喪失
明日からお盆的なお出かけがちょこちょこあるので、次回は少し間が空いたり開かなかったりするかもしれません!未定です!
黒神領そして白神領にて起こった襲撃事件は数々の死力を尽くした頑張りにより、一応の解決を見た。
しかしすべての舞台に幕が下りたわけではなく、むしろここからが本当の戦いの始まりともいえた。
襲撃からほんの一晩だけの休息の後、エナノワールの屋敷の空き部屋に輪を作るようにして並べられた椅子にこの戦いに関係していたものたちが腰を掛け、重苦しい空気感を演出している。
これから始まるのはあまりにも散らかりすぎて輪郭すら見えないそれぞれの事件のすり合わせと状況確認…つまりは戦後処理も含まれた会議だ。
「…」
「…」
「…」
重たい空気に当てられてか、全員が揃ってから数分が経ったというのにも関わらず、誰も口を開こうとはしない。
やがてこのまま沈黙を続けても仕方がないとブルーからの目配せを受けたセラフィムがその重たい腰を上げた。
「…黒神領での会議で私がでしゃばるのもどうかとは思うのですが、確かにこのままでは仕方がないですね。暫定的に私が話を進めようと思うのですが構いませんか?」
その場の全員と視線を合わせ、誰からの反論も上がらなかったのでセラフィムは咳ばらいを一つして話を始めた。
「まずはこの場にいる方々の…無事を喜び、奮闘を讃えましょう。よくぞ生き残り、そして数々の情報を持ち帰ってくれました。これにより私たちを襲ったものの見えざる影…その形が少しは見えるようになることでしょう…それと確認ですがウツギ・エナノワール。身体に問題はないのですね?」
セラフィムの視線が向けられ、ウツギは身体を強張らせた。
「あ、あぁ…じゃなくて…は、はい…大丈夫…です?」
「無理に慣れない言葉を使う必要はありませんよ。この場は公の場所ではなく、さらに求められるのは円滑な情報の共有です。話しやすい言葉遣いで構いません」
「あ、じゃあ…まぁ…全身痛ぇけど…話ができないほどじゃ…ねぇっす」
凡夫の域を出ない普通の人間でありながら龍と交戦したウツギ。
その身体には服の下からでも見えるほど包帯でぐるぐる巻きにされており、しばらくはトレーニングは疎か、屋敷内でも最低限の移動以外は禁じられているほどの怪我を負っていた。
そしてその傍らにはリョウセラフが邪魔にならない程度にしがみついている。
「そうですか。大体のいきさつは聞きましたが、ブルーを相手にむしろその程度のけがで済んでいることに私は驚いていますよ。その後ブルーが治療したとはいえ半日足らずで目を覚ますというのもです」
「はっはっは!さすが俺の弟子よな!なぁウツギよ」
「弟子じゃねぇよ…」
目を覚ましてすぐにウツギは改めてブルーからの謝罪を受けた。
憎まれ口の一つでも叩こうかと思ったが、そんな気にもならず…「いや、気味がわりぃからやめてくれ」の一言で済ませたのだった。
「そのほかにも大なり小なり怪我を負ったものもいるでしょうが、無理をおしていただき改めて感謝を。まずは状況の把握から行きましょうか。まだ暫定ではありますがここ黒神領では驚くことに死人が出なかったという話です。枢機卿が二名に龍が一体…それの襲撃を受けて死者が出なかったというのは一つの偉業とみてもいいでしょう」
センドウの裏切りを皮切りに先回りで対処ができたこと、幸運に恵まれたことなど様々な要因があるが、黒神領では一人たりとも死人が出ることはなかった。
しかし、戦いの余波に巻き込まれ怪我を負った者は多数いた。
中には死の危険性はないが、いまだ意識の戻らぬものや、一生治らない障害を背負うことになった者はおり、完全に喜ぶことはできない。
ただそれでも…命があっただけ幸いだったと黒神領の誰もが言うのだろう。
「ふむ…だが聖よ。俺たちは与り知らなかったが白神領の方ではかなりの被害が出ていたのだろう?すまんな…加勢ができず」
「謝る必要はありませんよブルー…確かに白神領の方では多数の死者が出ました。その結果、私の方も黒神領がこんなことになっているとはすべてが終わるまで気が付きませんで…申し訳ありませんでした」
「…なぁ、アンタらがそうやって謝りあってても仕方なくねぇか…?あ、いや…悪いって言ってるんじゃなくてその…」
「…いえ、ウツギ・エナノワールの言うとおりです、話を進めましょう。一つずつ…片付けていくとしましょうか。まず第一に今回の黒神領の枢機卿による襲撃…私にはあまりにも脈絡のない事のように感じましたが、これの襲撃理由を知る者、もしくは考察できるものはいますか?」
数週の沈黙が再びその場に流れ、一人の男がその細いをゆっくりとあげる。
「…発言の許可を頂いてもぉ?」
「あなたは確か…センドウ・カラナマツでしたか。いちいち許可を得る必要はありませんよ、めんどくさいですしね。それにあなたの立場を考えるのなら…この話題において最も有益な話を出来るでしょうし」
「ひっひ!期待に応えられるかは微妙なところですが…まず私が接点を持っていた枢機卿にして今回の事件を起こした張本人であるアリセベクさんがしていた話なのですが…その目的は黒髪以外の人物の皆殺し…という事でした。私はそれを手伝えという命令を受けましたので間違いはないかと」
「それに関しては俺が戦った金のやつも言っていた。もっともやつは皆殺しと言っていたが…金の性質というか人となりを考えると…そこは誤差かもしれん」
「なるほど。生け捕りにしたという枢機卿と執行官の意識が戻り次第、確認してみる必要があるかもしれませんが…しかし呪骸を持った枢機卿が二名に龍が一体という過剰にも思える戦力を投入していることを考えると確かに間違いだと疑ってかかる必要もないように思えますね。なら問題は…なぜそんなことを急にしようと思ったかですね」
「アリセベクさんも理由は知らないようでした。ただ今回はそういう仕事なのだとだけ。しかしあの人が私に全てを話していた…とは考えていないので、そこは聖龍様の言う通り、捕らえた枢機卿に改めて聞いてみるのがよさそうですねぇ…」
「な、なぁ…ちょっといいか…?」
ひとまずは先送り…そう結論が付けられようとした時、ウツギがそれを遮ってセンドウをまねたのか手を上げる。
その場の全員の視線を受け、居心地の悪さと謎の圧を感じながらもセラフィムに促されて続きを口にした。
「やっぱその話…なんかおかしくねぇか…?」
「おかしいと言えば今回の事件の全てがおかしいのだウツギよ。主語を言わんか主語を」
「うるせぇな、くそっ…えーと…なんつーか…なんで黒髪以外殺すんだ…?」
「だからそれをしようとした原因が判らないといま──」
「じゃなくて!アンタらが話してたのはどうして枢機卿が突然やってきてそんなことをするのか?って事件そのものの事を言ってんだろ?俺が言いたいのはそっちじゃなくて…えー…なんで黒髪だけ生かそうとしたんだって事なんだよ!普通逆じゃねぇのか…?」
「なるほど確かに…自分を持ち上げるわけではありませんが私にはない意識…世間一般的な差別意識で考えるのならば逆でしかるべきなきはしますね」
世界におけるカーストや地位はすべて髪色で決まり、黒髪は忌み嫌われ国によっては人権すら与えられず、家畜以下の何をしても許される存在…それが世間一般的な黒髪だ。
それは教会の本拠地である赤神領でも変わらず、枢機卿たちもその価値観を持っていることは過去の経験からセラフィムも知っていた。
「ほら、やっぱりおかしいじゃねぇか!どうしてそんな…クソみてぇな扱いを受けてる俺ら…俺は完全な黒髪じゃないから今回は殺される側だったんだろうけど…とにかくそんな扱いをしておいて、それだけを生かそうとするんだ…?わけわかんなくねぇか?」
確かにそうだ、考えれば考えるほどおかしい。
この場にいる全員が差別される側、もしくは人の価値間で生きていない者たちの集まりであり、さらには起こった事件の大きさに隠れて覆い隠されていた一つの大きな疑問。
それは一度見てしまえば意識の外に追いやるにはあまりにも不気味だった。
「…教会の動きがあまりにも見えなさ過ぎている…正直襲撃の件だけならば納得できないこともないのです。以前この国は枢機卿を一人殺害しているわけですから。しかしその件はウチ…白神領で処理したうえに、教会からの回答もどうでもいいというような内容でした。ですから直接は結び付けないようにしていたのですが…黒髪だけを生かす理由となると…」
「あのぉ~私からもう一ついいですかねぇ…ひっひ!」
どうぞと手を上げたセンドウに再び発言権が回る。
「ウツギさんも聞いていたと思うのですがアリセベクさんは皆殺しという目的の他に個人的に調べ物をしていましたぁ…その内容はこの黒神領の成り立ち…なぜこの国は生まれたのかという事でした。もしかすればそこに何か理由があるのかもしれませんよぉ?」
「…詳しく聞いても?」
センドウはアリセベクのしていた話をかみ砕いてその場の全員に共有した。
この黒神領はいつどのようにしてできたのか不明瞭であるという事。
各国を追われたなんの権利も持たない黒髪たちが全ての国の中心にある場所に国を興せたのか?という疑問。
そこからアリセベクは国を追われた黒髪ではない、もっと別の存在の思惑を感じていたという事を。
「この国ができた理由、か…確かに俺たち龍からしてもこの国はいつの間にか存在していたな。聖よ…お前は正確な時期などは把握しているのか?」
「いえ…私も昔はそこまで人間に関心があったわけではありませんでしたから。私の感覚でもいつの間にかできていた国…以上のものはありませんね…一応聞いておきますがあなたは知っていますか?…銀」
セラフィムはそこでようやくこの場においていまだ一度も発言していない異様にに目つきの悪い銀髪の女…いや龍に話を振った。
彼女こそブルーたちの窮地を救った、この戦い最後の功労者なのである。
「…」
質問にまさかの無言を返し、そんな反応も予想していたセラフィムは「はぁ~…」と大きなため息を吐く。
銀龍が度を越した無口なのは昔からなので期待はしていなかった。
しかしたまには喋るので、そのたまにを期待してセラフィムは話を振り続ける。
「そもそもあなた…私がメアとソードに協力要請を託してから合流までえらく時間がかかりましたね?何をしていたのです?銀神領は現状どうなっているのですか?」
「…」
「雨を雹に変えて、それをさらに道に変えて空を滑ってきたとのことでしたが、なぜそんな真似を?いや、もしかして金の力を全て承知の上で助けてくれたという事ですか?」
「…」
「…昨日は何を食べましたか?」
「さかな」
「ぶち殺しますよ」
どうでもいい質問にだけ答えた銀龍に殺意を覚えつつ、それでもブルーたちの協力をしてくれたことには間違いがないので強くは出られないセラフィムだったが、少しばかり漏れてしまったのはご愛敬だ。
だがセラフィムは銀龍の事で一つ気になっていることがあった。
昔馴染みという事もあり、セラフィムは銀龍の力も知っていた。
銀射龍シルバーオブリフレクト…黒龍が付けた愛称は銀シャリである彼女だが、その力は干渉を跳ね返すバリアーを張ることだ。
今回の様に水…いや、氷を操る力など彼女にはないはずなのだ。
ブルー曰く、あれは魔法ではないという事だったので龍としての自前の力だったはずで…。
「はぁ…今回は見逃しますが、いつまでも無言を貫けるとは思わないでおいてくださいね銀」
「…」
銀龍はやはり無言を貫いたまま、膝の上で眠っている二人の子供の髪を指先で弄んでいた。
「…すみません、話がそれましたね、何の話でしたか…」
「母さん、一ついいだろうか」
次に手を上げたのはソードだ。
いちいち許可を取らなくていいと言ったのにもか関わらず、いつの間にか許可制になっていることに釈然としないものを感じつつ、セラフィムは話しを促した。
「先ほどの黒髪がという話…勘というか、そこしかないだろうという話なんだけど…アザレアが何か知っているという可能性はないかい?」
「アザレアが?」
「うん。彼女はここの領主…今はウツギがそうみたいだけど、とにかく寸前まで彼女がこの国のトップだった。ならば先代から何か聞いている可能性はあるだろう?それに…今思えば彼女は少々強引に…リンカという紫神領から来た少女を引き入れていた…ような気がする。僕が今の話から記憶を脚色している可能性はあるけどね」
リンカは襲撃があった時、この国で唯一の完全な黒髪を持った人間だ。
つまりは枢機卿による虐殺対象にいた少女という事になり、その彼女を黒神領に引き入れたのは紛れもないアザレアである。
しかしそれでアザレアを疑えるのかというと…微妙な話だ。
「いや…そもそもこの国は妹のやつじゃなくても基本はよその国から逃げてきたやつはほとんど無条件で受け入れてっぞ…さすがに犯罪やって逃げてきたのは追い返すか…対処かしてるが…別にあのリンカってガキだけが特別だったわけじゃ…」
「わかってる、わかっているんだ。でも僕が監察としてアザレアから話を聞いた時とその後の反応が…どうも他とは違ったというか…」
ソードの話を聞き、セラフィムの思考の中に一つ閃くものがあった。
「そう言えばアザレアの妹…」
「ん…?あぁくもたろうが連れて帰ってきた…確かネムだったかな」
「ええ、アザレアは私から彼女の話を聞くと目の色を変えて飛び出していき白神領までやってきました。そして殺そうとしていた…あの時のアザレアの様子は…普通ではありませんでした。いえ普段からアレは普通ではないですが…もっと異質な…とにかく張りつめているような…そんな感じでした」
「詳しくは聞けていないけれど生き別れの妹だったんだろう?なら冷静でいられなくても…いや、だとすれば殺そうとしたことの説明がつかないかな…?」
「ええ、そしてネムという女性は…黒髪でした。もしアザレアが妹の命を狙った理由が妹だからではなく、黒髪だから…だったら?」
「おいおい聖よ。それでは余計に意味が通らなくなる。枢機卿は黒髪だけを生かそうとしていたんだろう?それにソードの話に乗っかるのなら、アザレアはリンカという黒髪の少女を引き入れているではないか。殺してはいない」
「わかっています…わかってはいるのですけど…何か…何かがつながりそうで…」
繋がりそうで繋がらない。
そんなモヤモヤとしたものを全員が感じている中、ウツギが小さな指輪を取り出して全員が囲んでいるテーブルの上に置いた。
「ウツギさん、それは確か…」
「ああ…エナノワールの当主の証だ。アザレアが急に俺に押し付けていきやがったもんで…アイツが前の当主からうばったもんだ」
「…奪ったとは?」
「…殺したんだよ。さっきまでの話を聞いてなんか急に思い出してきた…俺があいつに初めて会ったのは…まだ10にもならねぇ頃で…あいつはそんな俺よりさらに年下だった。無理やり前当主…ウチの親父に連れてこられたらしくて…その時に妹と逸れてしまったんだって毎日泣いてた…気がする…だから妹にあえてあいつは嬉しかったと思うんだよ…殺そうとは考えない気がする…」
「つまりウツギは母さんの意見…ネムの命を狙ったのは黒髪に起因しているのではないかと考えるのかい?」
「わかんねぇよそんなの…でも何かはおかしいって思うし…何かを知っている可能性もあると思う。ずっと忘れてたけど…俺見たんだ…あの日…アイツが親父にどこかの部屋に連れていかれるのを…後を追おうとしたけど、なぜか俺はたどり着けなくて…んで次の日にはアザレアが親父の死体を引きずってきて…今日から自分が当主だって言いだしたんだ…ガキの頃の記憶だけど…妙に生々しく思い出してきて…なんなんだよこれ…」
「後を追いかけたはずなのにたどり着けなかった部屋…当時子供だったアザレアが現党首を殺害してその地位に座った…確かに何かありそうな話ではありますが…」
「うん、そしてもう一つ不思議な点が…いつだったか母さんがアザレアにこの国を捨てて移動する気はないのかって聞いたことがあったよね」
「あぁ…前回の枢機卿の襲撃の後ですね。安全面を考えればそれもありなのではないかと提案はしました。もちろん簡単な事ではないですが、アザレアは一考の余地もないとその提案を切って捨てました。交渉の余地すらない…彼女にして理由も説明もない珍しい形のかたくなさだと思っていましたが…何かこの地を離れられない理由があった…?」
やはり全てをつなげるには何かが足りない。
どうやっても辺りに散らばった点と点が線で結ばれず、関係性が見いだせない。
しかしなぜか無関係とも思えない。
そんなもどかしさばかりが募っていく。
だが今のこんなモヤモヤを晴らす方法簡単な方法は存在している。しているが…その手段をとれない理由もまたあった。
「…アザレアに話を聞ければいいのですが…」
「今はくもたろうたちが面倒を見ているんだよね?あのネムという子と一緒に」
「あ、あぁ…でも…話を聞くのは無理だろ…だってあいつは今…」
白神領での戦いの結果、意識を失っていたアザレアはくもたろうとセラフィムに連れられ黒神領まで戻り、その後治療を受けてすぐに意識を取り戻した。
相も変わらず驚きの回復力だと感心したものだが、セラフィム達を見たアザレアの言葉は衝撃的な物だった。
「あ、あの…あなたたち誰ですか…?それにここは…?」
目覚めたアザレアからはセラフィム達はもちろん、自身を含む全ての記憶がきれいさっぱりと抜け落ちていたのだった。
アザレア記憶喪失編、始まります。
と言いつつ次回から長らく不在だった主人公が出てくる紫色編が始まります。




