セ〇クスしないと出られない部屋を清掃するアルバイトをはじめたのにエロいことがおきない
「ほら、先輩! どんどん突いて下さい! そんなんじゃイケませんよ!」
目の前の美少女から、シチュエーションによっては色気のある台詞が吐かれる。
「美少女空手家の上名木茜ちゃんと! ヤレる機会なんて! 今後もう来ないかもしれません! ほら! ほら!」
自分で言うだけあってなかなかの美少女である茜が相手なのだから、空手とアルバイトに青春を捧げてきた童貞大学生、茂木善道だってセックスに誘われればすぐに乗ることは間違いない。
残念ながら、誘われているのはセックスではないので、一切エロくない。
もともと、シチュエーション自体はエロいはずなのだ。
狭い部屋に男女二人。
しかも、ここは「二人が興奮したあと快楽を感じなければ外に出られない部屋」である。
もっとわかりやすく言えば、「セック〇しないと出られない部屋」である。
「先輩が仕掛けてこないなら、こっちから行くしかないです。もう。乙女に恥をかかせないでくださいよ」
茜はぐいぐいと善道に近づいてくる。
そのまま善道に顔を近づけて、――キスを――、することなく頭突きを仕掛ける。
善道はスウェーでかわして、一歩下がって、すぐさま体勢を立て直す。
「この状況でそんな元気なお前が信じられないんだけど」
そう言って、善道は茜が放ってきた正拳突きをかわす。
「だって、ここは『二人が興奮したあと快楽を感じなければ外に出られない部屋』ですよね? 興奮できるなら別に、空手の試合でも大丈夫ですよ」
「たぶんお前の頭が大丈夫ではないかな……」
ここ十分くらいのあいだ、「セッ〇スしないと出られない部屋」に閉じ込められたはずの二人は、空手に明け暮れている。
色気の欠片もない。
茜だって強いので、急所に当たればすぐに逝けてしまうし、美少女とヤレると言ってもセッ〇スではなく空手である。
『興奮度と快楽値が一定値を超えました。セッ〇スと認めます』
機械音声が二人に告げる。
そうして、ドアのロックが解除された。
「あ、OKなんだ……」
善道は汗をぬぐってから、ため息をついた。
***
悪夢のような発言はいつだって唐突だ。
「じゃあ、そういうことで仕送りは廃止ね」
「いや、俺だってカツカツなんだけど。って、切れてるし」
ギリギリの大学生活を送っていた茂木善道は家業が苦しくなったことを理由に仕送りを止められた。
それ自体は仕方ないものの、善道はゼミに所属して研究を進めなければならない学年なのだ。今だってアルバイトをしているし、今年からはそればっかりに時間を使っていられない。
今は夏休み直前ということもあり、幸いにもアルバイトするための時間はあるといえばある。
ただ、大学のアルバイト募集掲示板を見ても、治験以外に高額なアルバイトは見当たらない。
善道は最後の手段と決めていた、ゼミの先輩への相談に頼ることにした。
「というわけで、金が必要なんですが」
「汚くてきつい仕事でもいい? ラブホの清掃員とか」
ゼミの先輩はやはり頼りになる。
一瞬で高時給のアルバイトを紹介してきた。
「この際選り好みはできませんから、いいですよ。……ラブホ? まあいいですよ」
「そう、しかも『無人島のラブホ清掃員』なんだけど」
あやしい。
ゼミの先輩が頼りになるという感覚は一瞬で消失した。
ラブホがある時点で無人島ではない気がするし。
しかも日当五万円で二十日間拘束、つまり、二十日で百万円もらえる仕事らしい。
あやしい。
すごくあやしい。
間違いなく犯罪だと思えるほどのあやしさである。
が、背に腹は代えられないので、善道はこの話を受けることにした。
「それでお願いします」
「ほんとに? 紹介しておいてなんだけど、たぶんデスゲームに巻き込まれるか、犯罪に巻き込まれるかするよ?」
「デスゲームなら生き残る自信はあるので」
ヤバい仕事であると思っていたのなら紹介すべきではないのでは、とも思ったが善道は黙っていた。
こう見えて、善道は空手でインターハイ三位になったことがあるから、腕っぷしには自信がある。
最悪デスゲームに巻き込まれる、みたいな展開だとしても、なんとか生き延びる自信はあった。
とにかく、こうした経緯で、善道は夏休み期間に無人島に行くことになった。
結論から言えば、デスゲームには巻き込まれなかった。
***
予想に反してというべきか、予定通りでよかったというべきか。
ラブホの清掃員という仕事に偽りはなかった。
今は研修の時間である。
「おい、あと三分しかないぞ!」
「うるさいわね! あんたがもたついているからでしょ!?」
バタバタと、けれど猛烈な勢いでベッドメイキングをこなす男女(先輩たち)を、善道含む新人アルバイトが眺めていた。
手を動かしつつ口喧嘩している先輩たちはなんだかんだ言いつつも仲は良さそうで、なんならカップルに見える。
「あとはシーツを回収して外に出るだけね」
「残り三十秒! 走れ走れ!」
無人島にあるラブホの部屋は、人が入ってから十五分経つと入口の扉がロックされる。
ロックを解除するには外にあるボタンを押すか、「二人が興奮したあと快楽を感じた状態になる」必要がある。
まあ、早い話が「セ〇クスしないと出られない部屋」なのだ。
最新の科学技術を駆使して、男女の興奮と快楽を測っているそうだが、平凡な学力の大学生である善道には原理は理解できなかった。
「ま、間にあったぁ」
「どうだ、新人たち。こんな感じで仕事をするんだ。今回はぎりぎりだったが」
目の前で行われたドタバタの通り、十五分以内に掃除をし、部屋を出なければならない。
外からは開けられるのだし、部屋の外に誰かがいれば問題ないはずである。
ただし、雇い主の意向(性癖)で、基本的には部屋の外の人間は、閉じ込められたアルバイト二人を救出することを禁じられている。
ついうっかり閉じ込められた男女が、雇い主の性癖を満たしてくれることを期待した料金設定であるというのが高額アルバイトの真相であった。
部屋の清掃自体きつい仕事であるということも、アルバイト料を上げている原因かもしれないが。
雇い主の業の深さは考えなくてもわかる。
「二人が興奮したあと快楽を感じなければ外に出られない部屋」を実現するために、わざわざ無人島を買い取り、開発し、ラブホを立てたのだ。
商売としてではなく、あくまで友人を招いての遊び、金持ちの道楽だということで、警察関係から黙認されている、らしい。
性癖のために土地を買い、ギミック付きの建物を造り、警察にも黙認されるほどの権力をちらつかせているのだから、金持ちとは恐ろしいものである。
ところで、清掃は男女ペアで組まされる。
お手本を見せてくれた先輩たちは仲が良さそうである。
見た目は大学生、頭脳は童貞を標榜する善道の、そのピンク色の脳細胞から導き出される結論は、一つであろう。
男女ペアの先輩たちは、仲が良くなる展開を何度か迎えたのだ。何度かセッ(自重)
善道はペアがどんな人か、緊張してきた。
空手とアルバイト、たまに勉学に励んできた善道はモテとは無縁だった。
ペアの相手いかんでは、エロい展開を迎えてしまうかもしれない。迎えてほしいと思っている。
悶々としながら顔合わせを待っていたところ、アルバイトでペアを組むことになったのは、意外にも顔見知りであった。
「先輩、こんなところで奇遇ですね。もしかしてエッチな美少女と組めるとか期待してました? 残念でした、茜ちゃんです。まあ、茜ちゃんだって美少女ですけど!」
「お? おお、本当に奇遇だな……。えっと、よろしく」
高校時代の空手部の後輩、上名木茜であった。ちなみに大学も一緒である。
美少女ではある。
鍛えていて締まった体をしているせいなのか貧乳であり、善道の好みからは少しはずれている点以外、文句はない。
仕事を始めても、茜の態度は部活の時と変わらなかった。
色気のある展開を迎えそうにはなかったが、結論から言えば、茜は大当たりだった。
二人が顔なじみであることで、チームワークは良かった。
十五分でナニかが行われた部屋を清掃するという無茶な仕事であっても、新人ペアとは思えないほどスムーズに行えた。
一般的なラブホの掃除という業務内容とは少し異なり、力仕事がメインであったことも影響している。
掃除に使える時間が少ないので、絨毯やシーツなどを部屋から運び出し、新しいものに変えるのが仕事の中心である。なんなら汚れたベッドごと運び出す。
空手で鍛えている二人には案外向いていた。
「先輩と体を動かすの久しぶりですけど、気持ちいいですね♡」
「なんか言い方おかしくない?」
バリバリと仕事をこなせる二人が、部屋に閉じ込められてセッ〇スする状況を特に迎えないまま、日々は過ぎていった。
無人島滞在予定も、残り一日となった。
その日最後の清掃を終えた二人は、リーダーから声をかけられた。
「二人ともお疲れ。悪いんだけど、もうひと働きしてくれる? 新しく補充されたアルバイトたちが清掃した部屋を見回ってきてほしいんだよね」
「わかりました」
「はーい」
リーダーに連れられて、部屋の前まで来た。
「ここの部屋から端まで全部ね」
「じゃあチェックはじめます」
「先輩、さっさと終わらせましょう!」
善道と茜が部屋に入ったのを見て、リーダーはにやりと笑い、ドアを閉めた。
「は?」
「ちょっと!?」
ドア越しにリーダーが語り掛ける。
「君たちが好き合っているのはみんな知っているよ。今日で最後だし、ゆっくり話し合ってみるといい。汚しても僕らが掃除するし。あ、見回りは僕がやっておくから、ご心配なく」
余計なお世話であった。
こうして、善道と茜は無事に(?)「セ〇クスしないと出られない部屋」に閉じ込められることとなった。
♡♡♡
「ほら、先輩! どんどん突いて下さい! そんなんじゃイケませんよ!」
台詞だけなら色気があるのに、十数分のあいだ、バカ二人は空手の組手だけをやっていた。
バカさ加減に敬意を表したのか、ドアは開いた。
「あ、OKなんだ……」
「組み手は実質セッ〇スだと判定されましたね。先輩と組み手をたくさんしたわたしは実質彼女ってことですね!」
善道は、その場合はセフレじゃないかと思ったが、満足そうな茜に水を差すのもかわいそうなので黙っていた。
空手では煩悩を吹き飛ばせなかったので、実質じゃなくて本物の彼女になってほしいけどなぁ、とも考えた。
「実質じゃなくて本物の彼女になってほしいけどなぁ」
口に出したつもりはなかったが、独り言になっていた。
もはや煩悩しかない。
「せせせ、先輩がデレた!?」
仕事はもうないので、そのまま善道の部屋(従業員用の個室。セッ〇スしなくても出られる)に二人で戻った。
「さっきぽろっと言っちゃったけど、俺は上名木のこと好きだし、ちゃんと付き合いたいと思っている」
「いいですよ。彼女になってあげます!」
「ただ、今日はもう疲れたし、恋人らしいことするのは、戻ってからにしないか?」
茜は少し考えていたが、いいことを思いついた、とばかりに口を開いた。
「組み手は恋人らしいことじゃないですよね? もう一回だけしましょう!」
「バカだろお前……」
そうして、二人で向き合う。
茜は善道に近寄って。
面倒がって防御の構えすらとらなかった善道のくちびるを奪った。
「今日はここまでにしてあげます。わたしの勝ちですね」
「……」
こうして、字面とは裏腹に、健全な流れのまま、「セ〇クスしないと出られない部屋」のアルバイトは終了した。
無事に付き合うようになった善道と茜は、定期的にこのアルバイトに入った。
従業員特権で「二人が興奮したあと快楽を感じなければ外に出られない部屋」を借りては、二人で汗を流したという。
それが全て空手だったのかは、二人だけが知る秘密である。
完