彼女の慟哭
間が空いてしまいすみません…!4月になって忙しさがエライことになってしまっております!
執筆したい欲求はそのままなので、のんびりとお待ちいただければと思います…!!
アザレア・エナノワールは幼いころから繰り返し同じ悪夢を見る。
まだ彼女の髪が「黒」に染まっていたころ…幼い日のとある出来事を何度も何度も夢の中で思い返しているのだ。
無表情で淡々と何らかの魔法をアザレアに行使する男に、子供の精神には受け止めることなどできない異常な恐怖。
自分の何もかもを奪い尽くされ、喰い荒らされていく。
それを見て「アレ」は笑っていた。いや嗤っていた。
燃えるような、焼け付くような真っ赤な髪と裂けたような真っ赤な口。
それだけしか覚えてなどいないのに、たったそれだけの「アレ」の事を思い返すたびに脚が震えて動けなくなる。
身体中の水分が全て絞り出されたのではないかと思うほどの冷や汗が流れ出る。
怖くて怖くて…そして理不尽を呪うのだ。
産まれてきてからいい事なんて一つもなかった。
髪が黒いと言うただそれだけの理由で何もかもを持つことを赦されず、だと言うのにもちえない何もかもを奪われる。
たった一つだけその手にあった大切な片割れである妹でさえいなくなってしまった。
なぜこんな目に遭わなければならないのか。
ただ生まれたという理由だけでここまでの目に一方的に遭わされなくてはならない意味が分からない。
ゆるせなくて、憎くて、悔しくて…だからアザレアは魂を消し飛ばされるような恐怖の中でこう思ったのだ。
────生きてやる。
世界が自らの死を望むのなら、そのすべてを殺し尽くしてでも生きてやると。
望まれないのなら、目障りだと言うのなら、嫌がらせのようにどこまでも生き足掻いてやる。
そして手を伸ばした。
するといつの間にか小さな少女のその手の中には小さなナイフが握られていた。
この狂った儀式にでも使っていたのか、妙な装飾の施された儀礼用にも見えるナイフ。
なぜそんなものを握っているのか、そもそも手の届く位置にどうして置かれていたのか、疑問は尽きないけれど考えるよりも先にアザレアは行動した。
驚きに目を見開いた男に向かってそのナイフを振りかぶる。
こんな飾り物のようなナイフの刃など見せかけだけで切れるようにはできていないのかもしれない。
だがそれで十分だ。
少なくとも先端は鋭く尖っているのならそれだけでいい。
人一人殺すのに大げさな武器なんて必要ないのだから。
男の首に突き立てたナイフから肉の生々しい感触と、弾力のある何かがブチっと切れた振動が伝わってくる。
噴き出した真っ赤な鮮血を浴びることも気にせず何度も何度も抜いては刺すを繰り返す。
ぐちゃぐちゃと男の首がミンチに変わるまで何度も何度も。
それまでの理不尽に対する怒りを握るナイフに込めて。
それを見ていた「アレ」は何が楽しいのか真っ赤な口を大きく開き、声をあげて笑いだす。
そして血で真っ赤に染まったアザレアに手を伸ばし…気が付くとアザレアはただ一人、血の海の中に佇んでいた。
助かった、生き残った…とは思えなかった。
刻み込まれた恐怖を脳が忘れてくれず、いつまでも鮮明に夢に見る。
同時に世界に対する怒りも燃え上がり続けていた。
自分だけは生きて見せる…この世界から自分の死を望む者たちが全員死ぬまでは。
例えそれが世界中の人間を殺し尽くすことになったとしても、それでも生きてやると。
そして現在。
アザレアは涙していた。
死んだと思っていた妹と、メアが戦っている姿を見て眼鏡の奥の瞳からこらえきれなくなったそれが零れ落ちて地面を濡らす。
大切な人同士が殺し合う…そんなまたも降りかかってきた理不尽に。
…
……
………
「戻してぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
ではなくメアが大人の姿になってしまった理不尽に慟哭していた。
それは間違いなくアザレア・エナノワールという女が、数々の理不尽をその身体に受けてきた彼女が体験した中でもっとも無情で残酷な理不尽であった。
神が授けたこの世の神秘。
世界に現存する物の中で最も価値のある宝。
何を捨ててでも守らなければならない希望。
ぷにっとした丸い輪郭に、起伏の少ない胸元。
それでいてぽてっと膨らんだぽんぽんことお腹。
短いのにモチモチとしている脚に真ん丸な手。
どこをとっても完璧で、非のつけようのないそのシルエットはまさにこの世で最も美しく、神聖なものだ。
だがその「最強」は時間と共に失われていく。
時間なんて止まればいいのに…いや、そこまではいかなくてもこの世から成長という概念が消えてしまえばいいのにと常日頃から真面目に考えているのがアザレア・エナノワールという女なのだ。
とにかくただでさえ時間という抗えない強制力によって消されていくというのに、アザレアの視線の先にいる究極完全生命体であったはずのメアはその姿を一瞬にして大人のそれに変えてしまった。
これが絶望でなくなんだと言うのか。
普段はほとんど泣いている姿を他人に見せることのないアザレアが、わき目もふらずに泣いていた。
時の流れは残酷ではあるが、誰にでも平等でそして一定だ。
過去を惜しみつつもその時に向かって自然と覚悟も固まっていた…かもしれない。
だがこれはどうだろうか。
もっとも美しく、素晴らしい瞬間を一瞬で奪われ悲しまない人間がいるだろうか。
いるわけがない。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!メアだん”ん”ん”ん”ん”ん”ん”ん”もどちてぇええええええええええええええぁあああああああああああああ!!!!」
アザレアは呪った。
世の残酷さと理不尽さを。
メアに麻痺させられて感覚のない身体に、それでも尋常ではない怨みの力が生き巡り奇妙な動きで痙攣させる。
零れ落ちる涙は既に血涙へと変わり、叫びすぎた喉からも赤い飛沫が混じりだす。
「────」
「あぎゃっ」
さすがに見かねてか武器を形成していたニョロがアザレアの腕から離れ、その首筋にガプリと噛みき、毒を注入した。
アザレアにはニョロの普段使っている最も致死性の高い毒は既に通用しない。
しかし現在の衰弱している状態ならば別の毒はやや効果があったようで「あへぇ…」と情けない声をあげながら大人しくなった。
ややぼんやりとしたことで逆に冷静になれたアザレアがなんとなくニョロのほうを首を傾ける。
するとその視線の向こうに奇妙なものを見つけた。
赤い毛の蓑虫…いや近くの建物の屋根から首を吊られるような形でぶら下がっているノロの姿だ。
「なんであの子もここに…」
アザレアが見ていることに気が付いたのか、ノロもゆっくりと振り向いきて目と目が合う。
「…ぁ」
滲む視界、ぼんやりとした頭、極度の疲労。
それらの状態が重なり、霞がかかった世界を見ているアザレアはだからこそ…それに気が付いた。
今でも夢に見る恐怖の光景。
握ったナイフの感触も、突き刺した肉の不快さも、飛び散った血の生臭さも、叩きつけられた恐怖の冷たさも何もかもがいまだ鮮明に思い出せるなかで唯一思い出せなかったもの。
恐ろしさと生存欲求に突き動かされる幼いアザレアを見て笑っていた赤い髪の「アレ」。
それは…歪む視線の先にいるノロによく似ていた。
今回のアザレアさんは一貫してシリアス。




