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死の渦中

 ノロは空を見上げていた。

そうしたいのではなく、そうすること以外何もできないから。


沈みゆく太陽に手を伸ばそうとしてもその腕はなく、起き上がろうにももがくための脚もない。

声をあげることすらできない中、自らの身体から流れでる血でできた海の中に沈んでいくだけ。


「ぁ…ぁ…」


────何もできなかった。

それはノロの中に産まれた明確な後悔と…悔しいという感情だった。


赤髪の少女がメアをどこかに「墜とした」その直後、ノロは自らの脚でその場にたどり着いていた。

強烈に感じた不吉で懐かしい気配…それを辿り、彼女らしからぬ必死さで。

しかし時はすでに遅く…ノロの目の前でメアは消えてしまった。


そしてその場に残っていた赤髪の少女と邂逅したのだ。


「な、なぜ…あなたが…ここ、に…」


赤髪の少女に対し、ノロが最初にかけた言葉はそんな疑問だった。

それは見知らぬ他人に投げかけるものではなく、見知った誰かに対してのそれだ。


「あぁ、あんたこんなところにいたんだ」


赤髪の少女はメアと話していた時の幼さや、無邪気な笑みが嘘だったかのように冷徹で無気力な表情と声色でそう言い放ち、その姿は容姿の変化などはないはずなのに、数秒前までとはまるで別人のように見えた。


「どっか行っちゃったみたいだけど、別に興味ないしいいかって放っておいたけど…まさか此方より先にお姉ちゃんのところにいたなんてね。ふざけてるの?」

「…は、伴侶様を…どこ、どこに…つれていったの、ですか」


「此方が質問してるんだけど?」

「さ、さきに問いを投げたのは…私の、はず…です…」


「そんなの知らないわ。此方が質問をしたのに、お前は答えずに質問を返してきた。そんなの許されると思う?────【死ねよ】お前」

「っ」


少女とノロの間の空間に突如として何かが破裂するような音が響き、うっすらと黒い靄のようなものが一瞬だけ流れた。

その直後、周囲の地面に生い茂っていた草花がどす黒く変色し、木々が朽ち果てた。

そこにあったのは紛れもない「死」であった。


「ふーん?なんか最後に見た時より身体が揃ってるような気がしたけど、それなりに力が戻ってるんだ。まぁそれはそれで都合がいいか。自分で取り戻したの?」

「…伴侶様が、取り戻して…くださいました…」


「ねぇさっきから伴侶様って誰の事を言ってるの?まさかお姉ちゃんの事じゃないよね?」

「…伴侶様は…伴侶様です」


はぁ~…と赤髪の少女が大きなため息を吐いた。


「なぁにが伴侶様よ。あんた自分の立場分かってるの?お前に、伴侶なんて、いないんだよばーか」

「…私に…そう言うのなら…あなたにも姉などいな──」


ノロは自分の中で何かがブチィと千切れる音を聞いた。

瞬間、口の中に液体が込み上げてきてたまらず地面に吐き出してぶちまける。

それは大量の血で…その中に小さな石のようなものが混じっているのが分かった。

手の取るまでもなく、ノロにはそれが何か分かった。


(呪骸…)


声にしようとしたはずなのに、発声することができなかった。

なぜならばノロが吐き出したそれは…。


「なぁんかウザい事言いだしそうだったから喉とっちゃった。まぁでもいいでしょ?お前の存在意義なんてそれくらいしかないし?呪骸がそろそろ足りなくなってきたかなっておもってたんだ~だからほんとちょうどよかったし、都合もよかった。なまじ手足が戻って自由になってるから伴侶がどうのだとか変なこと考える余裕ができるんでしょ?だからほら、お前はお前らしく地面に沈んでろよばーか」


最初に右足、そこから一瞬だけ間を開けて左足がひとりでに千切れ飛び、脚を失ったノロの胴体が地面に激突すると同時に血をまき散らしながら足がいくつかの呪骸に変わる。

それでもまだノロは残った両腕で地面を這おうとした。

しかしその腕までも地面を掴んだと同時に肩から離れ、呪骸へと変えられる。

それらの呪骸はふわりと浮かび上がると赤髪の少女の手の中に納まった。


「なぁーんだ、おもったより数にならないじゃん。もしかして取り繕えていたのは見た目だけで中はまだスカスカ?興味なさ過ぎてこっちで持ってた呪骸の数もざっくりとしか把握してないからわかんなかったよ。じゃあもう少しもらっていこうかな?といっても内臓もないんじゃ取れるところなんてないね。あ、目なんてどう?いらないよね?」

「…」


「何にも答えないってことはいいってことだよね?じゃあ貰っていくね」


赤髪の少女は倒れたノロに近づき、ゆっくりと脚をあげ…その顔を踏みつけた。

そしてノロの左目を何度も何度もぐりぐりとすりつぶす様に踵を動かす。

やがて少女の踵の下からあふれる血に混じり、石が一つだけ地面に落ちる。


「よしっ!でーきたっ。見た感じ今はこれが限界かな。ほんとうはこのままお前なんて殺してしまいたいけど…それが出来るんなら此方もこんなにイラつかないじゃんって話だもんね。呪骸にできないなら潰してもすぐに治るし…あーあつまんないの」


少女は血で汚れた踵をノロの腹に押し付けて拭いながら、つまらなそうに手の中の呪骸を弄ぶ。


「でもまぁいいか。今日は今でこそ無駄にイライラさせられたけど機嫌自体はいい日なの。此方にとってここ100年くらいで一番と言っていいくらいにいい一日。だからこれくらいで許してあげるよ。此方って優しいでしょ?ねぇ?何か言えば?なんで黙ってるの?おーい」

「…」


まるでノロから声を自分が奪ったことを忘れているかのように少女は無邪気に話しかける。

つまらなそうに感情を消したかと思えば、あどけない少女のような雰囲気を身に纏い、また次の瞬間には仮面をかぶったかのように無表情になる。

しかしノロには見えている、その少女の本当の心が。

そしてそれがノロに見透かされているという事を少女自身もわかっているからこそ、腹が立つのだ。

だが同時に今がとても機嫌がいいというのも事実なので少女はそれ以上ノロに構う事をやめた。


「これから楽しいことが起きるわ。どうせそんなんになっても死なないんだし、お前もそこで見学していきなさいよ。この黒の地にうじゃうじゃと増えた人間たちがぷちぷちと潰れていくところ」


そう言うと少女はニコニコと笑いながら軽やかにスキップしてノロから離れて行ってしまった。

身体を動かすことができないノロには少女の後を追う事も出来ず…誰にも知られることなく一人血を流していたのだった。

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― 新着の感想 ―
此方さんの思考回路、どこかの誰かにものすごく似てるけど何か決定的に違うんですよね… 何が違うのかと言われても言語化できないけども わかるのは髪の色が不思議じゃないことぐらいなのです
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