穴抜けを埋めてみる
どうも黒い系のドラゴンです。突然ですがちょっと昔の時系列を整理してみようと思います。
まずとある場所にアザレアとアゼリア(のちのネム)という幼い双子の姉妹がいました。
二人は完全な黒髪であったことから常に命の危険にさらされつつも、なんとかその日その日の命をつないで生きていたのだけど…ある日突然謎の人たちに捕まり、連れ去られてしまった。
二人はいくつもの馬車や船などを乗り継がされて何日も縛られて荷物の様に運ばれていた。
でもその誘拐犯たちは人目を避けていたのか整備された大通りではなく、あれた獣道のような場所を移動していたために途中で魔物の襲撃に合い…その拍子にアゼリアが馬車から投げ出されてしまう。
いくつかの骨が折れ、重傷を負ったものの黒髪の特性からかアゼリアはそんな状況でも何とか生き残っていた。
だけども投げ出された拍子に頭を強く打ったのか記憶を失ってしまい、自分が誰なのか、なぜこんな場所にいるのか何もわからない状態で木々の迷宮と化した森の中を彷徨い歩くことになる。
そうしていると今度は教会の関係者に見つかってしまい、完全な黒髪という事もあってまるで魔物のような扱いを受け、追われて命を狙われていたところを───母を見送ってその遺言に従い「シュジンコウ」を探しに行こうとしていた私が見つけて保護した。
そして当時イルメアだった私は拾った女の子に「ネム」と名前を付け、しばらくは平和に暮らしていたのだけど…ある時期から私に異変が起こるようになった。
突拍子もなくぼ~っとしてしまい、同じ方角を無意識に見つめるという謎の異変。
それの正体を突き止めるために私は単身で私が見つめてしまう方角に向かって行き…空から落ちてきた謎の光に飲み込まれ…おそらくは死んでしまった。
その後、私は何故か人間の赤ちゃんの姿となって黒神領のどこかに落ちていたらしく、それをネムと生き別れたその姉…アザレアに拾われた。
そして今に至る。
これが私の視点での時系列。
私が光に飲み込まれてからアザレアに拾われるまでのことは何もわからず、抜けている。
そこにくもたろうくんが知ることを嵌めこむとこうなる。
私が消えた後にしばらくしてネムが森から姿を消し…その少し後に教会の人たちが森に侵攻してきたらしい。
大半の魔物が殺されるか散り散りになってしまい、くもたろうくんに至っては捕まって捕らえられ…かなりのひどい目に合ったらしい。
そしてニョロちゃんは無事にと言っていいのかは分からないけど敵に見つからずに逃げ延び、アザレアに保護されたというわけらしい。
ここで少し気になるのは私がアザレアに拾われたときには既にニョロちゃんはアザレアとの関係を構築していた。
詳しく擦り合わせたところなんと私が光に飲まれてから赤ちゃんになるまでに大雑把な計算で約10年のラグがあったのだ。
結局私の身に何が起こったのか…そこらへんは何もわかってないけれど、正直な話そこまで気にしてないんだよね。
今こうして生きてるんだしどうでもよくない?と思ってしまうと言いますか…口にはしないけどね。
くもたろうくんとかせーさんがすっごく怒るから。
ま、どちらにせよ今回は私の話は関係なくて、ようやく再会できたことだしネムが何をしていたのかという話を改めて聞いてみよう、そしてこの時系列の穴をさらに埋めて行こうという話だ。
私が光に飲まれてから姿を消した理由、そして今まで何をしていたのか…それを本人の口から聞こうってこと。
…それでなくてもネムが今日までどうやって生きてきたのか…知らなくちゃいけないんだ。
今更こんなこと言える立場じゃないかもしれないけれど、育ての親としてはさ…それを聞いて受け止めなくちゃいけない。
くもたろうくんもそんな感じの心境らしい。
最終的にはなんやかんやでそれこそ姉妹…「きょうだい」みたいに仲が良かったからね。
「それじゃあネム、よろしく。無理はしなくていいからね」
「はい…まずごめんなさい、くもたろうくん。何も言わずにいなくなっちゃって…もし私が山に残っていれば教会のやつらなんか…」
「いやいや、ウチや他の魔物でもやられたんすよ?ネムが一人いたところで向こうの被害がちょっとくらい増えるくらいで結果は変わんなかったすよ。いや、ネムも捕まったか殺されたかしたかもと考えるとむしろ被害が増えるくらいっす。だから結果だけ見ればいなくなって正解でっしたよ。巻き込まれずに済んだんっすから。それより早くいなくなった理由を話すっすよ」
さすが気配りの鬼…いや気配り蜘蛛のくもたろうくんだ。
フォローが光り輝いている。
…実はこの辺りに関しては私が自分勝手な行動をしたせいで早々に離脱しているというのもあり、どうしても口を挟めないから助かる。
あの時に軽率な行動をしていなければ…って今でも思うけど…そんな後悔は今口にしてもしょうがない。ただ皆を困らせるだけだ。
だからみんな揃ったことだし、あとでちゃんと改めて謝ろう…うん、そうしよう。
今はネムのお話の番…そういうことだから。お口はチャック。
「うん…ありがとうくもたろうくん。…実はあの時…イルメア様が光に飲み込まれて…そして消えてしまった光景を目にして…多分ショックが大きすぎたのか記憶が戻ったの。「アゼリア」だったころの記憶が」
「え」
「そうだったんすか!?」
確かに今のネムはアザレアと姉妹だって理解をしていた。
それはだから記憶が戻ってるってことだよねとなんとなくは察していたけれど…まさかそんな早い段階で戻っていたとは驚きだ。
それはくもたろうくんも知らなかったようで私と一緒に驚いている。
…つまりはネムは記憶を取り戻したことをくもたろうくん達にも告げていなかったことになる。
「…ごめん黙ってて」
「いや…別にそれはいいっすけど…でもそれがなんで山を出ていくことに繋がったんす?」
「実は…」
────────────
その時、私は己の心が砕ける音を聞いた。
光に飲まれた大切な人…大地を抉るほどの威力のそれが産み出す騒音すらも素通りし、私は唐突にその時の光景を思い出した。
アゼリアだったころの記憶…たった一人の姉の手を放してしまったその瞬間がつい先ほどの事の様に頭の中で再生される。
目の前で家族を失い…そして過去で失ったその光景が重なって私の中で決定的に何かが壊れた。
ガラスを落としたかのように派手で…水の流れに飲まれるかのように虚しく…何も残さずに消えた。
悲しみも苦しみもなくて…ただただ静かな虚無の感情の中で…ぼーっと光の柱を見つめていた。
だからだろうか?私はその光の柱が空の上、天の向こう側からではなくてどこか別の場所から放たれているものだと気が付いた。
それはイルメア様が引っ張られていた方角…そこに何かがある。
今度は私が「それ」に引っ張られているかのように無感情に歩き続けた。
どれだけの時間を歩いていたのか…イルメア様に鍛えられた足でもほとんど感覚がなくなるくらいひたすらに足を動かし続けた結果…たどり着いたのは無色領の外れにひっそりと建てられた教会に似た建物だった。
「…」
何かを考えていたわけじゃない…ううん、何かを考えていられるような状態じゃなかった。
それでもその建物に引き寄せられるように扉を開き…確信した。
そこには何もなかった。
教会のような形をしているけれど、中身は全く似つかない…なぜなら何もないから。
飾りもテーブルも椅子も…唯一天井に取り付けられていたたった一つの天窓以外は床と壁と入口の扉しかなかった。
でも…それでも確かに感じるの。イルメア様を飲み込んだ力の残滓を。
なぜそんなものを感じたのかわからない。
でも…間違いなくあの光の柱はこの場所から放たれたのだと、私は疑う余地もなく理解できていて…気が付くと足元には肉片が転がっていた。
なんだろうこれ?って思ってたのだけど…1時間くらいぼーっと考えて…「あぁたぶん私がやったのか」とぼんやり気が付いた。
何もないって思ってたけどたぶん人がいて…たぶん襲い掛かってきて…たぶん殺した。
だって私が血に濡れてるもの。
だって血に染まった剣を握ってるもの。
どうして殺したのだろう?こんなにも無気力に苛まれているのに…こんなにも…無だけが広がっているのに。
あぁそうか…そこでようやく気が付いた。
あまりに大きいそれを私がただ認識できていなかっただけなんだ。
私の心を覆い尽くしていたのは広がる虚無なんかじゃなくて…それ以外の何もかもが見えなくなるほどの巨大な…怒りだった。いや…憎しみのほうが近いかもしれない。
…どっちでもいい、それに気が付いたのなら…やることは単純で簡単なのだから。
それから肉片と血で赤く飾り付けられた建物を調べたけれど…本当に何もなかった。
ただ…なにか大きくて重い四角形のなにか…おそらくだけど箱のようなものが置かれていた跡が床に残っているのは分かった。
「この場所は…何かの倉庫だった…?もうそれを動かした後…?」
ならもうこの場所からは何の手掛かりも得られない…いや、まだあるじゃない。
べちゃべちゃと床に散らばる赤黒いものをかき分け、ひたすらに何かの手掛かりになりそうなものを探す。
とっても大変だったけど衣服のようなものの断片を全部集めて…綺麗に洗ってつなぎ合わせたりもした。
すると何かの紋章のようなものの存在が浮かび上がってきた。
それは服に縫い込まれていたり、肌に住みいれされていたり、アクセサリーとして残っていたり…共通して同じ物が刻まれていた。
それならこれは証拠になるよねと、絶対に忘れないようにそれを指でなぞる。
「…っ!!!これ…見たことある…」
私は人生の半分以上をイルメア様と共に山の中で過ごした。
…ううん、記憶を失っていたことを考えるとすべての時間を過ごしてきたと言ってもいいと思う。
つまり私にはほとんど人間社会に関する知識なんてない。
全くないわけじゃもちろんない。
くもたろうくんがたまにだけど本を買ってきてくれていたから。
でもそこにこんな紋章の記述はなかった。
それなら引っかかったのはアゼリアの記憶…でもその頃の私はあまりにも幼くて…そしていつだってアザレアに庇われてきただけの弱虫で…そんなでも生きるのにただただ必死だった。
だから周りのものを見る余裕なんてなくて…どこにどんなものがあったのか、そもそもあそこがどこの国だったのかもわからない有様だ。
じゃあどこで私はこれを見たのか?
それは私の脳裏に強く焼き付いているその光景の中にある。
私が誘拐犯の馬車から放り出されたその瞬間…必死にアザレアに向かって手を伸ばし、アザレアもそれに応えようとしてくれていたその刹那。
アザレアまでもが放り出されないようにと彼女を羽交い絞めにしていた誘拐犯の服に…この紋章が刻まれていた。
「あはっ!あはははっ!あははははははははははは!!」
つい笑ってしまった。
もちろん嬉しくて。
だってたった一つの仇を追えば両方の復讐をできるのだから。
イルメア様は死んだ。
アザレアもきっと生きてはいないでしょう。
なら生き残った私がやらなくちゃいけないことなんて一つしかない。
そしてそれが…二兎を追うのじゃなくて一兎だけ追えばいいのだから楽だ。
これが嬉しくないわけがないじゃない。あはははは!!!
そうして私は…皆には何も告げずに山を出た。
今の自分がまともじゃないのは自分が一番よくわかってる…くもたろうくんに問い詰められたりしたら隠し通せる自信はない。
そして相手は得体のしれない人間…もうこれ以上大切な人たちを失くしたくなかった。
ましてや何らかの方法であのイルメア様を殺した相手なのだ。
誰も巻き込めない。
ただ私に半ば憑りついている「相棒」には隠し通すことができず…一緒に戦ってくれる仲間が欲しかったというのも本音なのでスピにだけついてきてもらった。
それから私はとにかく人を斬った。
少しでもあの紋章の手掛かりに繋がりそうな相手を見つけたのなら刃を向け…それと同時に私のような黒を持つ人間を平気で虐げる位の高い髪色を持つ相手にも。
やがて私は「色狩り」と呼ばれ指名手配を受けると事になる。
そうなっても私は仇を探し続けた。斬って斬って…何人も殺して…そして────
「今ここにいます」
私なりに精一杯やってきたつもりだった。
剣を振るう事にも正当な理由があると信じていた。
でも…結局はイルメア様もアザレアも生きていて…私のやってきたことに意味はあったのだろうか。
本当の意味で私は…この瞬間に虚無を感じているのかもしれない。
そう思った。
ちょっとごたごたしており、更新が遅れてしまいました…!
もしかすればまた間が空くかもしれませんが、お待ちいただければと思います!あかないかもしれません!




