追い求めるもの2
「アリセベクさん…覚えていますか?あれは10年ほど前だったでしょうかぁ…私があなたの部下になってすぐに赤神領で行われた各国間での技術発表会に私とアナタで参加した時のことを」
「…それが今重要な話なのか?あのなんの糧にもなりはしなかった馬鹿の集いが?」
「ひっひ!あなたはそうは言いますが私にとってアレは中々に実りのある集まりでしたよぉ…ある意味で閉塞的である赤神領において新鮮な知識や刺激を大量に得ることにできる場でしたからねぇ…ですが重要なのはそこではありません…あれは発表会が無事に終わり、撤収作業をしているときでした…子供が一人我々に話しかけてきたのです。覚えていませんよねぇ?」
アリセベクはセンドウに無言の肯定を返した。
彼にとっては覚える価値すらなかった意味のない過去…だがセンドウにとっては現在の行動にもつながる重要なものだった。
「あの子供は様々な研究成果を披露していた我々に目を輝かせながらこう問いかけてきました「魔法をが使えなくても空を飛べるようになりますか?」と私と同じように体内の魔力量が少ない故に魔法が使えない子だったのでしょうねぇ…そもそも魔法が使えても空を飛ぶと言うのは中々に高度な技術です。地を這う生き物である我々が空を飛ぶと言うのは摂理に抗う非常に難しい行為だぁ…しかしそれゆえに誰もが空にあこがれるのでしょうがねぇ」
「重要な話なのかときいているのが分からないのか?センドウ」
「重要ですよぉ?その時のあなたの答えが…私があなたの元を去ると言う今に繋がっているのですから。覚えていないでしょうがあの子供にあなたはこう言ったのです…「くだらない、空を飛ぶなど魔物や敵の的となるだけで非効率だ。たとえ運搬や移動の面で利便性があるとしても代用技術など無数にある。わざわざ空を飛ぶ意味などない。くだらないことを聞くな馬鹿が」と。まぁアナタにしては丁寧な受け答えでしたねぇ…教皇様からそう指示されていた舞台でしたから無下にできなかったのでしょうがねぇ…しかしその答えを聞いて私はあなたとはやっていけないと決別を決めたのです」
そう、この叛逆は10年前から既に決まっていた。
センドウは裏切ったのではなく、最初からアリセベクの味方などではなかったのだ。
「なぜそれが?本当に理解できない。お前は何を言っているんだ?」
「…あの子供は夢を語っていたのです。それが非効率でも、意味のない行為だとしてもそう出来たらいいなというロマンを胸に私達に語り掛けてきたのです」
センドウは深呼吸を一つし、胸に手を置く。
身に纏う薄汚れた白衣が風に揺れている。
「我々研究者は…ロマンを否定する存在であってはいけない。我々研究者の仕事は荒唐無稽な夢を語る子供たちに「その夢は空想ではなく、いつか可能になる現実なのだ」と証明することです。夢もなければロマンもない、語ることも追いかけることもしない…あなたは研究者ではない。それが私が今こうしている理由です。いくら道を外れようとも決して見失ってはいけないものをあなたはそもそも持っていない」
「…会話は同じレベルの者同士でしか成立しないというのはありきたりな言葉ではあるが…なるほど事実だったようだ。お前の言っていることが何一つとして理解できない」
アリセベクは言葉の通じない異邦人と初めて出会ったかのような奇妙なものを見つめる目をしていた。
心の底から理解できないと彼にしては珍しく感情を素直に出力していた。
そしてセンドウもまたその反応は予想道理だとばかりに苦笑いを零す。
「あなたには私の手にあるこれがただの「鉄屑」であるという事も伝わらないのでしょうねぇ…」
降ろしていた「鉄砲」の銃口を再びアリセベクに向ける。
長い時間握られているはずだが、やはりどこか冷たさの感じるそれを。
「…?待ってくれセンドウ…私は今までの人生で一番困惑しているのかもしれない。本当に…本当に何を言っているんだ…?貴様の手にあるその玩具が広義的な意味での鉄の塊であることなど言われるまでもなく理解しているが…?まさか私はこの瞬間馬鹿にされているのか?馬鹿である貴様に?」
「馬鹿になどしていませんよ。ただこれで理解はできたのではないですかぁ?あなたと私は決定的に「あわない」のだと」
「…ふむ…確かにそのようだな。私としたことが無駄で非効率的な時間の過ごし方をしてしまったらしい。貴様の知識と頭脳を残すために口だけは聞ける状態にしようと思ったが…もういい、死ね」
「お断りしますねぇ…私にはまだ生きてやらなければならないことがあるのでねぇ!ひっひ!」
一切の迷いなく引き金が引かれ、銃弾が放たれた。だが腕の痺れから狙いが定まらずにあらぬ方向にむかって飛んでいき近くの木に穴をあけるのみに終わってしまった。
腕の痺れは既に痺れとすら呼べない痛みに変わっており、「鉄砲」の反動で刺激されセンドウの顔に浮かんだ脂汗が止まらない。
そんな元部下の哀れな様子を冷めた目で見降ろしながら呪骸の力を解き放つ。
死を振りまく黒い霧が具現化し、アリセベクの腕に集う。
やがてそれは先を見通せないほどの黒い玉状の塊となりセンドウに向けられる。
「終わりだ、愚かで無能で愚劣な裏切り者よ。自らが賢者と勘違いした馬鹿にふさわしい末路を受け入れろ」
「ひっひ!まだまだ諦められませんよぉ。私はねぇアリセベクさん…あなたが持ちえないものをこの国に来てから得ることが出来ました。それはおそらくアナタは非効率だと切り捨てるものなのでしょう。ですがそれはこの場において私に生き残る可能性をくれる…かもしれません」
「はっ!研究者が何だと言っておきながら随分とあやふやで蒙昧なことを言う。お前の言うそれが何を表しているのか知らないが私が非効率だと捨てたというのならそれは人生において必要のないゴミだという事だ。そんなものを拾い集めて生き残れるというのなら見せてみるがいい。それがお前の人生最後の無駄になるだろうがな」
「…私はねぇアリセベクさん…食事の時間というものを心底大事にしています。あなたは食事を楽しむことなど時間の無駄だと切り詰めていましたよねぇ?一人っきりで特別に調合されたカプセルを飲み込むだけ…なるほど確かに効率的なのかもしれません。しかしそれはある意味で非効率でもある…もし私が…私がやってきたことが無駄ではなかったのなら、その結果は必ずとして現れてくれるはずです。切り詰めたアナタとしなかった私…神様はどちらに微笑むのでしょうねぇ…ひっひ」
ため息を一つ、もはや話すのも時間の無駄だとアリセベクが呪骸の力をセンドウに放った。
あと数瞬でセンドウは呪骸の力に飲み込まれ、人としての死を迎えるだろう。
しかしセンドウはそれに抗う事はせず、「鉄砲」を下ろして静かに目を閉じる。
──やれることはすべてやった。
あとは実を結ぶかどうか…自分にはまだやるべきことが残っている。
なればこそ必ず…運命は自分を見捨てはしないだろう。
研究者として天運に身を任せるのはどうかと思わないこともないが、実際のところそれ以外に方法がないのもまた事実。
「…それでも私はまだ死ねません。まだ何もやり遂げていないのですから」
「あぁその通りだね。まだ君にいなくなられては困るよ」
ザン──と空気を斬る音と共に澄んだような女性の声がセンドウとアリセベクの間に割り込み、呪骸の玉を切り裂いて霧散させた。
そこあるのは一本の白い剣とそれを握る変──露出の激しい服装の白髪の女だ。
「…少し遅かったかい?」
「いえいえ、ベストなタイミングでしたよぉ…ソードさん」
白神領執行官にして剣を駆る白色の龍…ソード・ホワイトの姿がそこにはあった。




