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炎の鏡像2

 ストガラグとリムシラ。二人の枢機卿の戦いはおそらく見る者によってその装いを変える戦いとなっていた。


リムシラが腕を振るだけで地面さえも灼け焦がすほどの火炎が舞い踊りながら巨大な蛇のように襲い掛かってくる。

もはやこの戦場はリムシラの炎が全てを支配しており、空気すらも焦がれて呼吸をするだけで肺が焼かれるほどだ。

一方のストガラグは防戦一方…迫りくる巨大な炎の塊を全身から汗を拭きだしながら片手で防いでいた。

炎は触れれば鉄すら溶解する温度に達しているがどういうわけかストガラグはそれを確かに素手で防いでいたのだ。


顔に涼しい笑みを浮かべ、魔法の炎を操り続けるリムシラと、そのすべてを受け止め続けるストガラグ…燃やし尽くす攻勢と受け流し続ける守勢。

どちらが優れているのか…それに明確な答えを出せる者など少なくともこの場にはいなかった。


「うふふっ…粘りますねぇストガラグさん。熱くないんですか?」

「俺は社会人だ。炎天下での作業など当たり前のことだからな…今更音をあげたりなどはしない」


「つまりはやせ我慢ですか…いけませんねぇストガラグさん…神の救いを受け入れず、惨めに足掻くと言うのは魂が穢れている証拠です。もうやめましょう?私はあなたの敵ではないのですよ?ただ救いたいだけなのです…神に唾を吐くほどに取り返しのつかなくなったあなたが私の炎で穢れを浄化されて来世では正しい道を歩けるようにと…ただそれだけなのです」

「残念だが俺は来世などというものを信じていない。限りある生命、一度だけの人生…それを豊かにしようと思えばこそ俺は社会人であれるのだ。もっとも来世を信じていないのはキミもそうだと思っていたのだがな」


「えぇそうですね~その通りですストガラグさん。そもそもあなたたち枢機卿はそう言う集まりなわけですしね」


あなたたち枢機卿。

その言葉にストガラグは引っかかりを覚えた。

自分たちではなくあなたたちという言葉を使うのは…すでに自分がそこには含まれていないと宣言しているも同じだ。


「ほんとうに変わってしまったのだな。あれほど教会を…元大司教を崇拝していたキミはどこに行ってしまったのだね?」


瞬間、ひときわ巨大な炎の柱がストガラグに叩きつけられた。

周囲の木々や草花、土を燃やすのではなく溶かし尽くすほどの高温と爆風に煽られ、帽子が吹き飛ばされて寸分の狂い無くセットしていた髪が乱れる。

本来なら少ない休憩時間を消費してでも社会人として身だしなみを整えることに専念する状態であったが、さすがのストガラグも今の状況でそれをすることはできない。

そのことを苦々しく思いながらもなんとか炎を払いのけ、その隙間からにっこりと笑うリムシラの顔が見えた。


「うふふっ!ストガラグさん…正直な話あの方…元大司教様の事ですが、おおよそ褒められた人間ではなかったでしょう?」

「…まぁ…それは…そうだが…」


悪斬りの刃に臥せるまで元大司教はその立場を笠に着て実にやりたい放題であった。

教会への寄付金の着服など序の口で、犯罪組織などから押収された違法な薬やアイテムの横領に横流し…ただの回復薬を教会の加護を与えた特殊で神聖な物と偽っての販売などとにかく金のためならば何でもやるような男だった。


そしてそんな大司教がかつて薬物を横流ししていた組織に裏切られ、それに激昂して私兵を連れてその組織を壊滅に追いやったというなんとも言い難い事件が起こった際にたまたまそこで組織に奴隷として捕らわれていたリムシラを拾い、たまたま救うことになった…そんな出来事を経てリムシラは大司教を崇拝し、彼の言であればどれだけ法に背いた黒い言葉であろうと白として受け入れる…それがリムシラという女だった。


つまりストガラグが何を言いたいのかと言うと…「お前がそれを言うのか」である。


「うふふっ…確かに以前の私にはあの方が神のように見えていました。絶望の淵にいた私を救い上げてくれた一筋の光…それに縋って崇めていた…それが私でした。ですが違ったのです」

「…なにがだね?」


「あの方は神などではなかった。ただ俗にまみれた欲望の肉塊だったのです。ただそれだけ」

「…まるで本物の神を見たとでも言いたげなセリフではないか」


「私、先ほどからそう言っているつもりですが伝わっていませんでしたか?あぁ!だからあんな神を侮辱するような言葉を吐いていたのですね!納得しました!うふふっ…かわいそうなストガラグさん。あなたもあの方にお会いすれば…神のもとで正しい道を歩めたかもしれませんのに…でももう遅いのです。人生にはチャンスがあります。失敗してもまた次、頑張ればいい。反省して改善してより良い道を探せばいい…ですが神に限ってはそんなものは無いのです。神への侮辱はその一度で穢れを証明するには十分すぎるほどなのですから」

「随分と不寛容な神がいたものだ。社会人ならば上司が部下の一度のミスも許さずに首を斬るとなればそれはもはやパワハラだ。到底認められるものではない。つまりキミのいう神などその程度…いや、それ以下という事を他ならぬキミ自身が証明しているという事に気が付き給え」


「うふふっ!何度も言いますがこれは救いなのです。あなたの言うパワハラは未来を摘み取る行為ですが神の御手により行われるそれは未来に希望を託すのです。今世の穢れを捨て、輝かしい未来に羽ばたく…ほら救いでしょう?」

「…」


もはやまともな会話が成立しているかもよくわからないとストガラグは髪をかき乱したくなったが、何とか耐える。

仕事中だと言うのに乱れた髪をさらに乱すことは彼の社会人としてのプライドが許さないからだ。

もはやリムシラから情報を得るのは諦めたほうがいいのかもしれない…そう思い始めた時、背中に小さな何かがぶつかったの感じた。

背後を振り向かずに視線を下に向けると小さな氷が足元に転がっていた。


どうやらこれがストガラグの背中に当たったものの正体らしい。

その氷はこの場の異常な熱に焙られてすぐさま解け去って地面にはシミすら残らない。

だが別にその氷自体は重要ではない。

本当に大事なのはその氷に込められたメッセージの方だ。


「そうか…突破口を見つけたのだな、スレン特務執行官」


それはこの場所から逃げ出すためにストガラグの背後で突破口を探していたスレンからの合図だ。

その方法を確認している余裕はない。

ストガラグがこれからやるべきことは、スレンを信じてリムシラの気を一瞬逸らしてスレンの元に駆け寄り、この場所から脱出することだ。


「それが何よりも難しいのだがね…しかしある意味で先ほどよりは条件は緩くなったか…ならば…」


懐の呪骸をストガラグはこっそりと取り出し、握りしめる。

これまでの会話からリムシラの言動は頑なであり、口頭によるまともな情報収集はできそうにない。

ならばここは最低限でも情報を持ち帰ることを優先することこそが社会人として適切かつ最大限の利益を生む行為だ。

だからストガラグはリムシラを呪い殺すことを選択肢に入れた。


(優先すべきは脱出し、この事態を教皇様に報告すること。そのためならば…)


ストガラグは覚悟を決め、いまだ迫り来ていた炎の間を駆け抜ける。

呪骸にはその効力を最大限発揮するための有効距離がある。

ある程度は離れていても効果を発揮するが、それが通用するのは呪骸を知らない相手だけだ。

発動すれば確実に命ある者を呪い殺すことのできる呪骸だが、発動時には黒い霧というわかりやすい予兆がある以上は種を知っている相手には通用しにくい。

もっとも種を知っているからと言ってどうにかできる物でもないのも事実だが、なにからなにまでも異常なこの状況では確実性を求めるのがストガラグという男なのだ。


「うふふ…どうしたんですか?急に頑張りだして」

「…」


炎を弾き、逸らして熱風の中足を進める。

あと五メートル…普段なら気にすらしない距離だがいつ辿り着くのかもしれないほどの壮大な距離に思えてしまう。

しかしそれは歩みを止める理由にはならない。

どんな辛い仕事も最後までやり遂げてこその社会人なのだから。


あと3メートル。

2メートル。

1メートル。


そして──。


「あぁそうだストガラグさん。背後のあの方は新しい部下ですか?」

「っ!」


「なにかこそこそしてたみたいですけどストガラグさんが邪魔でちょっと手が出せなかったんですけど…今なら彼も救えますね」

「くっ…!させるものか!呪い殺せ呪骸よ…!」


黒い霧がストガラグの腕から放たれ、リムシラに纏わりつく。

そこに込められた力は「頚髄損傷」…この力に晒された時点で頚髄が切断されすべての生命活動が不可能となり即死する。

まさにリムシラの避けられない死が確定した瞬間であった。

だが…。


「うふふ…」

「なに…?呪骸が…効いていない…のか…?」


ありえない光景がストガラグの瞳に飛び込んできた。

呪骸の力に間違いなく晒されているのに…依然変わらずリムシラは微笑みを浮かべて立っている。


「馬鹿な…なぜ…」

「ちょっとだけ種明かしをして差し上げましょうか?こういう事です」


リムシラがシスター服の首元を緩めて肌を露出される。

そこには以前は見られなかったチョーカーが巻かれていて…それすらも取り払った瞬間だった。


ずるりとリムシラの首がズレた。

ズレて滑り落ちて…すっぽりと待ち構えていたリムシラの腕の中にその首が落ちた。


「…」


余りの光景に言葉を亡くしたストガラグを腕の中の首がほほ笑みながら見つめてくる。

生きているはずがない、動けるはずがない。

なのにその顔からは爛々とした生気が滲んでいて、首が離れた身体も姿勢を崩すことなく二本の脚でしっかりと立っている。

ドクッドクッと頭部が離れた胴体側の首からは血が噴き出してリムシラの身体を伝っていく。

それは心臓が鼓動している何よりの証拠だ。


「────」


さすがに喋ることはできないのかリムシラの口がパクパクと動いて何かを伝えようとしていた。

ストガラグがその唇の動きを読んで言葉を理解するよりも一瞬だけ早くリムシラの視線がストガラグの背後に向く。


──う、し、ろ、だ、い、じょ、う、ぶ、で、す、か?


「しまっ…!!」


アリセベクが振り向くと彼らを閉じ込めている炎の壁に向かって巨大な魔法の氷をぶつけようとしていたスレンに巨大な炎の塊が迫っているのが見えた。


「くそっ!間に合えぇええええええええええええええ!!」


先ほどリムシラに向かって行っていた時よりもはるかに早く、ストガラグは後ろに向かって駆け出す。

託された部下の命を散らすわけにはいかない。

上司である自分のミスで部下に害が及ぶことなど社会人としてはあってはならないと限界を超えて炎に向かう。


「スレン!!」

「え…?」


ストガラグの声に振り向き、スレンはようやく自分が置かれている状況に気が付いた。


「逃げろ!スレン!!」

「う、あ…」


先ほどのストガラグと同じだ。

突如として飛び込んできた脳の処理を超える光景に身体が硬直して咄嗟に動くことができない。


「ぐっ…!くっそぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


間に合わない。

あと一歩だけ届かない。

手を伸ばしても届かない…指先が触れそうになるが触れられない、その一歩が何よりも遠い。

そして炎がスレンと、スレンを庇おうとしたストガラグごと飲み込もうとしたその刹那だった。


小さく黒い何かが炎の壁を突き破り、そして飛来してきていた炎にぶち当たったのだ。


「ひっ!?な、なにが!?」

「理解しようとするな!まずはそこを離れろ!スレン特務執行官!!」


もつれ込むようにストガラグはスレンに飛びかかり、そのまま数メートルほど跳んで地面に転がる。

それとほぼ同時に黒い何かと接触した炎が爆発を起こし、先ほどまでスレンがいた位置に大きな穴をあけてしまった。

あそこにいれば…間違いなく命はなかっただろう。

そんなことはスレンにも説明されずともわかった。


「す…ストガラグさん…」

「まだ考えるな…思考ではなく息を整えろ。何はともあれそれが先決だ」


「は、はい…」


部下であるスレンにはそう指示しつつ、ストガラグは自分だけどもと状況の把握に努めた。

すると自らの首を持ったリムシラが先ほど炎の爆発が空けた穴を驚きの表情で凝視していることに気が付いた。


…あそこに何かがあるのか?

ストガラグもゆっくりと…そちらに目を向けた。

するとそこには…。


「…ふぁ…」


そこにいたのは眠たげな表情の…黒い髪の癖ッ毛が特徴的な小さな小さな子供。

リムシラと接触するよりも前に二人を襲った呪骸を持つ幼女だった。

更新が遅くなりすみません!

現在の状況なのですが以前にもお伝えしました通り、現在異常な忙しさが続いており、それは7月いっぱいで終わる予定なのですが、それがラストスパートと言わんばかりに襲い掛かっている状況です!

なので現状全く時間が取れず、もしかすれば今回が7月最後の更新になってしまうかもしれません…!

ただ中途半端なところで終わっていますので、余裕が見つかれば更新があるかもしれません!ちょっと出来るのか無理なのかもよくわからないスケジュールになってしまっていてどちらとも断言ができない状況です…すみません…。


ただ以前から言っていますように7月で忙しさが終わり、8月からは暇ができて今後はここまで忙しくなることはおそらくないので、そこからはもう少し早いペースで更新できるようになると思いますので今しばらくお待ちいただければと思います…!


なんにせよこの話を途中で投げ出すという事は、私がアクスタにプレスされてスパイスにされない限りはないですので安心していただければと思います…!

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― 新着の感想 ―
二階級特進するとこだったぜ!
まあ…ヤバい女なら首の一本や二本ぐらい落ちても平気か…(麻痺) 行ってらっしゃいませー ご武運をば
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