眷属
「え…うさタンクちゃんですか…?」
「そう…。あのうさぎっす」
「シャーッ…」
ひたすら重々しい雰囲気の中で放たれた思いがけない名前にリンカはこてんと首を傾けた。
そんな様子を受けてくもたろうは「はぁ~」と長いため息を吐く。
「ウチらは偉大にして強大な黒龍…お嬢様の眷属っす。で、あるならば我々は常にお嬢様のために行動するべく団結し、意志の疎通と目的行動の同一化を計るべきっす。そうはおもいまっせんか?まっすよね?」
「え…え~と…?」
「思いまっすよね?」
「…はい」
「よろしいっす。そしてこのお嬢様の眷属の筆頭であり、最古参であるウチが寝ている間に知らない眷属がちらほらと増えていたっす。まぁそれはいいでっしょう。仲間が増えるのはいい事っす。しかぁし!その後ウチに挨拶も何もないのはどういうことっすか!」
バンッ!と音をたててくもたろうが円卓を殴りつける…ふりをして寸止めし、「ばんっ!」と口で音をたてる。
ニョロもその小さな頭部を持ち上げてぺちぺちっと円卓に叩きつけることを繰り返す。
これみよがしの怒ってますよ!アピールでありながらどこか愛嬌を感じさせる謎の行動をどうとらえればいいのか分からずリンカはだらだらと汗を流しながら縮こまることしかできなかった。
「…とまぁ怒りはしましったが冷静に考えるとここは昔住んでた山ではないでっすし、そうなればウチが眷属であるという情報もないっす。ウチもウチで寝てたわけでっすしね。しかぁし!その後はこれまた話が別っす!」
「あ、はい…」
「そんなわけでそちらに声をかける前にあのうさぎにも声をかけたんでっすが…やつめウチになんて言ったと思いまっすか!?」
「え…うさタンクちゃん喋ったんですか?言葉を?」
「いやもひもひって鼻だか口だか分かんない部分を動かしてただけっす」
「ですよね」
「でもあのうさぎ…ウチを見て「ふっ」みたいな反応をしてシカトしたんすよ!?しかもそのあとウチに見せつけるようにお嬢様と一緒にいて…完全に喧嘩を売られたっす!」
話しているうちにヒートアップしていくくもたろうは両手を握りしめブンブンと上下に振っていたが円卓には叩きつけないようにギリギリの位置を保っていた。
「な、なるほど…」
「こう見えてもウチは実は焦っているっす。ニョロはいつの間にかお嬢様以外の仲良し見つけてるし…」
「――」
「そうっすアザレアさん。あの眼鏡の…。お嬢様がお世話になってるそうでっすし、ウチも寝床を借りている身…当然挨拶をと、ついでにニョロみたいに懐に潜り込めればこの国の実質トップらしいっすし、いろいろとプラスに働くのではと思ってたんでっすけど…あの眼鏡ウチになんて言ったと思うっすか?」
先ほどと人物を変えただけの同じ質問をされ、リンカは今回は少しだけ考えた。
リンカはアザレアがあらゆる意味で恐ろしい人物であることを知っている。
かつては脅迫にも似た取引を持ち掛けられ、そしてその後はほとんど関りこそないもののメア関係で発狂しているのをよく見かける。
くもたろうの反応的に少なくとも好意的なことは言われていない…ようには思えたのでならば「どちら側」の反応をされたのだろか。
あらためてリンカはくもたろうの全身をこっそりと眺める。
男性であるとついでのように紹介されたもののどうみても可愛い女の子だ。
服装が変わればもう少し違うのかもしれないが…少なくとも今はかわいく小柄な美少女以外の何物でもない。
その部分をアザレアがどう取るか…すべてはそこにかかっていると思われた。
リンカは考えに考えた。
どう考えてもそれほど真剣に考える必要のないことを真面目ゆえに真面目に考えた。
そして結論を何とか絞り出したので口にする。
「お…男の子なんだよなぁ~…とかです…?」
「ぜんぜん違うっす」
どうやら外れだったらしいと知ってリンカは肩を落とすが、別に正解しようが外そうが何かが変わるわけでもないという事にはまだ気が付かない。
「ちなみに答えは…なんて言われたんですか…?」
「…「あと身長が13センチ低ければねぇ…」と」
「…」
「――」
「あれは…なんか謎の屈辱を覚えると同時に目を付けられなくて助かったという謎の感覚も覚えるという不思議な体験だったっす…」
くもたろうは小柄でありその身長は140あるかどうか程度だ。
そこから13センチも低ければという言葉から導き出されるアザレアの好みは…。
リンカはそれ以上考えることをやめた。
「というわけで話を戻っしまして…ウチはとにかく焦ってるんっす。大焦りの大慌ての大パセリっす。とにかく居場所がないんっすよ。お嬢様の傍にも寄れないし、領主には取り入れないし、お仕事もないしでウチの存在意義が危ぶまれてるっす」
「は、はぁ…」
「そんなわけでせめて眷属としての立ち位置をハッキリとさせておきたいんっす。だと言うのにあのうさぎ…無視するだけなら飽き足らず、このウチを煽るだなんて…これはいかんっすよ!とにかく絶対にいかんっす!そして遺憾っす!…とまぁそんなことを言ってみたところでこの場所での新人はむしろ自分…というのはわかってるんすよ」
くもたろうはそれまでのぷんすことして雰囲気を一変させ、真面目な表情でリンカの目を見つめた。
同性…ではないがその魔性を帯びた可憐さに思わずドキリとしてしまう。
「しかしどうしても危機感というものはあるっす。あの日…お嬢様が死んだ日からウチが捕まって目覚めるまでに色々なことがお嬢様を中心に起きすぎている。そしてウチにはそれがお嬢様がただ巻き込まれただけの偶然にはどーしても思えないっす。絶対にこの世界そのものでお嬢様に関する何かが起こってる…ウチらはそう確信してるっす」
「――」
「だから眷属として、主であるお嬢様のために我々の意思の共有化と立場の表明がどうしても必要だとおもってまっす。アナタとうさタンクの」
「私も…ですか…?」
「っす。アナタもお嬢様の紛れもない眷属。それは変わらない事実っす。自覚がないのなら自覚をした方がいい…じゃないと取り返しのつかないことになるっすよ」
「それって…どういう…」
くもたろうはリンカについてそれ以上は言わなかった。
ただ自覚しろと…それだけだ。
「一応言っておきまっすがお嬢様のために死ねだとか戦えってことではないでっすよ?ただウチの考察が正しいのならこれからお嬢様の身に起きることに眷属である我々はどうあっても巻き込まれる可能性が高い…それゆえに立ち位置の確認をしてほしいんっす。アナタには今伝えたっす。あとはうさタンクだけ…しかしあのうさぎはウチらと話すつもりがないらしいっす。だから最悪事を構えることになっても話がしたい…できればそうはしたくないので方法はないかと思って開いたのが今回の会議っす。伝わりまっしたかね?」
「は、はい…」
こくりとリンカは頷く。
突如として振って湧いてきた眷属と言う言葉に困惑していないと言えば当然嘘になる。
しかしリンカにはメアとのつながりがあるという説明を受けていくつか心当たりがあった。
ならこれは「いい機会」なのではないかと意を決して質問をするべく恐る恐ると手を上げた。
アザレアさんは見た目重視です。




