骸を繰りし龍
死なる赤から生まれ落ちし紫の龍ヴィオレート。
そんな彼女が司りし力は命が死した後に残った空虚の器…死骸を操る能力だった。
その力に制限はなく、命という時間を失ったものであればそれが何であれ彼女の玩具へとなる。
赤の龍が死を振りまき、後に残った物言わぬ骸を紫が戦力とすることでどこまでも彼女たちはその支配を広げることができる。
いや、世界を滅ぼすことすら容易だろう。
しかし赤の龍はそんな紫に一切の関心を示すことはなかった。
自らの力と最高の相性を持つヴィオレートにどこまでも冷たく接し、冷遇し、迫害すらしていたのだ。
ヴィオレートが赤の何から生まれたのかは分からない。
少なくとも望まれて生まれた命でないことだけは赤の態度を見ればわかる。
だがヴィオレートはそんな扱いを受けても母である赤に逆らうことはなかった。
正確には表立って逆らうことはなかったと言うべきではあるが、少なくとも敵対したことはない。
それは何故か?その理由はあまりにも簡単なことだ。
その力の一端から生まれた紫をして赤に逆らうことが自らの確実な死につながることが分かり切っていたから。
そして赤は現に紫を「殺してもいい」理由を常に探しているような視線を常に注いでいた。
死を司る存在なのだから気に入らないのならすぐにでも殺せばいい…そのはずなのに赤は何故か従順な紫を殺そうとすることはなく、しかしなにか隙ができればいつでもその力を振るうという気配だけは滲ませていた。
だからヴィオレートは常に恐怖の中で生きてきた。
本来ならば頼るべきはずの親…親のような存在に理由の分からない殺意を向けられ、さらに現在なぜ生かされているかもわからない。
死の恐怖と生きているという現状の意味の不明さに精神は常にかき乱されていたのだ。
さらにはヴィオレート自身の能力が彼女をさらに追い詰める。
骸と共にある龍に生者は寄り付かない。
心に抱えた恐怖や苦痛を相談できる相手もなく、道標を示してくれる者もおらず、傍らにいるのは常に冷たい肉の塊だけ…そんな彼女が捻じ曲がらないと言うほうがおかしいのだろう。
成龍と言えるほどに成長したころには彼女の精神は完全に死んでいた。
その名を騙るにふさわしい骸のような生気のない存在になっていたのだ。
だが…今は違う。
今のヴィオレートを見て骸だとはだれも思わないだろう…それほどに今の彼女は充実している。
事と次第によってはあれだけ恐怖していた母なる赤に堂々と逆らおうと思えるほどに。
その理由はただ一つ…それは──
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(空気の流れが変わった?)
ヴィオレートは切り裂かれた翼で空を漂いながら自らの能力で生まれた骸の海を見降ろしていた。
その骸たちの正体はかつてこの紫神領に暮らしていた住民たちであり、ヴィオレートがこの地を支配するにあたって死を与えられた哀れなる者たちの末路だ。
もっともヴィオレートに同情心や罪悪感などはない。
彼女にとってこの紫神領にいた人間たちなど死んで当然の存在だったのだから。
むしろ骸を処分せずに有効活用してやっているだけありがたく思ってほしいとさえ思っていた。
なんにせよこの紫神領にはヴィオレートの意のままとなる死骸で溢れており、その数は数えることができないほど膨大だ。
だがヴィオレートの能力にも限度はあり、世界中どこにある死骸でも自由に動かせるわけではなく、せいぜいヴィオレートを中心に半径4~5キロほどの距離にある死骸までしか操ることはできない。
だがそれでも国一つ丸々と住民が死に絶えたこの場所ではその距離内にあるモノだけでもそれなりの数になる。
普段は操られた死骸たちは生者の「ほぼ」いなくなった紫神領にて最低限の形を保つための維持活動に従事させられているが、それらは現在たった一人の少女を害するためだけに動かされていた。
(お母様が少しの間だけ匿えとよこしてきた少女…黒髪と言えどただの人間であるはずがない。もしかすればあの人の弱点となりうる何かに繋がるかもしれない…そう思っていたけれど…さてさて…)
実際のところヴィオレートには少女…メアを殺す気はなかった。
絶対の力を持つ赤への対抗手段…その足掛かりになるかもしれない存在を簡単に殺したりはしない。
痛めつけるくらいはするつもりではあったが、それはメアの力を調べるという意味合いもあった。
現にメアは龍であるヴィオレートの翼の一部を破壊しているのだからその時点で少なくとも何の力ももたない少女ではないことは証明された。
ならば次はどこまで出来るのか、何ができるのかその調査…そう思っていたのだが…明確に肌で空気が変化したのを感じた。
常に死と隣り合わせだったヴィオレートはそう言う気配や雰囲気にとても敏感であり、直感的にその場を離れるべきだと感じ…それに従った。
瞬間、ヴィオレートがいた場所を漆黒のビームのようなものが通り過ぎ、空を貫いて雲を消し飛ばす。
(今のは…)
思わずビームの軌跡を目で追うと、先ほどまで死骸の海に飲み込まれていたはずのメアと空中で目が合ってしまった。
「はい…?」
ありえない状況に目を白黒させていると空中に居ながらにしてメアは何故か急加速しながら足を前に突き出した独特の態勢を取りながらヴィオレートに突っ込んできてそのまま蹴りを叩きこむ。
「っうぐ…!?」
「2万とんで99ある必殺技の一つ、ドラゴン・フィニッシュキック」
キックの勢いそのままに死骸たちをも巻き込んで地面に叩きつけられ…地面が抉れるほどの威力にヴィオレートは血を吐き出し、自らを見降ろすメアを見た。
「お…かぁ、さ…ま…?」
メアの姿にヴィオレートは赤の龍の姿を見たのだった。
意識しないままに某ウサギの名前を寄せてしまったのでキックもボルテック──とかラブアンドピース──的なあれにしようとも思いましたが自重しました。




