始まる滅び
時間が空き申し訳ありません!
とりあえず次回は来週の月~水の間に投稿できそうな予感です!
アザレアは座っていたソファーを壊す勢いで立ち上がると、向かい側に座っていたセラフィムの胸元を両手でつかみ上げ、頭突きをするように顔を近づけた。
その瞳に移るのはどうポジティブに解釈しようとも好意的なものには見えなかった。
「…何のつもりですか」
驚きはしたものの、それも一瞬。
セラフィムは胸元を掴まれたままで至って冷静に睨みつけてくるアザレアに問いかける。
「今の話…もう一度言ってみなさい」
「…我が白神領で捕らえている呪骸の逆適応を起こしている女性を利用して赤神領ないし教皇に対して揺さぶりをかけてみると」
それはセラフィムが提案した不気味な現状を打破するための作戦だった。
黒神領襲撃の事実はおろか、存在自体を否定された枢機卿。
同時期になぜか全国に赤神領から下された黒神領への絶対不可侵命令。
確実に何かが起こっているはずなのに、それの正体が掴めない。
すぐ隣ある恐ろしい何かの姿が霧に覆い隠されているかのように見ることができない。
このままでは気づかないうちに姿の見えない何かに喉元を喰いちぎられる…そう思ったセラフィムはどれだけ苦しい手だとしても状況をわずかでも変化させるために行動を起こす…そしてそれを協力者…いや、共犯者であるアザレアに伝えた。
ただそれだけの事…のはずだった。
話の内容自体は大きく不穏だが、情報を共有するという行為だけを見れば大したことではない…しかしアザレアはその話を聞いた瞬間に豹変した。
アザレアとセラフィムが衝突をするのは珍しい事ではない。
意見の対立、メアへの蛮行…理由はそれぞれだが日常的に何らかの争いごとを起こしている。
しかし今回のそれはいつものそれとは違った。
アザレアの様子が今までとは明確に、そして決定的に違うのだ。
「そんなのどうでもいい!私が聞いてるのはその逆適応を起こしてるって女の事よ!」
「…黒い髪の、おそらくあなたとそう年の変わらない人間の女性でした。本人はおおよそ口をきける状態ではありませんが彼女を連れてきた男…「悪斬り」が言うには名を聞いた時に「ネム」そして「アゼリア」という二つの名を名乗って好きに呼べと言ってきたそうです」
「黒髪の…私と同じくらいの年齢の…「アゼリア」…確かなのね?」
「本人から話を聞けたわけではないので名の方は確かかは分かりませんが、容姿に関してはほとんど変容はしていないので間違いはないと思います」
「あの子が…生きていた…?もし…そうなら…」
「アザレア…?本当に一体どうしたと…」
セラフィムの言葉を遮るように冷たい何かが喉に宛がわれた。
角度的にセラフィムからは見えないが…おそらくはナイフの類だろう。
「私を白神領につれていきなさい。今すぐに」
「…どうやら本当に正気ではないみたいですね。あなたとは曲がりなりにも信頼のようなものは築けていると思っていましたが…それをここで壊すようなことをしてまで白神領に行きたいと?いえ、「アゼリア」に会いに行きたいという事ですか」
「妙な詮索はしないで。たとえこの先何がどうなろうとも…私はその女が「あの子」なのかを確かめないといけないのよ!」
セラフィムの首に押し付けられているナイフがその刃を肉にわずかに沈みこませた。
しかしそれは物理的に押されることで皮膚が沈み込んだだけであり、セラフィムの首自体は薄皮の一枚すら切れていはいない。
「そんなもので私を傷つけることはできませんよ。そんなことすらわからなくなるほどに頭に血が上っているのか…それとも案外冷静なのか。考えられるのは…あなたはアゼリアを助け出したいという事ですかね?そうなれば私の作戦は実行不可能になり、どちらにせよ私とあなたは決裂することになる…その行為に何の意味があるのか計ることはできませんがあなたには意味のある行為なのか。ひとまず一度落ち着きませんか?我々は種族や立場は違えど、こうして言葉を介することで意思の疎通を図ることができるのです。それを投げ捨てて争いに走るなど愚か以外の何物でもありません」
「長年教皇とかいう訳の分からない存在相手に戦争をしている人のセリフとは思えないわね」
「一方的に仕掛けてきたのは向こうだと伝えたでしょう。なぜわざと挑発するような真似をするのです」
「なんでもいい、なんでもいいから私を今すぐアゼリアのところに連れて行きなさい。ここに来るときにメアたんを銀神領に送り出したときみたいな光の扉みたいなのを使ってるんでしょ。それを使わせなさい」
セラフィムは数舜の間だけ沈黙し、考えを巡らせた。
赤神領で見つかった呪骸の逆適応体。
彼女がアザレアと何らかの関係があるとは考えにくいが、アザレアの反応を見るに何かがあるのは間違いがないのだろう。
だがそれをセラフィムに明かすつもりはないらしく、不興を買ってでもアゼリアの元に行こうとしている。
(さて…どうするべきでしょうね。正直、アゼリアをアザレアに差し出すのは絶対に無理という話ではない…彼女を調べても結局、こちらでは殺害以外の対処は不可能という結論しか出なかった。だからメアに対処をお願いしようと思っていたので今回の行動にに利用できなくなるという事を除いてこちらに損失はない…ただアザレアが起こすアクション次第では…)
そんなセラフィムの思考を遮るようにアザレアの部屋の扉がやや乱暴に開け放たれ、大きな音をたてた。
そうして部屋の中に入ってきたのは…ソードだった。
「あぁやっぱりここにいたんだね母さん…いや、取り込み中だった?」
「ソード…いえ、構いませんよ。どうかしましたか?」
おそらく無駄であろうがセラフィムはアザレアの手を引かせてナイフを隠させ、ソードもその意を汲み取ってそれに対しての追及はしなかった。
「うん、先ほど母さんが開いたゲートから聖白教会の神官が慌てた様子でやってきたのをたまたま見かけたから話を聞いてみたら…少し問題が起こってるらしい」
「問題…ですか?」
「僕はしばらくそっちに帰ってないから詳しい事情を把握し出来ていないのだけど…母さんが捕らえていた黒髪の女性が教会で暴れているらしい」
「なんですって?それは本当ですかソード」
「神官の狼狽え具合を見ると冗談ではないだろうね。結構被害が出てるみたいで、このままじゃ教会の外にも被害が広がりそうらしい。今は母さんの客人の赤髪の男が一人で応戦していてその間に教会のみんなで民の避難誘導をしているらしいけど…そうとうに状況は悪いみたい。僕はすぐにでも駆けつけたほうがいいとは思ったけど、母さんがこっちに来てるのならまずは判断を仰いだ方がいいと───」
言い終わるよりも先にアザレアが飛び出していき、ソードの脇を抜けて走り去っていく。
あまりにも突然の行動だったがその目的地は言うまでもなく…。
「待ちなさい!アザレア!」
「…追いかけるかい?」
「ええ、今の彼女を大人しく白神領に連れて行くわけにはいかないかもしれません。私は彼女を追います…ソードはメアを連れてきてください。姿が見えなかったのですが居場所を知っていますか?」
「姉さん?いや…今日はそういえば見てないな…探してきた方がいい?」
「あなたもですか…。やはりおかしい…ソード!聞き込みでもなんでもしてとにかくメアを探してください。何か嫌な予感がします」
「予感?」
「何もなければそれでいい。あの子が見つかったのなら私の後を追って白神領に来てください。ただもし、あの子が何かに巻き込まれているのなら…判断はあなたに任せます」
ソードは姿勢を正してゆっくりと頷いた。
それを見届けるとセラフィムは扉ではなく、窓から外に向かって飛び上がり空を走っていく。
風を切って目的の場所を目指す間もざわざわとした胸騒ぎが止まらない。
いなくなったメアの事だけではない…なにかが起ころうとしている…いや、すでに何かが始まっているのではないか。
そんな不安が頭をよぎる。
「っ!とにかく迅速に目の前の事態に対処していくしかない…焦るな落ち着け…」
そう口にしつつも形のない焦燥感に駆られていたセラフィムは気が付かなかった。
今しがた通過した地上に大きな血だまりができていたのを。
その中心で四肢を千切り取られたノロが倒れていたのを。




