第十一話1
「リディアっ!!」
目が覚めると既に太陽は昇っていた。教室の時計に目をやると針は午前5時48分を差し、窓を締め切っていたせいか少し蒸し暑くなっていた。
だらりと汗が垂れ落ちる。いくら辺りを見渡してもどこにもリディアの姿はなかった。
「……ぁああくそう」
俺はその場に仰向けで倒れた。情けねえ、あれだけお前を護るって言ったのに、何も出来ないままアイツをタルーヴァに行かせちまった……!
「くっ……!!っぐぅ!!」
声にならない呻き声を上げる。涙を流したって過去に戻らないことぐらいわかっているのに、自分の不甲斐なさを呪って泣き崩れた。俺のバカ俺のバカ俺のバカ俺のバカ!!
「バカヤローーーーーーーーーー!!!!」
俺の胸一杯の悔恨は蝉の鳴き声にいとも容易くかき消された。
携帯を見ると親父から何十件も着信があった。俺は電話をかけるのを少し躊躇ったが、心配させたくないとすぐに電話をかけた。
当然怒られた。考えてみれば何も告げずに朝帰りするなんて初めてだった。
「ごめん、ちゃんと帰るし今日も学校に出るよ」
本当はそんな気分ではないけれど、親父には余計な心配はさせたくなかった。だからリディアのことについては「ちゃんと見送ってきた」とだけ伝えておいた。いまいちリアクションが薄かったけど。
そして家に戻り、手早く身支度を整えて部屋を出る。その時にふと少し開いていた母さんの部屋が目に留まり、もしかしたらと思い部屋に入るとリディアたちが来る前の状態に戻っていた。テーブルに置いてあったよくわからない宇宙的な道具はなく、クローゼットを開けても彼女らの服はきれいさっぱりなくなっていた。
「少しぐらい何か残しておけよ……」
そんな呟きも空しくなる。残してたところで俺にはもう為すすべはないのだから。
あれから俺はどうにかリディアを救いに行ける方法はないかとずっと模索していた。一番手っ取り早いのはリディアとともに乗り込む方法だったけどその道は既に絶たれ、もう一つはマリアに懇願して連れてってもらおうと考えていたがそのマリアもあれから消息は不明だ。アイツに限ってそんなことはないと思うが最悪もう既に……。マリア、ありがとう。そしてすまない……。
「行ってきます」
そう呟きながら部屋を後にし、俺は学校へと向かった。
いつも通り歩き慣れた道を行き、いつも通り下駄箱で上履きに替え、いつも通りの教室に入る。クラスメイトは既に半分以上が登校していて、皆思い思いに夏休みの話で盛り上がっていた。適当に「おはよう」と交わし、俺の席に座る。
夏休み前となんら変わらない、いつもの日々に戻ったのだ。
「いつもの日……」
「なーに朝から黄昏れてるんだい?もしかして宿題間に合わなくて憔悴してたり?」
いつもと変わらず茶化しながら声かけてきたのはスギだった。いつもと変わらない屈託のない笑顔だが、頬に絆創膏が張ってあるのが気になる。
「小学生じゃねえんだから、そんなんじゃねえよ。ってお前どうしたその怪我。昨日何かあったのか?」
「ああこれ?それが全然記憶になくてさ、気が付いたら擦り切れちゃってて、たまたまいた人に貼ってもらったんさ」
昨日は確かシスカと二人デートしていたはずだ。怪我するのはともかくとしてシスカ以外に絆創膏貼ってもらうことなどあるのだろうか?
「……そっか。それで、お前はちゃんとお別れできたのかよ」
正直このことについてはあまり質問したくなかった。するだけ空しくなるだけだったから……。
「お別れって、誰と……?」
「えっ?」
「ちょっとミコト!!早く出るなら連絡ぐらい寄越しなさいよね!?」
と、俺たちのところにズカズカと迫ってきたのは由衣だった。会うのはフった時以来で心の準備ができていなかった。
「ま、待てよ!まさか今日も来るなんて思わなかったんだよ!?」
「今日もって、いつもなんだから行くに決まってるじゃない!」
「いつもって、お前はいいのかよ。この前はその、お前をフったんだし……」
「えっ何?わたし知らない間にアンタにフられてたの?よくわかんないけどめっちゃショック……」
と、由衣はぽかんとした顔で俺を見つめた。
「由衣、お前を何言って……?」
「な……なんだいみこっちゃん、いつの間にそんな展開になってたんだい。うちなんて今年も成果なしだったのにさぁ」
と、スギが何とか取り繕おうとする。だが俺はその言葉に耳を疑った。
「スギ、お前もどうした……?お前昨日シスカと華蔵寺でデートじゃなかったのかよ」
「えっ、うちが華蔵寺でデート?昨日は一人でいたけど。それにそのシスカって人、誰?」
その瞬間、歯車が全て外れたかのように色んな思考がバグりだした。
「な、なあ……。この夏休みいっぱい思い出作ったよな?湘南に行ったり高崎祭り行ったり榛名湖でキャンプしたよなぁ!?リディアとシスカと5人で!?」
すると二人は互いに目を合わせ首を傾げる。
「ね、ねえミコト。アンタ本当に大丈夫?そりゃあ今年は海行ったりキャンプしたりしたけど、その子たちと遊んだ記憶はないわ」
「みこっちゃん、もしかして昨日見た夢とごっちゃになってるんじゃない?ほら、写真でも3人しか映ってないよ?」
と、スギが取り出した携帯の写真には俺と由衣とスギの三人が映っていた。あと二人入れるぐらいの空白を残しながら……。
「これ、どういう……」
「ミコト、あんた今日おかしいわよ?」
由衣が怪訝そうに俺を見つめている。
「あ、ああ。多分今日の俺、おかしいみたいだ……。わりい、体調悪いから休むって先生に言っといて」
と、俺は憔悴しきったようにふらふらと歩きながら教室を後にした。
「えっちょっと!ホントに大丈夫なの!?ねえミコト!!」
ガラガラガラ……。
ちょうど入れ違いで苺先生が教室に入ってきた。由衣の大声に不思議に思いながらも教壇まで向かう。
「はぁ〜〜〜い皆さんおはようございます!苺ぉ、みんなに会えないのが寂しくて寂しくてこの夏休み期間中、新しい衣装10着も作っちゃいましたぁ!」
先生のこの夏の頑張りを聞き、クラス全員が凍り付く。誰が生け贄になるのかと……。
「……とまあ苺の夏の思い出はこれぐらいにして、早速出席取りますね。えっとぉ、君塚さんと倉持くん、それと笹本くんはご家族からお休みするって連絡は来てたけど……」
「先生!進藤くんも体調悪いってさっき帰りました!」
由衣が手を挙げ先生に報告する。
「あらそう。夏が過ぎたっていうのに夏風邪流行ってるのかしら?皆さんも体調管理には十分注意してくださいね。じゃあ改めて、有本さん。飯野くん。梅原さん……」




