たどり着いた答え
先に飛び出したのはソードだった。
所々に鋭利な装飾が施されている全身鎧を装備しているとは思えないほどの俊敏さで風を切りながら倒すべき敵に向かって行く。
「ふん、理解の足りん愚か者が。己が龍だという事実に慢心しているのだろう。もしくは硬い殻で身を守れば安心とでも夢を見たか?しかしすべては無駄…所詮は龍だ。呪骸の力に抗うことなどできはしない」
アリセベクの腕から漆黒の霧が放たれ、愚直に前に進み続けるソードに襲い掛かる。
そこに込められた龍でさえも抗う事の出来ない呪の権能に全身を侵され次の瞬間にソードに突き付けられる現実は覆すことのできない死だ。
「ソードさん!危険だ!彼の持つ呪骸の力は…!」
「…僕は伊達や酔狂を愛する龍ではあるけれど、戦いの場においてそれのみを持ち出すほどロマンチストではないよ」
迫りくる霧に対し、ソードは白い鎧に包まれた腕を手刀の形にして振りぬいた。
するとどうだろうか…抗えない死をもたらすはずだった呪いの霧は真っ二つに分断され、そして霧散して消えてしまったのだ。
「なんだと…?そんな馬鹿なことが…」
「世の中にはね自分が想像しているよりも馬鹿なことがたくさんあるんだよ。僕も最近それを思い知ったところさ」
「っ!!」
呪骸の力を跳ねのけ、アリセベクに迫ったソードがその拳握りしめて引き絞られた矢のような鋭さで放たれる。
ただの人間が受ければ筋肉や骨など何の意味もなく消し飛ばされるであろう一撃であったが、アリセベクは手のひらを突き出してそれを受け止めて見せた。
いや、一見受け止めているように見えるがソードの拳とアリセベクの掌の間にチカチカと明滅する薄い膜のようなものが展開されており、何らかの魔法的手段で攻撃を防いでいるのだ。
ソードの拳とアリセベクの防御膜…放たれる力と受け止める力が拮抗し、周囲に衝撃をまき散らしなていた。
「…なるほど、確かに枢機卿を名乗っているだけはあるようだね」
「舐めるなよ龍風情が…!!」
「舐めているつもりはないよ。きっと君は僕よりも強いのだろうからね。だからこそ全力なんだよ」
「くそ…っ!貴様どうやって呪骸の力を跳ねのけた!!」
「そんなの僕の状態を見ればわかるだろう?」
「そんなふざけた鎧で…呪骸の力を弾いたとでも言うつもりか!?ふざけるなよ愚図が!」
「キミは僕がセンドウを助けに入った時の光景を見ていなかったのかい」
ソードはにやりと不敵に笑って見せた。
しかし素顔も覆われているために誰もその表情を見ることはなかった。
そしてこの一連の攻防で一体何が起こっているのかをセンドウはほぼ正確に見抜いていた。
(あの鎧…いいや「私達」的には装甲とでも呼ぶべきなのでしょうかねぇ…なるほどアレはソードさんの概念を圧し固めてそれを身に纏っているという事ですかねぇ。硬い殻で身を守っているのでもなく剣、そして斬るという概念で身を守っている…それがソードさんが身に着けた新たな戦い方…さすがですねぇ)
メアとの「遊び」を始めてからというものソードはどれだけ高いのかすら見ることのできない壁にぶつかった。
自分の取り柄はどんなものでも斬ることのできる剣とそれを確実に叩きこむためのスピードだと自認していた。
だがどれだけ早く動いてもメアの目は常に自分を捉えていた。
どれだけ力を込めて剣を振るっても少し魔力を纏っただけの薄皮一枚すら斬ることができなかった。
その最中も飛んでくる掠りでもすればソードの身体を消し飛ばすであろう「遊び」の攻撃に常に死を感じさせられ、限界を超え今までの全力を越えたまさに奇跡の一撃も結果は何も変わらなかった。
何をやってもどうすることもできない。
攻撃を当てることができず、よしんばまぐれで当てることができたとしてもそれは軽く肌を撫でるのと何の違いもない。
そのくせ全力で剣を振り下ろしている自分とは違い、鼻歌を歌いながら小指ではなっているであろう攻撃を受けるだけで自分は終わってしまうのだ。
こんなもの勝てると思うほうが間違っていると誰でもわかる。
そこからソードはメアに挑みつつも何度も何度も悩み、悩みに悩み続け…そして一つの答えにたどり着いた。
攻撃が通用せず、速度でも負け、一撃死の攻撃を繰り出してくる相手にどう対処をすればいいか…それは────
「僕がより早く強く硬くなればいい」
頭に電流が奔り、天啓が降りるとはまさにこのことだとソードはこの日確信した。
そして努力の末にたどり着いたのが【龍鎧顕装】だった。
剣という概念を操り、それを作り出すことができるのなら…それを別の形に出力するのも可能なはずだ。
その考えの元、ついにソードはそれを装甲として全身を包み込むことに成功したのだ。
鋭利な装飾の施された硬い鎧ではなく、全てを断ち斬る無数の剣でできた装甲。
防ぐのではなく「斬る」ことで身を守っているのだ。
手に剣を持つのでは二本が限界でも、圧縮して装甲として身に纏うのならばソードの自身の魔力が持つ限り無限分の剣を束ねることができる。
これによりソードは圧倒的な攻撃力と防御力を同時に得ることに成功したのだった。
「もっともこの力をもってしても姉さんにはやはり敵わない。でも僕は確信しているよ…たとえキミが僕よりも強いのだとしても姉さんよりは弱いって。なら僕にだって勝てる可能性はあるはずだ」
あの恐ろしく強大な姉に比べればそれ以下はすべて誤差なのだからとソードはさらに拳を握りしめてアリセベクを押し込んでいく。
防御膜にはわずかだがひびが入り、拮抗は今にも崩れようとしていた。
(しかし…やはりそれは完璧だとは言えない…)
完全にアリセベクを捉えたと思われたソードではあったがセンドウはそれを分析しつつも違和感を覚えていた。
(あの装甲の力は初めて見ましたが、あれがソードさんの更なる力なのだとすればぁ…やはりおかしい)
センドウはとある事情によりソード本人から自分がどの程度の身体能力があるのか、どれくらいまでなら負荷に耐えられるのかなどの情報を知らされており、それを記憶していた。
(そこにさらに装甲の力が加わっているのだとすれば…いくらアリセベクさんが厄介であろうともあんな咄嗟に展開された魔法防御に手こずるとは思えない…ならばなぜ?いいえ…答えは一つですかぁ…ソードさん…あなたもやはりなかなかの意地っ張りだぁ)
なぜセンドウの目から見てソードの力が想像よりも弱く見えるのか。
それはソードが完全には呪骸の力を無効にできてはいないからだ。
受ければ即死の呪いに対し対抗できているだけで龍という事を差し引いても驚くべき力ではある…だがわずかに力を相殺できてはおらず、ソードの身体は少しばかり麻痺が広がっているのだ。
それをおくびにも出さず戦っているのだと気づき、センドウは苦笑いを零す。
「ひっひ!アナタにそんな覚悟を見せられたのなら…私も見せないわけにはいきませんねぇ…おそらくあれだけの装甲を維持するのはソードさんの力をもってしても難しいはず…あなたに時間制限があるのなら私もそれに付き合いましょう。アナタがそう呼んでくれている限り…私もあなたの仲間なのですから」
センドウは懐にしまっておいた注射器を取り出す。
その中は黒く濁ったような何かで並々と満たされており、それを一切ためらう事はなく自らの腕に突き刺して注入した。
「っ…結構きついですねぇ…即効性があるのは…喜ぶべきことですが…!」
苦しそうに胸を押さえながらもセンドウはさらに小さなカプセルを取り出しそれを一息で飲み込む。
「げほっ!がはっ…!おっと…これはいけない…ひっひ…」
だが直後に咳と共に血を吐き出し、カプセルもそれに混じって地面に転がってしまった。
それでもむしろ水分で飲み込みやすくなっていいとカプセルを拾い上げて口に含む事数瞬…今度こそそれを飲み込み、鉄砲を手に立ち上がる。
「我々の野望…我々の悪だくみ…こんなところでとん挫させるわけにはいきませんものねぇ…ひっひ!」




