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 ズン!と地面を揺らしながらブルーはその大きな身体から出ているとは思えないほどの速度で金の龍に向かって行く。

握りしめられた右の拳からは筋肉が引き絞られるミチ…ミチ…という音が聞こえており、血管を浮かばせながらまるでそれ自体が一つの生物の様に脈動している。


「きゃあああああああ!?こわいって!きんにくこわい!!」


翼を広げ空に逃げようと飛び上がった金の龍。

しかし背中を何者かに蹴られ、踏みつけられるような衝撃を受けて地面に墜とされてしまった。


「みぎゃ!?誰よ今蹴ったの―!!…って誰もいないじゃん…えぇ…こわひぃ…」


確かに蹴られたはずなのに、はっきりとその衝撃を感じたのにもかかわらず、背後には誰もおらず気配もない。

それもそのはず、その力の正体は緑の龍…リョウセラフが持つ権能にして司る概念による【暴力】だからだ。

セラフィムによって名乗ることを禁止され封印されていた力…ありとあらゆる暴力による力の押し付けを無制限に発揮させる忌むべき力。

それが今、一切の制限なく発揮されているのだ。


「なんなんこれぇ~いたいよ~!」

「余所見か?金」


姿なき暴力に気を取られていた金にブルーの拳が迫った。


「うぉえ!?ひゃー!あぶなっ!」


金の龍は器用に地面を転がってそれを避け、行き場を失くした拳は空を切ったが、それだけで周囲に衝撃波をまき散らし、地面に穴をあけ木々を薙ぎ倒した。


「いやいや…ありえなすぎんー?なんでただパンチしただけでそんなんなるの~…」

「ふん!常日頃から己が筋肉と向き合い、そのスペックを100パーセント引き出せばこの程度なら誰でもできる。何も特別な事ではない」


「ま~?筋肉ヤバすぎるんだが~…やっぱあたしも筋トレしようかなぁ~?した方がいいと思う?筋肉ちゃん」

「それは貴様の筋肉に聞け」


「……、…………、…ダメだわ。聞いてみたけど無言!」

「それが精進が足らんという事だ。…しかしやはり女が相手では気が引けるな…そんなこと言っている場合ではないという事は理解しているが…」


「じゃあ手加減してくれん?あたしもそこまで頑張りたいくないんよ~」

「そう言うわけにもいくまい。それにどちらにせよお前は無事ではすまんよ。俺よりお前に対し、闘志を燃やしているものがいるからな」


「え~?なん言って…────こひゅっ…!」


金の龍の口から奇妙な音をたてながら空気が漏れた。

腹を殴られた…それはブルーにではない。

誰もそんなそぶりを見せていないし、そもそもの話、誰にも殴られていない。

なのに腹を殴られた。


柔らかい腹に硬く握られた拳を勢いよくめり込まされ、内臓を圧迫されて「中身」が押し出され食堂を逆流して喉元まで上がってくる。

そんな生々しい感覚が全てある。


「な”に”ごれ”…な”んが…おがじぃ…おぇぇ…」


そもそもの話、龍の身体構造は人間のそれとは異なる。

龍とは形を持った概念であり、人に近い姿をしていて内臓器官等も存在はしているが、あくまでそれらしい形をしているというだけで人間と全く同じものではない。


つまるところ内臓もそれらしい形をしているだけで内臓へのダメージを受けたからと言ってそれが致命傷にはならない。

しかし今はどうだろうか。

今まで感じたことのない痛みに息苦しさ、嘔吐感…龍をしても耐えられず泣き叫びたくなるほどの苦痛を覚えていた。


「…聖のやつが封印していただけのことはあるだろう?なんでも緑の力に晒されると「殴られた」という実感だけでなく、それに伴う「苦痛と結果」までも再現されるらしい。究極的な話、腕がない者でも緑のやつに腕を折られるという暴力の概念を押し付けられれば腕が折れた痛みと、それに伴う苦痛を覚え…内臓がない者でも腹を殴られればその器官にダメージを受けた場合の症状が現れる…それまで含めて【暴力】という事だそうだ」

「なにそれ…意味わかんないぃ~…」


怒りに燃えるリョウセラフの瞳に苦痛に歪む金の龍が映り込む。

ただ痛いだけではなく、殴られることによっておこる不都合に苦しみ…そこまで全てで【暴力】という概念であり、肉体的苦痛から発展させやがて精神までも壊す。

世に歓迎されない、忌むべき概念。

それが今、金の龍に向けられている力だ。


「降参しろ、そうすればすぐに楽にしてやる」

「む・り~!」


金の龍が翼を大げさにはばたかせながら斜め後ろに向かって飛びあがった。

それによって巻き上げられた土埃や粉塵が目つぶしとなり、リョウセラフとブルーの視界を塞ぐ。


「あはっ!そんなでたらめな力、有効距離がそこまで長いはずがないよねぇ!一回距離を取れればちびっこの足じゃ追いついてこれないだろうし~…そして私はこの距離からでも攻撃ができるっ!」


空を飛び、十分に距離を取った金の龍がリョウセラフを指差すように腕を構える。

その指先に金色の液体のようなものが小さな玉状に集まり…銃弾のように放たれた。


毒金龍ポイズンオブゴールド。

見た目に反しながら名の通り【毒】の概念を操る龍であり、その力は単純だ。

ただ単に様々な種類の毒を操り、それを放つだけ。


しかしその力は凶悪そのものであり、あくまでも毒という概念を操っているために本来なら刺激臭があるモノや、効果を及ぼすのに大量摂取を必要とするものなどのデメリットを全て無視し、攻撃を当てた者に「毒物に侵された」という結果のみを出力することができる。


そんな力がリョウセラフに向かって放たれたのだ。

暴力の力は一度解き放たれれば龍であっても逃れることは難しい…しかしその代償とばかりにリョウセラフ自身に戦闘能力はほぼないに等しい。

故に一度攻勢に回られればそれを防ぐ手段はない。

だがここにはそんなリョウセラフの弱点をカバーする存在がいるのだ。


「させるものか!ふんっ!受け止めろ我が大胸筋よ!!」


目つぶしからいち早く復帰したブルーが間に入り、毒の概念が込められた一撃をその大胸筋で受け止めた。


「ええ!?なにそれ!!…ってばかじゃん?さっきどうなったかもう忘れたの、筋肉ちゃん?あたしの毒は筋肉ちゃんにも効いちゃうって。今度はさっきみたいに意識を混濁させて操るなんてものじゃないよ。正真正銘、毒と言えばこれっていうシンプルなやつ!致死性十分!即効性あり!…じゃあね~筋肉ちゃん」

「ふっ…舐めるなぁ!!うおおおおお!!!」


ピクッ…ピクピクッ!と毒に侵され始めたブルーの筋肉が動き出し、その全身から蒸気が上がり始めた。


「うへっ!?なにそれ!?すごーい!どうなってるの!?」

「貴様の毒は先ほどこの身に…筋肉に受けてよく覚えている。その時は油断していたが、今の俺にそれはない!そして我が鋼の筋肉に二度も毒が通用すると思うな!筋収縮を繰り返し、血行を促進させ全て取り除いてくれるわ!」


「…すごい…何言ってるのか全然わかんないんですけど…ってあれ?ちびっ子ちゃんの姿がないような…どこに…?ぎゃっあ!!?」


空に浮かんでいた金の龍が髪を引っ張られて無理やり地面に引きずり降ろされた。

いや…誰も髪を引っ張ってなどいない。

いつのまにか金の龍の脚元にいたリョウセラフによる…暴力だ。


「な、なんで…いつのまに…ぎゃっ!やめてぇ~顔を踏まないで~…踏まれてないけど、踏まれてる気がうするよぅ…」

「…許さない。おにいちゃんにいっぱい痛いことしたの」


「え、えぇ…?そんなの知らな…ぎゃっ!お腹…今蹴った…うぉぇ…」

「だからりょーも…痛いことする。おにいちゃんにしたぶん…」


そこからはまさに一方的だった。

誰も、何も手を出してなどいないのに、金の龍の身体が首を掴まれているかのように持ち上がり、その全身に打撃が加えられていく。

時には顔を地面に叩きつけられ、おもちゃの様に投げ捨てられ、さらに打撃が加えられる。

対等性など一切なく、ただひたすら一方的に…理不尽に恐怖と共に行われる行為。

それが暴力。


(やはり聖のやつの言う通り、危険すぎる力だ。一撃で相手を殺せるような力でない分…よけいにたちが悪い)


解毒しながらその様子を見ていたブルーの顔に苦々しいものが浮かぶ。

リョウセラフの力は敵を倒す力ではない…あえて悪く言い表すのならば、それは相手をとことん甚振る力だ。

それを受けた相手の精神が、心が壊れるまで目に見えない暴力を加え続ける…やがては死ぬだろうが、すぐに死ねない分、悍ましさや不快さがどうしても滲んでしまう。


本来ならばブルーの心情的にすぐにでも止めたい光景ではあった。

しかしそれをしないのには理由がある。

相手は金の龍…ブルーたちの敵である教皇の側に立つ龍の一体にして、合わせてたった二体の存在で彼らと戦争をして見せている龍なのだ。

決して油断などできるはずがなく、また金の龍を相手にする場合…ブルーには最も恐れていることがあった。


「リョウセラフ!もういい!そこまでやればしばらくは動けんだろう…あとは俺がやる」

「…」


ある程度の解毒を済ませたブルーがいまだ金を甚振っていたリョウセラフを止める。

リョウセラフはやや不満げな顔を見せたが、素直にそれを聞き入れて金への攻撃をやめた。


「…それでいい。暴力という力に飲まれるな…決してそれはお前の本質ではない。常に優しさを…お前を守らんとしたウツギのそれを忘れるな」

「…うん。おにいちゃん…だいじょうぶだよね…?」


「さっきも言っただろう。あの男はこの俺に勝った男なのだぞ?あの程度で死ぬのものか。応急処置程度ではあるが治癒魔法もかけておいたしな」

「…そっか。じゃあもう…やめる」


「ああ…さて金よ。一応最後に聞いておくが…何か言い残したことはあるか?敵ではあるが俺は戦ったものには敬意を払うようにしている。何か残しておきたいものがあるのならば…置いていけ。この俺が聞き届よう」

「…筋肉ちゃんさぁ…宝石は好き…?」


「…それが言い残したいことか?答えは否…いや、興味がないと言った事か。好きでもないが特段マイナスな感情を覚えもしない」

「…ふーん…じゃあこの国にどれくらい宝石…金銀財宝があるかとか…しらない…?」


「…知っていたとしてもさすがに教えることはできないな。俺個人のことならいいが、他者に関する情報を漏らすわけにはいかん」

「けちぃ…あぁ~じゃあどうしようか…なぁ…まぁでも…赤様こわいし…お仕事はしないとね」


そこでブルーはためらわずに全力の拳を金の龍の頭部に向かって放った。

殺意を込めた、正真正銘とどめの一撃だった。

だが…それが当たる瞬間、金の龍の身体がドロッと溶けて地面に吸い込まれて消えてしまったのだ。


「なに…?」

「あ”ぁ”~…もう最悪なんですけど…どこもかしこも痛いし…このべちょってなるやつもあんまやりたいくないんだよ~…髪とかぼさぼさになるし…」


上から声が聞こえ、見上げるとそこに言葉通り、やけに髪をボサボサに乱した金の龍が飛んでいた。

その頭上にはいつの間にかどんよりとした雨雲が広がっている。


「…なんのつもりだ。これ以上は無駄な戦いだろう…大人しく投降しろ」

「いやだよ~だ。というか筋肉ちゃんさぁ~あたしが今まで本気で戦ってると思ってたの?え~思い込み激しすぎてワロ~」

「…」


この戦いで金の龍が見せた力はあまりにも少なかった。

直接的な力の行使だけで言うのならブルーとの戦闘中に放ったいくつかの毒と、リョウセラフを狙ったものだけ…それで全力とはおおよそ言えないだろう。

そして金の龍がそのように力をセーブしていたのには理由があった。


「あたしに与えられたお仕事は筋肉ちゃんたちを倒すことじゃなくて…この国の人間たちの皆殺し。そもそもこんな場所に龍がいるだなんて知らなかったし、筋肉ちゃんたちの事はあくまでもおまけ…倒せればいいかなって程度。本命は…こっち」


金の龍が上を指差す。

そこに広がる曇り空からは今にも雨粒が落ちてきそうで…。


「まさか…」

「そう!あたしはずっとずっと霧状の毒を上に向けて放出し続けてた。密室ならともかく、お外で毒なんか撒いてもそこまで効果はなくてぴえぴえぴえんだからね…でもこうして毒で雨雲を作ってそれをざーざーと降り注がせれば?ね?とっても簡単にたくさんの人間を殺せるっしょ?」


ブルーの恐れていた事態が現実のものとなった瞬間だった。

これがこの龍が龍としての戦力的には劣っていながらも戦争を成立させていた厄介さだ。


敵地に送り込み、その力を発揮させればそれだけで龍相手にはともかく龍が支配する土地には壊滅的な被害をもたらすことができる。

そしてブルーは…治めていた地である青神領がその被害を受けていた。


紫神領のように滅びた…と言うほどではないが、それでも生態系が狂い、人も大勢死んで復興自体に多大な時間を要するようになった。

故に青はもう青神領を戦争に巻き込まないために自らが治める地を離れているのだ。


「じゃあ…いってみよー!大雨タイムー!」

「よせ!!」


止めようとしても間に合わない。

リョウセラフも一度力を解除してしまったうえに、彼女の精神性状、連続して再び力を使うのはすぐには難しく…完全に詰みだった。

そして…たっぷりと毒を貯め込んだ雨粒が…雲から零れ落ちた。

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― 新着の感想 ―
メアたん様!空から刺激的なドリンクが降ってくるから全部飲み干して! あの毒、果たしてメアたん様にも効くんですかね…
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