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美少女名探偵☆雪獅子炎華 (15)ラビリンス

作者: 夢穂六沙

   ☆1☆


 ヴヴヴヴ!

「ニャッ!」

 我輩はかすかに聞こえる耳障りな羽音を耳にして、とっさに音の聞こえる左側に目をやる。

 ヴヴッ!

「ニャニャッ!」

 意外にも、今度は右側から不快な羽音が響く。

 どうやら羽音の主は周囲を旋回しているようである。

 我輩は耳を澄まし、素早く目配せする。

 そこには、漆黒のゴスロリ衣装を身にまとう絶世の美少女、雪獅子炎華がたたずんでいる。

 小柄でスリムな肢体を我輩に向けて、可愛らしく小首を傾げると、

「どうしたのユキニャン? 何をそんなに警戒しているの? おかしいユキニャンね」

 と、無邪気に笑う。

「あっ! あれを見て、ユキニャン! ラフレシアの花よ! おっきいわね!」

 見ると、ラフレシアの巨大な花が、見事にその巨大な花弁を開いていた。

 いや、それだけではない。

 熱帯雨林特有の、色とりどりの花々が、周囲一面に咲き乱れている。

 赤味の濃いピンクのブーゲンビリア、ベゴニア、真紅のハイビスカス、白みがかった黄色いプルメリア、マホガニー。

 それらを取り巻くように群生する丈高いシダ。

 酷い高温多湿のなか、無邪気に喜ぶ炎華を尻目に、我輩は警戒を怠らなかった。

 常に周囲に気を配っていた。

 炎華が咲き誇る花々に心奪われていると、

 突然!

「きゃっっっ!!!」

 炎華の鋭い悲鳴とともに、

 ヴヴヴヴヴヴーーーッ!

 ついに襲ってきたのだ。

 黄色と黒の危険色に、くびれた尾から、鋭い針を突きだす、最強の蜂、

 スズメバチである!

 攻撃的で、毒針に刺された人間はアナフィラキーショックで絶命することもある。

 最も危険な蜂である。

 我輩は猛然とジャンプ。

 炎華の首筋に毒針が刺さる寸前、

「フシャッッ!!」

 鋭い呼気とともに、必殺の爪を一閃。

 スズメバチを真っ二つに切り裂く。

 ポトリ。

 と、スズメバチは地に落ちた。

 その身体は見事に二分割されていた。

 危険が去った事を知って炎華が安心したように、

「ありがとう、ユキニャン。危うくスズメバチに刺される所だったわ。スズメバチの毒は猛毒があって、ひどい時には命にかかわる事もあるわ。あなたは私の命の恩人ね、ユキニャン」

「ウニャッ!」

 炎華が我輩の頭を優しくナデナデする。

 我輩は飼い猫である。

 名前は、

 ユキニャン。

 探偵であるゴスロリ少女、雪獅子炎華の相棒を務め、探偵の真似事をしている猫探偵である。


   ☆2☆


 ガサガサッ!

 丈高いシダの葉をかき分けて、宇宙服のようなスズメバチ対策用の防護服に身を包んだ男が現れる。

 肩から黒い大きなカバンを下げていた。

 そいつが我輩たちに近づくと、

「や、危ないところだったね。ぼくはこの植物園に巣を作っていたスズメバチを駆除して園内を周っていたんだ。だけど。どうやら一匹だけ、この温室に入っちゃったみたいだね。今日は休園日だから、誰もいないかと思ったんだけど、君はもしかして植物園の招待客の一人かい? 小さな、可愛らしい、お嬢さん?」

 炎華が怒りにほっぺたをふくらませ、

「今ごろノコノコやって来て、何を言ってるのかしら? スズメバチなら私の相棒のユキニャンがとっくにやっつけたわよ。まったく、来るのが遅いにもほどがあるわ。ユキニャンがやっつけてくれなかったら、スズメバチ駆除会社にクレームを入れるところよ。そ・れ・と、私は雪獅子炎華。子供呼ばわりしないでちょうだい!」

 スズメバチ駆除会社の男が頭をかきながら、

「や、これはすまなかったね。炎華ちゃん。それと、誤解があるようだから話しておくけど、そうしないとスズメバチ駆除会社の人に申し訳ないからね」

 炎華が首を傾げ、

「どういう事かしら?」

 スズメバチ駆除会社の男が防護服を脱いでパンツ一丁になると、カバンの中から仕立ての良い背広を取り出し着替え始める。

 炎華がしかめっ面で、

「レディーの前で裸になって着替えとか、やめてもらえないかしら」

 男が頭をかきながら、

「や、ごめんごめん。防護服の中が結構、蒸し暑くってね、裸で入っていたんだよ」

 防護服をカバンの中に仕舞うと、炎華を振り返る。

 意外にも三十代半ばぐらいの、好中年が笑顔を見せた。

「や、ぼくはこの、あざみの植物園の園長、植木野法助というんだ。よろしくね、小さなレディーさん。君をあざみの植物園に招待した張本人だよ」

 炎華が胡乱げに、

「何で園長がスズメバチ退治なんてやっているのよ。変な誤解をしちゃったじゃないの。それならそうと、初めから言ってくれればいいのに」

 植木野法助がアハハと力なく笑みを浮かべ、

「実を言うと、この、あざみの植物園は、少子高齢化のせいで子供が減っているのと、例の、今、まさに猛威を振るっている、新型変異ウイルスのせいで、経営状態が非常に悪化していてね。害虫駆除を業者に任せるだけの余裕がないんだよ」

 炎華が嘆息し、

「それでよく新しいイベントを開催する気になったわね。確か、植栽ラビリンス展、だったかしら? でも、そのために、また相当の、お金が必要になったんでしょう」

 植木野法助が、

「まあね。でも、プリペットの垣根で作った植栽ラビリンス展は、あざみの植物園の起死回生を賭けた一世一代の大事業なんだよ。もし失敗したら、きっとぼくに、あとはないだろうね」

 なんだか植木野法助が遠い目をする。

 炎華がそんな事には感心なさそうに、

「私はラビリンスが楽しめれば、それでいいのよ」

 植木野法助が気を取り直し、

「それもそうだね。今日は是非、楽しんでいってくれよ。炎華ちゃん」

 炎華がおざなりに、

「期待しているわ」

 と答えた。


   ☆3☆


 園内自体が迷宮のように入り組んでいるのだが、園長、植木野法助の案内のおかげで、色々な植物を堪能しながら、肝心のラビリンスの入口までたどり着いた。

 ラビリンスはプリペットの垣根で造られている。 

 垣根の高さは二メートルほど、 厚さは三十センチメートルぐらい。

 ラビリンス全体の大きさは、入口のある横幅は百メートル、縦幅は八十メートルぐらいだろう。

 入口の左側。

 少し離れた場所に出口がある。

 入口の前には、屋台が数軒あった。

 が、開いているのはジュース屋だけである。

 炎華が、

「のどが渇いたわね、ユキニャン。あのジュース屋さんで、何か買いましょう」

 植木野法助が、

「や、炎華ちゃん。ぼくが買ってあげるよ。さっきのお詫びだ」

 炎華が喜々とした表情で、

「じゃあ、私はロカコーラをちょうだい。ユキニャンもそれでいいわね?」

「ウニャッ!」

 我輩は首肯する。

 炎華が植木野法助から小さめのカップに入ったSサイズのロカコーラをもらう。

 植木野法助もロカコーラを買った。

 そのサイズはLLの超ビッグサイズだった。

 ストローも炎華の物より二倍は太くて長い。

 植木野法助が店の店員に、

「招待客にも配ったんだろうね」

 と、問いかけると、

 店員がニコヤカに、

「ええ、みなさん、この暖かい陽気ですから、喜んで飲んでいらっしゃいますよ」

 植木野法助が、

「や、そうか、この暖かさだから、たぶん、飲み物が必要になるだろう。と予想した、ぼくの感が当たったわけだ。ジュース屋だけでも開けておいて良かったよ」

 店員が笑顔で、

「まさしく、ビンゴっす!」

 ラビリンスの入口前には、招待された人々が顔をそろえている。

 五月で陽気な天気とはいえ、まだ多少、肌寒く感じられるなか、身体にピッタリとしたスリムのジーンズに、同じ、ピッタリとしたTシャツを着たイケメンが、

「待ちかねたよ、園長。やっとラビリンスに入れるってわけだ。ここまで来る道のりは、長かったよな~」

 と、軽薄な口調でしゃべる。

 植木野法助が、

「そうだな、竹井。このラビリンスのデザインについては、だいぶ、お前に無理を言ったからなあ」

 竹井がニヤリと笑い、

「主にお前の奥さん、宝子の要求だったけどな。だけど、デザイナーとしては、ユーザーの要求にゃ答えにゃならん。まあ、それが俺の腕の見せどころってわけだ。毎日CADにかじりついて、四苦八苦してたぜ」

 植木野法助が炎華に向かって、

「こいつは大学時代、ぼくと同期だった園芸デザイナーの竹井武人。その世界では結構、有名なデザイナーなんだよ、炎華ちゃん」

「そう。全然、知らないわ」

「ズコーーーっ」

 言いながら竹井武人が派手にズッコケる。

 お笑いの、よしともか?

「とてもデザイナーとは思えない見事なコケっぷりね、竹井君。お笑いに転向したほうが良くなくない?」

 竹井武人が顔をしかめ、

「おいおい冗談じゃねえぞ、俺みたいなイケメンは、お笑いなんかより、ジョニーズのほうが似合っているだろう。松田奈美さん。今は園芸出版社の、副編集長だっけ?」

 松田奈美がスーツごしにも分かる巨大な胸を揺らし、

「三十過ぎじゃ、ジョニーズ・タレントは無理でしょうね。そ・れ・と、わたしはもう、へ・ん・し・う・ちょう、よ。こないだ昇進したの。すごいでしょ」

 植物園スタッフのつなぎを着た女の子が、

「す、すごいですよね! じ、自分も見習わなきゃ! ですよね。い、いつか自分も、この、あざみの植物園の、え、え、えんつうあふっヒっい!」

 竹井武人が、

「その、舌を噛む癖があったんじゃあ、当分、園長は無理だな。梅津マリちゃん。だけど、園長代理でも、充分じゃねえか?」

 松田奈美が、

「本当に、相変わらずマリはカミまくりね」

 梅津マリが涙目でうめく。

「くううう~」

 気を取り直すように、植木野法助が、

「さあ、それじゃ、ラビリンスのお披露目といきたい所だけど、まだ宝子が来てないからなあ」

 と、言った矢先に、園内をバイクで突っ込んで来る、とんでもない二人組の女性があらわれた。

「遅れてゴメンなさい、法助! ラビリンス展には間に合ったかしら?」

 メットを脱ぐと二十代の溌剌とした若い女性の顔がのぞかせる。

 もう一人は、体形、体格こそ若い女性に似ているものの、若干、老けている、年輩の女性だった。

 二人とも黒皮のライダースーツに身を包んでいる。

 植木野法助が、

「や、ようやく主賓の登場だよ。すべり込み、ギリギリセーフだね。宝子、それに、お義母さんも」

 お義母さんと呼ばれた年配の女性が、

「あなたに、お義母なんて呼ばれたくありません! アタクシは、あなたたちの結婚を認めたわけではありませんからね!」

 年輩の女性がピシャリと言い放つ。

 言いながら、ライダースーツごしにセーブルのロングコートを羽織った。

 滑らかに黒光りする最高級の毛皮である。

「宝子、あなたもこんな甲斐性のない男とはサッサと別れて、別の、いいお婿さんを、お探しなさい。そのほうが、ずっと幸せなはずよ」

 宝子が、

「でも、あたしってば」

 植木野法助に抱きつき、

「法ちゃんにラブラブなんだも~ん! 離婚なんてありえな~い!」

 どちらかと言うと、ノンビリ屋で鈍くさい植木野法助と、元気溌剌オロナミソC大好きっ子的な宝子とでは、相性最悪な印象を受けるのだが、レンアイ感情とは、まったくもって猫の我輩には理解不能である。

 炎華が、

「乙産稲子、世界的バイクメーカー、オツサンの女社長ね。でも今は、新型変異ウイルスの影響で、半導体不足と、海外に発注した部品が生産停止に陥って、ニッチもサッチもいかない状況よね。何でもかんでも海外に頼るから、兵糧攻めに会うと日本はイチコロになるわね。もしかしたら、その理由で、娘の嫁ぎ先を大企業のご令息にして欲しかった。という事かしら?」

 乙産稲子が激怒し、

「何ですか! この無礼な子供は! 誰が連れて来たの? まったく、親の顔が見てみたいわ!」

 植木野法助が、

「おかあ、いや、乙産さん。この子は招待客の一人で、え~と、確か、熱帯植物愛好家の、鬼頭という、公務員の方から紹介された女の子なんですよ」

 炎華が、

「警部よ、鬼頭警部。殺人課の警部をしているわ」

 一瞬、一同シーンとなる。

 場をつくろうように植木野法助が、

「や、な~んだ。そうだったのか。公務員とは聞いていたけど、まさか、殺人課の警部とは、知らなかったな」

 炎華が、

「鬼頭警部とは古い付き合いでね。仕事でラビリンスに行けなくなったから、代わりに行ってくれないかって、私に振ってきたのよ。ひまだから、今日、こうして来たというわけ」

 竹井武人が陽気な口調で、

「まっ、そんなこたあ、どうでもいいじゃないか、こんだけ可憐なゴスロリ美少女なら、誰の紹介だろうと大歓迎だぜ。どうだい、俺のデザインのモデルにならないかい、お嬢ちゃん?」

 松田奈美が、

「あんたのデザインは植栽! が、付くでしょう。女の子の形をした植物でも作ろうっていうの?」

 竹井武人がウィンクしながら、

「おっ、いいね~、そのアイデア、頂きだな、今度の大型ビルの植栽デザインでいっちょ使ってみるかな」

 梅津マリが、

「竹井くん何いっっえっくうううっ!」

 相変わらず梅津マリは噛みまくりである。

 炎華が梅津マリを尻目に、

「私はモデルに興味はないわ。私が興味があるのは、純粋推理。それだけよ。一滴の水から海を想像し、無数の白い糸の中から、血に染まった赤い糸を探し出す。それが、私の使命よ」

 宝子がアハハと屈託なく笑いながら、

「まるで探偵みたいな事を言うのね、お嬢ちゃん。お人形見たいに可愛い女の子なのに」

 炎華が挑むように、

「私は雪獅子炎華……探偵よ。この子は私の相棒のユキニャン」

「ニャー!」

 宝子が、

「それじゃあ、もし、このラビリンスで何か事件が起きたら、あなたに捜査を依頼するわ。小さな探偵さ、ふ、ぶ、ぶあああっくしょいっっ!!」

 我輩は宝子のクシャミをモロにかぶった。

 とんでもない女である! 

 せめて口でおおえ! 

 と、言いたい。

 我輩が新型変異ウィルスに感染したら、どうするのだ!

「ウニャア!」

 と、我輩は抗議の鳴き声をあげる。

 乙産稲子が心配そうに、

「大丈夫なの宝子? まさか、新型変異ウィルスに感染したんじゃないでしょうね?」

 宝子が手をヒラヒラ振りがら、

「まっさか! ただのクシャミだよ。バイクで走って来る途中、ちょっと冷えただけだよ。ワクチンも飲んでるんだから、大丈夫だよ」

 乙産稲子が、

「なら、いいんだけど」

 植木野法助が気を取り直すように、

「さあ、全員そろったことだし、ラビリンスの試遊会を始めよう」

 こうして、一人ずつラビリンスへと入って行く。

 一分おきという事で、最初に入ったのは、ラビリンスの状態を確かめたい。

 という事で、梅津マリ。

 二人目は、雑誌の締め切りに間に合わせたい。

 松田奈美。

 三人目は、デザインが上手く機能しているか早く見たい。

 竹井武人。

 四人目は、これは、宝子と乙産稲子が一緒に入って行った。

 植木野法助が、

「や、あと残っているのは、ぼくと炎華ちゃんだけだけど、先に入るかい?」

 炎華が、

「私は最後でいいわ。ゆっくり見物したいから。法助から先にどうぞ」

 植木野法助が防護服の入ったカバンをベンチに置くと、片手にロカコーラのカップを持ち、

「じゃあ、先に入るよ。炎華ちゃんも一分後に入るんだよ」

 炎華が、

「言われなくても分かっているわ」

 植木野法助が苦笑しながらラビリンスに入って行く。

 炎華がその後ろ姿を見ながら、

「それにしても。まだ、飲み終わっていなかったのね、ロカコーラ。他の客は、みんな飲み終わっているのに。まあ、LLサイズじゃ、そう簡単には飲み終わらないでしょうけどね」

「フニャッ、フンッ!」

 我輩は首肯する。

 そう言った炎華も、Sサイズのロカコーラを、まだ飲み終えていないのだが。


   ☆4☆


 ラビリンスの中はかなり入り組んでいる。

 結構、本格的な造りの大迷宮である。

 炎華が迷いながらも先に進んで行くと。

 突然!

「キャッ! ハチよっ! ハチっ! さっ、刺されちゃった!」

 隣りの通路から宝子の声が響く。

 炎華が、

「どうやら、他にもスズメバチがいるみたいね。行きましょう、ユキニャン。宝子が刺されたようよ」

「ウニャッ!」

 我輩と炎華が角を曲がると、ライダースーツ姿の乙産稲子が見えた。

 が、オロオロしているばかりで、肝心の宝子の姿が見えない。

 炎華が、

「宝子はどこ? ハチに刺されたんじゃないの?」

 乙産稲子が、

「そ、それが、出口はすぐそこだから、手当てを受けて来るって言って、走り出してしまったのよ」

 炎華が、

「それは、手当は早いにこした事はないけど、救急車は呼んだの?」

 乙産稲子が首を横に振る。

「しかたがないわね、まったく」

 炎華がスマホで救急要請をしていると、

 竹井武人が、

「何かあったのかい? 宝子の悲鳴が聞こえたような気がしたけど?」

 救急要請を終えた炎華が、

「宝子がハチに刺されたのよ。スズメバチかもしれないわ」

 竹井武人が、

「大変じゃないか! スズメバチって、結構ヤバイんだろう?」

 炎華が、

「まれにアナフィラキシーショックで死亡する事もあるわね」

 竹井武人が、

「本当かよ! 大変じゃないか! それで、肝心の宝子はどこなんだよ」

 炎華が、

「手当てを受けに行くと言って、一人で出口に向かって走り出したのよ。とにかく、宝子を探しにに行きましょう。一人じゃ、たぶん危ないと思うわ」

 竹井武人が、

「わかった。宝子を探そう! たくっ! 昔っから、こうと思うとすぐ突っ走っちまう性格だったからな」

 と、言いながら宝子を探しに駆け出す。

「まったく、大変な事になったわね」

 炎華も別の通路から、出口に向かって宝子を探し始めた。


   ☆5☆


 炎華はラビリンスの出口付近で、ライダースーツごしにセーブルのロングコートを羽織った宝子を発見した。

 炎華が駆け寄るのに気づいたのか、宝子が弱々しく指先を持ち上げ、この植物園の中央にそびえる展望台を指差すと、虫の息で、

「あ、そこ……に……お、ねが、い………」

 そう言い残して亡くなった。

 炎華が展望台を見上げ、

「展望台にいったい何があると言うのかしら? とにかく、みんなを呼ばないと」

 炎華が声をあげると、それに気づいて飛んできたのは竹井武人だ。

「宝子! 宝子はどうなったんだ!」

 竹井武人が宝子の脈を取ろうとするが、

「無駄よ。もう亡くなっているわ」

 竹井武人が青ざめ、

「そ、そんな! 宝子! 宝子おおおおおっ!」

 乙産稲子も駆け寄り、

「そんな馬鹿な、宝子が死ぬ、なんて、そ、そんな、馬鹿な事があってたまるもんですか!」

 竹井武人を押しのけ宝子に抱きつき、

「宝子! 宝子! 返事をして! 宝子おおおお!」

 必死にその身体を揺さぶる。

 炎華が、

「残念だけど、亡くなった人は生き返らないわ。それより、稲子は何でコートを着ていないのかしら? 宝子が着ているコートは、稲子のコートよね」

 乙産稲子が怒りに満ちた目で、

「な、なにを言っているの! 宝子が大変な、こんな時に! 子供の出る幕じゃないわ!」

 炎華が、

「犯人を捕まえるためよ」

 竹井武人が、

「待てよ! 宝子はスズメバチに刺されたんじゃないのか?」

 炎華が、

「宝子は死ぬ直前に、あの展望台を指差したわ。恐らく、ダイイング・メッセージよね」

 竹井武人が、

「そ、それとコートが、何の関係があるんだよ?」

 炎華が、

「さあね。ただ、気になっただけよ。間違い探しは、探偵術の基本でしょ」

 乙産稲子が怒り狂う。

「何が間違い探しよ! このキチガイ小娘が! いい加減にしないと、子供だからって、絶対に容赦しないわよ!」

 炎華が肩をすくめ、

「やれやれ、お話にならないオバサンだわね。もう行きましょう、ユキニャン」

「ウニャッ!」

 と、言い残し炎華がその場を退散しようとすると、植木野法助が遅れてやって来た。

 その顔は憔悴しきり、ただ、宝子、宝子、と、いつまでも、ささやき続けるばかりだった。


   ☆6☆


「それで、検死の結果はどうだったのかしら? 鬼頭警部。やっぱり、スズメバチの毒かしら?」

 事件から三日後。

 あざみの病院の、近代的な広いロビーに据えてある長椅子のほとんどを一人占めした鬼頭警部が、半ば顔を歪ませ、

「いや、スズメバチではないのだ。植木野宝子は毒殺されたのだ。南米の原住民などがよく使う、クラーレという毒なのだ。筋肉を弛緩させ、最後は心臓まで停止させる。恐ろしい猛毒なのだ。原住民はこれを弓矢の矢じりや、吹き矢の針に塗って、大型の動物を仕留めるのだ」

 炎華が、

「宝子はハチに刺された。と、言っていたわ。犯人は吹き矢を使った、という事ね」

 鬼頭警部が、

「それで間違いないと思うのだ。クラーレの効き目は個体差があって、牛なら三十分なのだ。だから、植木野宝子も、刺されたあと、しばらくは生きていられたのだ」

 炎華が、

「吹き矢と針は見つかったのかしら?」

 鬼頭警部が、

「それが、さっぱり見つからないのだ」

 炎華が、

「犯人が持ち去った可能性があるわね。最初はスズメバチだとばかり思っていたから。初動捜査が一切行われなかったのよ。仕方がないから、素直に諦めるとしましょう」

 炎華が一息つき、

「次に、宝子のダイイング・メッセージよ。宝子は死ぬ間際に展望台を指差していたわ。それを調べてくれたかしら?」

 鬼頭警部が、

「展望台も調べてみたが、やはり、何も見つからなかったのだ」

 炎華が、

「まあいいわ。それじゃ、乙産稲子がコートを脱いで、何故、宝子に着させたのか? その理由は聞いてくれたかしら?」

 鬼頭警部が、

「それは聞いたのだ。あの日、宝子はクシャミを連発していて、風邪を引いたら大変だから、という理由で、宝子にコートを貸したのだ」

 炎華が、

「現場にいた者のアリバイをうかがいたいわね」

 鬼頭警部が、

「まず、最初に入った梅津マリと、二人目の松田奈美は完全に白なのだ。

事件が起きた時、この二人はラビリンスをとっくに出ていて、入口前に戻っていたのだ。それは屋台の店員も証言しているのだ。三人目の竹井武人はアリバイ無し。同じく、乙産稲子と植木野法助もアリバイが無いのだ」

 炎華が、

「動機はどうかしら?」

 鬼頭警部が、

「竹井武人は仕事も順調、女性関係で多少もめているものの、この事件との繋がりは無さそうに思うのだ」

 炎華が、

「白という事ね」

 鬼頭警部が、

「乙産稲子は、会社の経営が新型変異ウィルスのせいで厳しいとはいえ、娘を殺しても何の得にもならないのだ」

 炎華が、

「彼女も白という事ね」

 鬼頭警部が、

「最後に植木野法助だが、あざみの植物園の経営状態は乙産稲子と同様、非常に悪く。起死回生を図った植栽ラビリンス展でも、相当に借金を抱え込んでいるようなのだ」

 炎華が、

「宝子に財産があるとか、生命保険が掛けられているとか、そういう事はないのかしら?」

 鬼頭警部が、

「いや、まったく無いのだ。植木野宝子は文無しで、保険も一切、掛けていないのだ」

 炎華が、

「お手上げね。でも、まあいいわ。私はもう一度、植物園を見てみるから。何か、見落としている事があるかもしれないわ」

 鬼頭警部が、

「頼むのだ、炎華くん。君だけが頼りなのだ」

 炎華が嘆息し、

「しょうがないわね。それじゃ、行きましょうか、ユキニャン」

「ニャウッ!」

 我輩と炎華は、再び植物園へと向かった。


   ☆7☆


 植物園に着いた炎華は、まずラビリンスを目指した。

「事件現場をもう一度、見直しましょう。どうやら、警察は引き払っているようね。ユキニャン、私は乙産稲子のコートの件が気になるのよ。ユキニャンの鼻で何とかならないかしら?」

「ウニャッ!」

 我輩はラビリンス内部の臭いを嗅いでまわる。

 やがて、乙産稲子のコートの臭いを嗅ぎつけた。

「ニャニャ、ニャッ!」

(ここだ!)

 と、我輩は鳴いた。

 炎華が、

「確かに、この辺りだったわね。宝子が刺された場所は」

 炎華が周囲をくまなく探し始める。やがて、

「これは何かしら? 黒い毛が、プリペットの葉にからまっているわ」 

 炎華が瞳を凝らして見る。

「これは、セーブルのロングコートね。その毛皮の一部だわ。宝子がスズメバチに刺された。と思って、コートを手で払った時に、毛皮が抜けたのかしら?」

 炎華がゴム手袋をはめ、慎重に黒い毛を回収する。

 それを、シゲシゲと眺めながら、

「これはコートから抜けた毛じゃないわ。吹き矢の針が付いているもの。毛先に混じって、黒く塗装した細い針が付いているわ。コートの毛を尾羽がわりにした吹き矢の針、というわけね」

 炎華がそれをビニール袋にしまう。

「何故、犯人はこんな重大な証拠を、みすみす見逃したのかしら? 処分する機会は、いくらでもあったはずなのに」

 ビニール袋をポシェットにしまうと、

「その謎が解けない限りは、この証拠を鬼頭警部に渡すわけにはいかないわね。この針をよく鑑定すれば、すぐに犯人は見つかるかもしれないけど、問答無用で犯人を逮捕しても、つまらないわよね。それじゃ、名探偵として芸が無さ過ぎるわ。肝心の吹き矢のほうは、まだ見つかっていないし、ねえ、ユキニャン」

「ウニャンッ!」

 我輩は同意した。


   ☆8☆


 次に炎華が向かったのは展望台である。

 最上階へ向かうガラス張りのエレベーターの中で、

「やっぱり、あのダイイング・メッセージの意味が気になるわね。何か秘密が隠されているはずよ」

 エレベーターが開き、展望台へと足を踏み入れる。

 さして広くもない、こじんまりとした展望台である。

 窓ガラス越しに目に飛び込んで来るのは、やはり、あの巨大なラビリンスである。

 しばらく展望台の中をブラブラ歩いていた炎華だが、すぐに飽きてしまったのか、売店でロカコーラを買う。

 売店横のソファーに座っていると、子供が同じようにロカコーラを飲んでいた。

 が、突然! 

 ストローからロカコーラを我輩に向かって吹き出す!

「ギニャ~~~~~ッアンッ!!!」

 我輩は悲鳴をあげる。

「とんだ災難にあったわね、ユキニャン」

 コーラまみれになった我輩を、炎華がハンカチで拭きながら、

「でも、そういう事だったのね。吹き矢のトリックがユキニャンのおかげで解けたわ。残るはダイイング・メッセージだけよ。だけど、もう時間も遅いし、そろそろ帰りましょうか」

 すると売店の店員が、

「もう帰っちゃうの? この時間が一番、綺麗な景色が見られるのに。もったいないな~」

 空は夕焼けに赤く染まり、地平のはるか彼方に、冠雪をかぶった銀色の山並みが広がる。

 まさしく絶景である。

 が、炎華の瞳は、この展望台から見下ろしたラビリンスに釘付けになっている。

 炎華がつぶやく、

「なるほど、そういう事だったのね。重要なのは、この時間。という事ね。これで、

 緋色の糸がすべて繋がったわ」


   ☆9☆


「今日、ここへ来てもらったのは、他でもない、宝子の事件について、あなたと検証するためよ、植木野法助」

 ガランとした展望台の中、刻々と夕暮れに染まる絶景を眺めながら、炎華が告げる。

 あの事件以来、あざみの植物園はずっと休園になっている。

 植木野法助が力なく、

「や、そうかい、炎華ちゃん。宝子が亡くなって、ぼくはもう、何もやる気が起きないんだけど、君が熱心に誘うもんだから、一緒にここに来たけど、今さら、いくら検証したところで、し、死んだ者は、生き返らないよ、うう」

 最後は涙声だった。

 炎華が、

「そうね、その通りよ。死んだ者は生き返らないわ。だからこそ、生きている者は、その務めを果たさないとね」

 植木野法助はうなだれたまま、

「や、それは、その通りさ。分かっている。分かってはいるけど、今は、駄目なんだ。こればかりは、どうしようもない。愛する人を失った悲しみは、君にはわからないだろうけどね」

 炎華の怜悧で聡明な表情は微動だにしない。

 その瞳はただ、眼下に広がるラビリンスを見つめている。

「そろそろ、頃合いね」

 植木野法助が、

「何のことだい?」

 と、不思議そうに問う。

 炎華が唇だけかすかに揺らし、鮮やかな微笑を浮かべる。

「今に分かるわ。それより、事件をもう一度、よく推理してみましょう。始め、スズメバチに刺された事故かと思われた事件は、その後、検死を行った結果。吹き矢を使った他殺で、吹き矢の針には、クラーレの毒が塗ってあった、と分かったわ。まず第一に、容疑者をあげてみましょうか。あの場にいたのは、ラビリンスに入った順でいえば、

 梅津マリ。

 松田奈美。

 竹井武人。

 宝子と乙産稲子。

 あなた、植木野法助。

 最後に私よ。

 最初に入った梅津マリと松田奈美の二人は、容疑者から除外していいわ。この二人は事件が起きた時、すでにラビリンスの外に出ていた。売店の店員もそれを証明しているわ。次に竹井武人、彼もシロね」

 植木野法助が、

「どうしてなのかな? 先に入った竹井が、宝子を待ち伏せして、吹き矢で殺したかもしれないじゃないか?」

 炎華が首を振り、

「竹井武人はあの日、身体にピッタリしたスリムのジーンズに、ピッタリしたTシャツを着ていたのよ。吹き矢を隠せる服装じゃないわ」

 植木野法助が、

「なら、お義母、稲子さんが直接、針を持って刺したのかもしれないよ」

 炎華が、

「宝子の殺害に使われた毒はクラーレという遅効性の毒よ。乙産稲子が刺したなら、宝子は乙産稲子が犯人だと訴えたでしょうね。そもそも、そんなリスクを冒すぐらいなら、はじめから即効性の毒を使うはずよ」

 植木野法助が、

「すると、残るは、ぼくだけだね」

 炎華が、

「そうよ、植木野法助。あなたが、宝子殺しの犯人よ」

 植木野法助が青ざめながら、

「ぼくに動機があるのかな?」

 炎華が、

「ないわ。なぜなら、あなたは間違って宝子を殺したからよ。あの日、宝子はクシャミをしていた。だから、乙産稲子はラビリンスの中でコートを宝子に貸した。あの二人は背格好、服装、髪型まで似ているわ。だから、あなたはコートを目印に、乙産稲子を殺そうとした。だけど、それは宝子だったのよ」

 炎華がポシェットからビニール袋を取り出し、コートの毛皮に偽装した毒針を見せ、

「仰天したあなたは重要な証拠の処分をする事まで忘れていた。違うかしら?」

 植木野法助が、

「その通りだよ、炎華ちゃん。すべて、君の言う通りだ」

 炎華が、

「吹き矢のトリックは最後まで手こずったけど、子供のイタズラがトリックを教えてくれたわ。あなたはロカコーラのストローを吹き矢として使ったのよ。違うかしら?」

 植木野法助がうなづく。

 そして、力なく、うなだれながら、

「ぼくを逮捕するのかい、炎華ちゃん? それでも構わないがね。宝子が死んだ今となっては、ぼくも死んだも同然だ。始めは金目当ての結婚だった。乙産稲子が死ねば、遺産が手に入ると思ったんだ。だけど、だんだんと、宝子の素晴らしさが分かってきたんだ。宝子なしでは生きていけないほどに、いつの間にか宝子を愛していた。でも、今さら、どうする事も出来ない、宝子が死んだ今となっては!」

 炎華が、

「そうでもないわ。私が展望台へあなたを呼んだ理由は、あなたに宝子の遺産を見せるためよ。さあ、もう時間よ。宝子の最後の遺産を受け取りなさい、植木野法助」

 植木野法助が不思議そうに、

「いったい、何の事だい? 炎華ちゃん?」

 炎華が、

「それは目の前にあるわ。宝子が最後にこの展望台を指差したのは、あなたにこれを見せるためよ」

 炎華が指差す先に、ラビリンスが広がっている。

 ラビリンスは夕陽に染まり、クッキリと影を形作っている。

 その影を炎華が、指先でなぞる。

「あの影をなぞると、

 ウエキノ

 ホウスケ

 ホウコ

 となるわ」

 それは、影で形作られた、メッセージである。

 植木野法助の瞳に涙が浮かぶ。

 炎華が、

「あなたは宝子の遺産を守る義務があるのよ。罪を償い、もう一度、あざみの植物園に戻り、ラビリンスを永遠に残すのよ」

「ウニャー!」

 我輩もその通り!

 と、鳴いた。


   ☆10☆


「植木野法助から、花が届いたわ。

 コスモス。

 キンギョソウ。

 ガーベラ。

 コスモスの花言葉は少女。

 キンギョソウは推測。

 ガーベラは感謝よ。

 全部つなげると、少女の推理に感謝、ね。なかなかイキなプレゼントだと思わない?」

「ウニャッ」

 我輩は首肯した。

 炎華が、

「あの事件のあと、植木野法助は自首して、今は服役しているけど、その間は梅津マリが園長代理として孤軍奮闘しているわ。それと、亡くなった宝子は、植木野法助に内緒で、相当、高額な財産をスイスの隠し口座に保有していたわ。しかも、宝子が死んだ場合の遺産相続人は植木野法助になっていたのよ。植木野法助はそのお金を、あざみの植物園の借金返済にあて、それでも、相当お金が残ったそうよ。ともかく、これで、あざみの植物園も永遠に安泰というわけね。近いうちに、また遊びに行きましょう、ユキニャン」

「ウニャーッ!」

 我輩は喜んだ。

 炎華が、

「今度は事件も起きずに、ラビリンスを純粋に楽しめそうね」

「ニャフ、ニャーフ!」

(その通り!)

 と、我輩も鳴き声をあげる。


   ☆完☆

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