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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

fleur de pêcher

作者: 青井渦巻

 真夜中、ある一軒家の二階に明かりが灯っていた。

 その部屋のベッドに寝転ぶのは、ひとりの女子中学生。

 彼女はうつ伏せになり、天井に向けた足をバタつかせながら、スマホを弄っていた。


 少女の名は西園寺 桃葉(さいおんじ とうは)

 ラインの相手は柏崎 舞(かしざき まい)

 ふたりは親友だ。


「あはは、おもしろスタンプだ。マイちゃんっぽい」


 ふたりは同じ中学に通う、仲の良いクラスメイトである。

 女の子同士、趣味も似通っていて、とても気が合う。

 初めて話してから、仲良くなるまでに時間は掛からなかった。

 今ではお互いの家に気兼ねなく泊まれるほど、心を許し合った関係になっている。


マイ

『明日の二時間目、斎藤先生らしい!』


トーハ

『やば、宿題してないよ』


マイ

『やっぱり。私頼りでしょ』


トーハ

『バレちゃった?』


マイ

『ちゃんと頼んでくれなきゃ見せないもんね』


トーハ

『マイさま~、どうかお助けを~!』


マイ

『笑』


 ラインでマイと会話しながら、頬をほころばせるトーハ。

 文字を打って、読んで、ずっとニヤニヤしていた。


(えへへ……)


 彼女にとって、いま一番楽しいこと――それはマイとのラインだった。

 学校では一緒にいることが多いのだが、家に帰ってもヒマさえあればラインしている。

 気兼ねなくふたりだけの会話ができる、この時間がお気に入りだった。


 新しい話題は尽きない。

 それでも定期的に話題に上がるのは、互いの恋愛事情についてであった。


トーハ

『ところで、マイちゃんって好きな人いる?』


マイ

『んー?今はあんまりかなぁ』


トーハ

『そっか。じゃあクラスの男子とかどう思う?』


マイ

『あんまり興味ないかも。年下のほうがいいな』


トーハ

『えっ!じゃあ小学生ってこと?』


マイ

『ないない、それは行き過ぎ!いっても中一とかだよ』


トーハ

『だよね。ショタコンかと思った笑』


マイ

『やめい笑!そういうトーハは好きな人とかいないの?』


 こうして好きな人を聞かれた時、トーハの胸にはマイの顔が浮かんでしまう。


「マイちゃんだよ……なんて、言えるわけないか」


 画面越しに呟きながら、当たり障りのない文章を打っていく。


トーハ

『クラスメイトの誰かだよん』


マイ

『だれだれ!?』


トーハ

『まだひみつ』


マイ

『えー!私たち親友だよね?』


トーハ

『それでも秘密なのです。もう寝ましょう、おやすみー』


マイ

『あした学校で聞き出すからなー!おやすみ!』


 スマホの時刻を見ると、もう一時を過ぎていた。

 トーハは布団に入って、今日一日のことを振り返る。

 少しの切なさに浸って、そのうちに眠ってしまった。


*****


 翌日。

 トーハが教室に入ると、すでにマイの姿があった。

 席に座って本を読んでいた彼女は、すぐにトーハに気づいて挨拶をする。


「おっはよー!」

「おはよう、マイちゃん」


 笑顔で返事をしながら、自分の席に向かうトーハ。

 イスに座ると、さっそくマイのほうから話しかけてきた。


「昨日の話、覚えてるよね?」

「あー、なんだっけ」

「とぼけようとしてもダメだよ。私の予想はねぇ……ズバリ、陸上部の加藤くん!」


 トーハの好きな人を、自信満々な様子で予想するマイ。

 その表情はとても嬉しそうで、なんでもお見通しだと言わんばかりに張り切っていた。

 しかし、トーハの反応は芳しくない。


「違うよ。全然」

「えぇ~、そうなんだ……」


 当てが外れてガッカリしたのか、マイは肩を落とす。

 そんな彼女の反応を見て、トーハは苦笑いを浮かべていた。


(クラスメイトとか言わないほうが良かったかな)


 匂わせるような言い方をしたのは、トーハ自身が気付いてほしかったせいだ。

 “マイちゃんが好き”とはっきり言えないまでも、せめて気付くきっかけくらいは作っておきたかった。

 今、それがまったく望まない形で、ただ自分の首を絞めている。

 虚しさを感じずにはいられない。


 そもそも、マイは“年下の男の子がいい”とハッキリ言っている。

 トーハとしては、想いを伝えられるはずもなかった。


「それよりマイちゃん、宿題を見せていただきたいのですが」


 いたたまれなくなって、トーハは話題を変えた。

 しかし、マイはフキゲンそうな顔をして返す。


「……やだ」

「え?」

「好きな人をはっきり言うまで見せないもん」

「う……」


 トーハは宿題をしてこなかったことを後悔した。

 自分の心を明かすことは、マイに告白することと同じだ。


(好きって言ったら、きっとマイちゃん困るだろうな……)


 同性であることと、今の関係がとても心地良いこと。

 このふたつが、トーハの想いを伝えられなくさせていた。


(嫌われたくないな)

(でも、マイちゃんなら受け入れてくれるかも)

(だってマイちゃ――)


 思考が堂々巡りしていたその時、担任の教師が入ってきた。

 そのままホームルームが始まってしまい、結局、トーハは宿題を見せてもらうことができなかった。

 同じ要領で、次の休み時間も逸して、結局は斎藤先生に怒られてしまうのだった。


*****


 昼休みの時間になると、トーハとマイはいつものように中庭に来ていた。

 お互いに隣り合って、仲良くお弁当を食べながら、宿題の件について話す。


「ごめん、トーハ。私、ちょっと意地になってた」

「いいよいいよ。気にしないで」


 申し訳なさそうに謝るマイに、トーハは優しく答えた。


 マイが宿題を見せてくれなかったのは、今日が初めてのことだった。

 だからトーハは、先生に怒られたことよりも、マイが怒ったんじゃないかと気が気じゃなかったのである。

 謝ってもらえたのは、とても幸いなことだった。


「本当にごめんね。もう宿題で脅すのはなしにする」


 マイの言葉を聞いて、トーハは安心する。


「いいんだよ。マイちゃんが元気でいてくれたらそれで」


 それはトーハの心からの気持ちだった。

 マイといるだけで幸せな気分になれる。

 トーハにとっての幸せは、マイとの関係の外にはない。


「ありがとう」


 笑顔の親友を見たトーハは、つられて微笑んだ。


(やっぱり好きだなぁ)


*****


 放課後になっても、ふたりは教室にいた。

 トーハは机でノートを広げて宿題をしている。

 その様子を、マイが黙って見守っていた。


「…………」

「……?」


 トーハがふと顔を上げると、マイと目が合った。


「どうしたの?」

「何でもないよ」


 マイは無邪気な笑顔を浮かべる。

 その瞬間、トーハは少しドキッとして、頬を赤らめた。

 それを悟られないように、やたらと宿題に向き合った。


「あ、そこ違う」

「え?」

「それはxじゃなくてyに代入しなきゃ」

「あ、そっか……」


 集中していなかったために、単純なミスをしてしまう。

 しかし宿題のことなど、頭の中では考えてさえいない。

 トーハはただ、橙に染まりかける世界に浸っていた。


(マイちゃんがそばにいるとドキドキする)

(マイちゃんの顔を見るたびに嬉しくなる)

(もっと一緒にいたいな)

(好きって伝えたいな)


 トーハはおもむろにペンを置いて、マイのほうを見た。


「……マイちゃん」

「ん?」


 マイも同じように見つめ返してくる。

 すると、自然と笑みがこぼれた。


「なんでもないよ」


 トーハはそう言って、再び宿題に取りかかる。

 突発的な気の迷いだと、彼女はそう断じた。

 またひとつ、好機が失われことを直感しながら。

女の子っていいよね。

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