欠陥品の愛6
「女の子にする…今更な話だけどそんなこと簡単にできるの?」
メアからの至極まっとうな疑問にエクリプスは真顔のままで答える。
「できますよ。というかそれを思いついたその瞬間に「出来る」って気が付いたのですよぅ。メアさんにもそんな経験はありませぇんかぁ?ある日突然、自分がこういうことができるんだって気が付くことぉ~」
「あー…昔は結構あったかもねぇ。必殺技とか急に閃いてたよ~」
「えぇえぇ~そーいうことですよぅ。あの人が女ならよかったのに…いや、今からでも女にしてしまえばいい…そう思ったら自分がそれを実現できることに気が付いた。考えれば不思議でもないのですよねぇ…私は女型の淫魔。男から精を奪って生きる存在…いくら「欠陥品」でも根っこの部分はやっぱり変わらなかったんですよぅ。ただやり方が違っていただけ…ただそれに気が付いていなかっただけ…私は女から精を奪う淫魔ではなく、男を女に変えて精を奪う淫魔だったというわけですぅ」
「ほぇ~。なんだかよくわからないけど気が付けてよかったねぇ」
まるで孫をよくわからないままに褒めてるお婆ちゃんのような反応だとエクリプスは思い、苦笑いで少しだけ表情を崩す。
今自分はそこそことんでもない話をしていると思うのだが、重く受け止めている様子はないその反応。
普段から誰が見ても異常なアザレアの愛情を一身に受けてものほほんとしていたり、先日までは常にノロに抱えられていたり…それらをすべて受け入れていく姿には確かに重ねた年月というものを感じるかもしれないなとエクリプスは妙な納得を覚えた。
だからだろうか…ついついエクリプスはもう少しだけ踏み込んだ話を思わずしてしまう。
「メアさんは…人を好きになるってどー言うことだと思いますぅ?」
「う?好きに…うーん…好きになるってことは好きになることじゃないかなぁ?あとは守ってあげたくなるよねぇ」
「なるほどぉ~確かにメアさんはそーなのかもでぇすぅねぇ。実際にこの国を守ることで有言実行もなされてるぅ…でも私は好きになることは「執着」することだと思うのですよぅ。そのほかのすべてを失くしたとしても、手に入れたくなる…それが好きになることだと思うのですぅ」
「ふむふむ?」
エクリプスは自分に力があると気が付いた瞬間に迷うことなくそれを「彼」に行使することを決めた。
それを成功させるにはあまりにも多くの障害があった。
本人にどう説明するのか、彼の親への対策は?そもそも本当に成功するのか。
様々な葛藤や、問題など考えれば考えるほど湧き上がってくる。
だがそれらを考えるよりも先にエクリプスはそれをすることにした。
なぜなら彼の事が好きだったから。
手に入れるにはそうするしかなかったから。
彼が男である限り、エクリプスはどれだけ彼を愛そうとも生きていくには浮気が必要になる。
そんなこと許されていいはずがない。
なにより自分がそれを赦せない。
そして地位もあり、容姿にも優れる彼には恋敵が多くいた。
しかしかれが女ならば女が寄り付く可能性はぐっと減るだろう。
例え身体が女に変わろうとも、男になびく可能性もそこまで高くはないはず…少なくとも自然体の彼のままでいるよりははるかに自分のもとに縛り付けておける可能性が高まるはずなのだ。
性別が変化することにより環境も大幅に変化するだろう。
人間関係も環境も…変化により生じた隙間に他者を寄せ付けないようにして自分だけが滑り込めば…それだけ彼が自分を見てくれる可能性が増える。
いいや、そうして見せる。
身勝手で自分勝手。
良いか悪いかで問われるならば間違いなく悪とされる行い。
でもエクリプスはそれをやらないという選択などなかった。
だって好きなのだから。なぜならば愛しているのだから。
好きとは執着なれば…愛とは依存であり所有欲だ。
そうするしかない以上、そうしないのは胸に抱いた愛情は嘘という事になってしまう。
だからエクリプスはそれをした。
愛しい彼を女に変えた。
「かっこいい男になるためには女性に優しくないといけないでしょう?ならあなたが一度女性の身体を経験してみるべきだと思わなぁいぃ?それに胸と腰…脚に重たい脂肪を抱えて動くのですよぉぅ?これはいい修行になるとおもうよねぇぃ」
少しだけ天然なところがある彼はこの言葉にまさかの納得を見せ、エクリプスの力を受け入れた。
最初の障害は割と簡単に乗り越えられた。
ならばさぁ次だ。
この時のエクリプスは無敵の心を手にしていた。
もう引くことができない以上は進むしかない。
だから彼の親である聖なる龍に正面から挑んだ。
彼女の人生において間違いなく最も強い力を引き出せた瞬間であったが、魔物種の頂点…概念が形を持った神のごとき存在である龍に敵うはずもなく…。
エクリプスは傷一つ付けることもできないまま地面に転がされた。
だが諦めることはできない。
ここで諦めれば死ぬしかないのだから。
それは聖龍に殺されるという事ではなく…すでにエクリプスは彼以外から精を奪うつもりはなかった。
認められなければ餓死するしかない。
それは覚悟ではなく当り前のことだ。
愛を押し付けたのだから。自分もそれに殉じなければ筋が通らない。
だから認められる以外の結果ならば死ぬという結末しかなかった。
何度打ちのめされても立ち上がり、脚を折られ、胸を裂かれて内臓を引きずり出されても…それでもエクリプスは神に挑んだ。
「はぁ…もういいですよ」
もはや数えることもできないほどのやり取りをむかえ、龍は呆れたようにそう口にしてエクリプスを治療した。
そしてそもそも反対するつもりはなかったと言葉を続ける。
「あの子が受け入れたのなら私が口を出すことでもありません。ただその感情は私には理解できない者でもあるのでどこまで本気か見てみようと「いじわる」をしてみたまでです。自主性に任せて過干渉はしない…それが私の方針です故に、合意が取れている以上は好きになさい」
あっさりと…とは言えないが、起こした現象に対して思いのほか簡単に許可を得て思わず涙が流れた。
押しつけの好きを押し通した愛へ。
たとえその在り方を歪めてしまったのだとしてもそれが欲しかった。
だからやれることは全部やる。
なぜならそれが好きと言う感情だとエクリプスは思うから。
執着し、依存し、所有したい。
だから好き。
だから愛。
それこそが――
「っとぉ…少し熱くなりすぎましたぁねぇぃ。すみませんね語っちゃって~」
「ううん。面白かったよ。そういうのが好きって事なんだねぇ」
「…私のは一般的なそれじゃあないと思いますけどもねぇ~。じつはこーみえて重い女だと言うだけの話ですぅ。完全に彼の…ソードの意思を無視していますからぁねぇ」
「うーん…でもねエクリプスちゃん。妹は強いの知ってるでしょう?だからあの子も拒絶しようと思えばいくらでもエクリプスちゃんの力なんてはじけると思うんだよ。それをしてないってことは妹も思うところがあるんじゃないかなって。想像だけどねっ!」
そう言うとメアはぴょんと飛び上がり「ぽいんぽいんにはなれなさそうだし、うさタンクも寒そうだから戻るね!」とその場を走り去ってしまった。
お腹が鳴るような音も聞こえたのでお腹が空いたのかもしれない。
「マイペースな人ですねぇ~ぃ。まぁ~でも…なんだか少しスッキリしたような気分ですぅ」
一人取り残されたまま肌寒さを感じながら空を見上げる。
どこまでも上を、もっと上を見ようとして…後ろに倒れてしまった。
しばらくそのままでいると不意に視界に夜空ではなく、綺麗な顔が入ってきた。
「何をしているんだいエクリプス」
「おやぁソード~起きたぁのねぇ」
「うん。窓から姿が見えたから追いかけてきた。風も冷たいし部屋に戻ろう。女の子が身体を冷やすのはダメだよ」
「おまいう」
エクリプスの口八丁に踊らされ、見えてはいけない最低限の部分しか隠されていない服装のソードのむき出しの腹を軽く指でつつく。
触ってみれば筋肉が凄いことになっていることが分かるが傍目には柔らかそうで肉感的、それでいてだらしがないわけではないお腹にしか見えないように操作した努力のたまものであり、エクリプスが世に向けて自慢したい匠の業だ。
「僕は男だよ。それよりほら戻ろう」
エクリプスに向かって手を伸ばしてくるその姿に、かつての雨の中で声をかけられた日の事を思い出す。
あの時、ソードはエクリプスが泣いていたとしつこく口にしていた。
実際はどうだったのだろうか?今となっては分からない。
ただ一つ言えるのは…。
「ソードぉ。今の私って泣いてるぅ?」
「…?いや、泣いてないと思うけど」
「でしょうねぇ」
エクリプスはソードの手を取り、そのまま器用に背中に抱き着いた。
「うおっ…とっと…どうしたの?」
「今日は甘えたい気分~。このままおんぶで部屋まで送ってくださいなぁ。かっこいい殿方ならいたいけな私のささやかなお願いくらい聞いてくれるよぉねぇ?」
「はいはい。じゃあ部屋まで送りますよ。お姫様」
「うむぅ~よーきーにぃーはーかーらーえー」
背負われたままエクリプスとソードは夜道を歩く。
「食事」をしているわけでもないのに不思議と満たされた気持ちを抱いたエクリプスの顔には笑みが浮かんでいた。
だがふと気になってエクリプスはソードの背中から手を回し、その胸を揉みしだく。
「…なに?」
「いやぁ…やっぱりもう数ミリほどは盛るべきだとぉ」
「これ以上大きくなると大変だって」
「えぇ~でも大きいことはいいことでぇすからぁ~なんならもう2カップほど盛りたいくらいですぅ」
「無理だって…ただでさえ今の状態で足元が見えてないのに…」
「かっこいい男は前だけ見て進んでいくものでしょぉ~?足元を見ないといけないだなんて…ねぇ?」
「…確かに。足元なんておろそかにならないことが前提だよね」
「ですですぅ。というわけで修行の意味も込めてもう少し大きくしていきましょうねぇ。そちらの方が私好みですぅ。おっぱいと太ももなんて厚くてなんぼでぇすからねぇ~もみもみ」
彼女の名はエクリプス。
かつて欠陥品とよばれた淫魔であり、本来ならば多数の人間にたいして割かれて分散されるはずの愛と欲望をただ一人の龍に向ける女であり、同時に自称同族内で最も幸せな女であった。
この後にソードさんは本当に盛られてしまったそうです。




