尽きぬ手札
必殺技を受け、地面に叩きつけられているヴィオの姿をメアはじっと見降ろしていた。
蹴りを何の防御もなく叩き込まれたその腹はべっこりと凹んでしまっており、口元からは流れる血に混じって奇妙な肉片のようなものが見える。
どう見ても致命傷であり、誰が見ても助かるようなダメージではない。
だが…メアは違った。
「いいの?そのまま死んだふりするなら普通に帰るからね。そーいうのってあれだよ、お互いに決着をつけないといけないって状況なら不意打ちとしてアリって話で、私みたいな逃げようとしてる相手は普通に逃げるよ。わかる?」
後ろを振り返り、メアは空に向かって静かにそう言った。
「まぁそれもそうか。ちょっとあなたの能力を調べたいと思ってたんだけど…そっちにかまけるばかりに目的を忘れかけてたかもね」
ヴィオの声がメアの傍にある身体からではなく何もない空中から聞こえ、やがて景色から浮かび上がってくるかのように一切のダメージを受けていないヴィオが姿を見せた。
それと同時に先ほどまでメアが戦っていた方のヴィオの身体は急速に血色を失い、枯れ木のようになってやがて崩れ去ってしまった。
「さっきまで戦わされてたのは…別の死体?」
「そうそう、適当な死体に私の姿をかぶせてたの。なかなかにリアルだったでしょ?」
「呆気なさ過ぎて作り物感が凄かったよ」
「あらあら厳しいことで。まぁ正直な話、ここまで強いとは思ってなかったからちょっと誤算なのよね~…もう私には出来ることないかも?なんせ手ごまの死体たちがあなたに通用していないわけだし」
「うそ」
「ん?」
「ヴィオさんにはまだまだ戦う手段があるはずでしょ」
先ほどであったばかりのヴィオに対し、メアは確信を持った目をもって言い切った。
「あら?どうしてそんなことが言えるのかしら?私はそこそこか弱い女なのよ?見てよこの顔…おおよそ野蛮なことなんてできない虫も殺せないような女の顔でしょ?」
ベールに隠されて口元以外一切見えない顔を指差しながらヴィオはほほ笑む。
だがやはりメアは確信していた。
この龍の力がこの程度なわけがないと。
なぜならば…。
「だってあなたってもう一人の龍とたった二人だけでせーさん達と戦争してるんでしょ?ならこの程度なわけがないよ。この人間の死体たちだって厄介ではあるけれど、正直ほかの龍が相手でも決定打になるとは思えないし」
「…せーさん、ねぇ?なぁんとなく見えてきたかしら。あなたの立場」
「…う?」
「その「せーさん」とかいう名前に聞き覚えはないけれど、でもあなたは私の立場を知ってるみたい…というよりも口ぶりからすると聖龍たちの身内?…ん?もしかして聖龍だから「せーさん」とか?あらあらこれはいい情報かもしれないわね」
「…ほえ?」
ヤバいと思ったメアはすぐさま目をまんまると見開いて小首をかしげ、舌を出しながらそのばでくるくると回転を始めた。
思わず漏らしてしまった情報をうやむやにするために何も知らないふりをし、奇行を敢行した。
「…いや、余計に怪しいわよ。諦めなさいな」
「あい…」
「んー…それにしてもあなたが聖の仲間という事はなんとなくわかったけれど、だとすればおかしいと言うか新しい疑問が出てくるわね?なぜそんな子をお母様が連れてきたのか…交渉材料…人質?いいえ、あのお母様がそんなことをする理由がない。するならするでこんな穏便な状況にはならないはず…それにお母様の態度は明らかに…」
赤の龍がメアの事を命令してきた時のことをヴィオはよく覚えている。
今まで自分が見てきたあの冷たく恐ろしい龍が普段からは考えられないほどの上機嫌で、心の底から楽しそうで…その時初めてヴィオは自らの母親の中に「感情」のようなものを見た。
普段から無表情なわけでも笑わなかったわけでもない。
しかしまるでそう言う表情の仮面をつけているかのようでいつだって不気味だったのに、その時だけは素の表情を見たのだ。
長年赤の龍に怯え、その顔色を窺い続けてきたヴィオだからこそわかった変化だ。
(少なくともお母様はこの子を「敵」だとはしていない。ほんとうの身内は聖じゃなくてお母様…?でもこの子にそう言った態度は見えない…わからないことだらけでどこが爆発する爆弾なのか分からない以上は殺すのはやっぱりまずいか。なら私が見定めなければならないことは私にとっての敵か味方か、ね)
ヴィオは口元から笑みを消し、レースの入った手袋で覆い隠された腕をメアに向ける。
「…まだ何かするつもり?」
「ええむしろこれから始めようという気になったのよ。あなたさっき疑問に思ってたでしょ?こんな有象無象の死体たちで他の龍に太刀打ちできるはずないって。ええその通りね、まったく正論だわ。だからもう少しだけ私の手札を見せてあげる…ちょっとだけね?」
パチン、とヴィオが指を鳴らすようなしぐさを見せたが手袋の摩擦が良すぎたのか音が鳴ることはなかった。
「…」
「…」
なんとなく気まずい空気が流れたが音が出るかどうかは関係がなかったらしく、変化が起こった。
ヴィオの前方の空間が楕円状に歪み、それが収まると同時に虚ろな目をした何者かが現れたのだ。
顔色は青白く、おおよそ精気を感じないところからおそらくそれも死体なのだろうという事はメアにも予想できた。
ただ…何かが頭の中で引っかかった。
「誰かに似てる気が…?」
新たに呼び出された死体は大人の女性のように見えた。
パサついて無造作に振り乱された緑色の髪がやけに主張してきていて…。
「緑色の髪…りょーちゃん…?そうだなんとなくりょーちゃんに似てる気が…」
「私の力は人間の死体を操るだけじゃない。死した骸ならばなんだって意のままなの。それが例え龍だとしてもね。「魔緑龍スペルオブグリーン」…前回の聖達との戦いで得た戦利品のようなものね。非力でかよわい私とは違ってバリバリでゴリゴリの武闘派の龍よ。はてさてどこまでやれるのかしらね?」
「…スペルなのに?魔法系じゃないの?」
「…まぁ見てもらえればわかると思うわ。少しは見ごたえのある戦いをして頂戴ね」
戦闘開始の合図とばかりにヴィオは再び指を鳴らそうとし…少し考えた後に両手を叩き合わせて音をたてた。




