アヤカシを滅ぼす勇者~妹よ
ここは世界塔ブルドラシル内の一つのガルド、紫の世界『ケイブガルド』、黒の世界『デッドガルド』に最も近いガルドである。
デッドガルドよりアヤカシやアヤクリが頻繁に出没する為、ケイブガルドの治安を担う菫の騎士団直属部隊『紫苑の刃』だけでは駆除しきれない程だ。
それ故、AUの需要が高く、AU達も日々アヤカシと戦う等して報酬を貰いながら生計を立てている。
そんな中で菫の騎士団からも一目置かれる凄腕のAUのオーバーティーンの男性がいた。
彼の名は『カミル』で、種族はゲルディアン族だ。右目に眼帯をしているのは、種族特性である生まれつきの呪いを帯びているが故だ。
彼は日頃の素行は悪くないものの、馴れ合いを一切好まず、アヤカシを前にすると手当たり次第に等しい程容赦がない為、彼が戦った後はBEが飛び散りまくりで、紫苑の刃も木端微塵になったアヤカシの残骸回収にBE浄化等の後始末に苦労する程だ。
しかし、『アヤカシを滅ぼす勇者』と揶揄される程かなり腕も立つ為、紫苑の刃も彼を咎めずに割り切って事後処理に奔走する始末だ。
紫装束のカミルは今日も右手に剣、左手に盾を携えてアヤカシと戦っていた。今回は背が低めで耳の尖った十数体のアヤクリ『ゴブリノイド』が相手だ。ゴブリノイド共は斧や槌に棍等、それぞれの得物を携えていた。
「今回はゴブリノイド共が相手か……。生まれながらに氷と虹と業の加護を受けた俺にかかれば物の数ではないな……。だが……、貴様らは弱者を手当たり次第に狙う……。かつて俺の妹もそんなアヤカシどもに殺されたんだ……。貴様らにかける慈悲など……、微塵もないっ!!」
カミルが剣を真上に掲げると眩く鋭い黄金の光を放った。
「喰らえ!!ELアーツ、『ディバイィィィィィン、シュレッダァーーーーー』!!」
カミルが『聖属性』ELアーツ『ディバイン・シュレッダー』をゴブリノイドの群れに繰り出すと、ゴブリノイド共は切り刻まれる形で破壊された。
そして、地面には一網打尽にされたゴブリノイド共の残骸が散らばり、黒い血だまりから異臭と共に禍々しいBEがまき散らされた。
「ふうっ……、なあ……、まだ残りのアヤカシはいるか?」
カミルは連れである全身甲冑の騎士型カムクリ『ジェネラロイド』に残りのアヤカシがいるか尋ねた。
「もう残りはありません。後は、屋敷の依頼の受付に報告して完了です。後始末は紫苑の刃の方々に任せましょう。」
{連絡先:紫苑の刃、連絡内容:特定ポイントにおけるアヤカシの残骸処理並びにBE浄化の依頼、対象アヤカシ:ゴブリノイド、対象個体数:12体、連絡先確認:あり}
ジェネラロイドは両眼を明滅させて残りはないと伝えると同時に、事後の後始末を紫苑の刃に伝えた。
「わかった、引き上げるぞ。」
「了解。」
AU屋敷に戻ったカミルは依頼の窓口で報酬6KGのうち、手取り5KGを受け取った。
(5,000ゲルダか……、俺は金が目当てじゃないんだけどな……。取りあえず頂ける物は頂いとくよ……。)
報酬を受け取った後、カミルは自室に戻って布団に寝そべり、紫色に光る月の形をした紋章を眺めた。
(……ふう……、やはり自分の部屋が一番落ち着くな……。そういえば……、レスティーンだった俺がAUを目指し始めて今年でちょうど20年になるな……。あの日妹が……、レオナがアヤカシに殺された事だけは……、忘れない……。俺は……、あの日から……、力を欲してた……。毎日毎日……、棒切れでも振って剣の練習してたな……。そしてフレッシュティーンになってからラストティーンに至るまで……、菫の騎士団でAU見習いとして訓練を積んでこの月の紋章を授かり、念願のAUになれた……。AUになってから俺は……、アヤカシ共を手当たり次第屠る事に明け暮れてきたな……。一日でも早く……、レオナのように……、誰一人……、アヤカシに殺される事のない日になる事を願って……。)
カミルは物想いに耽りながら眠りに就いた。
ゴブリノイド……デッドガルドで製造されているアヤクリで、隣接するケイブガルドに主に出没する。BEを帯び、異臭を放つ元素『ゴブリニウム』が主な素材。アヤクリの中では強くはないが、弱者を優先的に付け狙う傾向が強い為、AUの需要が高い原因の一つ。
聖属性……虹属性の強化属性。虹属性はアヤカシ等の黒属性に有効の属性だが、それ以外の属性に弱く、加護を受ける者が世界で数えられる程しかいないという欠点を持つ。
ゴブリニウム……ゴブリノイドの魄より採取されるEL資源だが、BEを帯びている為、虹の力で浄化の必要がある。浄化されたゴブリニウムは消臭材等に利用される。
ある日、カミルがAU屋敷の伝言板に向かうと、こう書かれていた。
『巨大アヤカシ出没、腕に覚えのある者は依頼の受付まで』
(今度は巨大アヤカシか……、いつも通り一思いに屠ってやるさ!)
カミルは即座に依頼の受付に向かった。
カミルが受付に向かうと一体の女性型ジェネラロイドが応対していた。
「これはカミル様、いかがなさいましたか?」
「伝言板に『巨大アヤカシが出没した』って書いてあったから来た。それに関する仕事を受けたい。」
カミルは受付に巨大アヤカシに関する仕事を受けたいと話した。
「わかりました。まずは、詳細をお読み下さい。」
受付は仕事の詳細をカミルに渡し、カミルが目を通すと…
(なっ……、嘘だろ……。)
カミルは仕事の詳細に動揺した。詳細にはこう書かれていた。
『依頼内容:巨大アヤカシ駆除、対象アヤカシ:ドクロイド一体、報酬:50KG(手取り40KG)、備考:「カミルお兄ちゃん」と言いながら徘徊』
(まさか……、レオナか……?)
カミルは備考欄を見て妹に想いを巡らせた。
「なあ、この依頼取り下げてくれないか?」
カミルは受付に依頼について取り下げるよう頼んだ。
「何故ですか?」
受付はカミルに理由を尋ねた。
「あのドクロイドは俺の妹なんだ!相まみえる前に誰かの手にかかったら俺は死んでも死にきれない!」
カミルはドクロイドが自分の妹だから何としても相まみえたいと主張した。
「申し訳ありませんが依頼を取り下げる事は出来ません。そもそも、この依頼は既に引き受けていらっしゃる方々もいますので……。」
「わかった……。」
受付の言い分にカミルは舌打ちをし、装備を整え現場に急行した。
現場では例の依頼を受けたニュートラルのAU達が骸骨型巨大アヤカシ『ドクロイド』と死闘を繰り広げていた。
「……カミルお兄ちゃん……」
「てめえみてえな骸骨野郎が『お兄ちゃん』だって!?笑わせやがるぜ!とにかくてめえがおとなしくくたばってくれりゃいい金になんだよ!野郎ども、俺達全員でこいつブッ倒して金にありつこうぜ!」
AU達はそれぞれの得物を構えてドクロイドに攻撃をしかけてきたが、突然現れた影に残らず阻まれた。
AU達の攻撃を阻んだのはカミルだった。
AU達は同じAUである筈の者が自分達の邪魔をする様に一瞬動揺した。
「誰かと思えばカミルじゃねえか……!あんた……、一体どういうつもりだよ!?あぁ!!」
「それは俺の台詞だ!このドクロイドは俺の妹なんだよ!」
「はぁ!?何だよそりゃ!?」
「このドクロイドが俺の名を呼び続けてんだ!それに、妹じゃなきゃ『カミルお兄ちゃん』なんて言う訳ないだろ!」
「あんた馬鹿かよ!?」
「馬鹿だろうが何だろうが、妹に手を出す奴は赦さない!それだけだ!」
「そいつはアヤカシだぜ!アヤカシを庇うなんて正気かよ!?」
「妹はアヤカシじゃない!それに俺は正気だ!ここを去らないなら実力行使してやってもいいんだぞ!」
「あんたわかってんのか!?人の依頼の邪魔すると騎士団に処罰されんだぜ!」
「俺の味方は妹だけで十分だ!やっと出会えた妹なんだ……。その出会いを誰にも邪魔はさせない!!」
「!……あー、やめだやめだ!てめえみてえな馬鹿にゃ付き合いきれねえな!あばよ!おめえらもあんな馬鹿にかまけてねえでずらかるぜ!」
「ああ。」
AU達はカミルの荒唐無稽な主張に呆れてこの場を後にしようとした。次の瞬間、
「……カミルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、お兄ちゃんンンンンンンンンンンンンンンン!!」
AU達の言動の一部に反応して雄叫びを上げたドクロイドは両眼から呪詛光線をカミル以外のAU達に向けて放った。
「ぐわっ!!」
禍々しい光線を浴びたAU達は喀血して苦しみながら倒れた。
「……カミル……、てめえが……、邪魔さえ……、しなければ……、俺達が……、くたばる事な……、ど……、ぐふっ」
AU達は喀血しながら、カミルへの呪詛の言葉を投げかけて事切れ、この場にいるのはカミルとドクロイドだけとなった。
カミルが右目を覆う眼帯を外すと、右目は呪いで真っ黒くなっていた。続け様に剣と盾も放り投げた。
「妹よ……、レオナよ……、俺はもう一度……、お前に逢えて良かった……。」
カミルは両手を広げてドクロイドに歩み寄った。
「……カミルお兄ちゃん……」
カミルが妹と信じるドクロイドを抱擁すると呪いの右目が七色に光り出し、ドクロイドを包み込み、ドクロイドの両手もカミルを覆った。
例の依頼から数日後、AU屋敷に併設された酒場では数人のニュートラルのAUが酒を酌み交わしながら何かを語り合っていた。
「なあ、最近カミルの奴見なかったか?」
「いや……、全然見ねえな。」
「それだけじゃねえ。あの依頼の巨大骸骨も行方がわからなくなったって言うぜ。」
「まあ、『アヤカシを滅ぼす勇者』と呼ばれるだけの事だ。巨大骸骨ブッ倒したついでにデッドガルドに殴り込みにしゃれ込んだんじゃねえの!?」
「そんならそんでおもしれえがな……。」
「ああ……。」
AU達は行方不明になったカミル並びにドクロイドの話題で持ち切りであった。
やがて、『アヤカシを滅ぼす勇者カミル』は年月と共に、「最期までブルドラシル中でアヤカシとの戦いに明け暮れた」という伝説として語られていくのであった。