から授かりし「呪骸」の力…ここでお披露目といこうではないか」



肩書に反してあまりにも小物感のすごい系おじいちゃん

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― 新着の感想 ―
[一言] 大司教←だいたい小物 教皇←だいたい悪役 枢機卿←だいたい黒幕 日本の創作物で宗教団体が出てきたらとりあえず疑うのが基本ですからね…
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