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自警団活動報告書

掲載日:2021/09/25


 夜明かりの下の夕番は貧乏くじの部類だった。

 割り当ては火一刻(午後六時)から暗一刻(午前零時)までで、酔漢の対応などは深夜番と二分する形で多いらしい。持ち回りであるため「朝番か昼番しかやりません」とは、なかなか言えるものでもないようだった。

 さらに言えば臨時雇いのハイアードは割り当ても相方も固定されていない様子であるため、夕番や深夜番の割り当てが多く感じられたし、相方に至っては随分と年を喰った、もう爺さんと呼べそうな白髪の男が今日の相方となった。

 せめて俸給がもうちょっとあればな、とは思う。本業は隊商の警護だが夜明かりの下では移動しないため、もう五日ほど街に足止めされていた。生活費は隊商から出ているが必要最低限に抑えられてしまったので、自警団からの俸給は丸ごとハイアードの稼ぎとなる。

 ただし自警団に臨時雇いされているハイアードと違い、今日の相方は恐らく無給だろう。本来、自警団とはそういうものだ。腰かけで俸給目当てに参加しているハイアードとは立っている場所が違う。


「……とハイアードの二名。火一刻よりリーヴとフォーマーの二名から警邏を引き継ぐ。昼番ご苦労さん」

 ハイアードが物思いに耽っている間に警邏の引き継ぎが終わっていた。相方が実務を引き受けてくれていた。悪いな、と少しは思いもしたが、慣れた者同士で引き継いだ方が圧倒的に早い。余計な口は開かないことにした。

 警邏を引き継いで街中へ出ると、さっそくと言わんばかりに相方の男が話しかけてきた。どうやら黙々と任務を引き受ける性格ではなかったらしい。

「お前さん、いつまで出られるんだ?」

「わかりません、隊商が動くまでですかね。長逗留も気にならないみたいですね。

 でも警護の日給は減るんで、こうして稼ぎに」

「給金が出ている分、こき使われてるようだな。ご苦労なことだ」

「でも、そちらは持ち出しでしょう? そちらこそ、ご苦労さまです」

「なにせ自分の街だからな、これくらいはな」

 言葉の節に自負のようなものが感じられた。もう長いこと故郷など帰ってはいないが、胸の内に景色が浮かぶ。不意に懐かしさがよぎった。自分にもまだそんな旅愁が残っていたのか、と思い返す。

 今の生活で旅の行き先を自分で決めることはないが、状況が許せば一度、帰ってみるのも悪くないか、とまで思い始めた。つい先ほどまで郷里への思いなど微塵もなかったくせに、である。そんなことを考えていられるほどに、街は平和だった。





 夜明かりのせいか、夕番の割には飲んだくれが少なくない印象の街だ。大声で暴れて店のものを壊したり、大っぴらな喧嘩沙汰などはほとんどないが、酔い潰れて店から追い出されたと思われる酔漢が店の入り口付近の路辺で寝転がっている様子には結構な頻度で出くわす。

 そんな彼らにも声をかけるのが仕事の内なので関わりもするが、仕事でなければ避けて通っているだろうな、などと考えながら声をかけてゆく。しかし声に反応するのは稀で、大体は寝かせたまま通り過ぎることになっていた。自警団としての体裁は良くないだろうが、そこまで暇を持て余している訳ではない、と見せる必要もあるのだろうか。

「なにせ夜明かりだからな、夜明かりじゃ仕事にならん奴が昼の日中から飲み続けることもあるだろうさ」

「そんなもんなんですかね」

「お前さんだって、五日も立ち往生して仕事になっとりゃせんのだろう?」

「そういえば、そうでした」

「旅人なら物珍しさで街を見物することもあるんだろうが、住まう者としてはいつも通りの日常だ。現実から逃れる手段としては手軽だからな」

「あなたも、飲むんですか?」

「飲むと仕事に障りが出るので、飲まんよ」

 白髪の男は、飲めない、とは言わなかった。仕事に障りが出なければ飲むのだろう、とハイアードは当たりをつける。対してハイアード自身は仕事明けなどには大いに楽しみたい方で、その時の気分を思い出してみると「やってられねー」と言いながら飲む酒は幸せそうにも思われた。


 たった五日のいつもだが、いつも通りに大した騒ぎも起きずに時間は過ぎていった。しかしそれも、つい先ほどまでの話だ。何軒目かの酒場を見回っていたとき、見た目は然程にも酔っていなさそうな客の一人から声をかけられた。

「ちょっと、いいかなぁ?」

「なんだトリート、付き合わんぞ?」

 白髪男とトリートと呼ばれた客は、どうやら知らない仲でもない様子だった。

「あんたが仕事中なのはわーってるよぉ、そーじゃねぇんだぁ」

「じゃあ、どうした」

「いま向こうでヒードレスと飲んでるんだけどぉ、あいつ銀貨がないって言い始めたんだぁ。テーブルの下にも落ちてねぇし、どうしたかなぁってさぁ」

「どうしたかなぁ、って俺たちが知る訳ないだろう。どこかに落としたんだろう? 支払いはツケか?」

「いやぁ、この店は俺が払ってるから大丈夫なんだけどよぉ。カネないと明日から困るだろう、あいつ? どうしたもんかなぁ、って」

「話はわかったが、落ちている銀貨を見つけても返せんぞ?」

「えぇー、なんでだよぅ。返してくれよぅ」

「名前でも刻んであれば返せるがな、まぁ諦めて飲んでろ」


 ハイアードがこっそりと耳打ちで聞く。

「タカられてる、という線は?」

「こいつ等、この店が最初じゃない。たぶん前の店ではヒードレスが払っているはずだ」

「使いすぎて俺たちというか、あなたにタカってる、って線は?」

「こいつ等は別に食い詰めてないし、俺が今は自警団として回ってることも理解できてるからな、それはないだろう」

「本当に落としていたとして、見つかるもんですか? それに返せるもんです?」

「見つからんし、返せもしないな。ま、落としちまった、って愚痴聞いてるようなもんだ」

「だぁかぁらぁ、落としちまったんだってぇ! どうしたもんかなぁ?」

 二人の内緒話が気になったのか、トリートが乱入してきた。

「わかったわかった。

 気にはしておくが、それ以上のことはできんぞ。今日はもう切り上げて、とっとと帰れ」

「えー、カネ落とした残念会やるからぁ、まだ帰れなぃー」

「わかったわかった。せいぜい飲みすぎないようにな?

 おい、いくぞ、ハイアード」

 名前を呼ばれたのは、たぶん話を切り上げるための合図だろう。知り合いでも何でもないハイアードに話を引き継がせて、白髪頭は酒場の主人と話し込み始めた。


「それじゃ、飲みすぎには気をつけて。俺たち、もう行くからね。お金、気にしておくから。見つかるといいな」

「おーぅ、ありがとよ、にぃちゃん! じゃあなぁ!

 おぅらぁ、ヒードレスぅ! 残念だから、もう一杯付き合ってやるぞぅ!」

 トリートの能天気な掛け声と少し離れたテーブルでトリートの掛け声に答える男を見送って、ハイアードは酒場の主人との会話に合流する。

「……という話なんだが、怪しい動きをする客なんぞ見なかったか?」

「いや、気づかなかったですね。ヒードレスの奴、今日はうちで支払いしてないから、やられたとしても店の外じゃないですかね」

「やられたって何をです?」

「スリだ」

「あぁ、なるほど」

 話の繋がらなかったハイアードに、白髪頭は短くて的確な注釈を入れてくれた。

「今日の客は皆、常連みたいな連中ばっかりなので、本当にやられてたとしてもうちじゃないですよ」

「手がかりないんだ、藁にも縋る、って奴だよ。この店を疑ってる訳じゃない」

「それに一見がくれば、さすがにわかるよ。その隣のお兄さんみたいに」

「やっぱり余所者顔してますかね、俺?」

「態度が旅慣れてる風だからね。ま、明日の晩とか空いてたら飲みに来てくださいよ。お金はしっかり持って」

「考えとくよ」

「それじゃ話の続きだ。トリートたちが前に飲んでいた店、わかるか」

「私よりも本人たちに聞けば良くないですか?」

「じゃ、それはハイアードに頼もうか。俺だと絡まれて間延びする」

「はいはい、了解です」


 ハイアードがトリートたちのテーブルに近づくと、二人は景気よくハイアードを迎えてくれた。

「駆けつけ三杯! いっとこうか!」

「仕事中です」

「ほっとけほっとけ! 潤滑油としての三杯は適量だ!」

「じゃあ、今から爺さんの許可とってきますわ」

「嘘だよぅ、行かないでくれよぅ、にぃちゃん飛び越して俺が怒られるよぅ」

「じゃあ行きませんが、話をもう少し聞かせてください。この店の前に飲んでいた店って、どこですか?」

「どこだっけ、ヒードレス?」

「……覚えてない」

「だって」

「だって、じゃなくてトリートさん、でしたっけ? もう酔ってるみたいですし、やっぱり覚えてません?」

「今日は……いぃち、にぃい……さぁんけぇんめぇ!」

「あ、三軒目なんですね、ここ」

「そうそう、三軒目。大丈夫、覚えてるよぅ。

 一軒目が『マグ・オブ・グレース(恵みのジョッキ)』でぇ……二軒目が……えぇーっと、そう! 『チープ()リカー()パヴィリオン()』だったよぅ。今日はもうヒードレスが払えないから次の店は行かないんだよぅ。ここで飲んだれぃ!」

「わかりました、ありがとうございました。まぁ、ほどほどにね」

「ほどほどにガンガン行くぜぃ! ありがとよぉ!」

 淡々と情報を得たハイアードが白髪頭を見やって頷くと、酒場の主人と推移を見守っていたのか目線を逸らしながら頷き返してきた。





 トリートたちの三軒目である「リッチ・テイスト(芳醇な味わい)」を出ると、さっそく先の二軒の話へと移る。どうやらトリートたちは丁度ハイアードたちの巡回路を逆行する形で飲み歩いていたらしく「安酒亭」も「恵みのジョッキ」も行き掛けに話を聞けそうだ、と白髪爺は助かった表情を見せた。

「巡回路は変えず、二軒に話を聞こう。

 それと道すがら一応、銀貨でも落ちていないか注意しておこう」

「銀貨なんか落ちてたら、そりゃ気にしますけど、本当に落としてたとして返ってはこないんですよね」

「だから一応だ、それに怪しい奴にも気をつけろ」

「いるんですか?」

「いる、と考えて行動しよう。

 だからカネ探している体で、怪しい奴を捜すんだ。気をつけろ」

「なるほど」

 その一言で、やっとハイアードも状況を飲み込めた。これはカネ探しではない、犯人捜しだ。落としたのではなく掏り取られたか、路辺で酔い潰れたときに抜き取られたか、だったのだろう。掏る技術よりも抜き取る度胸の方が、この街では必要そうな気がした。

 しかし程なくして気づく。ハイアードたちと同じこと──酔い潰れた酔漢を介抱するフリをすれば良いだけの話である。違いは話を聞くだけか、その懐に手を伸ばすだけか、だった。


「だとすると、巡回路沿いにはもういない、と考えるべき、だと思うか?」

「スリの気持ちなんて考えたことないんでわかりませんが……手頃な獲物が転がっているからまだいるとも、自警団の巡回路だろうから避けるとも、どうとでも取れますよね。

 自警団の巡回路って決まってますもんね」

「効率的に街を回ろうと思えば大通り沿いとなるだろう、どうしてもな」

 そんな言葉を交わしながら、二人の視線は自然と鋭くなっていった。路地の隅に落ちているお金を探している風に見えないこともないが、事情を知らなければ自警団員が二人して怪しい人物を捜しているようにしか見えない。

 そんな表情を浮かべながらの警邏だったためだろう、続く何軒かの酒場の店主や客からは何かしらの良い話を聞くことなどできなかった。それに気づいたのは、ちょうど目当てとしていた「安酒亭」の亭主の一言だった。

「なんだなんだ何があった? あんた等、凄ぇ顔してるぞ? 仕事中なんだろうが一杯やってけよ! ほぐせほぐせ、顔ほぐせ!」

「……あぁ、こりゃ確かに。そうかも知れんな。だが飲む訳にはいかんぞ?」

 白髪爺がハイアードの顔を、まじまじと眺めてから言い放った。しかしハイアードも負けてはいない。

「飲みませんよ。そういうあなたの顔だって、なかなかですよ。下手に貫禄あるから余計に怖いです。飲んじゃっていいんじゃないですか?」

「ダメだ、判断が鈍るぞ……変な誘惑してくれるなよ」

 白髪爺が亭主に詰め寄った。「本当は酒が好きなんじゃないのかな、この爺さん」と感じられはしたが黙っていることにする。


「でも凄ぇ顔してたのは本当だろう? 何かあったんだろうし、聞かせろよ」

「たぶんスリか、物盗りだ。店の中で怪しい奴を見かけていないか?」

「ウチの店名は知ってるだろうに。むしろ怪しい奴しかいねぇよ」

 店名として掲げておいて客に対して酷い言い草だ、とも思ったが、客層を見れば納得もできてしまった。「芳醇な味わい」などと比べれば客の雰囲気が淀んでいるように感じられる。もっと直接的に言えば、きな臭い。

「それでも、お前さんなら本当にヤバい奴と、ただ怪しい雰囲気を纏ってるだけの奴は区別がつくだろう?」

「つくと言えばつくし、つかんと言えばつかんなぁ。

 でもまぁ今日のところは、そこまで怪しい奴は見かけなかった気がするな。ウチで下手に仕事しようもんなら、どうなるか知ってる奴は知ってるしな」

「知ってる奴しか知らんだろうに、まったく」

「そう言うなよ。これでもウチは客に敬意は払ってるんだぜ?」

 その亭主の言葉に反応して、近くの席で耳を澄ませていた客が相槌を打つ。

「……オマエらは黙って飲んでろ。

 ってことで、今晩ウチに凄く怪しい奴は出入りしてないな。怪しい奴だけだ」

「わかった、助かる。一応の確認だが、これ以上は聞けないな?」

「あぁ、聞けないな。店に怪しい奴がいなかった、これだけでいいじゃねぇか。

 で、お客じゃねぇなら、そろそろお暇願いたいんですがねぇ?」

「あぁ、それだけでいい。邪魔したな」

 ハイアードたちは亭主に促される形で「安酒亭」を後にせざるを得なかった。





「今晩まで外から見て『客層、悪いなぁ』くらいしか思っていませんでしたが、やっぱりヤバい店ですか?」

「そうだ、ヤバい店だ。それ以上は聞くな、答えたくない」

「そんなところとお付き合いのあるあなたも、相当ヤバい気がしてきましたよ」

「付き合いなんぞ、あるようでないな。俺が年喰っているから、ちょっと『敬意を払われている』だけだろう。あまり深入りはするな、薦められん」

「ま、そういうことにしときましょうか」

「あぁ、そういうことにしておけ」

 ハイアードが会話を切り上げると、白髪も乗って切り上げる。ハイアードには、この白髪がどういう人物なのか段々とわからなくなってきていた。いわゆる街の暗部に属する人種なのだろうか。しかし言動からは、そうとも思われない。不思議な人物だった。

「ただし得られるものもあった」

「『凄く怪しい奴は出入りしていない』ですか?」

「そうだ。『下手に仕事しようものなら、どうなるか』を知らない素人の仕業ということだろう」

「やりづらいですね、それ。見つけにくい」

 突然、白髪が言葉を切る。少し間が開いて選んだ接ぎ穂は、それまでの話の流れからを大きく逸脱していた。

「……お前さん、ひょっとして、あぁいう店に慣れてるのか」

「慣れてない、とは言いませんでしたね」

「隊商の警護なんぞ、やらせてもらえるものなのか?」

「やらせてもらってましたし、もらってますよ。たぶん、そういうの込みで」

「なるほどな……いや若いのに、おみそれした」

「いえ、俺の話より素人の話ですよね。見つかりますかね?」

 ハイアードが強引に話の流れを戻した。痛くない腹を探られるのは正直、勘弁して欲しい。

「……難しいだろうな、きっと見つからん。お前さん、誰を捜せばいいか、わかるか?」

「いえ、さっぱり」

「だろうな、俺もだ」

 二人は聞き込みの三軒目となる「恵みのジョッキ」を目指しながら警邏へ戻り、そのまま成果を上げられなかった。三軒目の「恵みのジョッキ」は完全に空振りだったのである。

 そもそも三軒目──トリートたちにしてみれば一軒目ではヒードレスも、まだ何もなくしてはいなかったであろうし、ハイアードたちも何か有力な話などが聞けるとは期待していなかった。


「ウォーデン、ハイアードの二名。暗一刻までの警邏を完遂。テイクスとタスクの二名へ警邏を引き継ぐ」

 こうして巡回路の残りを型どおりに警邏して回り、そのまま自警団の事務所で深夜番への引き継ぎまでを終えた。テイクスたち深夜番を見送ってから報告書を上げれば、白髪ことウォーデンとハイアードの相方関係は解散となる、はずである。口火を切ったのはハイアードだった。

「ウォーデンさん、この後ちょっと飲みませんか?」

この時間(午前零時)からか? 開いている店は、もうないぞ?」

「なんなら『安酒亭』でも」

「すまんが、遠慮しておこう。あの店は自警団の立場で回っていなければ、俺だって入るのは躊躇うからな」

「でも、なんだかこう、スッキリしないんですよね」

「言いたいことはわからんでもないが、ここで考えても答えは出ない。とりあえず報告を上げるぞ、眠い」

「じゃあ、俺が書きますよ。我流ですが大丈夫ですよね?」

「大丈夫だろう、そもそも俺は書けんしな。お前さんにお任せだ」

「俺が書けなかったら、どうするつもりだったんですか……」

「その時は弟子に書かせる」

 と、そう答えた矢先に事務所の外から「ししょ~」と間延びした声が呼んだ。ウォーデンが座ったばかりの席を立ち、戸口で迎える。今日はお役御免だ帰っていいぞ、と情け容赦のない受け答えが聞こえてきた。

 何の師匠で何の弟子なんだか、などと呟きながら、ハイアードは報告書を記すべく羊皮紙とペンの準備を始める。

 ウォーデンと仕事をしたのは、これが最後だった。





 さらに数日後。昼夜逆転の生活に慣れ始めた矢先、久しぶりの朝を迎えたハイアードに「明朝、出立する。警護に戻れ」との命が下された。その命を受けてすぐ、自警団の事務所へと向かう。もちろん用件は自警団を抜ける話しかない。その事務所でウォーデンと再会した。

「こんにち……あ、お久しぶりです」

「こんにちは。ハイアードだったか。何日ぶりかな」

「それほど経ってないと思いますが、今日はお話がありまして。団長さん、いらっしゃいますよね?」

「残念ながら、いない。昼過ぎには戻ると思うが、それまでは仕事を返上して俺が留守番している。

 だが用件も見当がついた。俺から伝えよう。いつ出発なんだ? 給金の支払いは幾らになるんだ?」

「明朝ですね。

 支払いは、日に銀貨七枚と銅貨五枚で。夕番が二割増し、深夜番は四割増し、という契約です。合計だと……幾らでしょうね? ちょっと計算が面倒くさいです」

「俺もわからん。会計さんに確認して、払ってもらうから少し待て」

 待てとは言われたが、さほど時間もかからず合算されて会計士からハイアードへ渡されたのは、大金貨一枚に銀貨二枚と銅貨五枚だった。日数や時間の割に大金貨一枚ちょっと、というのは旅人の稼ぎとしては少し良くない。

 それでも基本的な生活費の出てゆかないハイアードにしてみれば、少し多めのお小遣い、という感覚に近かった。なんとなれば今晩、街へのお別れと称して深酒にならない程度に飲み歩いたって構わない。


 そこで思い出した。

「そういや、あれ、どうなりました? 酔っ払いがカネ落とした、って話」

「あれか。進展はないな。被害は小さく続けて出ているようだが、細かすぎて追い切れん、と団長がボヤいていた」

「その話、今晩ちょっと飲みながらしませんか? 思うところあって」

「そこの敷居を跨ぐまでは自警団員だから、なんなら報告として聞くぞ?」

「そこまで改まった話でもなく、最後なのに申し訳ないんですが、ただの酒の肴にして飲んじゃうのが一番良さそうなロクでもない話なんですが」

「そういうことなら、明日の仕事は休むとするか……よし、店は俺に任せろ。

 宿は……『トラベラーズ・パーチ(旅人の止まり木)』か。あとで俺が迎えに行こう」

 立て板に水が流れるような即決だった。





 「旅人の止まり木」へ迎えに来たウォーデンは、一人の青年を連れていた。連れていっても良いか、と問われて頷いたが、了承してから彼がウォーデンから弟子と呼ばれていたフィッシュという青年であることに思い至った。ちらりと顔を見ただけだったので、思い出すのも時間が必要だった。

 ウォーデンとフィッシュに連れられて向かったのは、自警団の事務所から遠くなかったこともあるのだろうか、あの「芳醇な味わい」だった。

 店について思うところがあった訳でもないが、多少は見知った店であることについて「やぁ、ここですか」と単なる感想を漏らすと、

「『考えておく』と言っていただろう」

 と返ってきた。そんなことを言っただろうか、覚えていない。ともあれ今度は普通の客として「芳醇な味わい」を訪れた。酒場の主人はハイアードを覚えていたようで、カウンターの中から軽く会釈してきたので返しておく。

 テーブルに通されるや否や、ウォーデンが注文を始めた。店内の献立が書き連ねられた黒板を眺めながら、流暢に注文を述べてゆく。読むと書くとでは違うと聞くものの、本当に文字が書けないだろうのか、この爺さん。


「……と料理はこんなものか。飲み物は蜂蜜酒でいいな? 好みがあるなら次から好きなものを頼むといい」

 感心していると、いつの間にか注文が終わっている。何を頼んだのか聞き取ることすら叶わなかった。出てきた料理が気に食わなくて、話を上手にからりと終えることができたら、好きなものを食べよう、と心に決める。

「これでも明日から、またしばらくは騎乗になるはずなので今晩は程々にします」

 先に出てきた蜂蜜酒の支払いで、少し揉めた。

 ハイアードは全額を出すつもりで臨んでいたが、それはウォーデンも同じだったようで支払いの段になって互いの銅貨が宙に浮く形となった。しかし、ウォーデンたちが二人連れであることを主張しながら、ここぞとばかりに年上であることを笠に着てハイアードの支払いを引っ込めさせるに至り、ようやくハイアードは抵抗を諦めてご馳走になる、と決める。そこから先は頼んだ料理が並ぶまで、特に問題もなく時間が過ぎていった。

 静かな飲み会となった。一通り揃った料理を前にウォーデンが「まぁ、食え。飲め」と薦めたのを切っ掛けとして、しばらくは黙々と食べ黙々と飲んだ。鴨の丸焼きが美味かったので、もう一羽頼む。

 そうやって追加した料理も粗方が片付いてからやっと、話せる雰囲気になってきた、と思えた。ウォーデンも最初からそのつもりでいたのだろう。改めて頼んだ何杯目かの蜂蜜酒にゆっくり口をつけてから、ジョッキを置いた。


「で、どういうことなんだ? とりあえずロクでもない話というから適度に酒を回したが」

「今回の物盗りですが、犯人はやっぱりわからない。けど、なんとなく心当たりがあるような気がしたんですよ」

「その出だしで、どうロクでもない方向へ転がっていくんだ?」

「物盗りの素人で、店には入らず、道端の酔っ払いばかりを狙って歩く、と考えたとき、心当たったんですよ、わかりません?」

「いや……わからん」

「わかった、気がする」

 フィッシュが少し表情を硬くしながら口を挟んだ。ウォーデンも咎める様子はない。ハイアードは話を続けた。

「もちろん、間違っている方が率は高いですけど、実際に他の街で見たことがある光景が思い出されちゃいまして。

 この街には、路上で暮らす子供っていませんか?」

「……数はわからんが、いないことはないな」

「いえ、いますよ、師匠。それも結構な数だと思う」

「俺、別の街でも今回みたいに腰かけで自警団に雇われることがあるんですけど、とある街でとっ捕まえたコソ泥が、まだ幼い子供たちだったんですよ」

 勢いをつけるかのようにして、ハイアードは蜂蜜酒を呷った。


「まだ十歳ちょっとじゃなかったか、と思います。

 そいつ等が、自分たちより更に小さな子供が昼日中に堂々とメシを食うために、夜のうちに酔っ払いから掏り取ったり寝込みを襲ったり抜き取ったり……色々やってたようで」

「で、そいつ等の一人が言うんですよ。『銀貨には誰のものかなんて書いてない、これは僕のだ』って。おまえのものでもないだろ、って言い募られることも理解せずに」

 ウォーデンが一口、蜂蜜酒を飲んだ。

「それと同じ光景が、この街にもあるんじゃないか、って。子供の姿、ほとんど見かけなかったんですよね。深夜番ならわかるけど夕番の早い時間でも、ほとんど見なかった。

 見かけなかったのか、隠れていたのか、見つけられなかった俺にはわかりません。この街に住んでいるウォーデンさんなら、ひょっとしたら、とは思いますが」

 慌てた調子でウォーデンが口を挟む。

「つまり、つまりだ。

 路上で生活している年端もいかぬ子供が犯人で、俺たち大人から隠れながら動いてる、って話になるのか、それは」

「そうです。そうじゃないか、と俺は疑った。他の街で見ているから。

 ウォーデンさんから見て、どうですか? 愛着のある街だろう、とは思います。けど、そういう子供って何人見たことありますか。彼らはどうやって食いつないでいるんでしょう」

「俺も悪人じゃない自負はあるが、万能でもない。一人二人なら助けられるかも知れんが、この街の孤児たち全員となれば、まず無理だろうな」


「……っていう話がしたかったんですよ。ほら、酒でも飲んでないとキツい話でしょう?」

「したかった、って言うには悪趣味だと思うが、可能性を指している、ってのは理解した。ちゃんと理解できているとは思うが、素面で言われると聞いた相手によっては『街を馬鹿にしているのか』みたいな口論になるな、これは」

「だから、飲みました」

「まぁ、覚えておく。ウチにも一人、年頃の弟子がいるからな」と言ってウォーデンはフィッシュの背中を叩く。フィッシュは咳き込みながらも頷いて見せた。

「じゃ、さっきの丸焼き。やっぱり三羽目いきましょう。美味い」

「俺はもう入らん。お前たち二人で食べろよ?」

「僕も、まだイケます。頼みましょう、ハイアードさん」

 しばらくして三羽目の鴨の丸焼きと、何杯目かの蜂蜜酒が運ばれてきた。やはり美味かった。

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