追い求めるもの
白神領での戦いが行われていた最中、黒神領でもいくつかの戦いが繰り広げられていた。
戦える者も戦えない者も等しく赤の思惑に飲み込まれていく。
冷や汗を滲ませながら木陰に身を隠し、小さな「鉄砲」に球を込めているセンドウも本来ならばそんな戦えない者の一人だ。
「ひっ…ひっひ…!やはり…少々無謀が過ぎましたかねぇ…足留めすらままならないとは…ひっひ!」
自嘲気味な笑みを浮かべながらカチャリと擊鉄を起こす。
そうすることで痛いくらいに鼓動していた心臓が不思議と少しだけ落ち着いた。
「無機質な冷たい鉄も使いよう…ということですかねぇ…ひっひ…」
深呼吸をして呼吸を整え、その後はじっと息を殺して耳を澄ませる。
センドウは人の気配に敏感なわけでも、戦いに慣れているわけでもない。
だからどれだけ意識を集中させたとしても「敵」の気配を探ることなどできない。
だがここは黒神領の静かな森の中。
その環境はわずかながらではあるがセンドウに味方をした。
ザクッと無遠慮に草木を踏みつぶすような足音が聞こえ、相手を確認数るよりも早く木陰から身を乗り出して瞬時に発砲する。
乾いた破裂音が空気を切り裂き、一瞬の後にまた静寂が戻る。
センドウは戦う者ではない。
しかしだからと言って戦いを想定していなかったわけではなく、「いつかくる今日この日」のために準備はしてきた。
この「鉄砲」もその一つであり、殺傷力は高いが反動の問題で狙いをつけるのが難しいこの道具をセンドウは自在に狙った場所に向けて照準を合わせられるように人知れず訓練を続けてきた。
百発百中…とまではいかないが、それでも先ほどの様に咄嗟の発砲だとしても7割以上の確率で的に当てることができるようになり、今回も確かな手ごたえは感じた。
しかしその相手は…。
「はぁ…馬鹿が下らん真似をする」
弾が完全に命中したはずの敵…アリセベクは心底呆れたようにため息を吐きだし、センドウを睨みつける。
すかさずもう一発「弾」を放とうとしたセンドウだったがそれよりも早く「鉄砲」を握る手に激しい痺れを感じた。
少し力を入れて動かそうとするだけで腕にビリビリと電流が奔り、痛みさえ感じるほどのの痺れ。「鉄砲」の反動ではない。
それこそが…。
「ひっひ…呪骸…ですかぁ…しかし私が知っているあなたの持つそれに比べて随分と可愛らしい効果ですねぇ…どういうことです?」
「お前の知るそれと何も変わりはしない。ただ私は他の無知蒙昧な凡衆とちがって応用が利くと言うだけの話だ」
「なるほど…なるほど…ついに呪骸の力のコントロール技術さえもものにしたのですねぇ…さすがと素直な賞賛を送っておきましょうかぁ…ひっひ!」
「ちっ…相も変わらず不快な男だ。私の神経の逆なで方を理解している。自分よりも知能で劣る劣等種に称賛されるなど屈辱以外の何物でもない」
「ならば技術を見せつけるなどせずに一思いに私を殺せばいい…その「脳死」の呪骸の力でねぇ…」
「ふん…貴様は馬鹿ではあるが、その頭脳自体は馬鹿で愚かな群衆の中ではそこそこに見るところがある。ならばそれを有効に使ってこそ優秀な研究者というものだろうが。「脳死」の力は実に素晴らしい…他の呪骸とは違って身体に傷をつけない故に人の肉体という検体を容易に入手できる…しかし頭脳を手に入れる時はいささか邪魔になる。いくつもの脳を解剖したが、馬鹿もそこそこ見どころがある馬鹿も構造に決定的な違いは見受けられなかったからな。だから私はこの力をコントロールする技術を身に着けたのだ」
「ひっひ!なるほど…逆に脳以外の機能をマヒさせることで頭脳だけを残すと…実にあなたらしい…ひっひ!その呪骸は脳に作用する…故にその力をコントロールできるのなら他者の身体に脳を通してある程度の影響を与えることができると…いやはや恐ろしい力だぁ…」
「よくもまぁ私が披露した知識から誰でもたどり着ける答えをそうも自身ありげに口にできるものだ。やはり馬鹿には羞恥心というものすら理解できんらしいな」
アリセベクが投げやりに腕を振るい、黒い霧のようなものが襲い掛かる。その動作を見たセンドウは背を向けて駆け出した。
その際にもう一度発砲したが右腕の痺れのせいでうまく狙いが付けられず、さらには反動で腕に走る電流のような刺激が強烈な痛みになって襲い掛かる。
さらにアリセベクが放った呪骸の力はセンドウの左足に強烈な痺れをもたらし、歩行を困難にする。
だがセンドウは歯を食いしばり、痺れている以外の感覚が消失している脚で必死に地面を踏みしめ走り続ける。
だが身体能力という点において凡人並み…もしくはそれ以下のセンドウにはそんなことを長い間続けられるはずがなく、痺れに脚を取られて転倒してしまう。
「くっ…!」
起き上がる夜も早く、その場で体の向きを変えて「鉄砲」を構える。
なぜならそこに既にアリセベクがいるからだ。
「ふん、確かに面白い発明ではあるが私にそんなものは通用しない。なぜ一度確認して無駄だという結論が出た行為を何度も繰り返す?馬鹿の考えはやはり理解できんな」
「ひっひ!一度の失敗で諦めるのは研究者のやることではないですねぇ…トライアンドエラー…その繰り返しで技術というものは発展していくのですよぉ…」
「それは馬鹿の理論だ。賢い者は一度ですべてを理解するのだよ…もっとも馬鹿はそれが判らないから馬鹿なのだろうがね」
「ひっひ!えぇ、えぇ…あなたの言うそれが馬鹿の条件なのならば…私はまちがいなくそうなのでしょうねぇ…」
「はぁ…まぁいい、最後に一つだけ聞かせてもらおうかセンドウ。なぜ私を裏切った?先も言ったが私は馬鹿にしてはとお前に一目置いてやっていた。満足するだけの待遇も与えていたはずだ。だがなぜ私に歯向かうことになった?なにかこの国にお前の興味を引くものでもあったのか?何を考えている?どうしても馬鹿の考えは理解できないんだ。まだ口がきけるうちに話して見せろ」
「ひっひ!そんなの決まっているではないですかぁ…私はねぇアリセベクさん…赤神領にいたときからずっと…あなたとはやっていけないと思っていたのですよぉ…なぜなら私は研究者だからです」
「…?やはりわからんな。私もお前も研究者だという事はわざわざ口にすることでもないだろうが。赤神領の研究機関に属していたのだから──」
「いいえ、貴方は研究者ではありません」
「鉄砲」をおろしてセンドウは正面からアリセベクを見据える。
その表情には…いつもの不気味な笑みは浮かんでおらず、ただただ真剣なそれがあった。




