代理戦争と調査
エナノワールの屋敷の執務室に繋がる大きな廊下の陰でやや暗めの茶髪の男と銀髪のほとんど裸のような恰好をした女…二人の人物がお互いに睨み合っていた。
もし視線に物理的な現象を引き起こす力があったのなら、二人の間には間違いなく火花が散っていたであろうほどに二人の瞳には攻撃的な色が宿っており、今にも争いが始まってしまいそうな…そんなひりついた空気が漂っていた。
「てめぇソードォ…今日という今日はぜってぇ泣かすからな」
「ははは冗談の才能があまりにもなさすぎるねウツギ。通り越して世迷言になっているよ。ただの人間のキミが僕に勝てるとでも?」
「はっ!じゃあ見せてやろうじゃねぇか…人間様の底力ってやつをよぉ!」
「その意気やよし。ならばこそ敬意を表して種としての力の差と言う物を見せてあげようじゃないか」
一触即発の空気を作り出した二人…ウツギとソードが同時に腕を振り上げ───床に向かって振り下ろしながら手に持っていた何かを勢いよく置く。
それは小さな人型のように見えた。
ウツギが置いたものは黒を基調とした鎧を纏った騎士のような出で立ちの人形で、それに対しソードが設置したのは銀色が眩しい煌びやかな騎士だ。
それらを設置し、続いてお互いに両手に不思議な形をした箱のようなものを手にして再びにらみ合う。
その箱には一本のレバーと複数のボタンが取り付けられており、左手でレバーを握り、右の指をボタンにかける。
それですべての準備が整った。
バチバチと視線の火花が散り、通路の影のなかからヌッと姿を現したセンドウがゆっくりと腕をあげる。
「では立ち合いはわたくしめが…ひっひ!二人とも準備はいいですね?」
「ああ」
「問題ない」
「では…カウントダウンをば…3,2、1──はじめ!ひっひ!」
「「っ!!!」」
瞬間、ウツギとソードの両腕が静かに、それでいて激しく動き始める。
レバーを弾き、ボタンを力強く繊細に、荒々しくも正確に何度も何度も指で押し込む。
それに連動しているのか二体の騎士の人形は激しく駆動し、床の上で激しい戦いを繰り広げ始めた。
ウツギが操る人形が拳を振るい、ソードの人形が盾で受け止める。
続いてお返しとばかりにソードの人形が剣を振るい…ウツギの人形はそれを身を屈めて紙一重で躱す。
「ほほう…さすがソードさん盾で受け止めるとは扱いがうまいですねぇ…しかしウツギさんもなかなかに侮れない反射神経をお持ちだぁ…ひっひ!これは面白いですよぉ~」
ガンッガンッ!と音をたてながらお互いの操る人形はぶつかり合い続ける。
重たい一撃を繰り出しながら相手の攻撃をも受け止める…まさに「剛」というべき戦いを繰り広げるソードと素早く拳を叩き込みながら翻弄するように動き続ける「流」のウツギ。
一進一退の攻防が続く。
そしてその一瞬は不意に訪れた。
ウツギの操る人形が膝を曲げ、あらぬ方向に拳を放ったのだ。
「あっ!やべぇ!!」
「ふっ…操作ミスとは情けないね。悪いけれどその隙…ありがたくいただかせてもらうよ」
隙を晒してしまったウツギの人形にソードの人形がその手の剣を上段から渾身の力で振り下ろした。
勝負ありかと思われたその刹那…ウツギがにやりと笑う。
「かかったな!マヌケめ!」
「なっ!?」
振り下ろされた剣をウツギの人形はすり抜けるように躱して見せた。
明後日の方向に突き出した拳に重心を移動させ、倒れることで予想外の動きを実現させたのだ。完全な隙のように見えたそれは…ウツギの作戦だった。
そのまま体制を瞬時に建て直し、剣を振り下ろして逆に隙を晒したソードの人形に拳を放つ。
それを受け止めようと重たい盾を動かそうとソードも懸命に操作をする。
はたしてその決着はいかに…!というところで二体の人形がその動きを止めてしまった。
「ん!?なぁ!?どうなってんだ!動かなくなっちまったぞ!」
「むむ?これはいったい…」
二人は意図して動きを止めたわけではないようで、この瞬間もガチャガチャとレバーを動かしたりボタンを弾いた理とを繰り返しているが、人形は完全に沈黙してしまっていた。
「おやおやぁ…これは…エネルギー切れですねぇ」
「はぁ!?んだよそれ!いいところだったのによぉ!」
「うむ、これは少し消化不良感がぬぐえないね」
「ひっひ!まぁお伝えしていた通り試作品ですからねぇ…まだまだ改良の余地ありという事で勘弁していただければぁ…ひっひ!」
「だぁ~!マジかよ…ぜってぇ俺の勝ちだったのに…」
「いやいや、よく見たまえよ。どう考えてもこの後の展開は僕の勝ちだろう」
「あ”?」
「なにか?」
再び火花が散りだした二人の間をセンドウが割り込んで制す。
「まぁまぁお二人ともその辺で。いやしかしあくまで「副産物」でしたが…これはなかなかどうして意外と使えそうですねぇ…ウツギさんとソードさんが互角の戦いをしていたというのが大きい…これなら身体能力に差がある者同士でも戦いというものを成立させられるという事ですからねぇ」
「龍とかいう変なのに食らいつけてる分俺の勝ちだろ」
「いやいや、僕らにとってこの「コントローラー」とやらはあまりにも脆すぎる。扱うのに繊細な力加減が求められる分ハンデがあるのはこちらで、ならばそれも込みで僕の勝ちだと思うよ」
「まぁまぁ。ひとまず「計画」を進めつつ、こちらの改良も考えてみてもいいかもですねぇ…いっそのこと有線にしてみる?いやしかしそれでは操作系に制限が生まれるとして却下されたわけで…外付けバッテリーは最大限小型化したとしてもやはり動きに干渉するはずですし…ブツブツ」
思考の中に一人で閉じこもり始めたセンドウ。
こうなれば長いぞ…どうする?と視線を交わし合うウツギとソード。
ひとまず撤収しようと後片付けを始めた二人とぶつぶつ呟き続けているセンドウに「おーい」と声が掛けられた。
「む?この声は…姉さん?」
「げ!あのチビが何の用だよ…」
ぽてぽてとなにやら古びた本を手に、メアが手を振りながら三人の方に向かって歩いてくる。
なんやかんやで誰かと主にいることが多いメアだが、今回は一人のようだ。
「いたいたセンドウくん~おーい」
「ブツブツ…む?おや…これはメアさん…私になにか御用ですかぁ?」
「うん。あのねこれなんだけどね」
「んん?」
メアは手にしていた古びた本を差し出し、それをセンドウは受け取って表紙をまじまじと見つめる。
「これはなんですかぁ?」
「あのねあのね、私の母の日記なんだけどね」
「ほほう…噂に聞くあの黒龍さんの」
「そうそう。それでねちょっとセンドウくんに見てほしくて~」
「…日記をですかぁ?気にならないと言えば嘘になりますがぁ…いいんです?」
「うんー。とりあえず開いてみてー」
「…では失礼して───これは…なるほど…そういうことですか」
センドウはぺらりと適当なページをめくり、メアの意図を理解した。
どのページをめくっても見たことのない文字が羅列されているだけで全く読むことができない。
これをわざわざ自分の元に持ってきたという事はつまり…。
「私に解読を頼みたいとかそう言う話ですかねぇ?」
「そそ、さすがセンドウくん。話が早いね~」
「解読?なんじゃそら…って、うぉ!なんだこの文字…文字なのかすらわかんねぇ…」
「ふむ…僕も初めて見る形式だ。なんというか…形に統一感がないね?」
「「にほんご」って言うらしいんだけどね、母自体も最期の方には忘れちゃってたみたいで記憶をたどっても読めないの。だからセンドウくんなら何とかならないかなって」
「ふむ…お力になりたいところですが…全く知らない言葉を1からとなるとそうとうに時間がかかりますねぇ…せめてどこか一部でも読めるところはないですかぁ?単語でなくとも一文字だけとかでも構わないのですがぁ…」
センドウから日記を受け取り、メアはあらためてパラパラとページをめくる。
見つけた時は読めないからとほとんど目を通さなかったがどこか少しでも記憶に引っかかる部分があるかもしれないと。
そしてなるべく丁寧に母の記憶を掘り起こしながらページを照会していき…ある言葉で視線が止まった。
「センドウくん、センドウくん。ここ!ここだけ読める!記憶にひっかかった!」
「ほほう!この文字列ですか…一体どういう?」
「えっとね…「鍋焼きうどん」って書いてある」
「「鍋焼きうどん」…ですか…なるほど…あぁいいですねぇ~少し面白くなってきました」
「どこが面白れぇんだよ…つーかそんな意味の分からん言葉一つで何か分かるのか?」
「分かりますよぉ~まず「なべやきうどん」という言葉を発音という音に変換すると最低でも7音ある言葉なわけですがぁ…文字列は「鍋焼きうどん」で6文字ですねぇ…という事はどこかの文字が一文字で二音以上を含む文字であることがわかります。しかも「と」ではなく「ど」という濁音を含んでいるのに増えるどころか文字数は減っている…これは面白い以外に表現のしようがないでしょう」
「さっぱりわからん」
自分が口を出せる領域じゃないとウツギは早々に興味を失った。
ソードは強者であると伝え聞く黒龍に興味はあったが、やはり専門外の事柄なので口を出さないほうがいいだろうと静観の構えだ。
センドウだけが鼻息を荒くして興奮している。
「あ、センドウくんここ」
「おや!まだどこか読める部分がおありでぇ!!」
「ここもたぶんだけど…「なべやきうどん」って書いてある」
「おや…今回は七文字ですね?同じ意味なのでしょうか」
「たぶん…食べ物の名前みたいだし、母の大好物だったのかなぁ?」
「なるほど…記憶に引っかかったと追うのなら可能性はありそうですねぇ…しかし違う文字列、文字数で同じ意味があるというのは大きな収穫ですよぉ~「きうどん」は見たところ同じようですし、となると「鍋焼」で「なべや」と読むわけですねぇ…いいですよいいですよぉ~燃えてきましたねぇ!」
「ん!センドウくん!ここも読めた!「カルボナーラ」って書いてある!」
「ほぉ~…「鍋焼きうどん」と比べると随分と文字の雰囲気というか形が違いますねぇ…同じ読み方でも文字自体に複数の形がある?ひっひ!骨が折れそうですねぇ…メアさん、こちらお預かりいただいても?もちろん出来得る限り丁寧に扱う事をお約束します」
「うん。元からそのつもりだったから~是非とも解読してほしいな。ほいじゃあね」
「姉さん、ちょっと待ってほしい」
センドウに日記を託し、その場を立ち去ろうとしたメアだったが、その肩をソードが掴んで引き留める。
「んみゅ?どしたのん妹」
「弟だよ。いやせっかく姉さんが捕まったんだ。タイミングもいいし少し協力してほしいことがあってね」
「んん?また戦う?」
「それもお願いしたいけど、今日は別の事を頼みたいんだ。そうだろう?ウツギ、センドウ」
「あぁ…あれをやるつもりか。近いうちに一回やっときたかったからなぁ」
「えぇそうですねぇ…ひっひ!我々の計画を進めるにあたって目下一番の障害になりえる存在に対する対策考慮のための調査…ですねぇ…」
「何の話をしてるの?」
「実はね姉さん…アザレアのことについて協力を頼みたいんだ」
意味が分からずに小首をかしげるメアをよそに、三人の男たちはニヤッと笑っていた。




