割り込んでみる
空中落下からの地面に突き刺さると言う華麗なコンボを決めたのもつかの間、頭を引っこ抜くとなぜかアザレアがいた。
もしかしてここは黒神領なのだろうか。
でもこんな場所見たことないのでやっぱり違う気がする。
それもやけにアザレアがボロボロなのも気になる。
左手からはものすごく血が流れてるし…というかなんかおててに穴が空いているように見える。
おまけにニョロちゃんと武装してるし…これはもしかしなくても修羅場に飛び込んできたらしい。
なんか以前にもこんなことがあったよね?あの時は妹とたしか遊んでたんだっけかなぁ…。
「め、メアたん…なんで…ここに…」
色々考えてると目を真ん丸にしたアザレアに聞かれたのでひとまず答えましょう。
「…さぁ…なんでだろう?」
そもそもここがどこかも分からない、そんな私こそがドラゴン類ナンデココニイルンダロウ科の幼女だ。
ひとまず嫌な予感がしたから飛んできただけ…そこに理由なんてないのだ。
さて…そんなわけで私の嫌な予感の正体はこのアザレアの状態のことなのだろうか?
もしアザレアが何かしらと戦っていて、こんなひどい状況になっているというのなら確かにそれは嫌な予感だ。
問題は何と戦っているかという事でありまして…今まさに背後に感じるこの剣が風を切るような音の発生源だろうか。
「メアたん!!!」
アザレアが叫び、血をまき散らしながら立ち上がろうとしている。
まぁまぁ痛そうだし大人しくしておきなさいなアザレアさん。
アザレアにはここまで育ててもらった恩があるし、襲ってくると言うのなら無条件でこれは私の敵でもある。
「ほいっと」
そんなわけで背後に感じる気配のなんとなくここであろうと言う頭部の位置に振り向きざまの飛び回し蹴り。
相手さんも油断していたのか綺麗に蹴りが入った。
いかんよ~後ろを向いてるからって甘く見ちゃ~相手の油断を突いたと思った瞬間は案外自分が油断しているものなのだ。
かつて母を背後から襲撃して巨大な尻尾でホームランされたのはいい思い出だ。
アザレアを傷つけたお返しとして向こうにもホームランしてもらおうじゃないか。
「メアたん!怪我はない!?」
「うん」
傷が痛むだろうに心配そうに駆け寄ってきたアザレアに大丈夫だと伝えつつ今しがた蹴り飛ばした誰かの方を向いてみる。
結構な距離を蹴り飛ばしてしまったみたいで、倒れたまま動いてないけど…どうも黒髪のようだという事は分かった。
「…やっぱりここって黒神領?」
「何を言ってるのメアたん…ここは白神領よ。…でもゼリ…あなた子供にも本気で襲い掛かったわね…いよいよ狂ってきてるって事かしらね。もうこれ以上おかしくなる前に大人しく殺されなさい」
物騒なことを言いながら私を追い越してフラフラと歩いていこうとするアザレアの服を掴んで止めさせる。
だってほんとに限界そうなんだもん。
今にも死んでしまいそうなほどに。
なんであの黒髪の子と戦ってるのかは分からないけど、アザレアを死なせるわけにはいくまいて~。
「離してメアたん。あの子は…ゼリは私が殺さないといけないの…」
「ゼリ?なんかおいしそうな名前だね。知り合いなの?」
「…前に話したことあったでしょ…私の妹。あの時メアたんは妹はきっと生きてるって言ってくれたけど本当に生きてたのよ。だから殺さないといけないの」
「…う?」
それは感動の再会をする場面ではないのだろうか。
なのにどうして殺そうと…?アザレアの事はたまにわからなくなるけど、今回はさらに一回りくらい分からない。
「ん?というかアザレアの妹…?それって…」
私はずっとアザレアが「あの子」に似てるって思ってた。。
そして話を聞くたびに確信はなかったけれど、きっと妹というのは「あの子」なんだってなんとなく気が付いて…だから生きてるって口にした。
私の想像で、私の妄想で…私の願望。
生きていてほしいって言う私の願い。
倒れていた黒髪ちゃんがゆっくりと立ち上がって…その顔が見える。
「──ネム…」
最後に見た時から若干容姿や風貌が変わってるけど見間違えるはずがない。
私の娘も同然の女の子。
そこに立っていたのは紛れもなく…ネムだった。
「ね、ね…む…?」
ネムがうわごとの様に虚ろな瞳でつぶやいて動きを止めた。
よくよく見るとその身体からあの気持ち悪い気配と臭いがする…呪骸だ。
様子がおかしいのはどうやらその影響らしい?アザレアはそれをわかっていて止めようと…?いや、殺すとか言ってるし…どうなんだろう?
でもどちらにせよあの子がネムだと分かったのなら…なおさら殺させるわけにはいかない。
あの子は私が守らないといけないのだから。
同時にアザレアにもこれ以上戦わせられない。
家族は…生きているうちは一緒にいるべきだ。
「ねぇねぇアザレア。あの子の事…私に任せてくれないかな?」
「メアたん…?」
「あのね、アザレアにとってあの子は妹なのかもしれないけど、私にとっても大事な子なの…だからお願い。それにアザレアも立ってるだけで辛そうだし」
「…ダメよ。あの子はここで殺す。そうしなくちゃいけないし、それをやるのが…私のせめてもの…いくらメアたんのお願いでもこれだけは聞けないわ。お願いだから…この件にだけは触れないで」
「アザレア…」
アザレアは私がお願いしたことは大体聞いてくれる。
だから普段から必要以上にアザレアに対してわがままを言わないように心掛けているくらいなのだけど…今回ばかりは聞いてくれないらしい。
理由は分からないけれど相当な覚悟をしてネムを殺そうとしているようだ。
どうしよう…当然だけどアザレアに「無理やり」お願いを聞いてもらうなんていう選択肢はない。
でもだからって折れるわけにもいかない。
うーん…困ったにゃぁ…。
…む?急に風が吹いて目に砂埃が…ごしごし…ほんとはいけないけど、おててでおめめをごしごしと。
「っ!?め、メアたん…泣いて…?ち、ちが…っ!わた、わたし…そんなつもりじゃ…う、うぅぅぅぅぅ…うわぁああああああああああああああんん!!ごめんなさいメアたんんんんん!!!」
「おお!?」
砂埃を落とそうと目を擦っていたら急にアザレアが飛びついてきてわんわんと泣き出してしまった。
一体何事だろうか。
「ごべん”な”ざい”ぃ”ぃ”ぃ”い”い”い”!!そんなつもりじゃながっだのぉぉおおおおおおおお!!!」
「んー?うん?そうだね?おーよしよし」
「びぇぇぇえええええええメアたんのよしよしぃぃぃぃぃっぃぃいうわぁああああああああん!」
なにがなんだかわからぬ。
でもなんとなく今ならいけそうな気がする。
「アザレア」
「なぁにぃぃ”ぃ”ぃ”ぃ”ぃ”」
「ネム…あの子の事は任せてくれる?」
「まかせましゅぅぅぅううううううう!!!」
「よかった。じゃあニョロちゃん、アザレアの事お願いね…指圧!!!」
「ぐえっ」
アザレアの首のとこを指でぐいっと圧す。
別にその行為にそこまでの意味はない。
ただ魔力を流してアザレアの身体の感覚を一時的にマヒさせただけだ。
本人は平気そうな顔をしているけど、いろいろ限界そうだったからね…母の記憶にある「麻酔」というやつだ。
あと堪らず手を出してくる…という事態を避けたいために大人しくしててもらうという意味もある。
無防備になっちゃうけどニョロちゃんがいるのなら大丈夫でしょう…というわけでね。
「じゃあ改めて再開を喜ぶといたしますか…ネム」
呼びかけると固まっていたネムの方がピクリと動き、ゆっくりとその目が私に向けられた。
うん…何度確認するんだって感じだけど間違いなくネムだ。
「久しぶりだね、ネム。私のことわかる?…まぁわかんないよね。見た目結構違うし」
「…」
「でも私の方はわかったよ。ねぇネム…あのね、たくさん話したいことが…」
「なんで」
「ん?」
「なん、で…名前…ねむ…知って…」
「何で知ってるかって?当り前じゃん。だって私が付けた名前だよ?…イルメアだよ。覚えてるでしょ」
「────」
飲み込むような息遣いが聞こえた。
そして次の瞬間、ドス黒い何かが膨れ上がり、爆発したかのようにあたりに吹き荒れた。
「…おほぉ…こりゃあすごい。なんだか強くなったんだねネム」
「…ぶな」
「うん?」
「その名前で…呼ぶなぁあああああああああああああ!!!!!!!!!」
視界の端が一瞬だけ光ったかと思うとネムの手にしていたボロボロの刀が頬を掠めた。
痛い…なんだこれ…頬を斬られただけなのに全身がめちゃくちゃ痛い…。
しかも身体的な痛みじゃなくて…なるほど、これは…直接私の命のような部分に攻撃をしてきているんだ。
ゾクっとしたものが背筋を駆け巡るのを感じる。
命の危険と言えばいいのだろうか?久しく感じてなかった突き刺すような冷たい感覚…。
「よく、も…よくもよくもよくもよくも…!おねおねおね、お姉ちゃんの次は…よりにも、よってぇえええええ!イルメアっ、様、を!!!…騙ったな…私のわたわ、た私の!!!!!大事なものを!!!」
殺気が痛いほどに叩きつけられる。
そうだ…忘れていたけれど、私の予想が合っているのならネムは母の予言にでてくる「シュジンコウ」なのだ。
つまりは母の予言で「らすぼす」である私を殺した相手という事で…それが出来るという事だ。
油断は…できない。
心臓が痛い。
熱く鼓動をしている。
これは…黒神領を操られたくもたろうくんが襲撃してきたときの…!
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!メアたんがまた大きくなっちゃったぁあああああああああらめぇええええええええええ戻ってぇええええええええええええええええ!!!」
背後でアザレアの絶叫が聞こえる。
どうやらネムから発せられる殺気に彼女も恐怖を覚えているらしい。
でも大丈夫。
おいたする子供と遊んであげるのも…親の務めだ。
「おいでネム。久しぶりに遊ぼう」
「あぐぁああああああああ!!!その名前でぇぇええええええ呼ぶなぁあああああああああ!!!」
憎悪と狂気に染まる刃を振るうネムを私は両腕を広げて迎え入れる。
死と隣り合わせの中、こんな状況下で燻るような嬉しさを感じている…そんな自分を私は自覚していた。
正気じゃない姉妹に挟まれるドラゴン。




