話し合いにつかせてみる
かつて…いいや、私は常日頃から主にくもたろうくんから言われていることがあった。
”お嬢様はもう少し人の気持ちを考えるっす”
私としてはいつだって他人のことを慮り、神のごとき洞察力を持って人の気持ちを察知し、もはや滅私奉公の勢いで人のために頑張るアルティメットやさしいドラゴンでやっているつもりなのだけど、きびちぃくもたろうくんからするとまだ足りないらしい。
そして今…仮に、仮にだけど私が鈍感ドラゴンだとして…そんな私にも教会のおっきな扉を吹き飛ばして現れたせーさんが世界の終わりレベルでブちぎれているのは分かる。
だって見たこともないような顔してるもん。
ビッキビキに血管が浮いてるもの。
「…随分と乱暴な来訪ね、聖龍」
「この場所をそのまま消滅させなかっただけ穏便だと思いますけどね。紫龍」
ちなみにせーさんの背中からは光でできたような翼と尻尾がばっさーとなっていて、ばりばり全力全開の戦闘モードだ。
今この瞬間も空気を震えさせている殺気から思うに、本当にせーさんなりに穏便にやってきているっぽい。
「それはありがとう。それで招待を受けてくれたお礼におもてなしをしたいのだけど、まずは座ってもらえるかしら?」
「今更腹の探り合いをするつもりはありません。わざわざあなたの領地に身一つで来てあげたのです、罠でも仕込みでも好きに使いなさい。そのうえで私は…あなたを爪の一欠けらすら残さずに消します」
「あっちゃー…思ったより怒ってるわねこれ。もしかしてメアちゃんって聖龍とすっごい仲がいい?」
「うん。義理のマミーなの」
「そういうの先に言っといてくれる?てっきり利害関係でつながってる友達くらいの認識だったのに」
「えーだってそんなの聞いてこなかったじゃんー…ていうか家族カテゴリーだって言ったよ?」
「何をこそこそと話しているのですか。メア…こっちに来なさい。その腐臭のする生ゴ…可燃性不要物から離れなさい」
「…腐臭?…は?」
すぐ隣からプツンと音がした。
瞬間膨れ上がるもう一つの殺気。
どうやらせーさんの言葉がヴィオさんの地雷を踏みぬいてしまったらしく、こっちもとんでもなくブチギレモード突入である。
そして吹き飛んだ扉だった場所の向こうからコンニチワしてきている死体の皆さん。
もはやそれだけで周囲を破壊していくほどに膨れ上がっているせーさんのオーラ。
これはもう収拾不可である。
「聖龍…こちらは穏便にお話をするつもりだったけど、気が変わったわ。ここでいつかの戦争の続きをしましょうか」
「人の子を人質にとっておいてよくさえずる…あなた一人でこの私と戦争ができるだなんて知能指数が残念にもほどがありますね。これは戦いではなく、制裁であり裁きです。粛として地の底に頭を埋めて死になさい」
今ここに聖龍と紫龍の決戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。
…しかしここで思い出した。
私はヴィオさんと約束をしてこの場に同席しているのである。
そう、ヴィオさんをせーさんと穏便に話し合いをさせるという約束を。
私としても以前にヴィオさんに言った通り、確執があるのなら一旦殴り合いをして決着をつけるべきであると思っている。
だけど約束というものは大事だ。
母にも「一度した約束は必ず守れ」という事を「遅刻はするな」と同じくらい口を酸っぱくして言われたものだ。
レモンを丸かじりするくらい酸っぱくして言われた。…レモン食べたい。
そんなわけで私はヴィオさんとの約束をなんとしても守るべく行動するべきだし、正しい行動だろう。
うむ、こういうところで私が空気を読める気遣いドラゴンだというところ証明していこうではないか。
「ヴィオさん、ヴィオさん。せーさんとお話するんでしょ?このままじゃ戦いになるよ」
「もう無理よ。ここまでコケにされたら私だって殺すしかないわ。もうどちらかがその口がきけなくなるまで止まらないわよ」
「私のメアにその汚らしい顔を近づけるなと言っているのがわからないのですか?鶏とて三歩は覚えているというのに…あなた本当に龍なのですか?」
なるほど…これはお互いに手強い…説得は無理そうだ。
でも私はヒントを得た。
どちらかが口をきけなくなればいいのだと。
「ヴィオさん、ヴィオさん」
「なに?もういいから少し下がって…え?なんで顔を近づけてくるの?なになに?なにをするつもりなの?」
「んな!?メア!いけません!何をするつもりですか!」
「もっと近づいてヴィオさん。ほら、もっと」
「え?ほんとうになに?ちゅーするの?先ほど演出に使った私が言うのもあれだけど、そうとうに親密じゃないと許されない距離感よ?」
「よしなさいメア!そんな排泄ぶ…生ごみに靡いてはいけません!あの人になんと言えばいいのですか…!顔向けができなくなってしまいます!」
何やら騒がしいけど、私は私のするべきことを遂行するのみ。
ヴィオさんに近づいて頭を両手で固定して…。
すかさず顔面に膝を入れる!
「ぐへっ!?」
おでこから煙を出してヴィオさんが意識を失った。
ふぅ…うまくいってよかったよかった。頭部に強い衝撃を与えると共に、大量の魔力を流すことで意識を遮断させる…これぞ我が7億2千万ある必殺技の一つ、ドラゴン・ニーストライクブラックアウトである。
私が出せる最高速度で膝を繰り出したのでおそらく痛みを感じる暇はなかっただろう。
これぞまさに匠のなせる技也。
口がきけなくなれば争いようもない…うむ、これも一つの真理だ。
「…メア、状況説明していただけますか?そもそもなぜあなたがここに?そして私がここに呼ばれるにあたって見せられた、あの頭がはじけ飛ぶような光景についても」
何故かまだ少し怒っているせーさんに抱きかかえられ、ひとまず話せるだけの事情は話すことにした。




