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運命を感じてみる

 それが最初なにかわからなかった。

でも揺れる真っ赤な束に…裂けたような真っ赤な三日月があの日を思い出させた。


「あなたは…」


それは人だった。

暗く冷たい箱の中で…鎖で全身を絡めとられ、天井から吊るされた目が痛くなるほどの深く鈍い赤髪の…女の子。

でも…一般的な人の形はしていなかった。

腕と足が…左腕と右足があるであろう部分に何もなく…三日月のように見える笑みを浮かべた顔の…左目があるであろう部分にはぽっかりと黒い穴が空いていた。

身体が「足りていない」真っ赤な女の子…そんなひどい状態なのにどうして笑っているの?だとか…気になることはたくさんあるはずなのに…そんな疑問よりも先に私の中に溢れてきた想いは…。


「ようやく…逢えました…よくぞここまで…お越しくださいました…」


ようやく逢えた。

まるで私の心を代弁したかのような言葉を…赤い女の子が口にした。

ちゃり…ちゃり…と彼女を吊るす鎖が揺れて無機質な音をたてる。


初めましてのはずなのに…私たちはようやく出逢えたという思いを共にしている。

なんでそんなことを思うのか、彼女は誰なのか…何もわからないのに、ただ出逢えたという事実があるだけで十分じゃないかと不思議な感覚に襲われる。


「そう…あなたが…ずっとわたしをよんでいたのね」


ずっとずっと…数年前から私を呼び続けていた「なにか」の正体。

それがこの赤い女の子。


「どうぞ…どうぞこちらへ…私は…あなた様を…ずっと…お待ちして、おりました…さぁ…こちらへ…」

「…」


呼ばれるままに女の子に近づいて…手を伸ばす。

触れたその肌はとても冷たくて…同時に強烈な「死」を感じた。

うまく言葉にできないけれど、この子に触れたその瞬間に死という概念を叩きつけられたかのような…とにかくこの子は死を纏っている。

意味が分からないかもしれないけれど…そうとしか言いようがない。


そんな「死」に導かれるまま…真っ赤な闇の中に飲み込まれていく…。

ただ安らかに…死に向かって墜ちていく。


――イルメア…死ぬまでは生きなさい。生きて…いろんな経験をして…そして最後のその瞬間にいい生涯だったと笑って終われるように


母の声が聞こえた。

最期の瞬間…母が私に残した言葉が声となって確かに聞こえた。

そうだ…私は死ぬまでは生きないといけない。

母と約束したのだから。

目覚めろ私!惑わされるな!いけるいける!!なぜなら私こそが生きてみる系ドラゴンなのだから!


「ふんぬ!!」


ベチン!!と思いっきり自分の頬を両手で挟み込むように叩くと、頭を覆っていた靄が吹き飛んで目が覚めた。

あぶねぇ~!もう少しで大変なことになるところだった!気がする!いやぁ…私がドラゴンじゃなかったら危なかったね。

もしくはヒューマンベイビーでなければ危なかった。

かもしれない。


「お目覚めに…なられましたか…たったひとりの…あなた様…」

「うん。おはようございます」


赤い女の子は正気に戻った私を見つめながらやっぱり裂けたような口で笑っている。

あらためてこの子は一体何なのだろうか?どうして私を呼んでいたのだろうか?そしてなぜ正気に戻った今でも私はこんなにも…この子を守らないといけないという気持ちになるのだろうか?


「うーん…かんがえてもわからにゅ。ねーねー、あなたはだぁれ?」


年齢は分かりにくいけれど…でも最後に見たネムと同じくらい…に見えないこともない。

異様な見た目をしているのと、汚れていたりで正確なところはわからぬ。


「わたしは…赤の…呪い…黒の祝福たる…あなた様を…ずっと…待ち続けていたものです…」

「あかののろい?くろのしゅくふく?」


何もわからない状況に、さらによくわからない言葉が投入されてもっとわからなくなった。

なんてこったいワードブレイク。

分からないが脳内でゲシュタルトな崩壊を見せているよ。


…言葉の意味は置いておいて、ひとまずそのまま受け取ってみるのなら彼女は「赤い呪い」で私は「黒の祝福」らしい?なんだよ黒い祝福って。黒いドラゴンだから?うーんわからぬ。


「メアたん!」


らしくもなく頭を悩ませていると背後から肩を掴まれた。

アザレアがようやく追いついてきたらしい。

そういえば忠告ガン無視で操られるように一人でここまで来てしまった…無理を言って連れてきてもらったのにアザレアには迷惑をかけっぱなしである。


「あじゃれあ。ごめんなしぁ」

「う、うん…それはいいのだけど…ここは一体…――っ!!」


アザレアが赤い女の子をみて息をのんだ。

結構ショッキングな見た目をしているし、仕方のない事なのかもしれない。


「ん?」


その時だった。

私の目の前を横切るようにして無数の赤い手のようなものが女の子から伸びて…アザレアの身体を掴んだのだ。

どうやらアザレアにはその手が見えていないらしく、そちらを見てもいないけれど…掴まれた部分が急速にどす黒く染まっていくように私には見えた。

それは先ほども感じた「死」という概念だ。


「え…な、なにこれ…っ!!!?あ…が…」


アザレアの顔が苦痛に歪んでいく。無数の手が彼女を死に引きずり込んでいくかのように蠢いて…。


「こらぁ!めっ!」


その手を私の必殺ドラゴンビンタで叩き落とした。ついでに危ないので女の子から伸びているところから引っこ抜いてポイッと捨てた。

それだけで赤い手は霧散して消えていき…アザレアの身体も生気を取り戻して元に戻った。

いやぁよかったよかった…いろいろと良くしてもらってるし私に付き合わせたまま死なせるわけにはいかないもんね。

感覚だけど、女の子も意図してやっているような感じではなかったし怒られはしないだろう…たぶん。

怒らないで欲しいな!


「あじゃれあ、だいじょうぶ?」

「…え、ええ…一瞬凄く苦しくなったけれど…もしかしてメアたんが助けてくれたの?」


「あい」

「そっか…ありがとうメアたん…それにしてもこの子は…」


この子は誰なのか。

その答えを持っている者はこの場にはいない…私とアザレアとニョロちゃんしかいないしね。

あ、でも一つだけわかってるんだった。


「このこねー「のろちゃん」っていうんだってぇー」

「…ノロちゃん?」


赤い呪い…そうなれば間違いなくノロちゃんだろう。

母なら間違いなくそう名付ける。

くもたろうくん、ニョロちゃん、スピちゃん…これ全部我が母の命名だからね。


「そーのろちゃんー。ねー?のろちゃん~」

「…」


赤い女の子は笑みを浮かべたまま何も言わなかった。

否定しなかったという事は嫌ではないのだろう…たぶん。


「そうなのね…ノロちゃん…ってそんなことよりメアたん、あんまり長居するのはまずいわ。不自然に人気がないといってもいつまでも誰もいない状態だとも思えないし、騒ぎになる前に帰りましょうね」

「あ、まってあじゃれあ!のろちゃんもつれてかえりゅ!」


「え…?」


何を言っているの?とでも言いたげな顔をアザレアは見せたけれど、私としてはどうしてもノロちゃんを連れて帰りたい…いや、そうしなければいけない気がする。

ここで私は…絶対に彼女を離すべきじゃないと…心の奥底にある何かが私に伝えてくる。

あまりにわがままを言いすぎている自覚はある…でもこれだけは譲れない。

もしだめならアザレアの元を離れて私だけでもこの子をここから連れ出すべきだ…そうしないと絶対に後悔する。


「この子を連れて帰る…」


アザレアが眼鏡の奥の瞳をスッと細めた。

いつも私と向き合っているときはゆるっとした顔をしているのに、今は…なんというかすごく怖い顔をしている。

もしかして怒らせてしまっただろうか。

やっぱりここは私一人で…と考えているとアザレアが部屋の外に顔を出して周囲を見渡した後、私を見てゆっくりと頷く。


「あじゃれあ?」

「いいわメアたん。この子を連れて帰りましょう」


「え…いいの?」

「もちろん。メアたんの頼みですもの…それに…」


「しょれに?」

「…ううん、なんでもないわ。メアたんには関係のない事よ」


一瞬だけまたアザレアが怖い顔をした気がしたけれど、すぐにいつもの顔に戻った。

なんだか少しだけ気になるけれど…今はノロちゃんを連れ出すのが先だ。


「まじゅはくさりをはずさないと。のろちゃん、わたしたちといっしょにきてくれう?」

「…私は…あなた様のもとへ…ともにあるのが…私の役目…どこへでも…お供いたします…」


そうノロちゃんが口にすると同時に鎖がひとりでに天井から外れて、ノロちゃんの身体が地面に落ちた。

そこからは早かった。

アザレアがどこから用意したのか大きな布でノロちゃんを包み込み、紐でくくって荷物のように持ち上げた。一瞬での偽装も凄ければ、人ひとり抱えられるなんてアザレアは意外と力持ちだと感心した。


「この子…軽すぎる…?もしかして見た目以上に「足りていない」のかもしれないわね」

「ん~?」


「なんでもないの。メアたんは悪いのだけど馬車まで歩ける?無理なら私が頑張るけど」

「んーん。じぶんであるけるよ」


そして四角い部屋から脱出し、周りに人がいないことを改めて確認してからバレないように扉を閉めて錠前を取り付ける。

そして後は一目散。

観光も何もしないまま、人目を避けに避けつつ馬車まで戻り…無色領を後にしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 名前のせいで死の概念が食中毒の化身ぐらいまでランクダウンだよ! 母親さん、もうちょっとこうネーミングセンスというものをですね…
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